表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険稼業  作者: マリオン
44/45

第20話 魔獣(前編)

 ()()()()()()──などということにならず、ひとまず安堵する。


 状況を見るに、どうやら魔法の罠により、転移させられたようである、と悟る。

「松明を持っていたのは、不幸中の幸いであったな」

 つぶやく声が、思ったよりも反響する。どうやら相当に広い空間にいるようで、松明を掲げてみても、その端までを見通すことはできない。


 それに──いったい何の臭いであろうか、あたりは異臭に包まれており、俺は思わず鼻をつまむ。松明で足もとを照らしてみるが、特に臭いの元と思しきものは見当たらない。


 俺は、その場で周囲を、ぐるり、と照らしながら、あたりの様子をうかがう。

「何もない──か」

 少なくとも、近場にはここがどこなのかを示すようなものは何もない。先までと変わらぬ、迷宮の床が続くばかりである。

「変わらず迷宮の中にいるのは、間違いなさそうであるが──さて」

 俺は、周囲を警戒しながら、ゆっくりと歩き始める。


 最初に浮かんだのは、なぜ、という疑問である。


 罠による転移というのは、いささか不可解である。何もこんなところに転移させずとも、致死の罠を仕掛ければよいだけのこと。それだけで事は済むというのに、古代人はなぜわざわざ転移の罠を仕掛けたというのであろうか。


 思案する俺の足もとで、じゃり、と音が鳴って──俺は足を止める。

「──ほう」

 見れば、それは風化して脆くなったであろう──骨である。近くに転がるひしゃげた武具を見るに、おそらくは冒険者の成れの果てであろう、と思う。骸には、()()に喰われた跡がある。つまり、この闇の中には、人を喰らう()()が潜みおるということ。


「敵を間引くための──狩場?」

 そんな考えが、思わず口をついて出る。


 罠では一人しか殺せぬ。しかし、転移させた先で殺すのであれば、罠にかかるものがいるかぎり、敵を間引き続けることができる。狩場に誘い込まれた俺は、さしずめか弱い餌というところであろうか。


 もしも、あの罠が本当にそういう意図でつくられているのだとすれば──餌を逃がす道理はない。ここには出口はないのやもしれぬ、と思う。


「俺ならば、壁を斬って出ることもできるやもしれぬが──」

 それには、この場を隅々まで探索し、壁の薄い箇所をみつける必要があろう。


 しかし、ここには、かつての勇猛な蛮族、そして六層にまでたどりつけるほどの冒険者たちを、連綿と喰らい続けた()()が潜みおるのである。


 ともかく、その()()との遭遇は避けたい。そう考えて、俺は左目を閉じる。松明の向こうの闇に、線は見えない──となれば、進むしかあるまい。左手で松明を掲げて、右手で曲刀の柄を握り──俺は再び歩き始める。


 そうして、しばし進むと、松明の照らし出す先に、壁が現れる。ようやく、この広い空間の一端に達したのである。延々と闇の中を歩き続けて、本当に果てがあるやら、不安を覚え始めていた矢先のことで、安堵の胸をなでおろす。


「──むう」

 そのときである──腐臭が鼻をついて、思わず顔をしかめる。臭いの出どころを見やれば、壁際には骸が横たわっている。喰われて数日といったところであろうか、まだ肉づきのよい骸である。


 俺はその場に屈み込み、骸をつぶさに観察する。骸には、下半身がない。見たところ、一噛みで喰われているようである──となると、その()()は相当に大きな口を持っていることになろう。


「──うん?」

 松明を掲げると、残る半身があらわになり、その右側が焼け焦げていることに気づく。火の気のないはずの迷宮で焼かれおるとは。考えられるとすれば、自身の持つ松明に焼かれたか──それとも、襲いかかった()()が炎を吐いたか。火を吹く魔物と言えば──。


「──竜?」

 つぶやくと同時に、背後に気配を感じて──松明から手を放して、抜刀しながら振り向く。


 そこには闇がある──しかし、その闇の奥には、()()が潜んでいる。その証左に、何とも生臭い腐臭が、闇からただよってくるではないか。待ち構える俺の前に、()()が闇から、ぬらり、と現れる。俺を見下ろすその巨躯は──意外や竜のものではない。


「何だ、こいつは──」

 知らず、そんな言葉が口をついて出る。


 目の前のそれは、何と表現してよいかわからぬ──まさしく化物である。俺を見下ろすその頭は獅子、しかしそこから伸びる胴は山羊のもので、さらには蛇のごとき尾がうねっているのである。


「この世には、このような化生(けしょう)が存在するのか──」


 獅子や山羊、蛇ならば、いかに巨大であろうとも、そういう魔物として受け入れられるが、これは──このつくりものめいた不均衡は、見るものに嫌悪感を強いる、吐き気をもよおすような造形である。


 このようなおぞましいものがこの世に存在しおるとは──そう考えたところで、俺はさらにおぞましい可能性に思い当たる。このような異形、本来は存在しえぬのではないか。存在せぬはずのものを、()()()()()()()()()()()()()()()──だとすれば、神をも恐れぬ所業と言えよう。


 俺は、その魔物──いやさ、()()を前にして、動くことができないでいる。そんな俺を見て、魔獣は、にたり、と人のように笑って──その(あぎと)の奥に火花が散って──まさか、と飛び退けば、次の瞬間、業火が襲いくる。渦巻く炎は壁際の骸をさらに燃やして──ほんの数瞬ためらっていれば、我が身も焼き尽くされて、炭と化していたであろう、と思う。


 魔獣は、まるで虫でもいたぶるかのように、無節操に炎を撒き散らす。どうやら奴の腹は満たされているようで──先の骸のおかげであろうか──俺を喰らう気はないようである。その嗜虐心に満ちた笑みを見るに、俺が火だるまになってもだえる様を眺めて、楽しみたいのであろう、と思う。


 俺は魔獣を、きっとにらみ返して──襲いくる炎を飛び退いて避けて──不意に違和感を覚える。

「線が──見えた?」

 瞬きの折、魔獣の吐いた炎に、わずかながら線が見えた気がしたのである。


 もしも、線が見えるのなら、炎でさえも斬ることができる──はずである。賭ける価値はある。今までも、己の剣だけで数々の危機を乗り越えてきたではないか、と自らを鼓舞する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ