第19話 帰還(後編)
俺たちは迷宮に潜り──まずは五層の休憩所を目指す。
途中、案の定というか、賭場の荒くれどもがリュシエルの美貌に見惚れて、やんやと囃したてるのであるが──俺が左目を閉じて、殺気を込めてにらむことで、皆一様に黙り込む。これはよい。これからは、奴らがうるさいときは、この手を使おう、と心に決める。
さて、話を戻して──道中、俺とロルフの二人だけでも、それほど苦もなく休憩所までたどりつけたのであるからして、精霊魔法の使い手たるリュシエルが加わったとなれば、さらに楽になるのは道理。俺たちは、以前よりも早く、休憩所に到達して──ひとまず、文字どおり休憩する。
「今回は六層を目指してみようと思う」
俺はそう宣言して、ロルフとリュシエルが頷く。
「六層はどんなところなんですか?」
「前に会ったアクスってやつが言うには、罠が多いらしい。地図が必須なんだと」
リュシエルののんきな問いに、ロルフは休憩所から先が白紙の地図を見せて、ため息をついてみせる。
そう──気前よく六層のことを教えてくれたアクスも、さすがに地図までは見せてはくれず、俺たちは自力で地図を埋めなければならないのである。しかも、罠の所在も含めて。まったく、斬るだけで済まぬことは面倒である。考えるだけで気が滅入る。
俺たちは、水を補充して、先を目指す。
休憩所の奥には、これまでの道のりと同じく、入り組んだ通路が続いている。先までと違うのは、どうやら砦としての機能が生きているという点である。通路は複層からなり、その上段には石の兵士が待ち構えている。奴らは侵入者の存在に気づいたようで、鈍い音を響かせながらこちらに向き直り、弓を構える。次の瞬間、石の矢は雨のように降り注ぎ──俺はそれらを斬り捨てん、と皆の前に出る。
『──』
リュシエルが何やら唱える──と、俺の目の前の石床が隆起して、矢を防ぐ壁となる。いや──それは壁ではない。見れば、俺の身の丈の倍はあろうかという石の巨人である。巨人は、降り注ぐ矢をものともせず、腕の一薙ぎで石の兵士どもを粉砕する。
「地下深くに潜っているからか、大地の精霊の力が強いみたいです」
リュシエルは事もなげに言って──何と、もう一体の巨人を造り出す。
二体の巨人に阻まれて、敵の矢はこちらには届かない──となれば、守りに徹する必要もなくなる。俺は左目を閉じて、巨人の陰を駆け抜け、壁を蹴って飛び、目の前の石兵を一刀のもとに斬り捨てる。俺の一閃に反応して、残りの石兵は俺に向き直り、弓を放とうと構えるのであるが──石の動きは遅すぎる。俺は、目に映る線という線をなぞり、石兵は瞬く間に石くれと化す。
「迷宮探索って、こんなに簡単でいいのか?」
何もしていないロルフが、のんきな声をあげる。
「まあ、死ぬ思いをするよりは、よいのではないか?」
言って、俺は曲刀を鞘におさめる。
土の精霊の守りもあって、俺たちは想像していたよりも容易に、階段をみつける。
「ありがとう」
リュシエルが礼を述べる──と、石の巨人は、喜びの表現であろうか、何やら奇怪な動きをして、石床に溶けるように消える。まこと精霊というものは、よくわからぬものである。
俺たちは、顔を見あわせて、頷きあって──階段を下りる。やがて、光苔の明かりが遠のいて、階段は見る間に暗くなる。俺は足を止めて、腰の火口箱を開け、火打金に火打石を打ちつける。散った火花が木くずを燃やし、その火で松明に火を点ける。しばらくは黒い煙ばかりがあがるが、やがて橙色の炎が、ぼう、とふくらむ。
「これで、火の精霊が呼べます」
そう言うリュシエルの肩には、いつのまにやら火の蜥蜴のようなものが乗っており、彼女にじゃれついている。その様を見るに、おそらく熱くはないのであろう、と思う。
俺たちは、松明の灯りと火の精霊とで、足もとを照らしながら、ゆっくりと階段を下りる。しばらく下ると階段は終わり──先には長い通路が続いている。六層は砦ではなく、再び迷宮なのであろう、と思う。
しかし、何もかもが今までの迷宮と同じというわけではないようである、と見て取る。壁の色が違う。石というよりは金属のような、鈍い光沢を放っている。しいて言うならば、一層から四層が第一の迷宮で、五層の砦を経て、新たに第二の迷宮に足を踏み入れたような、そんな心持ちである。
六層は、アクスの言を信じるならば、多数の罠が仕掛けられているという。
「俺も罠の心得があるわけじゃねえけどよ──俺が前を歩くから、もしものときは頼むぜ」
ロルフは、自信なさげに言いながら、前に出る。
ロルフには申し訳ないが、俺とリュシエルにはさらに心得がないのであるからして、彼に頼るほかない。俺は、せめてロルフがしくじった折には、いつでも助けに飛び込めるよう、構えながらその探索を見守る。
「──止まれ」
言って、ロルフは俺たちを手で制する。そして、長剣を腰から外して、その鞘の先で、わずかにせりあがった床を、こつん、と叩く──と、次の瞬間、壁から矢が放たれて、向かいの壁を穿つ。もしも、その床を踏んでいたならば、避ける間もなく矢に刺し貫かれていたことであろう、と背中に冷たいものが走る。
「やるではないか」
「ま、このくらいはな」
俺の賛辞に、ロルフは軽口で返す。
実際のところ、ロルフの罠探知は見事なもので、このまま順調に進めば、意外に容易に七層までたどりつけるのではないか──と、楽観していたときである。
ふと左目を閉じた折、ロルフの足もとの石畳に、奇妙な線が見えて。
「ロルフ!」
叫んで、俺はロルフを突き飛ばす。その代わりに俺がその床を踏んでしまって──俺の身体は瞬く間に妖しい光に包まれる。
「おおっと」
最後に聞いたのは、ロルフの間の抜けた声で──周囲の景色が闇に呑まれる。
「帰還」完/次話「魔獣」




