第19話 帰還(前編)
「炊麺──肉抜き、香辛料多めで」
と、奥の客の注文を聞いて、なかなかに通であるなあ、とうなる。
この炊麺──確かにうまいのであるが、連日食していると肉に飽きがくるのである。そこで肉抜き、そして食欲を増進する香辛料を足す──これはさぞかし店に通い慣れた手練れの注文に違いない、と見れば、そこにあるのは、何と見知った顔である。
「──リュシエル?」
美貌のエルフは、あ、みつかった、とでもいうように、ばつのわるそうな顔をして、こちらに手を振ってみせる。俺は店主に断って、彼女の隣に席を移る。
「戻ったら、折れた剣亭に顔を出すのではなかったのか?」
「いや──つい、この香りに誘われて」
俺の詰問に、リュシエルは緩い顔で答える。
こやつ──初見であの注文をしてみせるとは。肉の苦手なエルフゆえの注文ではあろうが、あなどれぬ女である。
「それで──求める情報は得られたのか?」
「いやあ、それが全然!」
リュシエルは悪びれることなく返す。
彼女の語るところによると、リメルスの各都市には、魔の森の記録が残っているところもあったのだという。しかし、それらの史料は、ベラトール陥落と時を同じくして、王都に集められており、今や禁書扱いになっているというのである。王宮の図書室に封じられて、閲覧できぬ状況となると、確かに旅のエルフにはどうしようもなかろう。
「それでは、もはや魔の森の情報は得られぬということか」
「いえいえ──情報の得られそうなところについては、あたりがつきましたよ」
リュシエルは、そう言いかけたところで──店主に供された炊麺に目を奪われる。
「どこだ?」
答えを急かす俺に、リュシエルは突き匙を手に取りながら、にんまりと笑って。
「ここです」
言って、意味深に下を指す。
「そんで、エルフの姉ちゃんも仲間になるってことかあ」
言って、ロルフは無精髭をなでる。エルフを目にするのは初めてとのことで、その美貌を前にして、いくらか緊張が見て取れる。
リュシエル曰く──リメルスにおける魔の森について記された史料は、王宮に集約されており、閲覧することはできない。それでは、リメルス以外の記録はどうかと言えば、そもそも近隣には新興の国が多く、魔の森が存在した頃の史料など、あろうはずもない。しかし──ただ一つだけ、魔の森の存在した昔より、連綿と続く都市がある。そう、迷宮の奥──地下深くに眠る古代都市である。すでに滅びているであろう古代都市であるが──いや、滅びているであろうからこそ、手つかずの史料が残っている可能性は十分にある、と彼女は考えたのである。
「目的を達するまで、一時的にな」
「一時的だなんて──ラガン、つれないですねえ。私とあなたの仲じゃないですかあ」
言って、リュシエルは俺にしなだれかかる──振りをする。
「ラガン、お前──」
その様を見て、あきれ声をあげるのはロルフである。イリーナという女がありながら、と俺を責めるのであるが。
「やましいことはしておらん。からかわれておるだけだ」
俺とリュシエルはそんな関係ではないし、そもそもロルフほど娼婦に入れあげているわけでもない──たぶん。
「ロルフさんは素直ですねえ」
リュシエルは、からからと笑って──それで、ロルフもからかわれていたことに気づいたようで、恥ずかしそうに禿頭をなでる。先までの緊張は、いくらかほぐれたと見える。
「ロルフでいいよ。俺もリュシエルって呼ぶからよ」
こうして──迷宮探索の仲間は、三人になったのである。
俺は、互いの身の上を語り合うロルフとリュシエルをよそに、一人思案する。古代都市には、手つかずの史料が残っている。確かに、その可能性は高いように思える。しかし、それには迷宮の踏破が必要になるとリュシエルは理解しているのであろうか。迷宮の奥深くには、かつてバルドが相対したという巨竜が待ち構えているというのに。
「竜──か」
つぶやいて、俺はまだ見ぬ竜を思う。
はたして、俺の線視は、その竜にも通じるのであろうか。そして、仮に線が見えたとて、竜の猛攻をかいくぐり、その線をなぞることができるのであろうか。バルドほどの男が逃げ帰ったという竜である。相手にとって不足はないが、この身にはまだやり遂げねばならぬことも残っているのであるからして、決死の覚悟で挑むというわけにもいかぬ。
「竜の心配をする前に、まずは六層に潜ることを心配しようぜ」
ロルフは、血気にはやる俺を諫めるように言って、聞こえよがしにため息をつく。




