第17話 荒稼ぎ(一)
「よう、隻眼鬼」
どこで耳にしたやら、バルドは嬉々として、俺の不名誉な二つ名を口にする。
「ルシオンに怒られても知らんぞ」
俺は小声でバルドに忠告する。隻眼鬼という呼び名については、俺よりもルシオンの方が憤っているのである。ちら、と見れば、想像どおり、ルシオンはめずらしくバルドをにらんでいて。
「お──っと、それは怖い」
言って、バルドはわざとらしく両手で口をふさぐ。
俺とバルドは、久方ぶりに、二人だけで酒を酌み交わす。
「ロルフの禿はどうした?」
「知らん──が、大方、娼館であろう」
バルドは、違いない、と苦笑しながら、酒杯をぐいと飲みほす。
バルドはルシオンを呼びとめて、酒と適当なつまみを注文する。近頃は、簡単な料理なら、店主のクラウスでなく、ルシオンがつくることもある。常連には、そちらの方が評判がよいというから、クラウスはさぞ落ち込んだことであろう、と思っていたのであるが──彼にとっては、売上さえあがれば、どうでもよいことであるらしい。
「ほう──もう四層までたどりついたのか」
しばしして──バルドは、供された春告魚の燻製に舌鼓を打ちながら、俺とロルフの迷宮探索の近況に耳を傾ける。
「ああ、魔法の武器とやらがなくとも、何とかなったのでな」
「普通は何ともならないもんなんだがなあ」
言って、バルドは苦笑する。
春告魚は、北のアルゲンティアから仕入れた海魚であるという。漁港で燻されたものを、さらにルシオンが軽く炙ったことで、脂と煙の匂いが立っている。塩気の強い身に、ルシオンの添えた香草が深みを加えて、酒の肴としては申し分ない。
「ロルフが金を稼ぎたがっておるから、もう少し潜ることになるかもしれん」
俺は、ロルフが金を求める理由までは明かさず──と言っても、大方のところはバルドも察しているであろうが──さらに迷宮を探索するつもりであることを告げる。
「ちなみに──三層で黒狼を狩って、その毛皮を売るのと、五層に進むのとでは、どちらが儲かる?」
俺が何とはなしに問うと、バルドは無造作に手を差し出す。ただでは教えぬということであろう、俺は苦笑しながら、その手に銀貨を放る。
「その二択なら──五層だろうな」
バルドは、銀貨を懐にしまいながら、そう断言する。
「五層からは、迷宮が少し様変わりする。魔物だけでなく、採集でも稼げるようになるから、俺なら五層で稼ぐ」
「そういうものか」
バルドの提言に、俺は素直に頷く。まだ見ぬ五層であるが、バルドが言うのであるから、間違いはあるまい。
「まあ、飲め。もう少し五層について話してやろう」
バルドに酒を勧められて──そうして、迷宮談義に花が咲いて、夜は次第に更けていく。
翌日──俺とロルフは迷宮街を抜けて、隠し通路から昇降機に乗り、四層に降りる。
「おう、ラガン、たまには遊んでいかねえか?」
昇降機から下りた俺たちを、黒黥のヴィレルが迎える。俺は首を振って、賭場への誘いを断るのであるが。
「──ロルフ」
「わかってるって」
ロルフの方はというと、物欲しそうに賭場を横目で眺めており、返す言葉とは裏腹に、わかっていないことは明白である。俺はロルフの首根っこをつかんで、強制的に賭場を後にする。
俺たちは、賭場近くの水路を飛び越えて、迷宮のさらに奥へと足を踏み入れる。水路より奥は、さらに腐臭が強くなる。それもそのはず、通路を進み、開けた場所に出るたびに、多数の骸が群れているのである。見目おぞましき骸の群れ──しかし、斬れるとわかってしまえば、それほど脅威ではない。骸どもが緩慢に武器を振りあげる間に、一閃──俺は危なげなく骸を屠り、奥に奥に進む。
俺たちは、骸の山を乗り越えて──やがて、下層に下りる階段の前に立つ。
「準備はよいな?」
「ああ」
俺の確認に、ロルフが頷いて返して──俺たちは暗い階段に一歩を踏み出す。
「階段が──長いな」
俺は、階段を下りながらつぶやく。今までの階層よりも明らかに階段が長く──より深くに潜っていることを、あらためて実感する。階段を下りるにしたがって、俺たちの口数は減っていく。まるで、巨大な魔物の胃袋に吞み込まれていくような圧迫感が、そうさせるのやもしれぬ、と思う。
やがて、下る先に明かりを認めて──ようやく次の層に到達したのだと悟った俺とロルフは、互いに顔を見あわせて、いくらか早足で階段を駆け下りる。
「これは──」
階段を下りた先は、ちょっとした高台のようになっている。見れば、天井には何やら光る苔のようなものが生えており、あたりは松明がいらない程度に明るい。そして──その苔に照らされた景色は、今までの迷宮とはまったく異なる。
「こりゃあ、迷宮って言うより、要塞だなあ」
ロルフの驚きの声に、俺は頷いて応える。
眼下には、冒険者の行く手を遮る、堅牢な砦が建っている。かつて、古代人が蛮族の侵攻を迎え撃った砦であろうか、その城壁には激しい戦の跡が刻まれている。




