第15話 討伐(後編)
翌朝、俺とロルフは、連れ立って森に入る。村の外れの放牧場から、オークの足跡を逆にたどって、その集落をみつけようという算段である。
「おぬし──冒険者よりも狩人の方が向いておるのではないか?」
地べたに顔を寄せて、オークの痕跡を探すロルフの背を眺めながら、俺はつぶやく。その姿は堂に入っており、ロルフの人となりを知る俺をして、頼りがいのある背に見せるほどなのであるからして、相当にその道に精通しているのであろう、と思う。
「よく言われるよ」
ロルフは腰をあげて、苦笑しながら返す。
俺たちは、ロルフの先導で、森の奥に分け入る。獣道を進むにつれて、腐臭が漂い始めて──それは次第に臭いを増していく。
「──あれだな」
ロルフは、太い木の幹に隠れて──そこから、先をのぞくように、顎でうながす。
そこには、古ぼけた小屋がある。かつて木こりや狩人が森での拠点として使っていたであろうその小屋を中心に、オークどもは集落を築いている。いや──小屋のまわりを柵で囲い、溝を掘って、浅い堀のようなものまで築いているのであるからして、集落というよりは要塞のようなものを想定しているようにも思える。
おそらく──さらに先のカルデラシア山にオークの本拠地があり、そこから這い出したものどもが、森に出城のようなものを築いているところなのであろう、と思う。
「これ以上は、気づかれるだろうな」
ロルフは声を潜めながら続ける。
「さて、どうする? 俺も援護くらいはできると思うが──囲まれたら死ぬ自信がある」
言って、ロルフは気障に笑う。
「そんなことに自信を持つな」
俺は、ふざけるロルフの禿頭をはたく。
「──とはいえ、俺とて、一度に相手にするには多すぎるな」
攻手に制限のあるような場所ならともかくも、ここは死角の多い森である。四方を囲まれるようなことになれば、さすがに不覚をとることもあろう。
「少しずつ間引いていこう」
俺とロルフは、顔を見あわせて頷く。
オークの中には、どうやら食料や水の調達に出ているものもいるようで──俺たちは、その群れから離れて行動しているオークに狙いをさだめる。
俺は左目を閉じて──ロルフの合図で飛び出して、一刀のもとに数匹を斬り捨てる。線視を用いた、断末魔の叫びをあげることさえ許さぬ、一方的な殺戮である。それを何度か繰り返して、十数匹を間引いた頃であろうか。
「──まずいな」
ロルフは、めずらしく焦りの色を見せる。
「どうした?」
「集落の規模にしては、数が少ない」
オークの数が少ないということは、別のところに移動しているということ──ロルフの言わんとするところを察して、慌てて踵を返す。
「急ぐぞ!」
俺たちは、森を駆け抜けて、村に戻る。
悪い予感ほど当たるもの──村の柵は再び破られており、その先には食い荒らされた家畜の死骸が転がっている。間違いない、オークの襲撃である。
村の広場から、悲鳴が響く。叫ぶことができるのなら、まだ間に合う──そう信じて、広場を目指す。
「エリン!」
その叫び声は、ルシオンのものである。
広場に踏み込んで見れば、そこにはオークの群れと、その眼前に一人取り残されたエリンの姿がある。彼女はへたり込んでおり、恐怖のあまりであろう、そこから動けないでいる。
「ああ──立てない、立てないよう!」
エリンは泣き叫ぶ。おそらく、腰が抜けているのであろう。あれだけのオークを前にすれば、無理もない。
「エリンから離れろ! 化物め!」
ルシオンは、何とエリンをかばうように前に出て、短剣を振るう。オークが短剣を警戒して下がったからよいようなものの、ほとんど自殺行為である。そのような無謀のために戦い方を教えたのではないぞ、と叱りたくなる。
「ロルフ! 村のものたちの避難を頼む!」
俺は、ロルフに村のものを任せて、自らはルシオンのもとに駆ける。
「ラガンは!?」
問い返すロルフに、俺は答える間も惜しんで、速く──さらに速く駆ける。
「──斬る!!」
吠えて──俺はルシオンをかばうようにその前に立つ。
「ラガン!」
俺の背で、ルシオンが安堵の声をあげる。
「まったく、誰に似たやら、無謀なことをするものよ」
「きっと、ラガンに似たのよ」
ルシオンは、安堵からであろう、納得しかねる減らず口を叩くのであるが、ひとまずは捨て置く。
オークは、俺の曲刀を警戒しているようで、すぐには襲いかかってこない。その間に呼吸を整える。オークは、少しずつ──じりじりと間合いを詰める。そして、どこかで鳥が甲高く鳴いたのをきっかけに、ついにいっせいに襲いくる。
思い出せ──トーラスの軍勢を斬り伏せたときのことを。俺は大きく息を吸って──吐く。そして、呼吸を忘れて──左目を閉じる。
俺は、襲いくるオークの線を、縦になぞる。オークは左右に両断されて絶命する。
「──嘘だろ」
その様を見て、村人が逃げる足を止めて、呆然とつぶやく。
人間であれば驚愕の光景にも、しかしオークは怯まない。続けざまに襲いくるオークを、今度は斜めに両断して、血飛沫が舞う。オークのどろりとした粘液のような血が、俺の衣服にまとわりついて、身体が重い。返り血は浴びない方がよさそうである──が、避ける余裕もない。右目にさえ入らなければよかろうと割り切って、俺はさらに敵陣に斬り込む。
構えることもなく、ただ目の前の線をなぞることに執心する。無形のまま舞う曲刀は、まるで流水のように、とどまるところを知らず流れ続ける。それは、構えて、斬る、という攻と防を意識した剣ではなく──ただ目の前のものを斬るだけの、無拍子の剣である。
知らず笑みがこぼれる。それは、師匠の剣と同じ──俺の目指した無拍子である。オークどもは、防御することあたわず、気づいたときには線をなぞられて──身体を両断されて、絶命する。俺のまわりには、次々とオークの骸が積みあがり──俺はその骸を踏み越えて、さらに前に出る。
そのとき──空気を震わせるような咆哮が轟く。オークの群れを押しのけて、一際大きな変異種が、眼前に立ちはだかる。おそらく敵の首魁であろう、と当たりをつけて、そのまま斬りかかる。首魁の手には、まるで巨木のような棍棒が握られている。まずは敵を無力化せん、と棍棒の中ほどの線をなぞり、返す刀で棍棒を握る腕を斬り飛ばす。
しかし──それでも首魁は止まらない。腕を両断されたというのに、何の痛痒もないようで、そのまま斬られた腕を振り回して──両断された肘の先が、俺の頭をかすめる。たったそれだけで、俺は吹き飛ばされて──宙でくるりと回り、かろうじて足から着地する。
「ラガン!」
「大事ない!」
ルシオンの悲鳴に、声を張りあげて返す。
いくらかくらりとしたものの、すぐに平衡を取り戻している。しかし、油断があったのも事実──相手が人であれば、武器を斬り、腕を斬れば、無力化もできようが、魔物はそうもいかぬ。おそらく、人とは痛覚が異なるのであろう、奴を止めるには、息の根を止めねばならぬということ──となれば、狙うは首か心臓か。
俺は首魁の首にある線を目でなぞる。首魁は幻の斬撃に脅えるように首を守る──が、俺の狙いはそこではない。俺は上体を低くして、首魁の死角に潜り込み、がらあきの左脚を両断する。首魁はたまらず膝をつく。
「殺った!」
俺は飛びあがって、曲刀を振りかぶり、首魁の肩から心臓にかけての線をなぞる。さくり、と──驚くほど軽い手応えで、首魁の心臓を両断する。
どう、と倒れ伏す首魁を見て、群れは慌てふためいて──誰からともなく撤退を始める。逃げるオークの背を眺めながら、俺は安堵の息をつく。実のところ、すでに体力の限界を超えている。もしも、残りの手下どもが、死なばもろとも、と向かってきていたならば、この場で死んでいたやもしれぬ、と思う。
俺は、血振りをして、曲刀を鞘におさめて、おもむろに左目を閉じる──と同時に、激痛が走る。いつぞやのように、線視を使いすぎた代償であろうが、線視を使わなければ、死んでいたであろうことを思うと、やむをえぬ痛みでもある。歯を食いしばってこらえる。
「ラガン!」
その呼び声は、ルシオンのものである。
俺は激痛をこらえながら、声のする方に歩き始める。広場は、オークのどす黒い血にまみれていて、歩くたびに、ぴちゃり、ぴちゃり、と音を立てる。眼前に広がる屍山血河に、我が所業ながらあきれる。
ルシオンの傍らに、エリンが座り込んでいる。おそらく、目の前の惨状に、さらに腰を抜かしているのであろう、と思う。
俺は、オークの屍と、どろりとした血の海を越えて、エリンに歩み寄る。
「──大丈夫か?」
「ひっ!」
手を差しのべる俺を、エリンは化物でも見るような目で見て、悲鳴をあげて後ずさる。
村の危機を救ったのである。感謝こそされ、恐れられることなどないはずであるというのに──エリンだけでなく、村のもの皆が、俺から遠ざかる。俺は、返り血にまみれた自らを見て、それも仕方あるまい、と寂しく笑う。
皆が俺から離れていく中──ただ一人、ルシオンだけが、俺のそばに歩み寄る。
「大丈夫だよ、ラガン。ありがとう──」
言って、彼女は俺を抱きしめる。
その突然の抱擁に、どれだけ俺の心が救われたことか──知らず目頭が熱くなる。これではどちらが兄やらわからぬ、と鼻をすすりながら苦笑する。
「おい、ラガン! 無事か!」
と──村のものたちを避難させていたロルフが、剣戟の音が止んだのをいぶかしんだものか、こちらに駆けてくる。俺は慌てて涙をぬぐう。妹に泣かされる兄などおらぬのである。
「ああ、子細ない。服を買い替えねばならんくらいだ」
言いながら、俺は顔についた返り血を袖でぬぐう。顔の汚れはそれで落ちるが、服に染みついた異臭は、ちょっと洗ったくらいではとれそうもない。
「さすがはラガン、派手にやってくれたなあ」
ロルフは、俺の剣を見慣れているからであろう、屍山血河を前にしても、あっけらかんと感心してみせる。
しかし──村のものはそのかぎりではない。
「──隻眼鬼」
ある男が、俺の潰れた左目を見ながら、まるで汚らわしいもののように吐き捨てる。
「おい、今の誰だ?」
ロルフは、それを聞きとがめる。
「こっちはやっすい報酬で魔物討伐をやり遂げたんだぞ! 悪し様に罵られる筋合いなんて、これっぽっちもねえだろ!」
ロルフの怒声に、男はばつの悪そうな顔をする。俺にとっては、それだけで十分である。
「ロルフ──もうよい」
「だけどよう──」
ロルフは、まだ言い足りないようで、不満げに唇を尖らせる。
「お前が憤ってくれただけで、十分だ」
俺はロルフと──そして、ルシオンの存在に感謝する。
俺たちは、少ない報酬をもらって、村を後にする。本音を言えば、いくらか身体を休めてから出立したかったのであるが、村のものたちの忌むような視線に、さすがにいたたまれず、逃げるように帰途についたのである。
「ラガンとロルフさんがいれば、野宿するのも楽しいね!」
ルシオンは、どうやら空元気ではなく、本当に初めての野宿に浮かれているようで、楽しそうに笑う。
「そうだろうそうだろう、頼りになる男、ロルフと呼んでくれい」
ロルフは、おだてられると、すぐに調子に乗る。
俺たちは、ロルフの調理したスープ──と言っても、野菜のスープに干し肉で味をつけただけの簡単なものである──を食べて、焚火で暖をとる。
焚火の爆ぜる音が、耳に心地よく──俺たちは、その音に聞き入るように、皆一様に口を閉じる。
「また──オークに襲われたりしないかな?」
不意に訪れた静寂に耐えかねたように、ルシオンがこぼす。それは、俺たちが、ということではなく──あの村が、オークの生き残りに襲われるのではないかという不安の吐露であろう。
「追いかけて、根切りにした方がよかったかもしれんな」
俺は、拾いあげた枝の先で、薪を動かしながら、そう返す。
「そこまでする義理はねえだろ」
ロルフは、先の村のものの態度を思い起こしたようで、吐き捨てるように続ける。
「それに──生き残ったオークどもは、身をもって隻眼鬼の恐ろしさを知っただろうからな、もう人里には降りてこねえだろうよ」
ロルフの断言に、ルシオンも、きっとそうだね、と同意を示して──二人は顔を見あわせて笑う。二人の口から聞くと、隻眼鬼という呼び名も称賛に聞こえるのであるから、不思議なものである。
ちなみに──その後に聞いた話によると、以来、村では悪さをすると「隻眼鬼」が来ると言って、子どもを脅すようになったのだという。
「討伐」完/次話「未定」
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