第15話 討伐(前編)
「ルシオン──何をしておる?」
前日の深酒のせいで遅く起きた昼──酒場に下りてくると、ルシオンと見知らぬ少女が、酒場の隅の柱の前で、何やら頭を突き合わせている。
「あ、ラガン」
ルシオンは俺の呼び声に応えて──そして、俺の視線に気づいたものか、隣の少女を紹介する。
「この娘は、友達のエリン。前に話した、近くの村の女の子」
言われて、いつぞやそんな話を聞いたことを思い出す。確か──近くの村から、ブロンダルに野菜を売りにきているという少女である。
「初めまして、エリンです」
そう名乗るのは、素朴な顔立ちの、そばかすの少女である。どうやら、俺の風貌が恐ろしいようで、ルシオンの背に隠れている。そういえば、大昔はルシオンにも怖がられたことがあったなあ、と思わず苦笑してしまう。
「冒険者に、何ぞ依頼か?」
二人の前にある柱は、冒険者への依頼を貼り出すためのものである。
「エリンの村のそばの森に魔物が出て、討伐の依頼を出すことになったんだって」
「ほう──」
俺はルシオンの持つ依頼書をのぞき込む。
「魔物の種類はわからぬのか?」
依頼書には、魔物の討伐としか書かれていない。
「村の人は、家畜が食い荒らされてるから、魔物が出たんだろうって。でも、魔物自体を見た人はいなくて──」
「獣ではないのか?」
エリンの答えに、俺は意地のわるい質問を返す。
「獣用の罠を避けてるから、知能のある魔物だろうって──」
なるほど──事情はわかった。とはいえ、未知の魔物を相手にこの額では、依頼を受ける冒険者はおるまい。いるとすれば──よほどのお人よしであろう。
「ラガン、何とかならない?」
「──むう」
ルシオンが、上目で俺に問いかける。兄は妹にせがまれると弱いのである。
「つきあわせて、すまんな、ロルフ」
結局、エリンの依頼を引き受けることになった俺は、ロルフを連れて村に向かっている。ブロンダルを昼に出れば、夕方には村に着くというから、徒歩での移動である。
「何言ってんだ、俺たちゃ仲間だろ」
「そうそう、仲間でしょ」
ロルフに同意を示すのは、誰あろう──なぜかついてきているルシオンである。
「お前は仲間ではない。大事な妹だ」
俺は、何度目かになる溜息をつきながら、ルシオンに告げる。来るなと言ったのに、あれやこれやと理由をつけて、無理やりついてきているのである。
「過保護な兄貴だなあ」
「ねえ」
からかうようなロルフの言に、ルシオンはやはり同意を示す。二人は、何かと気が合うようで、兄としては大変困っている。
「それに、儲けは少ないかもしれんが、鉱泉もあるはずだし──」
ロルフは、今から訪れる村について、俺の知らぬことまで知っているようで──鉱泉とやらを楽しみにして、足取りも軽い。
「──古傷に効くんだよなあ」
言って、ロルフは左膝を叩く。何でも、傭兵時代に受けた傷が、今もうずくことがあるのだという。
ロルフの言うとおり、儲けのほとんどない依頼であるから、他に楽しみを見出してくれるのであれば、俺としても気が楽になる。
夕暮れ──ようやく村に着くと、先に戻っていたエリンが、村長であろう老爺を連れて、俺たちを出迎える。
「あんた方が、エリンの連れてきた冒険者かね?」
村長の問いに、俺は頷いて応える。
「たった二人で──」
村のものは、俺とロルフしかおらぬのを見て、ひそひそと陰口を叩く。
まったく──本来であれば、そのたった二人さえ雇えない報酬だったのであるからして、引き受けただけでも感謝してほしいくらいである。
「さっそく、現場を見せてくれい」
俺は村長にそう言って──家畜が食い荒らされたという牧場への案内を頼む。
村の外れ──柵に囲われた放牧場には、家畜がほとんどいない。おそらく、その大半は魔物に食われたのであろうから、村にとっては死活問題である。家畜の骸はすでに片づけられているものの、土に染み込んだであろう、むせ返るような血の匂いは、いまだ消えていない。
「こいつは──オークじゃねえか?」
ロルフは、土に残る足跡をつぶさに見て、ぽつりとつぶやく。
確かに──二足歩行の足跡で、かつゴブリンよりも大きいとなると、ロルフの言うとおり、オークの可能性が高い。
「となると──少々厄介かもしれんな」
俺の言に、ロルフは顔をしかめながら頷く。
「こいつら、群れやがるからなあ」
オークは群れをなして、人里を襲う。リメルスにおいても、オークに滅ぼされた村は、一つや二つではない。
オークの討伐は、夜が明けてからということにして──ひとまずは、被害にあった放牧場に火を焚いてもらい、村のものに夜番を頼む。村の若衆からは不満の声もあがるが──俺とロルフの二人だけでは不寝番はできぬし、何より寝ずの番の後では討伐にも支障があろうから、と説明すると、渋々ながらも納得する。
俺とロルフは、明日の討伐の英気を養うため──と、理由をつけて、村外れにある鉱泉を訪れる。
木立でいくらか視線が遮られているからであろう、ロルフは瞬く間に腰布姿になって、我先にと鉱泉に浸かる。俺も腰布姿になり、ロルフに続く。身体を清めること自体は嫌いではないのであるが、武具を手もとから遠ざけるのは、裸になるよりも心細い。
「この、ぬるりとした感触には、どうにも慣れぬなあ」
水や湯で身体を拭くのとは異なり、鉱泉は肌にまとわりつくような粘性を持っている。
「ラガンは、鉱泉に入るのは初めてか?」
ロルフは、こちらが鉱泉の初心者と見るや、ここぞとばかりに講釈を垂れる。
「ブロンダルとリメルスの国境にそびえるカルデラシア山は、その昔、火を吹いたことがあるんだと──」
ロルフの語るところによると、カルデラシアのような火を吹く山の近くには、鉱泉が湧きやすいのだという。特に山の北側は、水源が豊富なこともあって、鉱泉が多く──ロルフは、護衛の依頼で訪れるたびに、役得とばかりに鉱泉に入っているらしい。
「この、ぬるりとした湯が、傭兵時代の古傷に効くんだよ」
「ほう」
意外や鉱泉に詳しいロルフの蘊蓄に、素直に感心する。
俺は、ロルフを真似て、湯で肌をなでる。そこには、ベラトールの惨劇で負った傷がある。もう癒えたつもりであったが、湯でなでると痛みの記憶すら一緒に流されるようで──俺は思わず、ほう、と息をつく。




