第14話 貧民街(後編)
「ラガン、お前のやることだから、多少は目をつぶるけどなあ──」
こういうことはこれっきりにしてくれよ、と宿屋の主人たるクラウスが苦言を呈する。
「すまぬな。ちょうどよい場所が他に思いつかなんだ」
俺はクラウスに詫びながら、酒場の奥に目を向ける。
昼を過ぎて、酒場に客はまばらである。わずかながら、すでに酒を飲み始めている客もいるものの、まだそれほど酔いはまわってはいないようで、酔客特有の騒々しさはない。これならば、今から始まる会合の邪魔になることもなかろう、と思う。
酒場の奥の席には、黒黥のヴィレルと、煤煙の顔役が、向かい合って座っている。互いに手下は連れず、一対一の話し合いである。
「しかし、たまたまとはいえ、バルドのおらぬときでよかった」
バルドは、ちょうどロルフと連れ立って娼館に出かけているらしく、不在である。
どちらの組織も、バルドの存在ありきで俺を恐れているのである。もしも、そのバルド当人がこの場にいたなら、不興を買うのを恐れて逃げ出して──話し合い自体がご破算になっていてもおかしくはない。
「まずは互いに名乗ってもらおう」
俺は、二人の顔役の隣の席に腰をおろして、足を組みながら告げる。
「黒黥のヴィレルだ」
「煤煙のマルム」
それぞれの組織の顔役──ヴィレルとマルムは、互いに仏頂面で名乗りをあげる。
「マルム──まずは、そちらの言い分を」
言って、俺はマルムに事の発端を話すよううながす。
「うちのノックスが、迷宮の四層で死んだ。たまたま、骸が魔物と化す前に回収されたからこそ発覚したことだ。四層と言えば、あんたらの根城だろう。関係ないとは思えねえ」
マルムが言い終えると、ヴィレルは不満そうに鼻を鳴らす。
「ヴィレル──マルムの言に、反論を」
「俺たちゃ、あんたらのお仲間に手出しはしてねえ。する理由もねえ」
俺がそううながすや否や、ヴィレルは声を荒げて言い放つ。彼からすれば、謂れのない疑いをかけられて、すぐにでも反論したかったのであろう、と思う。
「だったら、ノックスは何で迷宮なんぞで死んでたんだ?」
しかし、マルムの疑問も、当然のものである。
「知らねえよ」
「──何だと?」
ヴィレルの吐き捨てるような返答に、マルムは声を荒げる。
「やめろ──知らなくとも、理由を想像することくらいできるであろう」
言って、俺はヴィレルに、まともに答えるよううながす。
ヴィレルは、しばし思案して──やがて、言いにくそうに答える。
「──うちの賭場で遊ぼうとでも思ってたんじゃねえのか」
「お前ら──本当に迷宮で賭場を開いてんのか?」
マルムは、ノックスとやらの死を忘れたかのように、興味津々といった様子で尋ねる。
「白々しい。知ってんだろ」
「知ってはいる──が、同時に疑問にも思っている。どうやって迷宮で賭場が成り立つのか、とな」
マルムの追求に、ヴィレルは溜息をつきながら種を明かす。
「安全な道があるんだよ。客にはその道を教える。招かれざるものが無理に訪れようとしても、迷宮の魔物にやられて死んじまうってわけだ」
黒黥の秘密を聞いて、マルムは、ほう、と感心の声をあげる。
「ということは──ノックスは、招かれざる客として賭場を訪れようとして、魔物にやられて死んだってことか?」
「確証はないが──そうなるんじゃねえのか」
ヴィレルは、賭場が原因で仲間が死んだと難癖をつけられることを恐れているのであろう、俺の目をうかがいながら、渋々というように首肯する──とはいえ、俺としても、ヴィレルの推測が正しいのだとすれば、ノックスとやらの死は自業自得であるように思える。
「その線で納得してやってもいい──が、条件がある」
意外やマルムはごねることなく──むしろ、その条件こそが真の目的であったかのように続ける。
「──俺たちも、賭場の客になれねえか?」
会合を終えて、俺は黒黥と連れ立って、迷宮の四層──賭場に戻る。
「ラガン──いや、ラガンの旦那、助かったぜ」
ヴィレルは俺に酒を勧めながら、自らは一息で酒杯を飲みほして。
「俺たちだけだったら、話し合いにならずに殺し合いよ」
そううそぶいてみせるのであるが──煤煙の根城たる酒場を訪れた折のことを思うと、あながち大げさとも思えぬから、まったく物騒なことである。
「煤煙の連中を賭場に招いてよかったのか?」
俺は、賭場の喧噪を聞きながら、そう尋ねる。結局、ヴィレルはマルムの要求を呑んで、賭場の鍵を一つ渡し、昇降機の存在も明かしたのである。
「賭場を荒らすようなことはしないと約定を結んだからな」
ヴィレルは、さっそく賭場を訪れている煤煙の連中を眺めながら、したり顔でほくそ笑む。彼にとっては、賭場が荒らされさえしなければ、客が増えるのはよいことであり──煤煙の連中からしても、ブロンダルの表層にこれほどの規模の賭場はないのであろうから、楽しめるならそれでよいということなのであろうが──。
「あれで約定になるのか?」
しかし──と、俺はヴィレルの断言に疑問を呈する。彼は約定と言うが、印象としては単なる口約束にすぎず、煤煙が約束を違えるやもしれぬと考えても不思議はないように思える。
「何を言ってんだ、旦那が約定の立会人だろうに」
「──何?」
ヴィレルの意外な言に、思わず声をあげる。俺としては、両組織の仲裁を頼まれた覚えはあるものの、約定の立会人となったつもりはないというのに。
「まあ、あんたはそれほど気にする必要はなかろうよ。俺たちゃ、バルドの連れの顔をつぶすようなことはしない。互いにそれがわかっているからこそ、口約束が約定になるわけよ」
言って、ヴィレルは悪そうに笑う。
なるほど──両組織の諍いをおさめるには、俺の存在は渡りに舟であったということであろう。うまいように使われた気もするが──まあ、こちらとしても利はあること。
「それで、俺の暗殺とやら──黒黥の代わりに、誰が引き受けたというのだ?」
俺はようやく本題に入る。その名を聞きたいがために、ずいぶんと遠回りをしたものである。
「確証があるわけじゃねえが──俺たちが引き受けない以上、そいつら以外に引き受ける奴はいねえってことで──」
「それでかまわん」
言い渋るヴィレルに、早く言え、と顎でうながす。
ヴィレルは、自身を害するものなどいないはずの賭場であるというのに、何かを恐れるようにあたりを見回して──ようやく決意したように、重い口を開く。
「──教団」
「貧民街」完/次話「討伐」




