第13話 魔窟(後編)
扉の向こうには、薄暗い部屋が広がっている。
部屋には、そこかしこにテーブルがあり、薄明りに賽子や遊戯盤が照らし出される。そこに集うのは、見るからに堅気ではない連中で、賽子の出目に一喜一憂しては、金銀の貨幣が飛び交い、悲喜こもごもの声があがる。どう見ても──賭場である。
なぜに迷宮の、しかも四層に賭場があるのか──まったく事情のわからぬまま、あたりを見回しながら、奥に進もうとする俺たちの前に、不意に男が立ちはだかる。見るからに、腕っぷしに自信のありそうな、大柄な男である。
「お前ら、どうやってここに入った?」
「二層の骸が鍵を持っておったのだ」
男の問いに、素直に答える。何ら後ろ暗いところはない。
懐から取り出した鍵を見せると、男はそれをしげしげと眺めて。
「これ──フロウの鍵じゃないですかね?」
振り向いて、奥に座る髭面の男に問いかける。
その髭面の男の眼光ときたら──左目を閉じて見るに、この中でもっとも強いというわけでもないというのに、その圧力は明らかにこの場を支配しているのである。おそらくは、この賭場を仕切る顔役なのであろう、と思う。
「あの野郎──最近、顔を見せねえと思ってたら、おっ死んでやがったのか」
髭面の男は、鍵を一瞥するなり、そう告げて。
「俺は、ヴィレルってもんだ。ここを仕切ってる」
と、俺の顔を興味深そうに眺めながら続ける。
「あんた──相当に腕が立つようだなあ」
「──そこそこだ」
髭面の男──ヴィレルは、俺の実力を肌で感じ取ったように告げるのであるが──俺は謙遜で返す。俺としては、あまりかかわりあいになりたくない手合いである。
「その鍵は、あんたが持ってるといい」
しかし、ヴィレルの方は俺とお近づきになりたいようで、親切顔でそう続ける。
「ようこそ──黒黥へ」
言って、ヴィレルは、腕を高く掲げる。その腕には、咎人であることを示す、黒い入れ墨がある。
なるほど、黒黥とはその入れ墨のことであり──つまるところ、この場に集うものは、皆、咎人なのであろう、と察する。まったく、迷宮街も相当にいかがわしい場所であったが──ここは完全に犯罪者の巣窟である。
「ロルフ、出よう」
「でもよう──」
俺はロルフの手を引いて、入口に戻るようにうながすのであるが──ロルフはといえば、大勝ちしたであろう男が、懐に金貨をしまうのを、物欲しそうに眺めている。
「金は真面目に稼ぐにかぎる」
「そりゃあそうだけどよう──」
それでも名残惜しそうにするロルフの首根っこをつかまえて、引きずるようにして入口に戻る。
「──待て」
と、ヴィレルが何かに気づいたように、声をあげる。
「あんた──もしかして、隻眼のラガンか」
「だったら──どうする?」
突然の問いに、俺は足を止めて、曲刀の柄を握りながら問い返す。俺のことを知っていて、しかも呼びとめるとなると──最悪の場合、リメルスからの追手とつながっていることも考えられる。
「腕利きの冒険者に、頼みたいことがある」
しかし──ヴィレルの口から出たのは、意外な言葉である。
「俺にも依頼を選ぶ権利はあるぞ」
俺は、曲刀の柄から手を放して、あきれながら返す。どこに犯罪者からの依頼を受ける冒険者がいようか。
「あんたに利のある報酬を約束できる」
「──ほう?」
自信ありげなヴィレルの言に、俺は顎で続きをうながす。
「あんたの暗殺を依頼された」
ヴィレルは、何でもないことのように、とんでもないことを言う。
「依頼は断ったが、その依頼を受けたであろうもののことを教えられる」
「そんなことを本人に話してもよいのか? いや──そもそも、なぜ断った?」
「あんた、バルドの連れだろ。あいつの連れの暗殺なんて、引き受けるやつはこの街にはいねえよ」
俺の問いに、ヴィレルは、何を当たり前のことを、と返す。
「バルドがそんなに怖いのか?」
バルドの名に、まさかこれほどの悪党までもがおののこうとは思ってもおらず、少なからず驚く。ヴィレルは、そんな俺にあきれるように続ける。
「知らんのか。バルドはな──竜と戦って、生きて帰った男だぞ」
「魔窟」完/次話「貧民街」




