第13話 魔窟(中編)
俺たちは、次々と襲いかかる黒狼を屠りながら、迷宮の奥を目指す。三層は入り組んでおり、たびたび行き止まりに行く手を阻まれるのであるが、ロルフの作成する地図のおかげで──意外な才能である──やがて、開けた部屋に出る。部屋の奥には、階段があり──ロルフは、どうする、という顔で俺を見る。
「四層には、不死の魔物が出るのであったな」
俺は顎に手をあてて、思案する。バルド曰く、魔法の武器がなければ倒せぬという魔物である。しかし──。
「ちと、試し斬りがしたい」
俺は、剣と命とを天秤にかけて──当然のように剣に傾く。
「不死の魔物は、魔法の武器がないと倒せないんじゃなかったのか?」
「俺の力が、魔法の武器の代わりになるものか──それを知りたいのだ」
ロルフの問いに、俺は好奇心のままに答える。
聞くものが聞けば、あきれる言い草であろうが──俺の線視は、言わば剣聖の極意である。不死の魔物とて、あるいは斬り捨てることができるのではないか、と思ってしまうのも、無理からぬことでろう、と思う。
「なるほど。じゃあ、やばくなったら逃げるってことで」
ロルフは、軽い調子で言う。
俺たちは階段を下りて──四層に足を踏み入れる。目の前には、これまでの層と代わり映えのない通路が伸びている。しかし、その臭い──鼻を突くような異臭ときたら。
「死体が腐ったような臭いだな」
ロルフは、たまらず鼻をつまみながらこぼす。
四層では、人の骸が不死の魔物となってよみがえるというから、この異臭はおそらくその魔物どもの臭いなのであろう、と思う。
俺もロルフも、最初のうちこそ、鼻を押さえながら歩いていたのであるが、次第に悪臭にも慣れてしまう──とはいえ、服には臭いが染みついているであろうから、このまま帰ればルシオンに嫌な顔をされるであろうな、と場違いなことを考える。
「お、ようやくおいでなすった!」
と、不意にロルフが声をあげて──俺は意識を前方に集中する。
ロルフの言うとおり──通路の奥から、冒険者の成れの果てであろうか、腐敗した骸や、骨と化した骸が、わらわらと集まってくる。その動きは緩慢で、一見するとくみしやすく思えるのであるが、普通の武器では殺せぬとなれば、それだけで十分に脅威であろう。
「ロルフは下がっておれ」
「言われなくても」
言うより早く、ロルフはすでに後方に下がっている──どころか、いつでも逃げ出せるように駆け出す準備さえしている。俺は苦笑いしながら曲刀を抜いて──左目を閉じる。
見える──不死の魔物にも、線が見える。線が見えるなら、斬ることもできよう。そう確信して──俺は、迫りくる骸の振るう錆びた剣をかいくぐり、その腐りかけた胴の線をなぞる。骸は両断されて地に転がり、見る間に灰と化す。
殺せる──となれば、その動きの遅さは、致命的である。俺は骸の群れに飛び込み、次々と線をなぞり──すべての線をなぞり終えたところで、曲刀を鞘におさめる。
「不死の魔物を、一刀両断かよ」
ロルフは、その様を見て、逃げの構えを解いて。
「ラガンの剣は、魔法の域に達してるってことかねえ」
と、灰となって消える骸を眺めながら、感心するようにつぶやく。
俺は、魔法の武器でなくとも、不死の魔物を斬り捨てられたことに満足して──通路に積もる灰の中に残る骨やら武具やらを眺めながら、疑問を口にする。
「これらは──売れぬのか?」
「罰当たりだなあ」
俺の問いに、ロルフは苦笑しながら続ける。
「もとは人間の骸だからな、売れないらしいぜ。そんなわけだから、四層で狩りをする冒険者は、ほとんどいないんだと」
どうりで──四層に下りて以降、冒険者の姿を見かけないわけである。
四層の不死の魔物は、魔法の武器を持たぬ冒険者にとっては脅威かもしれないが、俺にとってはゴブリンよりも楽な相手である。持ち込んだ食料にも余裕がある。もう少し探索して、地図を埋めてから帰ろうということにして──俺とロルフはさらに奥に進む。
しばし歩くと、通路を叩く俺たちの足音以外に、かすかな音が耳に届く。
「──何の音だ?」
「音なんてするか?」
何も聞こえぬ様子のロルフをよそに、俺は耳を澄ます。それは、どうやら水の流れる音である。
「──水路か」
確信して、俺はロルフを先導して、音のする方へと足を向ける。何度か通路を折れると、大部屋に出る。そこには、部屋のこちらと向こうとを隔てるように、水路が流れている。
「ありがてえ! 水筒の残りも少なくなってたんだよ!」
ロルフは目を輝かせて、水路に駆け寄る。遠目に見るかぎり、迷宮街の水路と同じく、清水のように思える。
「飲めそうか?」
「うめえ」
尋ねたときには、ロルフはすでに水路に顔をつけて水を飲んでいる。まったく──迷宮の中であるというのに、危機感の薄い男である。
ロルフに続いて、俺も口を潤そうと水路に近づいて──そこで、その痕跡に気づく。
「足跡──か?」
水路のそばに積もった土に、俺のものでも、ロルフのものでもない、足跡が残っている。
「他の冒険者の足跡じゃねえのか?」
ロルフは水筒に水を汲みながら、大して警戒せずに言う。
確かに──迷宮において、水場は貴重であろうから、他の冒険者が水を汲み、足跡を残していたとしても、何ら不思議はない。
「──装備が軽い」
しかし──その足跡が浅いのである。俺やロルフのような軽装であっても、もう少し深い足跡がついているのであるからして、この足跡の主は冒険者にあるまじき軽装で水場を訪れていることになる。
「少し気になる。追うぞ」
足跡をたどる──と、俺たちは、やがて重厚な扉の前に誘われる。
扉の向こうからは、喧噪が聞こえる。かすかに聞き取れるのは、粗野な俗言である。気配からすると、中には相当数の人がいるようで──こんな迷宮の奥深くに、いったい誰が潜んでいるのであろう、と疑問に思う。
俺はロルフと顔を見あわせて、頷いて──おもむろに扉を押す。
「──鍵がかかっている」
俺は溜息をつきながら、扉から手を放して──屈み込んで、鍵穴をのぞき込む。
俺は、つぶさに鍵穴を見て──その奇妙な形に、見覚えがあることに気づく。そう──その鍵穴は、いつぞや二層の骸から手に入れた鍵と同じ形をしているのである。
俺は、荷物から件の鍵を取り出し、鍵穴に差し込んで回して──そして、再び扉を押す。扉は、今度こそ、重々しい音を立てて、ゆっくりと開き始める。




