第13話 魔窟(前編)
「ラガン、折り入って相談があるんだが──」
と、いつになく神妙な顔で話しかけるのは、いつのまにやら折れた剣亭の常連になっているロルフである。
昼下がり──酒を飲み始めるにはまだ早い頃合いであるというのに、ロルフはちびりと酒をやりながら、俺を待ち構えていたようで。
「──なんだ?」
二階の部屋から下りてくるなり詰め寄られて、いくらか面食らいながら返す。
「俺、ちょっと金が入用でよう」
「金なら貸さんぞ」
ロルフの言葉に、俺は間髪を入れずに返す。貸す金くらい、ないわけではないが、甘やかすとろくなことにはならぬ。
「違えよ。迷宮に潜りたいんだよ」
「──迷宮に?」
ロルフの言葉に、俺はいささか面食らう。いつぞや迷宮で殺されかけたというのに、金のためにまた潜ろうとは、懲りない男である。
「わかってるって。俺の腕じゃあ、不安があるって言うんだろ?」
しかし、ロルフはそんなことは承知の上のようで、ここからが本題とばかりに続ける。
「だから──ラガン、お前に一緒に迷宮に潜ってほしいんだよ」
それは、想像だにしていなかった真摯な懇願である。
ロルフは、今や銀秤商会の護衛の常連なのであるからして、安定した稼ぎ口はある。それに、以前に痛い目にあったこともあるのだから、わざわざ迷宮に潜らなくともよいであろうに──それにもかかわらず、迷宮で稼ぎたいとなると、その理由は自ずと知れる。
「──女のためか?」
「わりいかよ」
俺の問いに、ロルフは拗ねるように返す。
ロルフは、あのコレットという娼婦に、心底から惚れているのであろう。娼婦を身請けするとなれば、大金が必要になる。それこそ、護衛くらいでは稼げぬほどの大金が。
「いや、わるくはない。ロルフらしいなと思っただけだ」
俺は、ふむ、と思案する。迷宮に潜るにあたって、仲間が必要であるとは、前々から考えていた。ロルフは、腕はそこそこであるものの、人柄には信頼がおける。無法のまかりとおる迷宮においては、これ以上ない人材であると言える。
「一つだけ──条件がある」
俺は、ロルフを仲間とすることを──そして、秘密を明かすことを決意する
「俺は、ロルフが思っているよりも──強い。そのことを、決して口外しないでほしいのだ」
俺が神妙に告げると。
「今から仲間になる相手が、想像よりも強いなんて、喜ばしいだけじゃねえか」
ロルフは、それの何がわるい、と首を傾げる。
「お前にとってはそうであろうが──ともかく口外はしてくれるな」
「ラガンがそう言うのなら──」
ロルフは、口外するなと言えば、その約束を守るであろう。あとは、酔ってぽろりと口にせぬことを祈るばかりである。
俺とロルフは、さっそく迷宮に潜り、ひとまず二層の北東を目指す。ロルフに俺の業前を理解してもらうには、ゴブリンの試し斬りあたりがちょうどよかろうという判断である。
目指す集落にたどりつくと、運がよいのか悪いのか、俺たちはゴブリンの群れに出迎えられる。ロルフに業前を見せるだけならば、一匹で事足りるというのに。
「さすがに、あの数は──」
「動かず見ておれ」
逃げ腰のロルフに言って、俺は曲刀を抜いて──左目を閉じる。
無用な殺生を好むところではないが、向かってくるのであれば、いたしかたあるまい。なで斬りである。ゴブリンの動きなど、これまでに剣を交えてきた刺客たちに比べれば、止まって見えるというもの──俺は、襲いくるゴブリンの線を曲刀でなぞり、そのことごとくを両断して屠る。
山と積みあがる、つい先ほどまでゴブリンであった骸を目にして、ロルフは呆けたように立ち尽くす。
「ラガン──お前、とんでもない剣の達人だったんだなあ」
そして、ほう、と溜息をついて──次の瞬間には、いつものロルフに戻り、軽い調子で感心してみせる。これほどの数のゴブリンを、瞬く間に屠る様を見ても、それほど動じぬとは──こやつ、思ったよりも大物なのやもしれぬ、と思う。
「安心した! 荷物持ちは任せろ!」
言って、ロルフはどんと胸を叩く。まったくもって、調子のよい男である。
俺の業前に納得してもらえたならば、これよりは魔物狩りである。俺たちは、より稼げる獲物を求めて、さらに三層に潜る。
「ここからは道がわからぬ。ロルフは地図を頼む」
先に訪れた折は、バルドの頭の中の地図を頼りにしていたのであるが、彼がおらぬ今、地図は自ら用意しなければならない。仲間となったからには、分業である。俺が戦い、ロルフは支援する。地図を作成するのも、ロルフの担当となる。
俺たちは、迷路のように入り組んだ三層を歩く。迷宮街で耳にしたところによると、三層には黒い狼が出るらしい。黒狼は群れで襲いかかり、冒険者を袋小路に追い立てて、食い殺すのだという。行き止まりに追い立てられぬよう、背後を警戒しながらの探索となる。
「ラガン!」
「わかっておる」
後ろを歩いていたロルフの叫びに、俺は抜刀しながら振り向く。黒狼が三匹──群れというには少ない数であるが、油断は禁物である。俺はロルフをかばうように前に出る。
「黒狼は毛皮が高値で売れるらしいぞ!」
ロルフは、俺の剣に全幅の信頼を寄せているのであろう、微塵も脅えることなく、まるで黒狼が金に見えているかのように、興奮気味に叫ぶ。
「──心得た」
答えて、俺は左目を閉じる。
俺に向かって飛びかかる黒狼の首──そこに見える線をなぞると、首はすとんと落ちて──黒狼は、身体だけで駆けて、壁にぶつかって、ようやく息絶える。動きは速いが、直線的に過ぎる。トーラスの剣に比べれば、線をなぞるのもたやすい。
俺は、続いて襲いかかる二匹目、三匹目も、あやまたずその首を落とす。首のみを落とせば、傷のない毛皮が手に入るという算段である。
「お見事!」
言って、ロルフは黒狼の骸に駆け寄り、器用に毛皮を剥いでいく。
「うまいものだな」
「親が猟師でな。この手のことは得意なんだ」
ロルフは何でもないことのように言う──が、彼の傭兵以前の生業について聞くのは初めてのことで、思わず、ほう、と声が出る。




