第11話 剛剣(後編)
その聞き覚えのある声に、俺は記憶をたどる。俺を凌ぐほどの剣の腕、大剣を軽々と振るうその膂力──それらをあわせ持つものなど、俺は一人しか知らない。
「そう構えるな、ラガン」
言って、男は頭巾を脱いで、その素顔をあらわにする。
「まったく──ベラトール近くで宿をとるとは、迂闊にもほどがあろう」
「エルドラン──卿」
見紛うはずもない。男は、俺が幼き頃に師事していた十剣の一人──剛剣のエルドラン卿、その人である。
「剣をおさめろ。俺はお前を斬るほど、耄碌してはおらぬよ」
言いながら、エルドランは自らの大剣を背に戻す。
「いったいどうして──?」
言われるがまま、曲刀を鞘におさめながらも、当然の疑問が口をついて出る。
エルドランはドルンハルトの騎士なのであるからして、この街にいること自体に不思議はないのであるが──彼がこの場にいて、俺と剣を交えたことの説明にはならない。
「兵の詰所で剣の指導をしておったら、十剣のラガンを発見せり、との報せがあってな」
せっかくだから剣の上達具合を試してみようと思うたのよ、とエルドランは豪放に笑うのであるが──先の大剣の一撃を受け切れなかったなら、俺の頭はどうなっていたやら知れず、とても笑う気にはなれない。
「お前をみつけた兵には、他言はせぬように命じておいたから、心配はいらん」
エルドランは、こちらの怖気など知らぬ顔で、笑いながら続ける。
「寄る年波には勝てぬ、と騎士を退かれたのでは──」
「そう見えるか?」
問い返すエルドランに、俺は首を振って応える。先の大剣の一撃を思うに、衰えなど、微塵もない──どころか、以前よりも強くなっている節さえある。
「それは表向きの話──本当のところはな、ベラトールに派兵するという陛下を諫めたことで、その怒りを買って、蟄居を命じられたのよ」
エルドランの語るところによると、リメルス王は十剣を招集して、剣侯会議を開き、ベラトールに叛意ありと告げたのだという。十剣は皆、突然の下知にとまどって──半分は、王命ならば、とそれを受け入れ、残りの半分は、何故叛意ありとするのか、説明を求めた。そして、最後まで食い下がったエルドランは、王の下知に逆らった見せしめとでもいうように、十剣の称号を剥奪されて、蟄居を命じられたのだという。
「俺は──王の乱心を疑っておる」
エルドランは、苦々しい顔でつぶやく。かつては、幾多の戦で王と轡を並べたというエルドランである。王が乱心したとなれば、心中は穏やかではあるまい。
「リメルスの内情は、俺が調べよう」
エルドランは、任せろと言わんばかりに、どん、と胸を叩いて続ける。
「お前は潜んで──牙を研いでおれい」
そして、まるで子どもにそうするように、俺の頭をくしゃりとなでて──俺は、かつての師の厚意に甘えることを決めて、ブロンダルに身を潜めていることを伝える。
「王は、いまだにお前の命を狙っていると聞く。ブロンダルにおるとはいえ、くれぐれも油断するでないぞ」
言って、エルドランは俺の背後のリュシエルに向かって、器用に片目をつぶってみせて──豪放に笑いながら去っていく。
「──終わりました?」
その場を後にするエルドランの背中を見送って──リュシエルがあっけらかんと問う。
「リュシエル──おぬし、相当にずぶといな」
「エルフですから」
リュシエルは、エルフであれば皆ずぶといというような暴論を述べて、にやりと笑ってみせる。
「今の方のお話を聞いて、考えたんですけど──私は、リメルスに残ろうと思います」
リュシエルは、突然そう宣言する。
「リメルスで、魔の森についての史料を探してみるつもりです」
「──そうか」
なるほど──魔の森のことをさらに探るのなら、この地に残った方が都合がよいというのは、納得できる判断である。
「いろいろと探したら、ブロンダルに戻って、折れた剣亭に顔を出しますよ」
「わざわざ顔を出さんでもよいが」
恩着せがましく告げるリュシエルに、俺はすげなく返す。
「ベラトールのこと、知りたいんじゃないですかあ?」
リュシエルは、わざとらしい口調で言って、俺の顔をのぞき込む。
確かに──ベラトールの現状を知りたい気持ちはある。そして、それには追われる身である俺よりも、彼女が調べた方がよいということもわかっている。
「わかった──待っておるゆえ、くれぐれも無理はするなよ」
「任せてください。私、こう見えても強いんです」
いつぞやと似たようなことを言って、リュシエルは力こぶをつくってみせる。
こう見えても、とは、美しく見えても、ということであろうか──大言壮語のエルフに苦笑でもって返して、俺たちは歩き出す。一戦交えた後では、さすがに飲み直す気にもなれず、のんびりと街を歩いて、宿に戻る。
次の日の朝──リュシエルはすでにドルンハルトを発っていた。俺は、渡し場で船頭と合流し、彼女はリメルスに残ることを告げる。
俺は舟に乗り──船頭が漕ぎ出す。ドラン河に揺られながら、俺は目を閉じて、思考する。父より託された腕輪のこと、それと呼応する魔の森の結界、そして王の乱心──ベラトールは、いったい何のために滅ぼされなければならなかったのか──いくら考えてみても、答えが出ることはなかった。
「剛剣」完/次話「娼婦」




