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冒険稼業  作者: マリオン
23/33

第11話 剛剣(前編)

 船頭は、約束の刻限を(たが)えることなく、俺たちを迎えにくる。


「旦那! 無事で何よりでさあ」

「それほど危ないことはしておらんからな」


 魔の森に足を踏み入れるというから、よほど心配していたのであろう、船頭は安堵するように俺の手を取って──俺はその手を強く握り返す。実際のところ、結界の奥に進まず引き返したのは、正しい判断であったと思う。


 俺とリュシエルは舟に乗り、対岸のドルンハルトに渡る。ドルンハルト領は、リメルス王国の東端に位置する。荒野を開墾して築かれた、比較的新しい領地であり、山々に囲まれて隣国と直に接していないこともあって、リメルスではもっとも平穏な都市として知られている。幼い頃、剣の修練に訪れたこともある、俺にとってはいくらか気安い土地である。


 とうに日は暮れている。ブロンダルへの帰途につくのは夜が明けてから、ということにして──俺たちは宿をとり、それぞれに身体を休めることにする。互いに労をねぎらって、部屋に入ろうとしたところで──リュシエルが思い直したように声をあげる。


「ラガン、少しお酒を飲みませんか? 案内のお礼に、奢りますよ」

「そういえば──酒豪であったな」

 ルシオンには申し訳ないが、これほどの美貌に誘われれば、わるい気はしないのが男というものである。

「不本意な呼び名ですねえ」

 リュシエルはかわいらしく唇を尖らせる。


 俺たちは宿屋を出て、すぐ向かいの酒場に入る。

「二人だ」

 酒場はそれなりに繁盛しているようで──忙しなく走り回る給仕に告げて、空いている席に腰をおろす。


「リメルスでは、どんなお酒がおいしいんですか?」

 席につくなり、リュシエルは俺に尋ねる。

「葡萄酒だが、北のものと比べると、かなり甘いぞ」

 俺は苦笑しながら、リメルス名産の葡萄酒について教えて──ひとまず給仕にそれを注文する。しばし待つと、給仕がなみなみと葡萄酒の注がれた酒杯を持ってくる。俺たちは、互いの無事を祝って、酒杯を打ちつけて、葡萄酒に口をつける。


「甘い! でも、葡萄が凝縮されているようで、おいしいですね!」

 言って、リュシエルは唇に残る葡萄酒の雫を舐めとる。

「好きなものは水のように飲む。しかし、普通の葡萄酒に比べると、それなりに酒精も強いのでな、飲みすぎには──と、そなたには不要な注意であったな」

 俺の言葉を聞き流しながら、リュシエルはすでに酒杯を空にしており、通りかかった給仕を呼びとめて、追加を注文している。酒豪の呼び名は伊達ではない。


 追加の酒を待つ間、俺はリュシエルに問う。

「ところで──()()()()()

 説明せずとも、言外に伝わる。俺は、魔の森での出来事について、問うているのである。


「精霊がいないというのは、よほどのことです。あの奥には、精霊さえ恐れる()()が存在するということになります」

 リュシエルは、給仕から葡萄酒を受け取り──それを、ぐいと一息で飲みほして、重々しく続ける。

「本当に──魔王は討伐されているんですか?」


 酒場の喧噪の中で、俺たちテーブルだけが、しんと静まる。俺は、魔の森の結界の内側で感じた、あの気配を思い起こして──腹の底からこみあげる冷たいものを振り払うように、葡萄酒をぐいと飲みほす。


「伝承では──そのはずなのだがな」

 しかし──それでは、あの尋常ならざる気配の説明がつかなくなる。


 俺たちは、ぎこちなく話題を変える。魔の森の、あの空気から逃れるように、話題は遠く──リュシエルの旅の話になる。彼女は、長く生きているだけのことはあって、話術も達者で──その語りを聞くだけで、中原の大国、エルラフィデスやリムステッラの情景さえ浮かぶような気がして、興味深く耳を傾ける。


 会話の途中で──リュシエルは、何度目かになる溜息をつく。俺の相槌が気に入らなかったから──ではない。周囲の客が、リュシエルを好奇の目で眺めては、何やらひそひそと話していることが、気にかかるのであろう。ブロンダルや、さらに北のアルゲンティアまで行けば、それなりに見かけるエルフも、南方のリメルスでは物めずらしい。大きな酒場に入れば、当然こうなるであろうことを、俺が気にかけてしかるべきであった、と反省する。


「落ち着きませんね。違う店にしましょうか」

 リュシエルの提案に頷いて──勘定を済ませて、酒場を後にする。


 俺とリュシエルは、客の少ない酒場を求めて、大通りから路地に入る。裏通りは薄暗く、どこかに吐瀉物でもあるものか、異臭が、つん、と鼻をつく。


 リュシエルは、いつぞやのように光の精霊を呼び出して──俺たちは、明るく照らし出された裏通りを、吐瀉物を避けながら歩く。


 しばらく歩いたところで──精霊が、何かに脅えるように、リュシエルのもとに戻る。俺は足を止めて、裏通りの奥の闇を、きっとにらみつける。


「ラガン──!」

 リュシエルが声をあげると同時に、俺は抜刀して、左目を閉じる──と、わずかに闇に浮かびあがる線が見える。


 ()()──そう判断して、俺はリュシエルをかばうように前に出る。闇に浮かびあがるのは、見あげるような巨躯(きょく)である。頭巾で顔を隠しているが、その巨躯からするに、おそらく男であろう。男は、俺の抜刀に応えるように、その背から身の丈ほどもある大剣を抜いて構える。


 強い──見える線が少ないから、ということもあるが──単純に、男から滲み出る武威に気圧される。明らかに相手の方が格上である。とはいえ、俺には線視がある。トーラスとの力量差をも引っくり返すことのできた奥義なのであるからして、戦いようはあろう。


 男は上段に構えて──俺は下段に構える。男が持つのは大剣である。当然、その重さを活かして、振り下ろしでこちらの曲刀ごと頭を砕こうとするであろう。であれば、俺はそれを下段で迎え撃ち、大剣の中ほどに見える線をなぞり──まずは、武器を壊す。


 男が息を吸う──来る、と身構えて、俺は下段から曲刀を跳ねあげる。想像どおり、男は真っ向から大剣を振り下ろし、俺はそれを迎え撃たんとする。想像と異なるのは──その尋常ならざる()()である。俺の身体は、知らず気圧されており、わずかに剣筋がずれて、線をなぞることができない。かろうじて大剣の一撃をいなして、男の側面に回り、今度は正眼に構えて相対する。


 強い──どころではない。十剣のトーラスよりも強いとはいかなることか、と目の前の威容を見あげる。男は俺に向き直り、大剣を肩に担いで、豪放に笑う。


「俺の本気の一撃を受け流すとは──ラガン、強くなったものよのう」

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