第10話 旅のエルフ(中編)
俺たちは、ブロンダルを出立して、ドラン河の渡し場を目指す。山越えよりは、舟の方が楽である──というのは、ベラトールを脱するときに学んだことの一つである。
渡し場には、幾艘かの舟が並んでいる。それらの舟のうち、上流に出立すると思しき船頭に声をかける──と、振り向いたその顔に、思わず声をあげる。
「おお! いつぞやの!」
「旦那!」
それは、いつぞや俺とルシオンを助けてくれた船頭である。向こうも俺の顔を覚えていたようで、無事を喜ぶように笑顔になる。
「あのときは世話になった。妹も達者にしておる」
「それは何よりでさあ」
ルシオンの分まで礼を述べると、船頭は、それはよかった、と何度も頷いてみせる。本当に人のよい船頭である。
「そちらも息災か」
「へえ、最近はブロンダルと商売をしておりまして、今しがた荷を下ろしたところでさあ」
近況を語る船頭に、俺は、ほう、と顎をなでる。今まさに仕事が一段落したところというのであれば、こちらにとっては都合がよい。何しろ、この船頭ほど、信頼できるものもおらぬであろうから。
「──ベラトールまで頼めるか?」
俺の問いに、船頭は困惑の色を見せる。
「お望みとあらば──ベラトールはだいぶん上流ですから、あっしの村までは手漕ぎで、そこから先は村のもんを人夫として雇って、船曳道を曳かせることになりやすが──いいんですかい?」
船頭のその問いは、人夫を雇う費用がかかることについての確認ではあるまい。ベラトールを追われた俺が、再び彼の地を訪れることについて、本当によいのかと問うているのである。
「かまわん──が、帰りも乗せてほしい。頼めるか?」
「旦那がいいんなら、もちろんでさあ」
ブロンダルの渡し場から、俺たちは舟に乗る。船頭は、自身の暮らすという上流の村まで、それほど苦もなさそうに、河をのぼる。おそらくは、大河の流れの緩やかなところを選んで漕いでいるのであろう──ベラトールよりの出奔の折には気づかなかったのであるが、どうやら一流の船頭である。
しばらくして──村までたどりつくと、船頭は知り合いに声をかけて、今度は人夫に舟を曳かせる。リュシエルに言わせると、陸路でもよかったのでは、というくらいの速度なのであるが、急ぐ旅でなし──それに、もしもベラトールから脱する必要があるとなれば、舟の方がよいのは実証済である。
俺たちは、色づき始めた木々を眺めながら、舟に揺られて──やがて、日も暮れる頃、ようやく舟はベラトールを対岸に臨む渡し場に泊まる。俺たちは、ひとまずそこからベラトールの様子をうかがう。
「物見がいますね」
リュシエルのつぶやきに、頷いて応える。
居館の主塔に、物見と思しき兵の姿が見える。それだけではない。外壁の上の回廊にも、巡回する兵の姿がある。滅びた都市のはずが、まるで戦時のような物々しさである。こんな辺境で戦もなかろうに、いったい何に備えているというのであろう、と疑問に思う。
「これは──中に入るのは難しそうですね」
言って、リュシエルは顔をしかめる。
確かに──警備の理由は判然としないが、彼女の言うとおり、ベラトールから魔の森に向かうのは難しかろう、と思う。
「仕方がない。ベラトールの先から、森に向かうとしよう」
ベラトールからであれば、魔の森の途中まで続く道があったのであるが──いたしかたあるまい。
俺たちは、さらに舟を曳いてもらって、ベラトールよりも上流──ドルンハルトの渡し場から、対岸に渡る。
「旦那──お迎えは?」
船頭に問われて、俺はしばし思案する。
「三日後、ここに迎えにきてもらえるか。一日待って、俺たちが戻らなければ、捨て置いてもらってかまわぬ」
手持ちの糧食を確認して、余裕のある日程を伝える。リュシエルからも否やはない。船頭が頷くのを見て──俺とリュシエルは魔の森に足を踏み入れる。




