第7話 用心棒(後編)
「確かに──狙われておるな」
折れた剣亭を出て、しばらく目抜き通りを歩いたところで──路地から肌を刺すような視線を感じて、そうつぶやく。まぎれもなく、殺気である。うまく隠せてはおらぬから、それほどの使い手ではあるまい。
「三人──か?」
しかし、一人ならず、複数の刺客に狙われているとは──盗賊団の首領とやらは、よほど弟のことをかわいがっていたものと見える。
「商会に逃げ込みましょう!」
マルクスは、俺の腕を信用していないものか、それとも単に刺客への恐怖が勝ったものか、脅えるように声をあげる。
「いや、それよりも──」
俺は、今にも駆け出しそうなマルクスを呼びとめて──刺客を誘い込むべく、ある場所に向かう。
それは、いつぞやバルドと訪れた、猫の集まる広場である。日のあたる広場で、のんびり寝転がる猫には申し訳ないが、街中で人目につかずに刺客を片づけられそうなところを、俺は他に知らぬ。
マルクスと丁稚を大樹の陰に隠れさせて、俺は路地に向かって、声をかける。
「そろそろ出てきたらどうだ?」
すると──路地の暗がりから、明らかに堅気ではないであろうものたちが現れる。その数──三人。商人を殺すには十分な人数であるが、俺を殺すには足りぬであろう、と思う。
「さて──悪いことは言わん。商会の番頭なんぞ狙うのはやめて、まっとうに生きろ」
俺は諭すように告げる。刺客どもが剣を抜けば、殺す。もしも奴らが思いとどまるなら、それがもっとも面倒がない。
刺客どもは、商人をなぶり殺しにするだけという心づもりだったのであろう、まさか用心棒が現れるとは思っていなかったようで、逡巡の色を見せる。
しかし──刺客どもにとっては、実力のわからぬ用心棒よりも、暗殺の命を下した盗賊団の首領の方がおそろしいと見えて──奴らは、覚悟を決めた様子で、それぞれに衣服の下に隠していた短剣を取り出す。
「先に剣を抜いたのはそちら──悪く思うなよ」
言って、俺は応えるように、左目を閉じて──曲刀を抜く。
「うらあ!」
刺客どもは顔を見あわせて、威勢のよい声をあげて、いっせいに駆け出す。短剣を腰のあたりに構えて、体当たりの勢いで刺し殺そうという算段であろう。三方からの突進ともなれば、多少の実力差を埋めるには十分な戦法である──が、残念ながら、実力差は多少ではない。
俺は、刺客どもの突進を、避けることなく待ち構えて──突進の勢いもあって、手加減できず、一振りで三人ともの胴を両断してしまう。奴らは、自身の胴が両断されたことに気づいてもいないようで、突進の勢いのまま上半身だけで宙を舞って、そのまま地に落ちて絶命する。
やりすぎてしまった──俺は、マルクスと丁稚に口止めせねばならぬなあ、と後悔しながら、曲刀を鞘におさめかけて──その気配に気づいて、路地に向き直る。
「──やった!」
大樹の陰から戦いを見守っていたマルクスが、刺客の死に歓喜の声をあげる。
「やった! やりましたよ! ラガン殿!」
マルクスは、歓喜のあまりであろう、こちらに駆け寄ろうとして。
「──下がれ」
俺はそれを手振りで制する。
「まだ──刺客が?」
「いや──」
路地の暗がりには、まだ何者かが潜んでおり、確かに殺気を放っている──放っているのであるが、それはマルクスではなく、俺に向けてである。マルクスを狙う刺客であろうはずがない。
「十剣のラガン殿とお見受けする」
その何者か──頭巾の男は、陽光の下に姿を現して、俺を名指しする。それだけで、俺は男の素性を察する。
「リメルスからの──追手か」
「然り」
頭巾の男の肯定を受けて──俺は、マルクスに、さらに下がるようにうながす。
男は騎士であろう、軽装ではあるが、外套の下に鎧を着込んでいる。一方で、俺の方も軽鎧を着込んでおり、追手と無防備に剣を交えずともよいことに安堵する。ゴドーから軽鎧を受け取る折、冒険者ならば常在戦場、いつでも身につけておけ、と言われたからこその僥倖である。
「その命と──ベラトールの至宝をいただく」
男はずいと間合いを詰める。
「ベラトールの──至宝?」
「知らぬなら、知らぬでよい」
言って、男は頭巾を脱いで、剣を抜く。
あらわになった男の顔は、記憶の隅に残っている。十剣の一人──双剣のジャハーン卿の門下である。
「確か、名は──ラシード殿」
「俺も──ラガン殿の名は忘れたことはない」
俺とラシードは、以前に剣を交えたことがある──と言っても、命のやりとりではなく、木剣での試合である。俺は、同じく十剣であるエルドラン卿の推挙により、他流派であるジャハーン卿の門下と試合をすることになり──その相手となったのがラシードであったというわけである。
ラシードの師──双剣のジャハーン卿は、その名の示すとおり、二刀をもって戦う。彼が二刀を振るう様は、リメルス王の御前演武でしか見たことはないのであるが、それぞれの剣がまるで別の生き物であるかのように、奇怪な軌跡を描いていたことを鮮明に覚えている。当時のラシードの剣は、師のそれに比べれば、さすがに未熟ではあったが、それでも戦いづらく──確か引き分けに終わったのであると思い出す。
「あのときは──勝敗はつかなんだな」
「おうとも──それゆえ、この命を受けるに至ったとも言える」
ラシードは、俺と引き分けたことを悔いているのであろう──彼から放たれる武威は、あの頃の比ではない。しかし、過日の剣ではないのは、こちらも同じこと──俺は左目を閉じて、ラシードの身体に刻まれた線を見る。
幾本もの線が見える。さすがにトーラスには劣るが、かなりの使い手であることに違いはない。
「──何がおかしい」
俺は、これから難敵と剣を交えるというのに、知らず笑みをこぼしていたようで──ラシードは、怒気とともに、もう一本の剣を抜いて、二刀を構える。右手に長剣、左手に短剣──ラシードの師たるジャハーン卿の二刀は、とらえどころのない奔放な剣であったが──さて、その弟子たるラシードの研鑚は、いかほどであろうか──と、俺は曲刀を正眼に構えて、相対する。
まずは小手調べ──俺とラシードは、数合、剣を交えて、すぐに間合いを取る。
「ふん──あの頃よりは、上達していると見える」
言って、ラシードは鼻を鳴らす。
ラシードの二刀は、攻防一体の剣──基本的には、長剣で攻めて、短剣で受ける。状況によっては、それが逆になることもあるが、ジャハーン卿のような奔放な剣ではない。
「そちらも上達はしているようだが──いまだ師の剣には及ばぬと見える」
俺は挑発するように返す──が、だからといって、組しやすいというわけでもない。ラシードの剣は、言わば堅守──俺の剣は、二刀に阻まれて、奴の身体の線までは届かない。
「とはいえ、十剣に選ばれたという割には──拍子抜けではある」
ラシードは、数合の打ち合いで、自らの上達の方が上であると確信したようで、勝ち誇るように告げる。
確かに──ラシードは、以前の彼に比すれば、一皮剥けている。師匠には及ばぬことを悟り、その上で折れず、その教えを自分なりの剣に昇華させている。
「それは──剣で確かめるがよい」
しかし──それはこちらも同じこと。俺は深く息を吸って、右目を見開く。
斬る──そう意識して、目で線をなぞる。ラシードは、俺の幻惑の剣を受けんとして、短剣を振るって──そして、空を斬る。その瞬間──俺の曲刀は、ラシードの間合いに潜り込み、奴の額の線をなぞる。
それは、わずかに剣先のみが届いた一閃であった──が、わずかでも、額に斬り込めば、人は死に至るのである。ラシードは、驚愕に目を見開いたまま、どう、とその場に倒れる
「──お知り合いだったんで?」
マルクスは、大樹の陰から顔をのぞかせて、おずおずと問いかける。
「いや、そういうのとは、また違う」
俺は、血振りして、曲刀を鞘におさめながら答える。
俺はラシードの人となりを知らぬ。知るのは、その剣のみである──であれば、知り合いというよりは、ただ好敵手であったというのが、正しい表現であろう、と思う。
「マルクス殿──この男の骸、盗賊団の刺客と一緒に葬ってはくれまいか?」
俺には、ラシードの骸をこのまま捨て置くことがためらわれて──つい、そんな言葉が口をついて出る。
「それは構いませんが──」
マルクスは、俺とラシードとの関係が気になっているのであろう、ちらり、と骸に視線を向けるのであるが。
「用心棒の報酬は、前金のみでよい」
自らの事情をあまり探られたくない俺は、金でマルクスの追求をかわそうとする。
「承知しました──いやあ、盗賊団も、まさか私ごときを相手にこれほどの刺客を送り込んでくるとは、番頭冥利に尽きるというものですなあ」
マルクスは仰々しくそう言って、俺に片目をつぶってみせる。さすがは大店の番頭にまでのぼりつめた男──察しがよい。
マルクスは、連れていた丁稚を走らせて──商会から人を呼んで、盗賊団とラシードの骸を片づけさせる。なかなかに手際のよい差配である。
「ラガン殿には、本当に感謝しております!」
血まみれとなった広場を、見る間に何事もなかったかのように片づけて──マルクスは、笑顔で去っていく。根本の解決にはなってはおらぬが、これで少なくともしばらくの間は、刺客を気にせずに眠れるからであろう、その足取りは軽い。
俺は一人、帰途につきながら、思案する。
ラシードは、何か別件でブロンダルを訪れて、たまたま俺をみつけたのか──それとも、俺はすでにみつかっていて、そこにラシードが送り込まれたのか。後者であれば、ルシオンにも危険が迫ることになるやもしれぬ──。
「用心棒」完/次話「迷宮街」




