第7話 用心棒(前編)
「はあ? 用心棒だあ?」
いつもの席で、素っ頓狂な声をあげたのは、めずらしく酒を飲んでいないバルドである。彼の向かいには、商人であろうか、身なりのよい男が座していて──どうやら依頼の話でもしているのであろう、と思う。
「しかし、群狼隊に断られた今、頼れるのはバルド殿しか──」
「待て──用心棒を頼むなら、俺よりも適任がいる」
商人は何としても依頼を引き受けてもらいたいようで、ずいと身を乗り出すのであるが──バルドはそれを手で制して、ちら、と俺を見る。
「隻眼のラガン──売り出し中の冒険者だ。剣の腕は俺が保証する」
バルドのやつめ、俺に何やら仕事を押しつけようとしているに違いない。
「勝手なことを。俺にも用事というものがだな──」
「この前のホブゴブリンで相当に稼いでるし、護衛帰りなんだから、用事なんてないだろ」
バルドに内心を言い当てられて、ぐう、とうめき声をあげる。まさに、定例となった銀秤商会の護衛を終えて──先の盗賊団に執拗に積荷を狙われていて、護衛依頼が途切れぬのである──仕事終わりの一杯を楽しんでいたところなのである。こやつ、なぜに俺の懐事情に詳しいのであろうか。
「そばに控えてるだけで、金をもらえるんだ。ぼろい商売だぜ」
言いながら、バルドは半ば無理やりに俺の肩に手を回して。
「な、頼むよ。銀秤商会の依頼は断りづらいんだよ」
と、耳もとで懇願する。
ぼろい商売ならば、自分で引き受ければよいものを、とも思うのであるが──聞くところによると、バルドは一所にじっとしているのは苦手なようで、この手の依頼は断っているのだという。さりとて、銀秤商会には何かと世話になっている手前、依頼を断りづらく、苦肉の策で俺を売ったというわけであろう。いったい俺を何だと思っているのか。
「しかし、ぼろい商売と言うが──本当に誰かから狙われているかもしれんではないか」
「そんときはそんとき──ぶった斬っちまえばいいのよう」
バルドは、相手がどれほどのものかもわからぬうちから、気軽に言ってのける。
俺は溜息をつく。バルドが銀秤商会の依頼を断りづらいように、俺はバルドの頼みを断りづらい。これまで世話になった恩がある。
「まあ──ひとまず、話だけなら」
「私は、銀秤商会の番頭を務めております──マルクスと申します」
バルドと席を替わって、俺は銀秤商会の番頭──マルクスと向かい合う。
「ラガンだ」
短く返すと、マルクスは興味深そうに俺の顔をのぞき込む。
「ラガン殿は──冒険者で?」
「ま──そういうことになろう」
俺にバルドの代理が務まるか、はかりかねているのであろう、マルクスは探るように俺の出自を根掘り葉掘り尋ねる。
「大丈夫だから。腕は保証するから」
話が一向に進まぬことに、隣で聞いているバルドの方がやきもきし始めて、マルクスの質問を打ち切る。出自については、答えづらい事情もある。今だけはバルドのせっかちに感謝する。
「して──用心棒を必要としているということだが」
今度は、俺の方からマルクスに尋ねる。
マルクスの語るところによると、数日前、取引先に出向いたところを、ごろつきに襲われたのだという。ブロンダルの治安からすると、めずらしいことではあるが、まったくないことでもないので、運が悪かった、とそのときは思ったらしい。ところが、昨日もごろつきに狙われ、しかも銀秤商会を名指しで襲われたというのであるから、穏やかではない。どちらの襲撃も、たまたま居合わせた冒険者に助けられて、事なきを得たというのであるが、そんな幸運がそうそう続くはずもない。また襲われるやもしれぬなら──と用心棒を雇うことに決めたのだという。
「しかし、おぬしの勘違いで、単に運が悪かったということもあるのではないか?」
俺は、いくらか意地のわるい質問をする。
「その可能性もあると思いつつ、それでも不安でこちらにうかがったわけですが──今は勘違いではないと確信しております」
マルクスによれば、折れた剣亭に訪れるまでにも、何者かのねめつけるような視線を感じたのだという。商会の丁稚を幾人か連れて、しかもできるかぎり裏通りを歩かぬようにしたからこそ、襲われなかったものの、すでに商会への帰り道すら、どうなるやらわからぬ状況である、と彼は不安もあらわにまくしたてて──何としても用心棒を雇わないことには、酒場を出ることもかなわぬと言うのである。
俺は、その視線とやらも思い込みではないか、と思うのであるが──酒場の入口に控えている丁稚たちの脅える表情を見るに、何がしかの不安を感じたのは事実なのであろう、と考え直す。それに、ぶるぶると震えるマルクスに、単なる思い込みと断じるのも酷であろう。
「狙われる心当たりはあるのか?」
俺は、ひとまず刺客が存在するという前提で尋ねる。
「しいて思い当たることと言えば──以前に商隊が賊に襲われて、無事に撃退したんですが、そのときに返り討ちにした賊の中に、盗賊団の首領の弟がいたようでして──」
マルクスの語る賊の襲撃は、聞けば俺が護衛に参加したときのものであると言う。あの折、首領の弟とやらが護衛に返り討ちにあって、それで首領の恨みを買ったとなれば──確かに、あれ以来、銀秤商会の積荷が執拗に狙われていることにも説明はつく。
しかし、いくら積荷を狙おうとも、群狼隊の護衛は鉄壁である。一向に仇を討てぬことに業を煮やした首領が、商会の番頭──マルクスを狙うようになったとしても、わからん話でもない。
「しかし、そんなもの──盗賊団とやらの自業自得ではないか」
「はい、恨まれる筋合いなど微塵もないとは思うのですが──」
マルクスは、ほとほと困り果てたというように、溜息をつく。
「それに──しいて恨むなら、その弟とやらを殺した相手であろうに」
俺は、盗賊団のその杜撰な復讐にあきれる。
「乱戦でしたから、我々も誰が殺したかまでは把握しておりませんでして──」
マルクスは、自らが狙われる理不尽に憤りながら続ける。
「その弟──見事な切り口で右腕を斬り飛ばされておりましたから、相当に腕の立つものにやられたことは確かでしょう」
マルクスの言に、俺は飲んでいた茶を吹き出しかける。
盗賊団の首領の弟を斬り殺したのは──俺である。身に覚えがある。自らの技の冴えを知られぬよう、一刀のもとに斬り殺すのではなく、腕を斬り、わざわざ失血死させたのを覚えている。さぞ苦しかったであろうから、兄たる首領が恨むのも無理からぬことであろう、と思う。
「──わかった。引き受けよう」
俺は、脅えるマルクスに、申し訳なく思ってしまって──つい安請け合いをしてしまう。




