第6話 腕試し(後編)
「魔物の数が多いというのは、どうやら本当らしい」
俺は、瓦礫の陰から、遠目に奥をのぞきながら、そうつぶやく。
視線の先には、ゴブリンが群れている──どころではない。ゴブリンどもは、迷宮の壁が壊れて剥き出しになった土を掘り、いくつもの洞窟を築いているのである。
「集落を築いているのか?」
バルドに教わったところによると、迷宮の魔物は、古代の魔法により、絶えることなく召喚され続けているのだという。しかし、それにしたって、ゴブリンなど、冒険者に討伐もされているはずで、通常であれば、これほどの数になることもないはずであろう。
この場のゴブリンは、集落を築いて暮らしている。となれば、繁殖もしていよう。もはや、召喚とは関係なく、数を増やしているのである、と理解する。
「師匠ならば、一人でもやれるだろうが──さて」
俺はゴブリンの集落を前に思案する。
そもそも、ゴブリンの集団を相手に、大立ち回りを演じるつもりまではない。あくまで試し斬りができればよいのである──となると、相手の数はほどほどでよかろう。
俺は、集落の中心から離れるように、洞窟を折れる。洞窟の壁からは、行く手を阻むように、大樹の根が突き出しており、歩きづらいこと、この上ない。
奥に進むにつれて、足もとには、植物が生い茂る。その草むらに気配を感じて、奥に目を凝らす。線の揺らぎからするに、数匹のゴブリンがたむろしているのであろう、と思う。このくらいの数ならば、と俺は堂々と草むらに踏み入り、こちらに気づいたゴブリンの群れの中央に、松明を投げる。灯りに照らし出されたゴブリンは──五匹。うち一匹はかなり巨大で、何らかの変異種のようなものやもしれぬ、と思う。
俺は左目を閉じて──近場のゴブリンに斬りかかり、一振りで一匹、返す刀でもう一匹を仕留める。残る三匹は、変異種を中心に布陣して──変異種の指示であろう、二匹が俺を挟むように襲いかかる。もしかすると、変異種にかぎり、意外と知性があるのやもしれぬ、と思う。
俺は左右から襲いかかるゴブリンを、できるかぎり引きつけて──両者の線を一振りで両断する。自らがけしかけたゴブリンを、瞬く間に屠られて、変異種は足を止める。目の前の人間が、思ったよりも強敵であることを悟ったのであろう。
俺は、その隙に、変異種をじっくりと眺める。先までのゴブリンに比べると、見える線は少ない──が、それほどの強敵というわけでもない。俺は変異種の線を意識して立ち回り、奴の防御を予測して、壁際に追い込む。変異種からすれば、いつのまにやら壁を背にさせられているという心境であろう──俺は驚愕に目を見開く奴の線をなぞる。
俺は、ゴブリンの群れを一掃したところで、奇妙なことに気づく。最後に屠った変異種──奴にかぎり、俺が線を斬ろうと動くよりも先に、防御の姿勢を取ったのである。他よりも手練れであったからと言えば、それまでなのであるが、それにしては防御の拍子はあっておらず、むしろそのおかげでたやすく線をなぞることができたような気さえする。
「ひょっとして──師匠の幻惑の技の一つはこれか?」
俺はその気づきに興奮して、思わずつぶやく。
師匠との立ち合いの折、その攻撃を防いだつもりであったのに、まるでこちらの防御をすり抜けたかのように木剣を受けるということが多々あった。かつての俺は、まさに先の変異種と同じく、防御の拍子があっていなかったのであろう。おそらく、相手の線をなぞるという強い意志を発することで、相手は斬られたという錯覚を起こすのである。それも、達人であればあるほど、錯覚を起こしやすいときている。これは、たいそうな収穫である。
俺は一人ほくそ笑んで──土産に、と変異種の首を斬って、二層を後にする。
俺は衛兵の詰所に戻り、変異種の首を、どすん、と置く。
「こいつは──ホブゴブリンだぞ!」
衛兵は首をあらためて、驚愕の声をあげる。
衛兵によると、その変異種はホブゴブリンと呼ばれるゴブリンの親玉のようなもので、二層でも北東の奥にしか生息せぬ魔物なのだという。
「あんた、一人でやったのか!?」
衛兵は、興奮気味に詰め寄って──その大声に衆目を引く。
「ああ! あんた、バルドが案内していた男か!」
衛兵は、俺の顔に見覚えがあったようで、バルドの身内であれば、と納得するように何度も頷く。
「こいつは期待の新人だ! また、頼むよ!」
「──ああ」
ホブゴブリン討伐の報酬を受け取りながら──普通の冒険者は、一人でホブゴブリンを討伐したりはしないのであろう、と反省する。確かに、あの巨体と膂力を相手に一人では、普通は数合打ち合うのがやっとであろう。
リメルスからの追手を警戒する身である。あまり目立たぬようにしなければ、と決意を新たにするのであるが──その決意とは裏腹に、隻眼のラガンの名は、次第に冒険者の間で広まることになる。
「腕試し」完/次話「用心棒」




