第5話 迷宮法(後編)
ロルフ一行は、三層に続く階段を下りる。はやる俺は、急ぎその後を追おうとして──バルドに肩をつかまれる。
「この装備じゃ、三層までだ。奴らが四層に下りるようなら、追跡はあきらめる──いいな?」
今や迷宮において、バルドの言に否やはない。
「四層はそんなに危険なのか?」
「普通の武器の通じない相手がいる。だから、四層を越えるには、魔法の武器が必須になるってわけだ」
バルドの答えに、なるほど、と頷く。迷宮において、バルドは想像以上に頼りになる。大枚をはたいて案内を頼んで正解であった、と思う。
特に三層では、バルドの頭の中の地図が頼りになる。二層の通路は必ずどこかに通ずるつくりになっていたのであるが、三層はそこかしこに行き止まりがあり、迷路のようになっているのである。ロルフ一行に気づかれぬように距離をとって追っているこの状況で、もしも俺一人であったなら、どこかで彼らを見失って、行き止まりで往生していたであろうことは、想像にかたくない。
「あいつら──行き止まりに向かってるぞ」
斥候のように身を屈めて、ロルフ一行の痕跡を探るバルドが、振り向いて告げた──そのときである。
「うあああ!」
通路の奥から、不意に叫び声が響いて──俺とバルドは顔を見あわせて駆け出す。通路を折れると、その先はバルドの言うとおり、行き止まりになっている。そこに──ロルフが血まみれで倒れている。
「ロルフ!」
俺はロルフの名を呼ぶ──と、その呼び声に応えるように、彼はうめき声をあげる。生きている。まだ間に合う。
俺はロルフを救わんと駆け出す。しかし、先の呼び声で、ロルフを斬った冒険者の方も俺の存在に気づいたようで──倒れたロルフに、止めを刺さん、と剣を振りかぶる。俺は抜刀して、男の隣を駆け抜け、ロルフに飛びついて、そのまま床を転がる。傷は痛むであろうが、命には代えられぬ。
「ロルフ!」
転がる勢いのまま立ちあがり、冒険者──いや、卑劣漢どもに向き直り、ロルフの名を呼んで安否を確かめる。
「──ラガン」
ロルフは、か細い声で、俺の名を呼ぶ。
「もういい──しゃべるな」
言って、俺はバルドに目で合図する。
「何だ、貴様ら」
卑劣漢どもは、ロルフを襲う計画を邪魔されたからであろう、俺たちに向けて怒気を放つ。明らかに堅気の気配ではない。
しかし──バルドもさるもの。卑劣漢どもは、俺たちが少しでも動こうものなら襲いかかる──そう身構えていたというのに、バルドは奴らの眼前を悠々と歩いて──死線を越えて、ロルフの傍らに立つ。
「──貴様」
「ははあ、俺を知らんとは──お前ら、ブロンダルの冒険者じゃないな」
バルドは剣を抜くそぶりさえ見せずに、その武威だけで、奴らを圧倒してみせる。
「その割に──迷宮法には詳しいと見える」
その指摘は図星だったのであろう、奴らは一瞬怯んだ顔を見せるのであるが、すぐに全員殺せばよいと思い直したようで、いっせいに武器を構える。
「バルド! ロルフの止血を頼めるか?」
「死んでも怒るなよ」
俺は迷宮通の露店で買った軟膏をバルドに放って──バルドは鷹揚に返して、ロルフのそばに屈み込む。
「おいおい、怒るよ! バルド、頼むぜ!」
「そんだけ元気があれば、大丈夫だろ」
言って、バルドはロルフの傷に軟膏を塗り始める。
確かに──バルドに悪態をつくほどの元気があるならば、おそらく死にはすまい。あとは軟膏が効くことを祈るばかりである。
俺は、二人を背にかばうようにして、前に出る。
「貴様──四対一でやるつもりか?」
「──三対一だ」
俺は、敵の首魁と思しき男に答える。
ロルフを助けに入る折、すれ違いざまに男の胴を薙いでいる。立ったまま絶命しているから、死んでいることに気づかなかったのであろうが──俺に言われて、ようやくその事実に気づいたようで、首魁は神妙な顔をする。
「──囲むぞ」
首魁の言葉に、残りの二人が頷いて──慣れた様子で、俺を取り囲む。その様を見るに、これは奴らの必勝の陣形なのであろう、と思う。
俺はおもむろに──左目を閉じる。見るかぎり、敵の力量は、三人とも似たり寄ったりである。とはいえ、得物は剣、槍、斧と三者三様で、同時に相手するとなると、いささかの戦いづらさはあろう。しかし──それは相手の武器が無事であればの話である。俺は──まず、敵の持つ武器の線を狙う。
「はっ──!」
敵の一人──槍使いが間合いに踏み込んで、裂帛の気合いのともに、槍を突き出す。俺は、繰り出された突きをかわしざまに、槍の柄を斬る。槍の穂先が落ちて、槍使いは唖然とする。いとも簡単に鉄製の柄を斬られたのであるからして、当然の反応ではある──が、死合いの最中に、それはいささかまずかろう。
俺は、残った柄に沿って、すべるように敵の懐に潜り込み、胴の線を斬りあげる。角度をつけて両断された上半身は、どう、と地に落ちて──残る二人の顔色が変わる。
「貴様! よくも!」
卑劣漢であっても、仲間の死には憤るらしい。斧使いは激昂して、俺に襲いかかる。先の槍ほどではないにしても、奴の斧も長物である。
斧使いは、相当な力自慢なのであろう、長大な斧を振り回し、その遠心力で増した勢いで、俺の脳天めがけて振り下ろす。俺は、その一撃を受けん、と曲刀をあわせて──その一瞬、斧使いは勝ち誇るように笑う。それはそうであろう。これほど勢いのついた一撃を、この細い曲刀で受け止められようはずもない。常識的に考えれば、そうなるのであろうが──俺の曲刀は斧頭を、さくり、と斬り裂いて──そのまま踏み込んで、斧使いの首筋をも斬る。首を斬り落とすまでには至らぬものの、周囲に飛び散る出血を見れば、絶命するに足るであろうことは明白である。
あと一人──そう考えたところで、俺は背後から迫りくる気配に気づいて──振り向きざまに、曲刀を横薙ぎに振るう。不意打ちを仕掛けた敵の首魁は、振り下ろさんとしていた剣を止めて──飛びのいて、俺の一閃をかわす。斧使いを囮にして、その隙に俺を殺そうとは、仲間の命すらどうとも思っておらぬ──やはり卑劣漢である。
首魁は、俺の一閃の冴えを見るや、そのまま間合いの外まで退いて──ちらり、と後ろを見る。
「仲間の骸を置いて、逃げるのか?」
逃げる気である、と悟って、俺は首魁を挑発する。しかし、仲間との絆よりも、己の命の方が大切なのであろう、首魁は振り向いて、脱兎のごとく駆け出そうとして──数歩で、もつれるようにして、床に転がる。
「さっき──足を斬った」
先の振り向きざまの一閃──首魁はかわしたつもりだったのであろうが、俺の剣先は奴の太腿にわずかに届いていたのである。
「逃げられぬし──逃がさぬよ」
俺は死を宣告して──命乞いをする首魁の首を刎ねる。いつもよりも長く線視の世界を見たからであろうか、左目に鈍痛を感じる。
「見事なもんだなあ」
バルドは、ぱちぱち、とおざなりな拍手をしながら、ごろり、と転がった首魁の首を足蹴にする。
「このくらい、バルドにもできるのであろう?」
俺は、血振りをして、曲刀を鞘におさめながら、バルドに問う。
「同じことができるとは言わんが──まあ、殺すだけならな」
バルドの言は、嘘や誇張ではないとわかる。やはり、酒場で飲んだくれているのが不思議なくらいの、剣豪と評するに値する男である。
「おい──そろそろ起こしてくんねえか?」
と──ロルフが、痛みをこらえながらであろう、しぼり出すような声をあげて──俺は彼の無事に安堵して、バルドと顔を見あわせて笑う。
俺たちは、ロルフを担いで、折れた剣亭に戻る。
ロルフは、思ったよりも軽傷だったようで──俺の塗った軟膏が効いたのだとはバルドの談──数日後には起きあがり、こうして酒宴を開いているというわけである。
「ロルフは、人を見る目を養わんといかんなあ」
バルドは嫌味たらしく言って、悔しがるロルフの顔を肴に、ぐいと酒杯を飲みほす。
「じゃあ、ここはロルフの奢りということで」
「はあ!? ふざけんなよ! 助けてくれたの、ラガンじゃねえか!」
バルドは調子に乗って奢りを要求するのであるが、ロルフもそこは譲らずに言い返す。
「おいおい、そっちこそふざけんなよ? 軟膏を塗ったのは誰だと思ってる?」
「軟膏くらい自分で塗れますう!」
「嘘つけ! 死ぬうって騒いでただろうが!」
バルドとロルフの舌戦は終わる気配がなく──俺は俺で、二人を肴に酒杯を傾ける。
「ルシオン、おかわりを頼む」
俺は、忙しなく給仕するルシオンを呼びとめて、酒杯を渡す。
「ラガン、楽しそう」
ルシオンは、俺が楽しそうであるという事実が心底からうれしいようで、笑顔で酒杯を受け取って──俺は、少なからず驚く。
「──そうか。そう見えるか」
ベラトールを出て──身近なものにそう言われたのは、初めてのことである。もしかすると、俺は久方ぶりの友を得たのかもしれぬ、と喜ばしく思う。
「迷宮法」完/次話「腕試し」




