第5話 迷宮法(前編)
ブロンダルの都を訪れて、はや一月が過ぎようとしている。その間、群狼隊の厚意に甘えて、何度か護衛の依頼を受けて、懐もそこそこ暖かくなってきたところである。俺は、そろそろ機も熟したであろう、と折れた剣亭で昼から飲んだくれているバルドに、迷宮の案内を依頼する。
「おいおい、気が早いなあ。鎧はどうした?」
バルドは、いまだ軽装の俺を見て、苦言を呈する。
「ゴドー殿に注文したところだ。できあがりを待つ間に、バルドに教えを乞おうと思ってな」
「ほう──稼ぎがあるのは、よいことよな」
言って、バルドは早う出せと言わんばかりに手を差し出して──俺はその手のひらに数枚の銀貨を載せる。はたからは、奮発したようにも見えようが、危険を伴う迷宮の案内を頼むのであるからして、払いすぎということもあるまい。
「金の価値がわかる男は嫌いじゃないぜ」
バルドは、にんまりと笑って、銀貨を懐にしまう。次いで、残りの酒をぐいと飲みほして──さっそく宿を出て、迷宮通に向かう。
バルドは、迷宮通の中ほど、多くの冒険者の群がる露店の手前で足を止める。
「まずはここだな」
言って、バルドは居並ぶ冒険者を押しのけながら、露店の前に顔を出す。もちろん、押しのけられた冒険者は、むっとした顔を見せるのであるが、相手がバルドであると気づくと、素直に場所を譲るのであるからして、やはりブロンダルの冒険者の中では、ひとかどの人物なのであろう、と思う。
「おう、バルドじゃねえか! また迷宮に潜るのかい?」
露店の店主と思しき老爺が、バルドに気安く呼びかける。品揃えを見るに、薬草の類を売っている店のようである。
「お遊び程度だよ」
返しながら、バルドはいくつかの軟膏を手に取って、店主に代金を支払う。
「傷にはこいつがよく効く。ま、念のためだな」
言って、バルドは軟膏を俺に放る。迷宮に備えて持っておけ、ということであろうと理解して、懐にしまい込む。さすがに迷宮探索ともなると物入りである。これ以上、荷物が増えるようなら、雑嚢の購入も検討せねばなるまい。
「ありがとよ」
バルドは店主に礼を述べて──去り際に、思い出したように振り向いて。
「おやっさん、ついでにこいつの顔も覚えておいてくれ。ラガンってんだ。もしかしたら常連になるかもしれんからな」
と、店主に俺のことを紹介してくれる。義理堅い男である。
俺たちは露店を後にして、迷宮通の突き当たり──そびえるような壁の前に立つ。壁には巨大な門が設けられており、今は開け放たれている。
その門を冒険者が行き交う。門をくぐると、そこから先は石造りの城のようになっていて──入り組んだつくりは、ベラトールの城を思わせる。もっとも、こちらは内側からの魔物の流出を阻むためのものであることは、以前のバルドの説明で理解している。
迷路のような通路を行くと、やがて衛兵の詰所と思しき建物と──迷宮に続くものであろう、地下に潜る階段が目に入る。
バルドにうながされて、衛兵の詰所に向かい、言われるがままに名を記す。もちろん、ベラトールの姓は伏せておく。衛兵は、俺とバルドの名をちらと見て、興味なさげに顎で階段を指す。進んでよいということであろう、と理解する。
俺はバルドと連れ立って、迷宮に続く階段を下り始める。
「誰でも入れるのか?」
「魔物があふれたら困るんでな。くるもの拒まずよ」
バルドは、杜撰だよなあ、と苦笑しながら、階段を下りる。
「──名を記すのは?」
「誰が帰ってこなかったかを明らかにするため」
「明らかにするだけか?」
「そう──明らかにするだけ。救助は見込めないから、覚悟して潜れよ」
バルドは脅すように言って。
「あ、そうそう──」
と、階段の途中で足を止めて、振り返る。
「忠告だ。迷宮の中では、魔物だけじゃなく──人間にも気をつけるこったな」




