第七話 道中
同衾事件から二日ほど経ち、ギルド退会の手続きが完了したことを確認して、俺達はクレイセンを後にした。
クレイセンから、南西に歩いて四日ほどで、エルフの村に着くという。
クレイセンで干し肉や飲み水を四日分買って、俺達はひたすら森を歩いていた。
「はぁ、はぁ、はぁ………お前、体力すごすぎないか?」
「あなたが無さすぎるだけよ」
「いや、不眠不休で二日間、それもその半日は成人男性と大きな荷物を背負って歩いてるのに、汗一つかいてないってやばいよ」
今の言葉は事実である。
彼女は町を出てから今に至るまでの二日間、一切睡眠をとっていない。
だが、俺にはそんな体力はない。
一日目の夜、森の中で、俺は息を切らしながら、
「休憩が………したい……です………」
と死にそうに言ったら、彼女は、
「時間はあまりとられたくないんだけど。仕方ないわね。おぶってあげるから、朝までは私の背中で眠っていなさい」
と、とんでもないことを口にしだした。
流石に無理だろうと思った。
だが、この調子だとマジで眠らずに歩くことになると思い、なら先に彼女を疲れさせて休憩させようと企み、俺はわざとその口車に乗った。
じきに疲れ果てるだろうと思い、俺は安心して彼女の背中で眠った。
目を覚ますと、朝日が登っていた。
寝る前までは真っ暗だったのに、朝日が登っていた。
そして、あいもかわらずシエスタは歩いており、辺りの風景は森から平原に変わっている。
周囲に森らしきものは一切見当たらなかった。
「あ、あの」
「ん、あら、起きたのね。じゃあ、さっさと降りなさい」
「もしかして、寝ずに歩いてたんですか?」
「そうだけど」
何を当たり前のことをきいているんだ、というやうな顔で答える彼女に、俺は絶句した。
あの言葉は、ハッタリではなかったのだ。
絶句と同時に、戦慄した。
「あたまおかしい」
俺の口からは、そんな言葉が漏れた。
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そして一日が経ち、今に至る。
今日、歩きはじめて、大体十二時間ほどが経った。
時折背中で休憩しつつ、歩けそうなときは歩き、大体七時間ほどは彼女の背中で過ごした。
だって、仕方がないじゃないか。
スキルのせいなんだもの。
「お前、なんでこんないい匂いがするんだ?」
ふと、そんなことを呟く。
こんな日数、道のない道を歩き続けていれば、少しは土臭くなると思うのだが。
依然として、甘い匂いが彼女の髪からはしている。
………なんか変態じみた感じだが、嫌でも鼻に入ってくるのだから仕方ない。
シエスタは、俺への嫌悪感を隠そうともせず言った。
「気持ち悪い」
「いや、本当に。水浴びもしていないようだし、いったいなんでなんだ?」
「エルフには、そういった秘術が伝えられているの。エルフが美を大切にする、というのは有名な話でしょう」
エルフには、美男美女が多い。
だから、他種族や醜い見た目の生物には容赦がない。
逆に言えば、それだけ美を大切にしているとも言える。
そういった秘術があることも不思議ではない。
「ちなみに、俺の顔はエルフ目線で言うとどれくらいなんだ?」
「ハッキリ言うと、エルフと比べるとブサイクの部類に入るわね」
「えぇ………いや、わかってましたけど」
「けど、今まで出会った人間の男の中だったら、なかなか悪くない方だと思うわよ。鼻筋は通っているし、顔もしゅっとしているしね」
「おっ、ありがたい評価」
「そんなことはどうでもいいわ。私も、流石にそろそろ疲れてきちゃった。ここらで休憩にしましょうか」
「おおおお。よ、ようやく休憩か………」
「いやあなた、ずっと私の背中で休んでたでしょ。軽いからよかったけど、片腕だけで支えるの、大変だったんだから」
「すんません」
俺達は森の中の、開けた場所に移動した。
辺りからよく枯れた枝木と葉をもってきて寄せ集めると、シエスタが魔法で火を起こしてくれた。
「我が力を尊き眩い炎へと具現化させよ、〈着火〉」
そう唱えると、枝葉は突然、勢いよく燃えはじめる。
「魔法、使えたんだな」
「魔剣士なんですもの、当然よ。それよりも、お鍋を持ってきたかしら?」
「それなら、こちらに」
俺は荷物の入ったバックパックの中から、金属鍋を取り出して渡した。
彼女は少し離れた小川へ水を汲みに行くと、鍋の中を透き通った綺麗な水でたぷたぷにして帰ってきた。
なぜか、鍋の中には綺麗な色をした魚が入っていた。
「この魚は、鱗美魚といって、食べれる部分が多くておいしいの。川に二匹いたから獲ってきたわ」
「へぇ。ちなみに、何を使って獲ったの?」
「素手に決まってるじゃない」
「………」
魚は、水の中では目で追えないほどにすばしっこいのだが。
それを素手で捕まえるとは、正直感心を通り越して引きつつある。
「ナイフを貸して」
「ほいよ」
バックパックから、刀身が二○センチメートルほどのナイフを取り出して渡す。
「ありがと。魚は、鱗を削ぐのと削がないのとじゃ、ぜんぜん違うのよ。丁寧に繊細に削ぐと、柔らかくてぷりぷりとした食感になる。けれど、鱗が微妙に残っていると、砂を噛んでいるような食感になるの。締めたり糞を事前に出したりすることも大切だけれど、一番は鱗を剥ぐことね」
「詳しいんだな」
「まぁね。あ、魚を押さえておいて。片腕だからそういうことができないの。それと、鍋の水を沸騰させて」
「りょーかい」
火の上に、鍋全体に火が行き届くよう鍋を固定してから、両手で暴れる魚のからだを抑える。
シエスタは、魚のからだと刃の向きが並行になるようにして、表面の鱗を剃っていった。
二匹の鱗を削り終わったのち、内臓やえらなどを取ってから、ぐつぐつと沸騰しはじめた鍋に魚を放り込む———のではなく。
彼女は、辺りに生えている謎のきのこを集めると、鍋に入れた。
「それは?」
「出汁になるきのこよ。これがあるのとないのとじゃ大違い。ふんわりと甘い匂いがするようになるわ」
「へぇ」
その後も、彼女はいろいろなものを鍋に入れてから、最後になって魚を入れた。
「これを七分ほど煮たら完成。残った汁はスープにもなるわ。温かいから、あとで飲みましょう。お皿を出して」
バックパックから木製の皿とフォークを取り出して、彼女に渡した。
七分が経つと、鍋から皿に魚が盛られる。
めちゃくちゃうまそうだ。
ごくりと生唾を飲み込む。
フォークを魚に突き刺して、がぶりと齧り付いた。
「うま」
出汁がよく染みている。
味が濃すぎず、薄すぎず、ちょうどいい塩梅になっている。
出汁の甘さが印象的だが、しかし魚本来のうまみも損なわれていない。
噛めば噛むほど味が口全体に行き渡る。
気が付けば、俺は魚を全て平らげてしまっていた。
「あら、もう食べてしまったの」
シエスタは、まだ半分も食べてはいない。
フォークでうまく切り分けながら、上品に食べている。
「お前、料理うまいな」
「そう? あなたみたいな人間でも、料理を褒められるとうれしいものなのね」
「みたいな人間言うなよ」
「あら、ごめんなさい。つい本音が」
「そりゃないよ」
続けて、鍋に残るスープも飲んだ。
こちらもうまかった。
塩をかけると更にうまかった。
お腹がいっぱいになると、眠った。
特に、シエスタはすぐに眠ってしまった。
あれだけ歩いていたんだ。
口では楽勝とか言っていたが、からだへの負担は大きかったに違いない。
そのことに若干の申し訳なさを感じながら、俺も目を瞑る。
その頃には、焚き火の火は消えていた。
俺も、気が付いたら眠っていた。
夜の森はとても静かだった。
次回「第八話 悪夢」
11月10日 同時刻 更新




