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第五話 エルフ

 その日の夜、俺達は野営をしていた。

 魔物と戦っていたせいで、想定よりも進行が遅くなってしまったのだ。

 そのため、本来泊まるはずだった村の宿に泊まれず、こうして皆で焚き火を囲うこととなっている。

 皆と言っても、母親と少女はもう眠ってしまっているのだが。


 時折薪を投げ入れながら、俺とエルフ、御者の三人は火をぼうっと眺めていた。


「………なぁ、あんた」


「あんたはやめて。私にはちゃんと、シエスタって名前があるんだけど」


「あぁ、悪いな」


 シエスタは、今じゃもうフードは着けていない。

 黄金の髪を肩あたりまで伸ばした、碧眼のエルフの見た目をしている。

 顔立ちは、見ていて鳥肌が立つほどに整っている。


 そんな彼女が、静かに焚き火の火を眺めている光景は、非常に絵になった。

 俺は話を続けた。


「そんで、シエスタは、これからどこに行くんだ?」


「………それを言う必要、ある? まぁいいんだけど。私は、村に帰るつもりよ」


「村?」


「えぇ。エルフの村———私の故郷が、この近くにあるの。久しぶりに、両親に顔を見せにいくのよ」


 あの戦いの後、チクチクとした態度は変わらないが、こういった質問には答えてくれるようになった。

 信頼を得たのだと、喜べばいいのか、嘆けばいいのか。


「ふーん。エルフの村、ねぇ。そういえばお前、すごい冒険者を嫌っていたな。なんか、理由があるのか?」


「黙りなさい」


 鋭い目つきで睨まれながら言われた。

 どうやら、聞いてはいけない内容だったようだ。


 その一言を皮切りに、会話はとだえる。

 数分ほど沈黙が続いたのち、御者がぽつりと言った。


「あっしは、そろそろ寝るとしますかね」


 御者は、木の根を枕に眠った。

 それを見て、俺もふわぁっ、とあくびをする。

 シエスタも眠たそうに目をこすりながら、あくびをした。


「私もそろそろ寝るとするわ。今日はいろいろありすぎて疲れちゃった。腕が一本の生活にも慣れていかないとね。あなたも、早く眠りなさい。今日は疲れたでしょう。睡眠は大切よ」


「………それは、心配してくれているのか?」


「しね!」


 俺の言葉に、彼女は間髪入れずにそう言って、不貞腐れたように眠った。

 そのようすが、なんだか笑えた。


「………俺も寝るか」


 それだけ呟いて、俺も眠った。

 地面はひどく硬かったが、気持ちよく眠ることができた。



---



「あなた、冒険者をやめて、うちの村に来ない?」


「え?」


 翌日。

 馬車に乗っていると、ふいに彼女がそんなことを呟いた。

 思わず驚き、声をこぼす。


「あなたのその魔力は、よく使えそうだわ。それに、魔法も何も使えないのなら、反撃のしようもないし。あなたがいれば、魔法実験の効率がよくなると思ったのよ」


「そんな理由で。というか、そこに冒険者をやめる理由ある?」


「私や私の家族は、ある事情から冒険者をすごく嫌っているの。正直、今でもあなたをぶっ殺したいと思ってるくらい」


「ぶっ殺すって………」


「あなたのことは嫌いだけど、信用はできると思ったわ。あのとき、あなた、レイラを守るために命を捨てようとしたでしょ。あと、目死んでるし」


 レイラとは、あの少女の名前である。

 昨日、少女を助けたことから、シエスタとレイラは仲良くなったらしい。

 今もシエスタの膝の上で眠っている。


「一応、褒めてもらってるのかね。なら嬉しいことだ。あと、目は死んでない」


「死にまくってるわよ。なにか辛いことでもあったの?」


「いや、別にないすけど」


「そう。興味ないから言わなくていいわ。それで、どうなの? 冒険者をやめてくれるなら、村にきてくれてもいいけど」


「…………うーん」


 俺は眉間に指を押し当てて、考えた。

 多分、これは千載一遇のチャンスだ。

 正直、俺には冒険者稼業を続けるのは難しい。

 一人では、俺は何もできない。


 かと言って、パーティーも組みたくはない。

 また、あのときのような絶望は味わいたくはない。

 役立たずと罵られ、惨めに何もできず、ただ去ることしかできなかった、あのときの虚しさは———


「…………分かったよ。冒険者は引退だ。あんたの村に行くことにする」


「あらっ、ほんと? それは嬉しくもないわね」


「嘘でも嬉しいって言ってほしいな」


「まぁ、とりあえずは了解ってことね」


「あぁ。けど、冒険者をやめるのには時間がかかる。最寄りの町は?」


「———クレイセン。迷宮都市アンブラーより東にある町よ。御者さん、クレイセンは通るのかしら?」


「あぁ。明明後日には着くはずだ。迷宮都市より十日ほど早く着く」


「そう。っていうことだから、分かった?」


「了解。村までは一緒に行くのか?」


「当たり前でしょ。あなた、道知ってるの?」


「知らんけど」


「お金は?」


「銅貨一枚もってません」


「…………はぁ。道中、必要になるお金は私が出すわ」


「ありがたい」


 こうして、俺はなぜかエルフの村へと赴くことになった。

 冒険者ということを除いても、エルフは排他的であり、外部の者とはあまり関わらないらしいが。


 なんとかなるだろう。

 そんな楽観的な考えで思考を止め、俺は馬車の揺れに身を委ねた。



---



「じゃあね、お兄ちゃんたち!」


「本当に、本当にありがとうございました」


 精一杯に手を振る少女と、腰を九十度曲げて頭を下げる母親に見送られ、俺達は馬車を降りた。


 あの日から、二日ほどが過ぎ、エルフの村の最寄り町クレイセンに着いたのだ。

 隣にはフードを被り、エルフであることを隠しているシエスタが歩いている。


「別に、隠さなくてもいいんじゃないか?」


「今でも、エルフに対する差別意識の残った集落や人ってのは、少なからず存在するのよ。だから、もしものときのことを考えて、ってこと」


「へぇ。苦労するんだなぁ」


「…………ふん」


 ぶっきらぼうにそう言い放つシエスタに苦笑し、俺は町の情景に目を移した。

 古風な町並みだ。

 木造の一軒家がずらりと立ち並び、露店などが道にまばらに開かれている。


 なんというか、雑だ。

 今の違和感を言い表すのならば、これ以上適切な言葉は見つからないだろう。

 区画とか、配備とか、そういったものがよく考えられていないように思える。


 それに、人も少ない。

 露店に立ち並ぶ人などは結構な人数いるが、それでも町となれば、もう少し人はいる。


「着いたわよ」


 あれこれ考えているうちに、今夜泊まる宿に着いた。

 中に入る。

 外装は古びているが、中は思ったより清潔にされている。


 俺達はまっすぐ、厨房で皿を洗う店主のもとへと歩いた。


「一部屋を一泊借りるわ。それと、今夜のご飯と明日の朝ごはんをつくってもらえる?」


「あぁ。飯代含めて、大銅貨六枚だ」


「はい」


「確かに。部屋は階段を上がってすぐの———」


「ちょっとまて」


 店主の言葉を遮り、俺はまったをかけた。

 平然と話を進めてるけど、え、一部屋?


「あの、二部屋じゃないんですか」


「個室が欲しいの? 嫌よ、わがまま言わないでちょうだい。あまりお金を払いたくないの」


「わがままって。あの、俺達男女ですよね」


「そうね。それがどうしたの?」


「あー、だから、ね? まぁ、その、えー、そういったあれが」


「男なんだからきっちりと言いなさいよ」


 その言葉に、俺の口は閉ざされた。

 言えるかバカタレ。

 なんで察せないんだよ。

 ちくしょう。


 黙る俺に、彼女はつつくような視線を送ってきた。

 チクチクと刺さる視線に、俺はごくりも生唾を飲み込み、覚悟を決めて口を開いた。

 開くしかなかった。


「えーっと、ですね。年頃のですね、男女が、ですね。二人きりで部屋に泊まるっていうのはですね。いろいろとですね。まずいんじゃないかなー、ていうね」


 俺が気まずくそう言うと、シエスタもようやく察せたようだ。

 ぽっ、と顔を赤らめて可愛く否定してくれれば、このひどい空気も茶化されてなんとかなったんだが。

 そんなことはしてくれなかった。

 彼女は、ゴミを見るような目で俺を見てきた。


「………あぁ、そういうこと。安心なさい。あなたに襲われても反撃できるし、男と寝ること自体に嫌悪はないわ」


「男と寝ること自体に嫌悪はない………」


「変な意味に捉えないで。長い間、村を出て旅を続けていたから、そういう機会もあったってだけの話。襲われそうになったことはあるけどね。からだを許したことは一度たりともないわ」


「あー、なるほど」


 ふぅっ、と一息吐く。

 なんとか危機は乗り越えることはできた。

 代わりに、店主の視線がひどいものになっているが。


 そのとき、シエスタの腹がぐー、と鳴った。


「お腹が空いたわ。露店でなにか買いましょう」


「そうだな。何か買いに行くか」


 俺達は宿を出て、露店へと向かった。

 なんだかんだ言っても、彼女と過ごす時間は気が楽だ。

 思えば、〈黒獅子〉のメンバーと話すとき、こんなにリラックスしてなかったように思える。

 彼女が本音で話してくれているから、だろうか。


 考えても分からなかったので、俺はやはり思考を止めた。

 このとき、俺は無意識に彼女との会話を楽しんでいたことに、まったく気付いていなかった。

次回「第六話 弱さ」

11月7日 同時刻 更新

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