第四話 魔物
俺に続けて、女も馬車から降りてくる。
「お前、戦えるのか?」
「まぁ、あなた以上にはね」
「これでも、金級の冒険者なんだけどな」
「それに、あなた支援役って言ってたでしょ? ひとりで戦う気だったの? 馬鹿じゃないの?」
「そう言われちゃ、何も言い返せないが………」
「あなたは、足手まといにならないようにだけ行動しなさい。というか、何もしないで。手出し無用だから」
「分かったよ。ただ、ピンチになったときは助けてやる」
「ふん」
言葉を交わした後、俺達は二人並んで魔物に対峙した。
反応を見たときはかなり離れていたはずなのに、今では目と鼻の先にまできている。
近くで見ると、やはり迫力がちがうな。
「あんた、何を使うんだ?」
「私は魔剣士よ」
「そうか」
彼女は腰に携えている剣を抜くと、構えた。
剣の刀身が青白く光り出す。
「それ、魔剣か?」
「えぇ。魔力を込めれば切れ味が増すわ」
「ふーん」
もしも勝手なことをしたら、また何か言われそうだから、俺は何もしない。
〈図化〉で別の魔物がこないか確認しつつ、馬車に魔物が突進したりしてきたら、命懸けで馬車を守る。
俺はそれだけしていたらいい。
それに、あの物腰を見るかぎり、彼女はかなり腕が立つ。
俺の出番自体、ないかもしれないな。
「じゃあ———行くわよっ!」
女は大地を強く踏み出し、魔物に向かって駆け出した。
早い。
目で追えないほどの速度だが、魔物はそれにしっかりと反応してきた。
体勢を低くしながら、右前方に素早く飛び出し、女は左足を斬りつける。
しかし、魔物は即座に足を引いたので、傷は深くない。
転がりながら百八十度からだの向きを変え、女は魔物の背中に飛び込む。
足の痛みに反応の遅れた魔物は、回避が遅れた。
横に、一閃。
魔物の背中を、女の剣が今度は深々と斬りつける。
魔物は真横に大きく飛び込んで距離をとり、追撃を避けた。
強い。
その素早さもそうだが、なんといっても剣の切れ味がすごい。
魔剣に込める魔力量が多いのだろう。
それに耐えている魔剣の質もすごい。
あの女、実は名のある剣士なのではないだろうか。
果敢に女は攻め込んでいく。
魔物も爪を振るい、牙で噛み砕こうと応戦するも、ことごとく躱されている。
魔物には、傷が一つ、また一つと増えていく。
「す、すごいな…………」
「黙ってみてなさい」
魔物が一つ、反撃に転じようと行動を起こす度に、またじりじりと追い詰められていく。
立ち回りがうまいのだ。
常に先を予測して行動しており、その中で敵の動きを誘導している。
だが、逆に言えば、それだけしても敵をまだ殺せていないということになる。
先ほどから傷は増えているが、致命傷となるようなものは与えられていない。
魔剣にはタイムリミットがある。
それは、魔力が尽きたときだ。
このまま決着が長引けば、負けるのは彼女の方である。
「す、すごい………」
その声を発したのは、俺ではない。
馬車に乗っていた少女だ。
出てくるな、と言ったはずなのに。
「おい! まだ出てくるな!」
「えっ?」
その瞬間、魔物は目の色を変え、こちらに突進してきた。
気付かれた。
魔物の目には、恐怖に怯える少女しか映っていない。
なんとしてでも、子供だけは守らないと———-
「いやぁぁああっ!!」
少女は動転し、馬車から飛び出して、明後日の方向に走り出す。
まずいまずいまずい!
俺では、少女に追いつくことはできない。
せめてその場に留まっていてくれれば、肉壁になることぐらいはできたのに。
魔物は恐ろしい速度で少女に駆け寄る。
人質に取る気だろうか。
いや、そんな気配はない。
あのまま、殺す気だ。
「やばい———!」
少女を丸呑みにしようと、魔物が口を開けたそのとき。
女が間一髪で、少女を右から突き飛ばした。
だが、その代わりに———
「ぐぅっ!?」
女の左腕が、魔物によって噛みちぎられた。
女は体勢を崩して、地面に倒れ込む。
その衝撃で、女のフードが外れ、顔が露わとなった。
———女の耳は、人とは思えないほど長かった。
「エルフだったのか!?」
思わずそう叫ぶが、もうこの際、彼女がエルフだったかなんてのはどうでもいい。
女は魔法で傷口を焼いて止血をしたが、大して傷の負っていない魔物に勝てるほどの体力は残っていない。
女は即座に立ち上がり、再び魔剣を構えるが、光は突然失われた。
「ま、魔力が、足りない…………」
息を切らしながら、女は片膝をつく。
こんな最悪な状況で、魔力不足を起こすか。
しまった、〈魔力供給〉の準備ができていなかった。
〈無限魔力〉にはタイムラグはないが、〈魔力供給〉には発動に五秒の溜め時間が必要だ。
魔物は今にも女と少女を喰らってしまいそうだ。
たった五秒くらいなら、こんな俺にも稼げるはずだ。
「———クソッタレ!」
俺は必死に歩いた。
そして、魔物が少女達を喰らう直前。
俺は魔物の尻尾を強く踏みつけた。
魔物は、
ぎゃっ!?
と痛みに苦悶の声をあげる。
魔物の注意がこちらへと移った。
ものすごい目つきに、思わず腰が抜ける。
魔物は俺に飛び込んできた。
だが、俺の役目はもう終わった。
既に五秒は経った。
———〈魔力供給〉発動。
それと同時に、俺は女に叫ぶ。
「魔剣を使え!」
「えっ!? でも、魔力が足り———回復、してる!?」
「はやく!!」
女は魔剣に魔力を込め、片腕で魔物の首を刎ね飛ばした。
ごとり、と大きな頭が落ち、からだが崩れ落ちる。
倒、したのか。
「あ、あぁ、あぁ………」
魔物の返り血に塗れた少女は、恐怖に失神した。
無理もない。
こんなショッキングなものを見て、こどもが耐えられるはずもない。
それよりも———
「あんた、大丈夫か」
止血をしたとはいえ、腕を一本失ったのだ。
大丈夫なわけがない。
「………えぇ。こんな可愛い女の子を助けたんだもの。腕の一本ぐらい安いものよ………」
そう強がってはいるが、顔は明らかに歪んでいる。
だけど、今、それは口にすべきことじゃない。
「………ま、本人が言うんだったら、そういうことにしておこうか」
「それよりも、どういうこと?」
「何がだ?」
「魔力よ、魔力。あのときあなた、魔剣を使え、って叫んだでしょ。でも、私には魔力がもう無かった。それは、あなたも見て分かったはずよ。…………けれど、なぜか私の魔力は回復されていた。いや、もとの魔力量の何倍も、あのとき、私のからだにはあった。なぜそうなったのかは分からないけど、あなた、なぜ私の魔力が回復したことが分かったの?」
「言っただろ。ピンチになったら助けてやる、って。俺の魔力をお前に与えただけだ」
「あぁ、〈魔力供給〉のスキルね。………それじゃあ、あの馬鹿げた魔力は、あなたのものだって言いたいの?」
「ま、そういうことだな」
「…………あなた、化け物ね。けれど、そんな力があるのなら、私にやらせず、自分一人で討伐すればよかったじゃない。なに? 私へのあてつけ?」
「ち、違う! 俺には、魔法は使えないんだ」
「なんですって?」
「まぁ、ちょっとした事情でな。持病みたいなもんで、からだも思うように動かない。その代わりに、俺はこの莫大な魔力を手にしたんだ」
「ふーん」
そう言うと、女は考え込むように顎に手を当てた。
少しして、馬車から母親が飛び出してくる。
「レイラ! 馬車から出るなって言ったのに! ご、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません。あぁ、腕が!? う、腕が、無くなってる………」
「気にすることないわ。私は大丈夫だから」
「本当に、本当に申し訳ございません………」
涙ながらに謝る母親に、困りながら顔をあげるよう女は促す。
後に御者がやってきて、この魔物は縞見虎だと言った。
縞見虎は、魔物の中でも上位に位置する魔物だ。
何か大きな力をもった者が現れると、その者に手を出しに行くらしい。
ということは、あの女エルフが原因で巻き起こされた出来事だった、ということだ。
なんとも面倒なことをしてくれるやつだ、と俺は思った。
次回「第五話 エルフ」
11月6日 同時刻 更新




