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第三話 馬車

 翌日。

 少女とその両親に見送られて、俺は宿を出発した。

 別れは少し名残惜しかったが、いつまでも世話になるわけにもいかない。


 それに、この町にいたら、〈黒獅子〉とは嫌でも顔を合わせてしまうだろう。

 もらった銀貨一枚があれば、乗合馬車に乗れるはずだ。

 別の町で、魔法研究員を手伝うバイトでもするか。

 〈無限魔力〉があれば、少しは役に立てるだろう。


「銀貨一枚だ」


「どうぞ」


「まいど。後ろの荷馬車に乗ってくれ」


 御者のおじさんに銀貨を一枚払って、荷馬車に乗り込んだ。

 荷馬車には、親子らしい少女とその母親、それとボロボロのフードを深く被った女性が乗っていた。

 俺は端の方に小さく座る。


「出発しますよ」


 御者の人の声と同時に、馬車は発車した。



---



 窓から、外の景色を眺める。

 吹き抜けるような、壮大な平原だ。

 それに、馬車の揺れが心地よい。

 思わず眠ってしまいそうだ。


「お兄さん、こんにちは!」


 俺の右に座る幼い少女が、俺に向かって話しかけてきた。

 母親は、寝息を立てて眠ってしまっている。

 こどもには、この時間は退屈だろう。

 話し相手になってあげることにした。


「こんにちは」


「お兄さん、どこに行くの?」


 その問いに少し固まった。

 どこに行くか、そういえば決めていなかった。


「そうだねぇ………迷宮都市アンブラー、かな」


 迷宮都市。

 迷宮に人が多くなり、自然とできた都市をそう呼ぶ。

 アンブラー迷宮は、三百階層以上もある大迷宮である。


 迷宮都市アンブラーは、人が多く集まる。

 きっと、その中に俺を必要としてくれる人もいるだろう。

 とにかく、今は稼がなければならない。

 あそこには、仕事を斡旋してくれる場所があるとも聞く。


「迷宮! すごい、お兄さんは冒険者なの?」


「あぁ、そうだよ」


 言いながら、俺は首にくくりつけている金色の冒険者章を取り出した。

 銀色に輝く細長い鎖の先に、薄く伸ばされた板のような金色の金属が付けられている。


 冒険者ギルドに登録すると、この冒険者章が渡される。

 これは、その冒険者の階級によって色が変わる。

 俺は金級(ゴールド)だから金色だ。


「へぇ。お兄さんは、剣を使うの? それとも、魔法?」


「俺は支援さ」


「支援?」


「あぁ。後ろで仲間のサポートをするんだ。だから、戦闘には参加しないんだけどね。大事な役割だよ」


「ふーん。ね、あたし、将来冒険者になりたいんだ。できるかな?」


「もちろん。でも、なんでなんだい?」


「昔、お母さんが助けてもらったらしいんだ。黒髪黒目の冒険者に———あっ、お兄さんも黒髪黒目だね」


 黒髪黒目は、この国では珍しい。

 父が北の国の出身らしく、俺の黒髪黒目は父の遺伝だ。


「その話を聞いて、あたしも誰かを助けられるようになりたい、って思ったんだ」


「はは、そうか。誰かを助けられるようになりたい、か。それは、とてもいいと思うよ」


 思えば、俺も冒険者をはじめたきっかけは、そんなものだった。

 生まれてからしばらく、俺は〈無限魔力〉の存在を知らなかった。


 普通、スキルは目で見てすぐに分かるものらしい。

 例えば、〈剣術〉というスキルがあれば、はじめて剣を持っても思いのままに振ることができる。

 そういうのは、周りの目から見ても分かるものだ。


 けれど、俺にはそういったものはなかった。

 〈無限魔力〉の代償で、魔法を使うことも、剣を持つこともできない。

 その存在にはじめて気が付いたのは、〈魔力供給〉を手に入れたときだ。


 あのときは、これがあれば、こんな自分でも誰かを助けられる、と喜んでいたっけか。

 結局、そんなことはできなかったんだけど………。


「———冒険者なんて、やめておきなさい」


「え?」


 突然、今まで沈黙を貫いていた、フードを被った女が言い放った。

 その声は、からだの芯が底冷えするような、ひどく無機質で冷たい声だった。


「あんなのの仲間になることなんてないわ。そこの男だって、人を殺しているのよ、命を奪っているのよ」


 女の言葉に、つい苛立って反論する。


「お、おい! 言いがかりはやめろ!」


「言いがかりじゃないでしょ。あなたは今まで、いったいどれだけの命を奪ったの? あなたの行いで、どれだけの人が苦しい思いをしたのか、知らないの? 知らない、とは言わせないわよ」


「な、お前に何が分かる!? 俺は依頼を受けていただけだ! それに、罪のない者の命を奪ったことなんて、一度だってない!」


「そんなはずはないわ。冒険者なんて、クソの塊よ………」


 女の発言に、俺は拳を固く握りしめる。

 何かを叫びそうになったとき———


「ちょっ、ちょっと、喧嘩はやめてよ………」


 少女の声に、俺はハッ、と冷静になった。

 一瞬にして、馬車の中の雰囲気は最悪になった。



---



 森の奥深くで、魔物が目覚めた。

 虎のような風貌をしており、その大きさは辺りに生える木々よりも大きい。

 しましまの模様は、魔物達の畏怖の象徴。

 枝に停まっていた小鳥達が、その存在の大きさに空へと飛び出した。

 リスが巣から逃げ出した。

 小さな魔物達が仲間内で争いをはじめた。


 だが、魔物はそんなこと気にも留めない。

 魔物は、〈選ばれし者〉の気配を感じ取った。

 だから、数十年の眠りから目覚めた。


 魔物は起き上がり、風のような速さで森を駆け抜けた。

 その目の先にあるは、一つの馬車に座る、一人の人間。


 魔物は、ぎらりと牙を覗かせて笑った。



---



「あ、あの、仲良くしましょうよ………」


「嫌よ。冒険者なんかと仲良くできないわ」


 その言葉に、俺は額に青筋を立てた。

 先ほどから、ずっとこの調子だ。

 少女も落ち込んでしまっているし、ここは仲直りした感じにしないと。


 俺はこそこそ声で、女の耳に口を寄せ話す。


「子供もいるんだから、せめて体面だけでも」


「ぜっっっっったいに、いや!」


「こどもかおまえ!」


 はぁっ、と溜息を吐く。

 少女も、今ので更にしょぼくれてしまっている。

 それをみて、胸がちくりと痛んだ。


 ………ちなみにだが、母親の目覚める気配はない。

 随分と熟睡しているようだ。


「森に入ります。揺れが激しくなるんで、あまり騒がないで」


「す、すみません」


 前から聞こえる御者さんの注意に、そそくさと座った。

 くそ、なんで俺だけ言われなきゃいけないんだ………。


 そんな風に、心の中で愚痴をこぼしたそのとき———


「御者さん、止まって!」


 大きく女が叫んだ。

 いったい何事だ。


「ど、どうしたんだ?」


「あんた、分からないの? 辺りを見てみなさい」


 そう言われて、俺は〈図化〉のスキルを発動させる。

 〈図化〉には、その範囲の地図を示すと同時に、範囲内の全ての生物の反応を表す力がある。

 反応の大きさは、その生物の存在の大きさによって変わる。


 小さな反応が数多くあるが、一つ、大きな反応があった。

 それも、ものすごい速度でこちらに近づいてきている。


 この大きさ………かなりまずい。

 俺のような金級(ゴールド)の冒険者で、世間ではエリートと呼ばれる。

 だが、この反応の大きさは、金級よりも二階級上の空金級(ダイヤモンド)冒険者が相手をするようなレベルだ。


 馬車が停車する。


「ん…………あれ、もう着いたの?」


 少女の母親が目覚めた。


「娘さんを抱きしめて、馬車から出ないでください!」


「え!? あ、は、はい!」


 馬車から降り、反応の方向に目を向けた。

 そこには、大きな"虎"がいた。

 俺は男の中でも小柄な方だが、その俺が十人ほどいても、あの虎の大きさには敵わないだろう。


「あれと、やるしかないのか………」


 額からぶわっと汗が噴き出た。

 俺が戦わなければ、中の親子は死んでしまう。


 やるしかない。

 俺は戦う覚悟を決めた。

次回「第四話 魔物」

11月4日 同時刻 更新

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