第二話 宿屋
宿の外に出ると、辺りはもう真っ暗だった。
魔物討伐から帰ってきてすぐのことだったから、こんな時間でも無理はない。
荷物は言われた通り、置いてきてしまった。
その中には俺の財産もあった。
そのため、今は無一文———銅貨一枚持っていない。
「今夜、どこで泊まろう………」
宿に一泊する金がない。
かと言って、先ほどの宿に戻るわけにもいかない。
さて、どうしたものか………。
途方に暮れていると、一人の少女が目の前を通りかかった。
「あっ」
道の亀裂に足を引っ掛け、少女は盛大に転んだ。
急いで歩き寄り、声をかける。
「あ、いたた………」
「大丈夫か?」
「は、はい。ありがとうございます」
平気そうに少女は立ち上がるが、突如に痛みに顔を歪ませて屈んだ。
どうやら、足に傷を負ったようだ。
残念ながら、俺には治癒魔法は使えない。
だが、有り余る魔力を分け与えることくらいは———
俺はしゃがみ、少女に手を翳して〈魔力供給〉を発動させた。
次第に、少女の顔が安らぐ。
「い、いた………くない?」
「俺の魔力を分け与えたんだ。痛みは多少引いたと思うけど、傷自体は治ってないから、帰ったら手当をしてね。勝手なことしてごめん」
「か、勝手なことだなんて。ありがとうございます」
「どういたしまして。足元に気をつけるんだよ」
「はっ、はい」
そう言いながら、少女は足早に去っていった。
俺もゆっくりと、時間をかけて立ち上がり、ふうっ、と一息吐く。
「人を助けてる場合じゃ、ないんだけどな」
小さく呟いたその言葉は、夜風に乗ってどこかに消えた。
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寒い。
凍えるような寒さに、俺はからだを丸めた。
広場のベンチで一晩を越そうと思ったら、雇われの警備員達に、
「こんなところで寝るなよ浮浪者」
と言われ、泣く泣く路地裏で夜を過ごすことになったのだ。
地面はひどく冷たく、時折鼠が這っている。
「…………これから、どうしよう」
顔を膝に埋める。
金はないし、行く宛もないし、何か特別な縁があるわけでもない。
このまま、野垂れ死ぬしかないのか………。
そんなことを考えていると、突然、胸が苦しくなりだした。
「ぐっ、ごぼっ!」
思わず四つん這いになると、俺は喀血した。
苦しい。
「うっ、えほっ、ごほっ………はぁ、はぁ、はぁ」
せきが治まると、俺は血のついた口を拭った。
この症状が現れたのは、今から二年ほど前だ。
あるときから、俺はまれに血を吐き出すようになった。
その頻度も、時間が経てば経つほど、短くなっている。
多分、〈無限魔力〉の代償だ。
遠くない内に、俺はきっと寿命がきて死ぬのだろう。
感覚で分かる。
「はぁ、はぁ、はぁ………」
息を切らしながら、俺は立ち上がる。
やはり、こんなところにいたらだめだ。
疲れがとれそうにない。
路地裏を歩き、俺は人の少ない通りに出た。
とりあえず、せめて暖かいところで眠りたい…………。
「———あれ、さっきのお兄さん?」
ふとした、聞き覚えのある声に顔をあげる。
目の前には、先ほど助けた少女が立っていた。
「君は———うっ、ごほっ」
「だ、大丈夫ですか!?」
せきが止まらず、また血を吐き出した俺の背中を、少女は優しくさすってくれた。
次第にせきは治まっていく。
「はぁ、はぁ………あぁ、大丈夫だよ」
「いや、絶対大丈夫じゃないですよね!?」
「ははは。ちょっと目の前がくらくらするだけ………」
どうやら、血を吐き出しすぎたらしい。
貧血で、立ちくらみを起こした。
「ちょっ、ちょっと、お兄さん!?」
その言葉を最後に、俺の意識は遠のいていった。
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目を覚ますと、俺はからだを起こして辺りを見た。
「ここは………」
どこかの部屋だ。
暖炉には火が灯ってあり、俺はなぜか暖かいベッドで眠っている。
窓からは月光が差し込んでいる。
確か、俺は倒れたような気がするんだが。
いったいここはどこなんだろう。
考え込んでいると、部屋の扉が開き、少女が入ってきた。
「あ、起きたんですね」
「君は、あのときの。ここは?」
「私の両親が経営している宿です。突然倒れたもんだから、びっくりしちゃいましたよ」
「それは、心配をかけたね」
少女は話しながら、俺に白湯の入った椀を渡してきた。
ちょうど喉が渇いていたところだ。
「ありがとう」
と言って、白湯をごくりと飲むと、近くのテーブルに置いた。
「それで、いったいなにがあったんですか?」
「なにが、って?」
「いきなり血を吐き出すし、路地裏から出てくるし、訳がわかりません。ここまで運んできたときも、からだがすごく軽かったですし」
「それは、悪いことをしたね」
この寒空の下、こんな少女に大人の男を運ばせてしまったのか。
「いえ、こことはすぐ近くでしたので。それで、なんでなんですか?」
「お金が無くて、泊まる場所がないんだ。血を吐き出したのは、まぁ、持病みたいなものでね」
「ふーん。泊まる場所が無いんだったら、今日、ここに泊まりますか?」
「えっ? それは願ってもないことだけど………いいのかい?」
「はい。もうお母さんに許可は取ってるので。娘を助けた恩人がどうたらこうたら、って」
助けてはないんだけどな。
ちょっと大袈裟に捉えすぎじゃないだろうか。
「じゃあ、お言葉に甘えて………」
そう言いかけたとき、俺の腹が盛大に鳴った。
そういえば、昼はご飯を抜いていたし、夜ご飯もまだだったな。
「ご飯、食べますか?」
「ご、ごめんなさい………」
「いえいえ。一階で両親がもうご飯の用意をはじめてるので」
「………ありがたくいただかせてもらいます」
少女は照れる俺に優しく微笑みかけると、一階へ歩いていった。
俺はベッドから立ち上がり、一階へ向かう少女のあとについていった。
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ご飯をいただいた後、俺はなぜか少女の両親からお金をもらった。
話の成り行きで、追放されたことなどを話したら、泣きながら同情され、銀貨一枚をもらった。
なんだか申し訳なかったが、まぁ、もらえるもんはもらっておこう、ということで受け取った。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
燭台の火を消して、俺はベッドの中に潜り込む。
とても優しい方達だった。
見ず知らずの俺に、こんなよくしてくれるだなんて。
追放されたという悲しみが、彼らの暖かさに押しつぶされていく。
———もしも、俺に〈無限魔力〉というスキルがなければ。
一緒に戦えたのなら。
追放されることも、なかったのかもしれないなぁ。
そんな、ありもしない"もしも"のことを考えて。
俺は気が付いたら、眠っていた。
次回「第三話 馬車」
11月3日 同時刻 更新




