仕入れ
リンク恒星系第3惑星 第2星の国家ディオン その衛星にある星の駅、ココナ
星の国家である五つの惑星は、偶然にもそれぞれ衛星を持っていた。当初この衛星は星の国家の様々な物資を収める倉庫として使っていたが、そのうち色々な星から集められた大量の物資を徐々に一般にも販売するようになった。
そして今では星の駅と呼ばれるようになり、星間航行用ビークルから爪楊枝まで、なんでも揃う巨大市場となっていた。
市場はまだ朝が早いこともあり、人の姿はまばらだった。
そんな中の食料品区画を手を繋いだマーヴェットとヒミコが歩いていた。
「あ、ここだよ」
そう言いながらマーヴェットは、ヒミコの手を引き『Butcher』と看板の上がった店に入っていった。
「ジュンコさん、おはようございます」
店の奥に向かって大きな声で挨拶をする。すると奥から太った中年の女性が出てきた。
「あら、マーヴェット、早かったね」
「すぐに行くとこあるから」
そこでジュンコは、マーヴェットと手を繋いでいるヒミコに気付いた。
「何、あんた子供いたの?」
ジュンコは驚きながらも、戸惑うヒミコに笑顔を向けた。
「まぁね。別に隠してたわけじゃないんだけど」
「お名前は?」
ジュンコは姿勢を下げるとヒミコに尋ねた。
ヒミコは親子であることを否定したかったが、場の雰囲気からマーヴェットに合わせることにした。
「ヒミコです。ママがいつもお世話になってます」
と、ぎこちなく言うと、ペコリと頭を下げた。
「ちゃんと挨拶出来て、ヒミコちゃんえらいね。出来立てのコロッケがあるから、一緒に持ってくるよ」
ジュンコはそのまま奥に向かった。
ヒミコがマーヴェットを見る。マーヴェットは視線の合ったヒミコにウインクした。
すぐにジュンコが大きな箱を抱えて戻ってきた。箱の上には湯気の漏れる袋があった。
「注文の品と・・・」
そう言いながら箱をテーブルに置くと、それに乗っていた袋を取りヒミコに差し出した。
「揚げたてのコロッケだよ。熱いから気をつけて食べてね」
ヒミコがマーヴェットに、貰っていいの?と尋ねるように視線を向けた。
「いただきなさい」
その言葉にすぐに反応するようにヒミコは満面の笑顔をジュンコに向けた。
「おばちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」
嬉しそうに袋を受け取るヒミコの頭をジュンコも嬉しそうに撫ぜた。
「それにしてもこの大量のニワトリの肉。仕事に使うのかい?」
ジュンコはポケットから端末を取り出すと、請求書をマーヴェットに送った。
「ちょっと厄介な子のご機嫌を取るためにね」
マーヴェットも端末を操作すると、ジュンコへの入金が完了した。
「毎度あり。気をつけてね。こんな小さな子もいるんだから」
「ありがとう。また来るね」
「また来るねぇ」
マーヴェットはテーブルに置かれた箱を両手で抱えると、コロッケの袋を大事そうに持ちながらジュンコに手を振るヒミコと店を出た。
「ラグが戻るまでにはまだ時間があるね。そうだ。近くに公園があるから、ジュース買ってそこでコロッケ食べよう」
「うん。でも、親子じゃないからね」
「親子のフリくらいいいでしょ」
念を押すヒミコに、マーヴェットは悪戯っぽく笑顔を返した。
その頃、ラグはディオンの一つ外を公転するリンク恒星系第4惑星ライムにいた。
ライムには第2星の国家が管轄する大型レジャー施設があり、その中には様々な星の生物を集めた動物園もあった。
早朝のため、動物園はまだ開いていない。
その動物園の隣にある研究施設に入ってゆく。
オフィスに続くセキュリティゲートで、ラグは手の甲をセンサーに当てた。すぐにゲートが開く。
ラグはこの施設に登録済みのようだ。
2階に上がり廊下を進み、一番奥のオオトモと書かれたプレートの貼ってあるドアをノックした。
「どうぞ」
ラグの予想に反し、すぐに返事があった。
ドアを開け、中に入る。
「朝早いから、まだいないと思ったよ」
「園内で出産があってな。徹夜で付き合ってた」
眠そうな顔のオオトモが、ラグを迎えた。
オオトモは動物園の専属獣医師であり、この研究施設の野生生物の研究員でもあった。
ラグの傭兵時代からの付き合いで、ラグは野生生物の知識をオオトモから教わり、オオトモは研究試料の採取などでラグに手助けしてもらっていた。年齢が同じこともあり話の合う友人だった。
「それに、お前に話したいこともあってちょうどよかったよ」
「大学のことか」
「ああ・・・」
オオトモはオフィスの隅のソファーに座るように促すと、『コーヒーでいいな』と奥の給湯室へと入って行った。
少ししてコーヒーカップを持って戻ってくると、ラグに向かい合ってソファーに座った。
「気になるだろうから、先に話しておくか」
オオトモは眠気を飛ばすようにすぐにコーヒーを口にした。
「やっとムスビ・タチノについての連絡があったよ。やはり、星立テルス大学にいたのは間違いなさそうだ」
ムスビのことは、テルス大学にいるオオトモの同級生に調べてもらっていると以前に聞いていた。
「初めてムスビ・タチノがお前と会った時、彼女はテルス大学の宇宙学部宇宙物理学研究室の助手をしていたようだ。そこで宇宙観測物理学の研究をしていた」
「宇宙観測物理学?」
ラグには初めて聞く研究分野だった。
「宇宙の広がりに関する研究のようだが・・・。ムスビ・タチノが書いた論文を送ってもらったから、あとで渡すよ。まぁ、何を書いているのか俺にはさっぱり分からなかったけどな」
「まだ、大学に在籍しているのか」
「いや、2920年に辞めている」
「ヒミコが来る3年前か」
「それ以降の記録は大学にはない。大学とは全く連絡をとっていないようだ」
「大学に来る前のことはわかるのか」
「それが、大学に来る前の履歴が消えていて追えなかったようだ」
「消えていたって、誰かが消したのか?」
「いや、そうではないらしい。大学の中央システムにウイルスが感染したことがあって、バックアップも含めてかなりの量のデータが消えたそうだ。だから他にも履歴のなくなったケースがいくつかあったので、消えたことに対しては事件性はないということだ。けど、ムスビ・タチノが大学を辞めた後だったので、本人と連絡がつかなくて新たな記載ができず消えたままということらしい」
「そうか。すまなかった。ありがとう」
ラグは少し残念そうに言うと、コーヒーを飲んだ。
「その様子だと、ビークルの発着記録も空振りのようだな」
「ああ、全く残っていない。どこを飛んでいるのやら」
「あれ? そういえば、今日、チビ助は?」
「マーヴェットと一緒に餌の買い出しだ」
「チビ助はマーヴェットのこと嫌いなんじゃないのか? よくふたり買い物に行ったな」
「マーヴェットの母親のような振る舞いが嫌いなだけで、マーヴェット自身が嫌いなわけじゃない」
「そーいうことか」
オオトモは残りのコーヒーを一気に飲み干すとカップを持って立ち上がった。
「まだ眠気が抜けないからもう1杯飲むが、ラグもいるか?」
「俺はいい。そろそろ戻らないと二人が待ってる」
オオトモはソファーに座り直すとカップをテーブルに置いた。
「依頼の処方箋は下の薬品部に出してあるから、すぐにでももらえるだろう。大型のグズリに使用と追記したから、数量にとやかく言われることはないはずだ」
「いつもすまんな」
「オスのグズリか。はっきり言って鎮静剤には期待するなよ」
「ああ、わかってる。少しでも動きが鈍くなって、狙撃できる時間が出来ればそれでいい。仕留めたグズリから何か欲しいものはあるか?」
「ああ、いつものDNAサンプルだけでいい」
「わかった」
「くれぐれも気を付けろよ。相手はオスのグズリだ」
「ああ、ありがとう」
ラグは残りのコーヒーを飲むと立ち上がり、『またな』とオオトモのオフィスを後にした。
そして、大量の鎮静剤を受け取るために1階の薬品部へと向かった。
オオトモの処方箋のおかげで問題なく大量の鎮静剤を受け取ったラグは、すぐにヒミコとマーヴェットの待つ星の駅へと飛び、そのままゴンゾウ・モルビリが所有していたモーラ恒星系モルビリ1号へと進路をとった。




