マーヴェット・サラサ
天の川銀河辺縁の星の海に浮かぶラヴリーフェマリス号 ブリッジ
「しばらく仕事がないから、ゆっくり休めるね」
ブリッジのシートに座りクッキーを食べながらヒミコが言った。
「どこか秘境の星の温泉宿にでも行ってみるか」
オートパイロットの働いている操縦席で、ラグが眠そうな顔をヒミコに向けた。
「いいね。それ」
ヒミコはウエストポーチから端末を取り出すと、すぐに検索を始めた。
その時、呼び出し音が鳴った。ラグの端末からだった。
ラグは相手の表示を確かめると回線を開いた。
「おお、久しぶり・・・。
・・・仕事終わってこれから休暇取ろうと思ってる。
・・・、手伝ってほしい?」
横でそれとなく聞いていたヒミコが検索の手を止め聞き耳を立てた。
「・・・まぁ、そう言うことなら、手伝うよ。現地集合でいいか?
・・・、わかった。オニジマさんの工場に迎えに行けばいいんだな。じゃぁ、また後で」
ラグは回線を閉じた。
ヒミコは通信の相手がわかっているようで、しかめっ面をラグに向けた。
「マーヴェットが手伝ってほしいそうだ。今からオニジマさんのところに行く」
「え~、せっかく秘境の温泉だったのに。でも、どうしてオニジマのおじさんとこ?」
「仕事の途中でマーヴェットの船が壊されたそうだ。だから、迎えにいく」
ヒミコは頬を膨らませ不機嫌そうな表情で行先の座標を入力した。
「休日出勤の追加料金請求してもいい?」
「いや、もっともらえるみたいだぞ」
「バブルドライブ座標入力完了。急行しまーす」
エンジンの閃光を伸ばしたラヴリーフェマリス号は、バブルドライブによってその空間から一瞬で船体を消した。
十数分後、ラヴリーフェマリス号は天の川銀河の端にあるランバ恒星系第5惑星レードを見下ろしていた。
レードは様々な工場が点在する星だが、そのほとんどが零細な個人経営のものだった。
入星手続きをとり大気圏に突入する。本来であればそのままスペースポートにビークルを停泊させなくてはいけないが、この星ではビークルの修理などで工場に向かう場合は大気圏内の飛行が許されていた。
高度を下げると、砂漠地帯の中に巨大な、しかしボロい建物が見えてきた。星間ビークル用のドックだ。
その横に砂塵を巻き上げながらゆっくりとラヴリーフェマリス号は着陸した。
二人がビークルを降りると、青色の髪を後ろで結んだツナギ姿の女性が手を振りながら近寄ってきた。
手伝ってほしいと通信を送ってきたマーヴェット・サラサだった。
「休暇中にごめんね」
そう言ってマーヴェットは手袋を取ると髪を解いた。柔らかなロングボブの髪が肩に降りた。
「ヒミコちゃんもごめんね」
そう言ってヒミコの前で姿勢を下げ頭を撫ぜようと手を出すと、ヒミコはすかさずそれを避けた。しかし、それを予測したように避けた位置にマーヴェットの手はすでに移動しており、しっかりと撫ぜられた。
「まだまだね」
マーヴェットはヒミコの耳元でささやいた。
「休日手当いただきます」
ヒミコは頭を撫ぜられながら悔しそうに返した。
「ちゃんとはずむから安心して」
「オヤジさんと一緒に修理してたのか?」
二人のやりとりを気にかけることなくラグが聞く。
「まぁ、そんなところ」
マーヴェットはドックに向かって歩き出した。
やがてドックの中のビークルが見える。
それはラヴリーフェマリスと全く同じ形をしていた。ただ、色は黒のベースに赤のストライプだ。そして側面には黄色でQueen Hornetと書かれていた。
その文字の下には、長さ5メートル程の4本の爪痕が痛々しくついており、外壁が捲れ上がっていた。
「この位置ならなんとか気密は保てたか」
「なんとかね」
マーヴェットが苦笑いをするように答えた。
するとその爪痕の穴の奥から白髪の混ざった角刈りのメガネをはめた初老の男性が顔を出した。
「オヤジさん、久しぶり」
ラグが声をかけた。
横のヒミコもすぐに笑顔で手を振った。
男性はこの工場をひとりで取り仕切るタロ・オニジマだった。ラグとマーヴェットのビークルを設計製造した言わば腕利きの職人だった。
「おお、来たか」
オニジマはそう言いながら穴から出ると、すぐにヒミコに近寄った。
「危ないことしてないか」
ヒミコに視線を合わすようにしゃがみ込むと、優しく頭を撫ぜた。
「うん、大丈夫だよ」
ヒミコはオニジマに頭を撫ぜられるのが好きだった。
「オヤジさんも休憩しましょ。お茶入れますね。ヒミコちゃん手伝って」
マーヴェットは勝手知ったる我が家のように奥の事務所に向かった。それにヒミコは渋々ついて行った。
「傷だけなら、すぐに直りそうだけど」
ラグがマーヴェットのビークルの大きな傷を見上げながら言った。
「外壁はそうだが、その奥のエネルギー伝導管に亀裂が入ってる」
「そりゃ、時間かかりそうだ」
外壁を取り替えるだけなら一緒に修理を手伝うつもりのラグだったが、エネルギー伝導管と聞いてすぐに諦めた。エネルギー伝導管は特殊な材質で出来ているので修理には時間も技術も必要だった。
「今夜は泊まっていけ。久しぶりに酒でも飲もう」
「お言葉に甘えます」
二人も奥の事務所へと向かった。
ラグとオニジマが事務所に入るとコーヒーのいい香りが漂っていた。
テーブルにはヒミコ用にオレンジジュースがあり、中央にはクッキーが用意してあった。これはヒミコを手懐けるためにマーヴェットがいつも持ち歩いているものだった。
「さぁ、どうぞ」
マーヴェットはテーブルに入れたてのコーヒーを並べた。
みんな迷うことなくいつもの席に着く。
「今晩はここに泊まらせてもらって、明日早朝に出発するとして、依頼内容を詳しく話してもらおうか」
ラグは一口コーヒーを飲むと、マーヴェットに聞いた。
「まず、依頼主はトト・モルビリ。モルビリ興業の社長ね」
「あれ、モルビリ興業ってゴンゾウってじいさんが社長してなかったっけ?」
「ああ、じいさんは死んで少し前に世代交代。まぁ、それが発端なんだけどね」
オニジマはのんびりとコーヒーをすすりながら二人の話を聞いている。
ヒミコは迷いながらもその魅力には勝てず、テーブルのクッキーに手を伸ばしひとつ取った。そしてクッキーをかじると、そのおいしさに顔をほころばせた。
「前社長のゴンゾウは、モーラって言う聞いたこともないような恒星を周るモルビリ1号って惑星を個人で持ってて、そこに別荘を建てほぼ隠居生活を送っていたみたいなんだけど、そのうちボケてきちゃって一人で生活出来なくなったの。そこで、息子のトトが自分の住む星の病院にゴンゾウを入院させて面倒を見てたんだけど、先日とうとう亡くなった」
ヒミコは次のクッキーに手を伸ばした。
「で、葬式とか終わらせて、そういえば別荘をなんとかしなきゃってことになったんだけど、そこでゴンゾウはペットとしてグズリを飼ってたみたいなの」
「ああ、それをなんとかしてくれって、マーヴェットに依頼が来たってことか」
「そう、わたしもペットで飼ってるグズリだから簡単に処理できるって思って軽い気持ちで行ったんだけど・・・、それがあのザマで、命からがら戻ってきたってわけ」
マーヴェットはそこで苦笑いをした。
「つまり、ペットとして飼えるメスではなく、その何倍もの大きさになる凶暴なオスで、じいさんがいなくなった間に成長してたってことか」
コーヒーを飲み干したオニジマはすでに寝息を立てていた。
ヒミコは空になったグラスを持つと、冷蔵庫に向かった。
「オスのグズリなんて超危険生物だから、話が違うじゃない!って依頼を断ったんだけど、それがわかったらもう誰も引き受けないものね。だから、最初の依頼の10倍出すから、なんとかしてくれって泣き付かれたってわけ・・・」
ラグは腕を組むと天井を見上げ考え込んだ。
グラスにオレンジジュースを入れて戻ってきたヒミコは、それをテーブルに置き椅子に座るとマーヴェットを見た。
「あたしたちの取り分は?」
「半々ってわけにはいかないでしょうから、そっちが6ってのは?」
「だめ・・・」
ヒミコはマーヴェットから視線を逸らすと、グラスを持ちオレンジジュースを飲んだ。
「7・・・」
ヒミコはグラスを置くと、マーヴェットに笑顔を向けた。
「まぁ、ビークルの修理代も必要だから、今回はそれで手を打ってあげる」
「ありがとう」
ヒミコにさらにごねられると思っていたマーヴェットは、ほっとした様子だった。
ラグはまだ天井を見上げていた。
「パパ、それでいいでしょ?」
ラグはゆっくりと組んでいた腕を解くと視線を下げた。
「まぁ、金額よりもどうやってやっつけるかだな・・・」
エクタであれば、オスのグズリがどれだけ危険かということをイヤというほどわかっていた。
依頼中のエクタの死亡原因の上位には必ずグズリが入っていた。
それほどのリスクがあった。
また、いくら10倍の報酬だとしても、依頼が成功しなくては報酬は全くもらえない。エクタの仕事は成功報酬なのだ。
マーヴェットは一つため息をつくと、倒す方法を考え込んだ。ヒミコも真似をして考えるフリをした。
会話が途切れ静かになった事務所内に、オニジマのイビキが聞こえ出した。
「ところで、グズリって何?」
静寂に耐えきれなくなったヒミコが聞いてきた。
「お前と一緒になってからグズリの依頼はまだなかったな」
ラグはコーヒーを飲むと話を続けた。
「どこかの古臭い動物園にクマってのがいたろ。あれのちょーでかいやつだ。オスだと立ち上がると10メートルくらいになるかな」
「あ、これかぁ・・・」
ヒミコは自分の端末でグズリを検索したようだ。
「うわぁ、ヒト食べてる・・・」
「そんな画像見ちゃダメ!」
マーヴェットが慌ててヒミコの端末を取り上げた。
「もっとでかい化け物みたいなのかと思った。それくらいならこの間のパンデリカみたいに、頭を1発でいいんじゃない」
ヒミコは端末を取り上げられたマーヴェットに向かってライフルを構えるポーズをとると、バンと擬音を入れた。
「それが出来れば苦労しないのよ」
今度はマーヴェットが説明を始めた。
「グズリはね、頭蓋骨がちょー硬いの。至近距離で正面からライフルで撃っても、弾を跳ね返しちゃうんだよ。おまけに心臓の位置にも硬い肋骨があって、心臓も狙えない」
「じゃぁ、どこを狙えばいいの?」
「頭蓋骨の脳を包む底面の骨は薄いみたいだから、目からそこを狙うか、あるいは口の中から、かな?」
それは絶望的な方法だった。
「ミサイルランチャーは?」
ヒミコはランチャーを構えるポーズをした。
「ダメダメ。吹き飛ばされてもけろっとしてる」
もうヒミコに次の武器は出てこなかった。火薬使用の武器しか使えないエクタには厄介な相手なのだ。
「いっそレーザー兵器使用許可の申請してみる?」
「個人の星じゃ、公共性がないから無理だろうな」
マーヴェットの意見にラグが即答した。
「麻酔は?」
ヒミコは再び銃を構えるポーズをしながらが言った。科学者である母親と星々を飛び回っていたことで、ヒミコはこう言った知識は豊富だった。
「銃弾が跳ね返されるのに麻酔銃は無理だろ」
「あ、そっか・・・。ならご飯に混ぜたら?」
「餌に混ぜるとなると鎮静剤だが、今まで使って効いた試しがないけどな」
野生の動物は敏感だ。餌に薬を混ぜればその匂いで警戒して食べないこともある。また、食べたとしても薬物の吸収が一定せず、それによって効果の発現が安定しなかった。
「でも、寝かすのは無理だとしても少しでも行動が鈍ってくれれば、急所を狙える・・・かもしれない」
マーベットは、半ば諦めたように言った。
「まぁ、現場の様子を見がてら、ダメ元でそれやってみるか」
そう言ってラグは冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干した。
「餌は現場に行く前でいいかな?」
マーヴェットも残っていたコーヒーを飲んだ。
「明日の朝、星の駅で降ろすから、仕入れを頼む。その間に俺はオオトモのところに行って鎮静剤を貰ってくる」
「あたしは?」
「ヒミコちゃんはわたしと一緒に餌係だよ。クッキーも買ってあげるよ」
「わかった・・・」
ヒミコはラグと一緒に行きたかったが、クッキーに釣られ渋々了承した。
「でもさ、メスのグズリだとしても、どうしてそんな凶暴な生物を飼うのかな。気が知れないね」
マーヴェットが呆れたように言った。
「星の国家が決めた野生生物を飼う時の厳しい条件があるだろ。その中の檻の広さだったり、餌にかかる膨大な費用だったり、こんなのはよほどの金持ちじゃないと賄えないものばかりだ。言い換えると、それが金持ちのステータスになるってことだよ」
「ばっかみたい。金持ちの考えることはわからないね」
「金持ちは俺たち貧乏人の考えることがわからないだろうけどね」
「おじちゃん、起こした方がいい?」
すっかり眠ってしまったオニジマの顔を覗き込みながらヒミコが言う。
「疲れてんだろ。そのまま寝かしといてやれ」
「毛布かけてあげて、わかる?場所」
「うん、わかる」
「じゃぁ、わたしは夕ご飯の準備でもしようかな。ヒミコちゃんも手伝うんだよ」
「俺は、オオトモに連絡する」
その夜は、皆が久しぶりに賑やかな夕食を楽しんだ。




