そして日常へ
ニコル恒星系第3惑星、トーマ そのジャングルの中
ラグの胸元、ヒミコにしたら自分の背丈よりも高い茂みの中を、周囲を警戒しながらジャングルの奥へと足を進める。
空は、葉を伸ばす高い木に覆われほとんど見えない。
地面の堆積物からは発酵の匂いと腐敗の臭いが混ざって鼻を刺激する。
熱帯林の特有の暑さと湿気が体にまとわり付き不快感を与える。
ヒミコはこんな状態にも不平を言う事なく、自分の荷物を持ち短い歩幅でラグに続いた。
すると、ラグが何かを見つけたように立ち止まった。少し先の堆積した落ち葉を見ている。
「パンデリカの糞だ。テリトリーに入ったかも知れん」
ラグは肩車でヒミコを持ち上げた。ラグの上でヒミコはすかさず頭につけていたゴーグルを下げると、周囲を見渡した。
「10時の方向、50メートル先のおっきな木。かなり強いマーキングの跡があるよ」
「よし、そこを狙おう」
ラグは肩のヒミコを下ろすと、ヒミコが示した場所が眺められそうな丈夫な木を探した。
「あれにしよう。登るぞ」
ラグとヒミコは狙撃場所となる木に向かって進み、ラグがまずそれに登った。そしてヒミコを引っ張り上げる。
5メートルほど登った場所は幹から太い枝が分かれており、体を安定させるには十分な広さがあった。
「ハーネスつないでおけよ」
ラグが太い枝にロープを回し、その先をヒミコに渡した。ヒミコはすぐにそれを自分のハーネスに繋いだ。
以前に獲物を待っているうちにヒミコが寝てしまい木から落ちたことがあるので、それ以来このようにしているのだった。
ロープを固定したヒミコは、再びゴーグルを下げると見晴らしのよくなった周囲を見渡した。
「いくつかマーキングはあるけど、やっぱりあそこが一番強いよ」
「ここでしばらく待ってみるか」
ラグはライフルを構え、スコープの状態を確認した。
ヒミコはゴーグルのモードを生体センサーに切り替えた。
そのあと二人は緊張を解いた。緊張は獲物にも伝わる。
時折風が吹くのか空を覆う木々の葉が動き、わずかな光が射し込む。しかしそれも一瞬だ。すぐに空が隠される。
空では風が吹いていても、うんざりする程の木々で覆われたこの空間にそれは届かない。相変わらず体は不快に包まれている。
遠くで鳥の甲高い鳴き声がした。警戒の声だ。
そんな中で、二人は目的の獲物が現れるのをじっと待った。
一見、害獣を駆除するエクタの仕事は派手に思われた。実際、ほとんどのエクタは自分から獲物の中に飛び込んで、危険の中で勝利を収めるものがほとんどだった。また、その危険を楽しむものも多かった。以前のラグならそうしていた。しかし、今は違った。できるだけ安全で確実な方法を取るようになっていた。
「来た」
ゴーグルの横についたスイッチをいじりながらヒミコが小声で言った。
ラグがライフルを構えスコープを覗く。ゆっくりとマーキングの巨木に近寄るパンデリカが見えた。
「捉えた」
ラグの声にヒミコは両耳を手で塞いだ。
パンデリカが巨木に尿でマーキングをする。その時、頭がラグの方向を向いた。
バシッ・・・。
「周囲生体反応なし」
キーンとする耳の不快が残る中、ヒミコがすぐに周囲を確認した。
「よし、降りるぞ」
二人は木を降りると獲物の確認に向かった。
ラグの放ったライフルの弾はパンデリカの頭部を見事に貫いていた。
「周囲、警戒してろ」
ラグはヒミコに注意を促すと端末を取り出し通信を開いた。
「・・・エクタのラグ・フィーマーです。たった今依頼を終了させました。証拠は何を希望します?
・・・結構デカいですよ。
・・・頭部を1発貫通してます。
・・・わかりました。位置情報送ります」
ラグは呆れたような表情で通信を閉じた。
「証拠は何採ればいい?」
死んだパンデリカを見渡しながらヒミコが言った。
「体が綺麗に残っているなら剥製にしてホテルに飾るんだって。すぐに確認に来るそうだ」
ラグはうんざりしながら位置情報を相手に送った。
「ハクセイって何?」
「皮剥いで、晒し者にするんだよ」
「それならホロなんとかでいいのに」
「ホログラムじゃぁ価値がないんだろうよ。気色悪い趣味だ」
「じゃぁ、このままでいいね」
「ああ、俺たちの依頼はここまでだ。戻るぞ」
「了解」
ヒミコはラグに笑顔を向けると、手を繋いだ。
「お腹すいた」
「スペースポートで何か食べるか」
「今日はハンバーグの気分」
「そうだ。スペースポートで、発着記録の確認忘れるなよ」
「忘れないよ。ママの手がかりだもん」
不快のまとわりつくジャングルを、二人は楽しそうに歩いて行った。




