ラグとヒミコ
西暦2923年、バスコ恒星系第4惑星、民間開発の星パミロン
結局、ラグはヒミコを連れて依頼先の星に行くしかなかった。
しかし、さすがに危険を伴う現場に連れていくわけにはいかず、ヒミコをスペースポートに停めた星間航行用ビークルに残し、ラグは依頼場所へと地表用ビークルを走らせた。
市街地を抜け、森に囲まれた草原の中を貫くように隣の街へと続く道を走る。
その道に沿って倉庫が点在する。パミロンは企業の倉庫として開発が進められている星だった。
やがて目的の巨大な倉庫が見えた。
幅100メートル、長さが500メートルほどある倉庫が横並びに3つ建っていた。それはどこかの設備用の大型機械の保管倉庫だと聞いていた。
その右端の倉庫の近くにビークルを止める。
今回の依頼は、この倉庫内に住み着いてしまったフィーラの討伐だった。
フィーラは、何故だかあちこちの星で見かけるくらいに生息域が広く、地球で見かけるネコに似た生物だった。しかし、その大きさは尾の長さも入れると8メートル近くになり、5段階レベルの危険度は3だった。危険度3は、ヒトがいとも簡単に食われるレベルだ。
ラグはビークル内でリュックの装備を確認するとそれを担ぎ、そしてライフルを持ってビークルを降りた。ミリタリー仕様のいでたちは傭兵時代からのものだった。
依頼主から教えられたパスワードを入力して倉庫内に入る。警報システムは全てカットしてあるとのことだった。何かあっても誰も助けに来ることはない。
ラグは大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、静かにそしてゆっくりと倉庫内を奥へと進んでいった。
倉庫内には5メートル四方ほどの大きなコンテナがいくつも置かれ、フィーラの潜む場所は限りなくあるように感じられた。
しばらく進むと倉庫の側面に直径3メートルほどの大穴が開いていた。おそらくここからフィーラが侵入したのだろう。
穴から吹き込む風が倉庫内を回り、フィーラの排泄物の匂いを運んでくる。
「近いな・・・」
ラグは胸ポケットから携帯端末を出すと、周囲をスキャンした。半径10メートル以内の生体を探るものだった。
一つ先のコンテナの裏に反応があった。
すると、突然唸り声が聞こえた。
「気付かれたか」
しかし、ラグは違和感を感じた。
通常、野生生物は危険を感じた場合、声や音を立てずじっと潜んで攻撃もしくは逃げる機会を窺うはずだ。自ら自分の存在を教えるような行為はしない。
ライフルのロックを外し、コンテナの隅から静かにその先を覗く。
そこに姿勢を下げ背中の毛を逆立てて唸っている体高が3メートルほどのフィーラがいた。
さらにその奥のコンテナ同士の隙間にもう1匹の小さなフィーラが確認できた。
「子供がいたのか」
子供を守るために、近づくなと存在を示していたのだろう。
「だとしたら手が出せない」
いくら危険な生物であっても、その生物が妊娠中もしくは子連れの場合、たとえそれが麻酔銃であっても銃を向けることは固く禁止されていた。
街中ではともかく、辺鄙な星でそんな行為が見つかるはずはないと誰もが思うが、星間ネットワークシステムの監視は厳重で決して逃れることはできず、その行為の先には莫大な反則金もしくは入獄が待っていた。
「フィーラの嫌う音で出て行ってくれるといいが」
リュックから小さな音響装置を取り出すと設定を入力し、コンテナの影からフィーラに向かって投げ付けた。
装置に驚いたフィーラがさらに唸り声を大きくした。
フィーラを覗き込む。
通常であれば忌避音によって逃げ出すはずだが、そのフィーラはその場を全く動こうとはしなかった。子供だけが暴れている。
「そうか、だから・・・」
子供のフィーラはコンテナの隙間で暴れるだけで、そこから出ようとはしなかった。いや、出られらないのだ。
子供は何かのきっかけでコンテナの隙間に入り、そこから抜け出せなくなったのだ。だから、母親もその場を離れることができずにいたのだった。
「コンテナを動かすことができれば・・・」
ラグは周囲を見渡した。すると、天井にクレーンがあった。しかし、その操作パネルは母親フィーラの後ろだった。
「困ったな・・・」
事前に子持ちだとわかっていればこんな依頼は受けなかったのに・・・、ラグは悔やんだが、後の祭りだった。
そのとき・・・。
「パパ、みーつけた」
倉庫の壁にフィーラが開けた大穴から、ヒミコがひょっこり顔を出してラグに向かって手を振っていた。
それに気付いたフィーラが、ヒミコに向かってさらに背中の毛を逆立て大きく唸り声をあげた。
「おお、でっかいネコさん」
「ばか、頭を引っ込めろ!」
ラグはヒミコからフィーラの気をそらすためにコンテナの影から身を晒すと、莫大な反則金を覚悟してライフルを構えた。
「パパ、撃たないで。ネコさんだいじょうぶ」
ヒミコはリュックから『ネコみたいなの』と汚い字で書かれた10センチほどのボールを取り出すと、ほいっ!とフィーラに向かって投げ付けた。
ハエが止まれそうなスピードで飛ぶボールは、緩やかな放物線を描くことなく穴の下にぽとりと落ちるとフィーラに向かって転がって行った。フィーラは唸りながらボールに飛びかかると前足で押さえ噛み付いた。すると、シュっと小さな音がしてボールからガスが漏れ出した。
咥えたボールから噴き出すガスを浴びたフィーラの動きが一瞬止まる。やがて、逆立っていた毛が緊張をなくした。
フィーラは口からボールを離すと鼻を近づけにその匂いを確認した。次に頬を近づけると、よだれを垂らしながらボールに擦り付ける始めた。その行動は徐々に勢いを増し、大きな音とともに体を倒すと、仰向けになってうねるように体全体をボールに擦り付けた。
何度も何度もその行動を繰り返す。
「ネコさん、成功! 5分以内に逃げよ!」
おそらくこの状態は5分しか続かないということだろう。
「お前は逃げろ!」
ラグはそう言いながらクレーンの操作パネルに走った。ボールの匂いに夢中になっている今のこの状態ならフィーラも襲ってこないはずだ。
操作台のシートに座ると起動スイッチを押し、操作パネルに手を置いた。天井のクレーンがレールに沿って動き出す。フックを下げ、子供のフィーラを閉じ込めているコンテナに掛ける・・・が、なかなか掛からない。焦っているときはそういうものだ。時間が迫る。
それでも何度かトライするうちに引っ掛けることができた。上を塞いでいるコンテナを横に動かす。これで自力で出られるはずだ。
出られることに気付いた子供のフィーラは、コンテナの間から飛び出すと、背中をボールに擦り付けている母親のもとに走り寄った。子供が甘えるように母親に頭を擦り付ける。母親フィーラの意識は徐々にボールから子供に移っていった。
もう、ボールの効果は消えかかっている。
ラグは、壁の穴からいまだに笑いながら手を振っているヒミコに向かって走った。
穴を飛び越えヒミコを肩に担ぐ。そしてそのまま穴から離れるように走った。
息が切れる。
止まるな。走れ!
遠くに乗ってきた地表用ビークルが見えた。
「あ、ネコさん。バイバ~イ」
後ろ向きに担がれているヒミコがそう言いながら大きく手を振った。
振り返ると母親フィーラが子供を口にくわえて森の方向へと走り去る姿が見えた。
もう走る必要はなかった。ヒミコを下ろす。ラグは肩で大きく息をしながらその場に座り込んだ。
ヒミコは自分のリュックから小さな水筒を出すと、カップに注いだ。
「はい。飲んで」
笑顔でラグに差し出す。
やっと呼吸の落ち着いてきたラグは、カップを受け取ると一気に飲んだ。
「とりあえず、ありがとう。助かった。なんなんだあれは?」
「ママと森の中に入るとよく使ってたよ。でも、ネコさんにしか効かないの」
ヒミコは、あははと笑った。
「どうしてここが分かったんだ?」
空になったカップを受け取ったヒミコは、また水筒から注ぐと今度は自分で飲んだ。
そして、ふう、と一息つくとラグを見た。
「ママがね、パパに会ったら迷子にならないようにすぐにこれをつけるんだよって。だから、すぐに分かったよ」
そう言ってヒミコはカップを置くと、ウエストポーチから携帯端末を取り出し画面をラグに向けた。
画面には星間測位システムの位置情報が表示されていた。まさしくこの自分の位置である。
ラグは慌てて体を探った。少ししてポケットの裏に張り付いているIPS(Interstellar Positioning System)の発信器を見つけた。
「いつの間に・・・。迷子にならないようにだったら、普通はお前につけるだろ」
「だって、ママはパパにつけろ、って」
ラグはこの親子から得体の知れない恐怖のようなものを感じた。
「で、どうやってここに来た?」
「おじちゃんに乗っけてきてもらった」
「どのおじちゃん?」
「知らないおじちゃん」
こいつらは一体どんな生活をしてきたんだ・・・、ラグは呆れるしかなかった。
「知らない人に気安く付いていくんじゃない。危ないだろ」
「これからはパパがいるから、もうしないよ」
「てか、俺はお前の父親じゃないから」
「照れるなよ」
「照れてなんかいない、事実だ!」
ラグは語気を強めた。
「・・・」
急に黙り込んだヒミコは、涙をためた目をラグに向けると俯いた。歪んだ顔は泣き出すのを必死に堪えているように見えた。
ラグはキツく言ったことを後悔した。
こんなに小さい子を一人おいていくなんて・・・。ラグは一度しか会ったことのないムスビの母親としての自覚を疑った。
「ごめん。言い方がキツかった」
ラグは俯くヒミコの頭を優しく撫でた。
「じゃぁ、一緒にお前の母さんを探しに行こう。そうすればはっきりするだろ」
そう言ってヒミコの顔を覗き込んだ。
すると、さっきまでの悲壮な表情は一気に消え去り、瞬時に満面の笑顔に変わっていた。
「やったぁ。やっぱりママの言ってたとおりだ。パパはとってもやさしいよ、って」
「おまえ、ひょっとして」
ラグはヒミコの策略にまんまと嵌められたような気がしていた。
しかし、自分が父親ではないことをはっきりさせるためには、やはりムスビに会う必要がる。
ヒミコにしてみれば、母親に会ってラグの前でラグが父親だということを言ってもらいたかった。
いつの間にか二人の目的は一致していた。
そう、ムスビに会う。
こうして、二人の旅が始まったのだった。




