ヒミコ・フィーマー
西暦2923年・・・。
「ヒミコちゃん、よく聞いてね。ママはこれからしばらく仕事で遠いところに行かなきゃいけなくって、そこにはヒミコちゃんを連れて行くことができないの。だからこれからヒミコちゃんはパパと一緒に暮らしてくれるかな」
「え、パパに会えるの?!」
「そうだよ。パパはとっても素敵な人だし一緒にいたらとっても楽しいし、それに強いから絶対にヒミコちゃんを守ってくれるよ」
「ママと会えないのはさみしいけど、パパと一緒ならがんばる」
「いい子ね」
ムスビ・タチノはヒミコの頭を優しく撫でた。
ヒミコは一度も見たことのない父親に会える嬉しさを顔にあらわしながらも、しばらく母親に会えなくなることに目にはたくさんの涙を浮かべていた。
天の川銀河、ヘラ恒星系第2惑星、民間開発の星プロンタル。
地表のほとんどを赤茶けた砂漠地帯で占めるプロンタルは、年中太陽からの強い日差しが照りつけ住むには向かない星だった。それでもわずかな水源の周囲には建物があり生活している人々がいた。もっともその建物のほとんどは格安の賃貸物件で、その家賃の安さだけの理由で劣悪な環境を受け入れている住人は、新しく星を開拓することを夢みるものだったり、そんな夢に敗れたもの、ばかりだった。
そんな中の一つの小さなアパートの一室で、ラグ・フィーマーは荷物の整理をしていた。
エクタの仕事がいよいよ忙しくなりアパートに戻ることもほとんどなくなっていたので、ここを出て星々を渡りながら自分のビークルで生活するつもりだった。
一人暮らしの荷物はほんの少しだった。二人乗り小型地表用ビークルに、一度で全ての荷物を積むことができた。
バギータイプでロングノーズの地表用ビークルにはドアがなく、キャビンは頑丈なロールケージ仕様でそのトップに簡易的な屋根がついているだけだった。野生生物を相手にするエクタの仕事にはこれが最適だった。
ビークルのボディは砂埃で汚れくすんでいるにもかかわらず反射した陽の光が眩しい。それだけ真上に高く登った太陽の日差しが強いのだ。油断すればすぐに熱中症で倒れてしまうだろう。
もう一度部屋に戻り忘れ物がないか確認する。
そして再び外に出ると、アパートの前にクローズドボディの地表用ビークルが止まった。
「おじちゃんありがとう」
「ああ、気をつけてな」
ビークルのドアが開くと、リュックを背負った小さな少女が元気よく飛び出してきた。
運転手はクラクションを鳴らすとそのまま走り去って行った。
少女は周囲を見渡すと、荷物の積まれたビークルの前に立つラグをすぐに見つけた。
背中のリュックを揺らしながら少女が走り寄る。そしてラグを見上げた。
「こんにちは。ラグ・フィーマーさんですか?」
少女は舌足らずな喋り方だったが、精一杯はっきり聞こえるように言った。
「そうだよ」
ラグがそう言いながら少女の目線に合うように姿勢を下げると・・・。
「パパ!」
少女は両手を広げ思いっきりラグに飛びついた。
なんのことかわからないまま、ラグはとりあえず少女を落とさないように抱きかかえた。
少女はラグの胸に顔を埋め、パパ、パパ、と泣いている。
なんだ、これは・・・。
ラグは何が起こったのかわからないなりに、この状況に思考を走らせた。
この子はおそらく不安になるくらいの距離を一人でここまで来たのだろう。
そしてやっと目的のヒト、パパに会うことが出来た。
そりゃ、泣くのも当然だ・・・。
いや、待て。
それとこれとは別である・・・。
「ちょっと待ってね・・・」
ラグは抱きつく少女を優しく引き剥がし地面に下ろした。
再びしゃがんで目線を合わす。
「あの、パパというのは、間違いじゃないのかな?」
「ラグはあたしのパパだよ」
少女は身を乗り出すように言った。
「お嬢ちゃんの名前は?」
「あたしはヒミコ 。ヒミコ・フィーマーだよ」
ラグは、なんなんだ、と空を仰いだ。
「じゃぁ、お母さんの名前は?」
できるだけ優しく聞いた。
「ママは、ムスビ」
随分と前に聞いたことのある名前だった。すぐに記憶を辿る。
そうか、初めてエクタの依頼を受けた女性だ・・・。
少女は思い出したように腰のポーチを探ると、中から携帯端末を取り出した。そして手慣れた操作で画面を出すと、ラグに差し出した。
それはムスビからラグにあてた署名付きの手紙だった。
『ラグ・フィーマーさん、お久しぶりです。エクタでの活躍はいくつも耳にしています。そこで今回はお願いがあります。しばらく娘の面倒を見てやってください。お願いします。あ、基礎教育は済ませてありますので、学校の心配は必要ありません。ムスビ・タチノ』
ラグはムスビから依頼を受けたときのことを順を追って記憶から呼び起こした。
いや、そんなことはしていない・・・。
何度思い返しても、子供ができるような行為はしていなかった。
「ヒミコちゃん、やっぱり何かの間違いじゃないかな?」
ラグの言葉を聞いて、ヒミコの表情が変わった。徐々に目に涙がたまり、やがて頬を伝って流れ出した。
大きな声で泣き出すのではなく、唇を噛みしめじっと耐えているその姿に、ラグはとんでもなく悪いことをしているような気になった。
「じゃぁ、とりあえずおかあさんのところに行って話をしよう。お家はどこ?」
「お家、ない」
ヒミコは泣くのを必死で堪えながら答えた。
「どこに住んでたの?」
「おっきなお船」
「じゃぁ、その船はどこにあるのかな?」
「ママが乗って行った」
「どこにいったの?」
「遠いところ」
「そうだ、端末持ってるんだから、連絡先わかるよね」
ヒミコは自分の端末を操作すると、表示された画面をラグに向けた。
「ここ」
ラグは端末を奪い取ると、すぐに通信を開いた。
『・・・・・現在、星間電波の届かないところにいるか、電源が入っておりません・・・・』
ヒミコはそれがわかっているような顔をラグに向けていた。
「ずっと、そうだよ。だからパパのところにきたんだもん」
「・・・」
音信不通で、家もなく、送り返すこともできないのか・・・、ラグは絶望を感じた。
時刻を確認すると、次の仕事のためにそろそろこの星を出なくてはいけなかった。
ヒミコは強い日差しの中、額から汗を流し目には涙を浮かべながらもラグに笑顔を向けていた。
どうする・・・。
こんな幼い子を危険な仕事に連れて行くわけにもいかず、仕方なく児童保護協会に迷子として保護してもらおうと考えた。
急いでこの星の役場に行き、迷子の届け出を出す。
届出はすんなりと受理され少女を引き渡そうとしたところで、ヒミコは『パパ!』とはっきりした口調で言うとラグの腕にしがみついた。
それを見た保護協会の担当官は、『自分の子供は自分で面倒を見るように』とすぐさま受理を破棄した。
変に言い訳をして話がややこしくなることを避けるために、ラグはヒミコの手を引きすぐにその場を離れた。
地表用小型ビークルに戻ると、今度は子供を一時的に預かってもらえる施設に片っ端から連絡をとった。
しかし、どれも空きがなく、全て断られてしまった。
ラグは再び絶望を感じた。
「お腹空いた」
ヒミコはリュックを開き覗き込むと、中からクッキーをつかみ出し口に頬張った。サクサクと美味しそうな音を立てる。次にもう一枚取り出すと、今度はラグの口の前に差し出した。
「ママの手作り。美味しいよ」
ラグはため息をつくと、クッキーを取り口に放り込んだ。確かに美味しかった。
ヒミコは次のクッキーを食べている。鼻歌でも歌っているのか、体を小刻みに揺らしながら、とても楽しそうな表情だ。
「なあ、どうしてそんなに楽しそうなんだ?」
「だって、パパに会えたんだもん。楽しいに決まってる」
ヒミコはラグに笑顔を向けた。
それは嘘偽りのないものに見えた。
ああ・・・、ムスビはこの子にどんな刷り込みをしたのだろう・・・。
いない父親を想像させることで、この子の寂しさを紛らわしていたのだろうか。
ずっと母娘二人で生活してきたのだろう。それはどんな暮らしだったのだろうか・・・。
きっと、苦労したのだろう・・・。
ムスビの依頼の完了後、スペースポートで自分に向けた彼女の優しい笑顔が浮かんだ。
しかし・・・。
やはり、それとこれとは全く別問題だ・・・、と思ったところで、打つ手はなかった。
仕事の時間が迫る。
ラグは本日何度目かのため息をつくと、急いでスペースポートに向かってビークルを走らせた。
その横で、ヒミコはキラキラと目を輝かせながら、流れる景色を楽しそうに見ていた。




