ムスビ・タチノ
「バブルドライブ終了。機体に異常なし。座標確認」
「座標、どんぴしゃ! あれがトーマだよ」
バブルドライブによって空間転移を行ったラヴリーフェマリス号のブリッジから青い星が見えていた。
「すごいね。ここ、ほとんどが海なんだ」
ヒミコはシートの上で立ち上がり、ブリッジのスクリーンに向かって身を乗り出すように覗き込んだ。
天の川銀河の中心から太陽系とは逆方向に2万5千光年ほど離れたニコル恒星系第3惑星、トーマ。ここは90%近くが海を占め、残りの陸地は全て熱帯林という生物多様性の極めて高い民間開発の星である。
ラヴリーフェマリス号はトーマに吸い寄せられるように高度を下げると、冷却シールドを展開し大気圏へと突入した。
しばらくしてスクリーンの遮光モードが解除されると、目の前にトーマが広がった。
わずかな陸地には森林を無理やり切り開いて造られた惑星間航行用ビークルのスペースポートがあり、マスドライバーが空に向かって伸びていた。
海に面する場所にはいくつかのホテルと白い砂の広がるビーチが見えた。
その風景には見覚えがあった。
「ここだったのか」
ラグはスペースポートへの進入コースを取りながら、思い出したように言った。
「え?何が」
ヒミコが興味ありそうに聞く。
「ああ、ここは、お前のかあちゃんと初めて会った星だ」
「ママと。そんなの初めて聞いた。教えて、どんなだったの」
「その前に着陸許可を取れ」
「了解!」
西暦2915年・・・。
惑星トーマのスペースポートから見える海の彼方に太陽が沈み周囲がオレンジ色に染まる中、側面にFemorisと書かれた1機の真新しい個人用ビークルが着陸した。
しばらくして、スペースポート中央ロビーに先ほどのビークルから降りた一人の男性が入ってきた。誰かを探すように周囲を見渡す。
そして、ロビー中央に並んだ椅子の一番端で端末タブレットを見る女性を見つけると、ゆっくりと近づいた。
「ムスビ・タチノさんですか」
長い髪を軽く後ろで結びワークブーツにツナギ姿の女性は、タブレットから男性へと視線を移すと立ち上がった。
「はい。ラグ・フィーマーさんですね」
ムスビは頷くラグに笑顔を向けながら右手を差し出すと、ラグと握手をした。
「今回は仕事を引き受けていただいてありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。わたしのような新人でよかったのでしょうか?」
エクタの免許を取ったばかりのラグは、これが初めての仕事だった。
「エクタは新人でも、それまで傭兵をなさっていたのでしょう。だからあなたを選びました」
「ありがとうございます。あなたを危険な目に合わすようなことはしません」
ムスビはテルス出身の研究者だと聞いていた。そしてその依頼は彼女自身の護衛だった。
この星は特に生活環境が良いわけではなかったが、常夏の綺麗な海があることから観光地として利用され、スペースポート周囲には整備されたビーチといくつかの宿泊施設があった。しかし、一歩でも熱帯林に足を踏み入れるとそこには危険生物が多く、興味本位でその中に入ったものの戻ってこない観光客は一人や二人ではないと聞く。そのため、彼女が研究のフィールドワークでこの星の熱帯林の中で調査を行う際に、危険生物から身を守ってもらう必要があったのだ。
この星の生物の生態に関しては十分に確認済みで、ラグにとって傭兵時代の経験からすれば今回の任務は難易度の低いものだった。
ラグはエクタになる前、5年ほど傭兵をしていた。それは企業に雇われ、新しい星の開発をする調査に同行すると言うものだった。
当然、調査対象は未開の星なので、どんな先住生物がいるかわからなかった。そのため獰猛な生物に襲われたり、未知の細菌や寄生虫に感染するリスクもあった。仲間の何人かはそれで命を落とした。
それだけの危険を伴うだけあって、調査がうまく完了した時の報酬は良かった。しかし、完遂できなければ減額されたり、最悪の場合全く報酬なしなんてこともあった。それに加え、任務における必要装備の調達は全て自腹だった。任務の成功と安全性を高めるためにはそれなりの高額な火器や装備を揃える必要があり、さらに弾薬などの消耗品も考慮すると、いくら高額な報酬を受け取っても手に残るのはほんのわずかだった。
そんなこともあって、徐々にやる気が失せ、傭兵からエクタの道を選んだのだった。
まぁ、傭兵をやめた1番の理由は、顎で人を使うような企業の人間を守るのに嫌気がさした、とでも言うべきかもしれない。
ムスビ・タチノに会って、礼儀正しそうな人でよかった、とラグは安心した。
「仕事の開始は?」
「明日の朝6時にこのホテルの前でお待ちしています。そこからジャングルに入ります」
ムスビはそう言ってホテルの名前を書いたメモを渡した。
「それでは、明日の6時に」
二人はそこで別れた。
次の日、約束の時間に待ち合わせたラグとムスビは、すぐにジャングル深くに入って行った。
ラグは傭兵時代から使っているサバイバルキットや武器などの装備の入った大きなリュックを背負い、手にはアサルトライフル、腰にはハンドガンとサバイバルナイフを備えていた。
一方、ムスビもその細身の体でよく持てるなと言うほどの機材を担いでいた。ラグが気を使って大きな機材を持とうとしたが、ムスビは大丈夫と言ってそれを断った。
ラグが周囲を警戒しながら、指定されたポイントに向かって道のないジャングルの中を先導してゆく。
高く伸びた木々は太陽の日を遮るようにたくさんの葉を繁らしていた。また低木はわずかな日差しを求め大きく広がっていた。そのため、人が歩くところまではほとんど日が入らず、太陽は高く昇っているはずなのに夕暮れのように薄暗かった。
足元には、光の争奪に負けた木がいくつも倒れ、さらに何年分なのか想像もできないほどの枯れ葉が堆積していた。
歩くたびに、踏み込んだブーツの下から得体の知れない小型の生物が慌てるようにいくつも飛び出した。
自分の研究のためとはいえ、若い女性がよくこんなところに入ってくるな、とラグは感心した。
やがて、ムスビの指定したポイントに到着した。
「それでは、わたしはここにテントを張って、その中で観測を始めます。1時間ほどで終わる予定ですので、周囲の警戒をお願いします」
ムスビはそう言って荷物を下ろすと、手慣れた様子で簡易テントを設置し始めた。
ラグも背負っていたリュックを下ろし、装備の確認をする。
テントの設置が終わると、ムスビはラグに軽く手を振り機材と共に中に入っていった。
その時、ラグはすでに周囲に何かの気配を感じていた。おそらく、この星の先住生物、バンデリカだろう。
バンデリカは、尾の長さも合わせると全長10メートルほどの凶暴な中型生物で、大きさこそ違うが地球に生息しているオオカミというイヌ科の動物にその形態も行動も似ていた。
「1匹・・・、2匹・・・、3匹・・・」
ラグは、音を立てることなく確実に近づいてくるバンデリカの数と動きを探っていた。
「5・・・、6・・・、7、8・・・。まぁ、たくさん、だな」
ラグは数えることをやめ、奴らの動きに集中した。
「・・・止まった」
ラグとムスビのテントを囲むように近づいてきていたパンデリカが動きを止めたのがわかった。
「こちらの様子を見ているのか・・・」
ラグは敵に囲まれていることをムスビに知らせようとテントに手を伸ばしたが、すぐに手を引いた。
「知らせたところで、何も変わらない。自分のやることに集中していてもらったほうがいい」
すると、背後の1体が動きを見せた。
「来るな」
ラグはライフルのロックを外した。
木の幹に複雑に絡まったツタを引き裂きバンデリカが飛び出してくるのと、ラグが振り向きながらトリガーを引くのはほぼ同時だった。
銃声と共に頭を撃ち抜かれたバンデリカは、飛びかかった勢いのままテント横の木にぶつかり積もった枯れ葉の中に落ちた。
ラグは姿勢を低くすると、すぐに次の襲撃に備えた。
周囲に10匹ほどの気配を感じていた。
いつでも動き出せる姿勢で、バンデリカの次の行動に集中する。
「テントの中に銃声は聞こえているはずだ・・・」
外のことなど全く気にせず作業にをしているのだろうか? それとも腰を抜かして動けないのだろうか? テントから外の様子を伺う気配も見せないムスビのことを不思議に思ったが、どちらにしても今は出てきてくれないほうがよかった。
「さっきのヤツに続けて攻撃してくると思ったのだが・・・」
バンデリカは群れで行動している。当然狩も群の共同作業だ。間髪を入れず攻撃を仕掛けてくるはずだった。しかし、バンデリカの集団は動きを止めていた。
お互いが相手の動きを探っているのか、それはバランスの取れた緊張だった。
そのバランスを崩したほうが負けだ。それは傭兵時代に深く刻み込まれた勝つための鉄則だった。
ラグは落ち着いた様子で、相手の動きを待った。
「・・・」
突然、相手の気配が全て消えた。
罠なのか・・・。ラグは神経を尖らせ周囲を探った。
しかし、完全にバンデリカの気配は消えていた。
ラグは緊張を解いた。
それと同時にテントが開き、ムスビが外の様子を気にかけることもなく出てきた。
「完了しました。すぐに撤収しますね」
そう言ってラグに笑顔を向けたところで、やっと木の横に倒れているバンデリカに気付いた。
「1匹だけですみましたか?」
ムスビは他にバンデリカが倒れていないか周囲を見た。
「10匹ほどに囲まれていたのですが、何故か突然離れていきました。不思議です」
「そうですか。今までにも同じようなことはありませんでしたか?」
ムスビが確かめるようにラグに聞いた。
思い返してみると、傭兵時代にも幾度か襲ってきた生物が勝手にいなくなるようなことを経験していたが、そんなことは今まで気にかけたこともなかった。
「何度かあったような気もしますけど・・・」
急にムスビの表情が確信に満ちたものに変わった。
「急いで戻りましょう。もうここに用はありません」
何もわからず首を傾げるラグをよそに、ムスビは観測機器を片付け始めた。
二人がスペースポートのロビーに戻った頃には、日がすっかりと落ちていた。
「今日はありがとうございました。十分なデータを取ることができました」
ムスビはたくさんの荷物を持ったまま頭を下げた。
「とんでもありません。実は今日が初めてのエクタの仕事だったのです。無事に終わって本当によかったです」
「入金と、完了証明書の発行は済ませてあります」
「ありがとうございます」
「それと・・・」
ムスビは手の荷物を床に置くと、改めてラグを見た。それは何か愛おしいものを見るような目だった。
「あなたに出会えてよかった。あなたもブレスを受けていることが分かりました。だから、宇宙の秩序の中にいるものたちは決してあなたに危害を加えない」
キョトンとするラグの頬を、ムスビは優しく撫でるように指で触れた。
「ありがとう」
ムスビは優しい笑顔をラグに向け指を離すと、床の荷物を持った。
「もう、行かなきゃ。論文の締め切りが迫っているの。また会いましょう」
聞きたいことがあるのに何を聞いたらいいのか言葉のでないラグを残して、ムスビは急ぎ足でロビーを出て行った。
「ふーん・・・。そんな出会いだったんだ・・・。で、いつ結ばれたの?」
「なんで結ばれるんだよ。会ったのはそれだけだ」
「なーんだ」
二人の恋愛話を期待したヒミコはちょっとがっかりした。
『・・・こちら、入星管理局。機体識別番号0002086、ラヴリーフェマリス。ラグ・フィーマー、およびヒミコ・フィーマーの入星を許可する』
スペースポートの一角に着陸したラヴリーフェマリスに管制塔の入星管理局から入星許可の連絡がきた。これでビークルから外に出ることができる。
「とっとと片付けよう。依頼の確認」
ラグは機体のシステムを待機モードにして、シートから立ち上がった。
ヒミコはウエストポーチから端末を取り出すと、今回の依頼内容をたどたどしい口調で読み始めた。
「第3ホテルの、裏山に出没する、群から離れた、1匹のバンデリカ。討伐後、証拠を持って、ホテルの支配人に、報告」
「1匹ならライフルだけでいいだろう。間違ってもロケットランチャーとかぶっ放すなよ。ホテルに当たったら大変だ」
「はーい」
二人はブリッジから武器庫へと向かった。
格納庫の隅にある武器庫は、万が一火薬に引火してもビークルに影響が出ないように分厚い隔壁に覆われていた。
重い扉を開けて中に入る。
火薬の匂いがした。ヒミコはこの匂いが好きだった。
ラグは慣れた手つきで武器の並んだ棚からハンドガンをとり腰に収めた。ブーツにはナイフを装着する。そして弾倉のついたベルトを腰に巻くと、最後にスコープ付きのアサルトライフルを手にした。
ヒミコは壁にかけてあるリュックを取ると、棚に置いてある予備の弾倉と救急セットをその中に押し込んだ。そしてまた棚に手を伸ばすと、ゴーグルの付いたいかついヘッドセットを両手で掴み、そのまま頭にかぶった。それは子供のヒミコの頭にはかなり大きなものだったが、重さは気にならない様子だった。
ラグから特に何も言われなければ、ヒミコの装備はこれだけだ。
リュックを担ぐとまだ何か入れられそうな重さだった。ハンドグレネードくらいなら入れて持って行ってもバレないかな、とちらりとラグを見ると何故か目が合った。
「余分なものは持っていくな」
ラグは念を押すように言うと、ヒミコの手を引いて武器庫を出た。




