娘
ラグが無事だということに安心したヒミコは、ブリッジに戻りラグからの連絡を待つことにした。
すると、スクリーンの遠くに赤色灯を点滅させている2機の大型ビークルが見えた。
それは徐々に近づいてきている。
『ラヴリーフェマリス。こちらは星間警察だ。ラグ・フィーマーの依頼で、ビークルの乗組員の保護に来た。横に接舷するので、進入ハッチのロック解除を行うように』
オープン回線を使った通信だった。
「パパだ」
ヒミコはラグからの迎えだと思い、すぐに進入ハッチのロックを解除した。
パパに会える・・・。ヒミコの顔が綻んだ。
しかし、すぐにラグの言葉が浮かんだ。
「・・・パパは知らない通信は無視しろって言ってた。これは知らない通信・・・」
急に不安を感じたヒミコはすぐにハッチをロックし直した。さらにビークル内の全てのドアをロックした。
どうしたらいいんだろう・・・。ヒミコはビークルの中でひとりきりだということをあらためて感じた。
不安と恐怖が混ざり合い、ヒミコの小さな胸を締め付けた。
星間警察のビークルがさらに近づいて来る。
ヒミコはそれを見ないように、顔を隠してシートにうずくまった。
「パパ・・・」
不安と恐怖は頂点に達した。
その時・・・。
『ヒミコちゃん、お待たせ』
突然、聞き慣れた声がした。
すると、ラヴリーフェマリス号の右舷に1機のビークルが見えた。
見慣れた機体。クイーンホーネット、マーヴェットのビークルだった。
クイーンホーネットはラヴリーフェマリスを追い越すと、それを庇うように前に出た。
『そこのビークル、邪魔だ。直ちに機体をどけなさい』
星間警察の怒鳴る声が聞こえた。
オープン回線でマーヴェットにも届いているはずだが、クイーンホーネットは少しも動こうとしない。
ヒミコは震える小さな手を握りしめながら、突然現れたクイーンホーネットに不思議そうな顔を向けていた。
『クイーンホーネット、エクタのマーヴェット・サラサだな。何をしている。どけ!』
星間警察は瞬時にビークルの持ち主を暴いていた。
『あなたたちこそ、邪魔なんでどいてよ』
『我々はラヴリーフェマリスの乗組員を保護しに来た。お前に用はない。どかないと公務執行妨害で逮捕するぞ』
『あら、あら。生憎、あなたたちが狙っているのはわたしの娘なの。自分の子を守って、何が悪い!』
両者の会話はヒミコにも聞こえている。ヒミコはマーヴェットが自分のために来てくれたのだとわかった。すると、さっきまでの緊張が一気に薄まった。
星間警察のビークルはさらに距離を詰めた。クイーンホーネットとの睨み合いが続く。
『これならどきたくなるだろう』
クイーンホーネットが動かないことに痺れを切らした星間警察は、機体から主砲を出した。レーザー砲だ。
『どかなければ、発砲する』
『どうぞ・・・。ただし、少しでもうしろのラヴリーフェマリスに当てたら、絶対に許さないから』
『貴様ぁ!』
星間警察のビークルからレーザー砲が放たれた。
それはクイーンホーネットの右安定翼をかすった。
『ばか、どうして当てた。威嚇でいいんだ』
『あ、いや。え? どうして? 照準が・・・』
星間警察の慌てた会話がオープン回線を伝って流れた。
マーヴェットの舌打ちが聞こえる。
『バカなこと言ってんじゃないわよ! あ、そうだ。さっき言い忘れてた。わたしのビークルも少しでも傷つけたら・・・、絶対に許さないから! 絶対にね!!』
「マーヴェット、怒った・・・」
ヒミコは星間警察を心配した。
すると、クイーンホーネットの底部が割れるように大きく開いた。
『おい、マジか?!』
星間警察の慌てた声が聞こえる。
クイーンホーネットの底部からゆっくりと姿を現したのは、巨大なレーザー砲だった。星間警察の主砲とは比べ物にならないほどの大きさだ。
今の距離なら目を瞑っていても確実に星間警察のビークル2機を1発で落とすだろう。
『バ、バカなものを出すな。どうしてそんなものを持ってる』
『女のひとり旅は何かと物騒でね』
『エクタのレーザー兵器の使用は禁止されている。直ちにそれを収めろ!』
『あらやだ。野生生物への使用が禁止されているだけよ』
『人に使用したら、立派な犯罪だ』
『だから、誘拐犯に向けるのなら問題ないでしょ』
『・・・』
ヒミコはラヴリーフェマリスのブリッジで、寸劇のような会話を笑いながら聞いていた。もう、不安も恐怖も、胸を締め付けるようなものは何もなかった。
『え?・・・。 警部から、帰還命令です。手を出すなと言っています』
『なにぃ・・・。ま、まぁ、好都合だ。戻るぞ』
相変わらずオープン回線を開いたまま、星間警察のビークルは捨て台詞を残すこともなく離れて行った。
クイーンホーネットのレーザー砲がゆっくりと収納される。
星間警察のビークルが見えなくなったところで、マーヴェットの声がした。
『バカも去ったし。さぁ、そろそろパパを迎えに行こうか』
「・・・」
何故かヒミコは黙っていた。
『どうしたの?』
「・・・あの、来てくれて・・・、ありがとう・・・」
やっと聞き取れるくらいの声だった。
『どういたしまして』
マーヴェットは大きな声で返した。
ヒミコの言葉は小さかったが、マーヴェットはとても嬉しかった。
『行くよ。大気圏突入はちゃんと出来る?』
「出来るよ!」
ヒミコが自信を持った声で返した。
そして、2機の星間用ビークルは一定の距離を取りながら冷却シールドを広げると、プロンタルの大気の中へと落ちていった。
『ラグの位置はわかる?』
大気圏突入時の通信障害を抜けたところで、マーヴェットがヒミコに聞いてきた。
「うん、わかるよ」
『じゃぁ、このまま行っちゃおう』
「え、いいの?」
本来なら、スペースポートにビークルを停めなくてはならない。
『いいでしょ。星間警察も何も言わないよ、きっと。盛大に迎えに行こう』
「うん」
2機のビークルは、ヒミコの示した座標に進路をとった。
しばらく赤茶けた大地の上空を進むと、星間警察のビークルの集団が見えた。
高度を下げ近づく。
ラグの地表用ビークルも見えた。
その近くに2機は着陸した。
そのままブリッジから様子を伺う。
すぐに星間警察のビークルからラグが出てきた。2機のビークルのブリッジに向けて手を振る。
ラグの両腕には大きく包帯が巻かれていた。
すると、髪をワックスで固めた男が出てきた。ゼニガタだ。
二人は何か会話を始めた。
「あなたのお気遣いには、心から感謝いたします」
ゼニガタの声にラグは振り返った。
「どうして、そんなにも出世がしたい?」
「わたしは組織の人間です。組織というものは、下にいてはダメなんですよ」
「そんなもんかね」
ラグは吐き捨てるように言った。
「勇敢なお仲間をお持ちですね」
ゼニガタはクイーンホーネット号を見上げた。そしてそのあとは何も言わなかった。
「じゃぁな・・・」
ラグが包帯の腕を軽くあげ、ゼニガタに別れを告げた。
ゼニガタは軽く笑うと頭を下げた。
ラグはラヴリーフェマリスのブリッジに向けて手で合図を送ると、自分の地表用ビークルに乗り込んだ。
すぐにラヴリーフェマリスの後部ゲートが開く。
そして、ラグを回収したラヴリーフェマリスとクイーンホーネットは、こんな場所に長居は無用とばかりにすぐに大地を離れた。
ラグがブリッジに入ると、半ベソ状態のヒミコが飛びついてきた。
腕の傷が痛んだが、ヒミコを受け止めた。
「よく、留守番できたな。えらいぞ」
「だって、約束だもん」
ヒミコは自分の行いを自慢するように言った。
「マーヴェットは怖かったか」
「うん、ちょー怖かった。でも、かっこよかった」
「そうか」
ラグは痛む腕で体に張り付いているヒミコを剥がすと床に下ろした。そしてしゃがみヒミコに目線を合わせた。
「こんな腕じゃしばらく仕事ができないから、今度こそ本当に秘境の温泉に行くか」
「やったぁ」
喜ぶヒミコの頭を撫でると、ラグはマーヴェットへの通信を開いた。
『お疲れさん』
すぐにマーヴェットの声がした。
「ヒミコを守ってくれてありがとう。感謝する」
『そんなことより、結構な傷だと思うけど、大丈夫?』
「まぁ、しばらく仕事はできないな。すぐに抗体をうったから星間狂犬病は大丈夫だと思うけど、化膿するだろうな」
『そっか・・・』
「そこでだ。どうせしばらく仕事が出来ないから、秘境の温泉にでも行くつもりだ。マーヴェットもどうだ」
『行く!・・・。でも、ここに来る時にキャンセルした仕事があるからそれを先に片付けなきゃ』
「厄介な仕事か?」
『全然簡単。とっとと片付けてすぐに合流するよ。』
「わかった。宿が決まったら、連絡する」
『うん、待ってる』
クイーンホーネットはマスドライバーのあるスペースポートに向けて思いっきり加速し、すぐに見えなくなった。
「とりあえず、スペースポートで何か食べるか。ここには大したものはないだろうけど」
ビークルの操縦をヒミコに任せ、ラグは普段ヒミコの座っているシートに収まった。
少し体が熱っぽかった。
すぐに先ほど飲んだ抗生物質が効いてくれるだろうと思った。




