ヘッドショット
「!」
銃弾が床で弾けた。すでにその位置にキメラはいなかった。
限界まで開いていた目が瞬きをする。
その一瞬の間に、キメラの鋭い爪が目の前に迫っていた。
ラグの本能が頭を守るために、振り下ろしてきたキメラの爪に右腕をぶつけた。
爪は頭をかろうじて逸れたが、ラグの腕の皮膚を切り裂いた。吹き出す血液と共に手にしていたハンドガンが飛んでいった。
すぐに大きく開けた口がラグの首を狙う。
咄嗟に左腕の肘を上げ、前腕をキメラの左右の口角に当てるように開いた口に押し込んだ。
そして全体重をかけ体ごと壁に押し付けた。
口角に腕が挟まった状態ではキメラは口を閉じることが出来ない。
全身で押さえ込む。力を抜いてはいけない。少しでも力を抜けば腕は噛み潰されるだろう。
キメラはこの状態から逃れようと大きく体を捻らせ暴れた。
ラグはさらに体をキメラに密着させた。キメラの腕の関節の稼働範囲を考えれば、爪の攻撃も避けることが出来る。
しかし・・・。
ラグは左腕に力を込めたまま、飛ばされたハンドガンを探した。
それは後ろの床にすぐに見つかったが、この状態で掴める場所ではなかった。
せめてナイフがあれば・・・。
ラグはこの縛りを恨んだ。
キメラが壁から逃れようと首を動かす。頭が壁から浮いた。ラグは左腕にさらに力を入れて押し返した。
どうしたら・・・。
ラグは次に打つ手を考えた。
しかし、何かをするためにはこの状態をやめなくてはならない。そうすればキメラはすかさず反撃してくるだろう。
このままキメラが弱るのを待つしかないのか・・・。
キメラの遺伝子操作を受けた狂ったような体力から考えると、それは絶望的だった。
人の方が先に限界を迎える。
左腕が痺れ、徐々に感覚がなくなってきた。
そのうち押し付けているのかどうかもわからなくなる。
力が抜けてきているのか、キメラの歯がラグのジャケットの袖を破った。そして前腕の皮膚に当たる。
「ダメだ、力が入らない・・・」
腕の力を諦め、体で押すことに集中した。
キメラの歯はラグの皮膚に刺さり、少しずつ食い込んでゆく。
キメラの口からはよだれが溢れるように出てきている。この中は星間狂犬病のウイルスで一杯だろう。
ラグの腕から滲み出した血液がキメラのよだれと混ざり合った。
キメラの反撃にむけた唸り声の中、絶望の時間が流れ始める。
「これまでか・・・」
体力の消耗と共に、ラグの意識が薄れてゆく。
その時、遠くで爆発音が聞こえた。その音は消えそうなラグの意識をつなぎ止めた。
甲高い音が聞こえる。それが徐々に近づいてくる。
「なんだ?」
音が背後に迫った。
そして背中に強い風圧を感じた。
『パパ、どいて!!』
ヒミコの叫ぶ声がした。
ラグは言われるままに壁を蹴りキメラから離れた。
すかさず自由になったキメラの口がラグの首に向かう。
その間に割り混むようにドローンが入った。
キメラは邪魔だとばかりにドローンを咥えると瞬時に噛み砕き床に叩きつけた。
同時に一発の銃声がホールに響いた。
飛び散った血液が壁に当たる音がする。
一瞬の静寂の後、頭を撃ち抜かれたキメラが潰れたドローンの横に崩れるように倒れ込んだ。
キメラの頭から噴き出た血液が床に広がる。
もう、体を制御する頭はない。
『パパ、パパ』
動かなくなったドローンから、ラグを呼ぶ心配そうなヒミコの声がした。
「ああ、俺は大丈夫だ」
ラグは血液の流れる手に持ったハンドガンをホルスターに収めると、潰れたドローンのカメラを覗き込んだ。
『あ、パパ!。約束守ったよ。ちゃんと船にいるから』
「ああ、いい子だ」
ラグはそう言うと、力が抜けたようにその場に座り込んだ。
そして腰のポーチから解毒抗体の入ったペン型注射器を取り出し腕に当てた。次に止血パッドを広げ、血液の流れる腕に巻いた。
「ヒミコ、聞こえるか?」
『聞こえるよ』
「あと少し片付けをしたら仕事が終わる。けど、まだ約束は続いている。いいな」
『うん。わかった』
その直後、ドローンは小さな破裂音と共にその全ての機能を停止した。
傷の手当てを終えたラグは、携帯端末でゼニガタに通信を開いた。
ゼニガタはすぐに出た。
「任務完了だ。オーダー通りにな」
『ご苦労様です。すぐに部下を向かわせます。それと、少しお話がしたいので、こちらにお越しください。お茶を用意させていただきます』
「部下が向かっているのはここだけか?」
『おやおや、お察しがよろしいことで・・・』
クククという笑い声が聞こえ、通信が切れた。
ラグはよろよろと立ち上がると、潰れたドローンの中から小さな制御チップを抜き取った。そして手で握り潰すとポケットに仕舞った。こうしておけばドローンの通信痕跡からラヴリーフェマリスのシステムに侵入されることはない。
「どうせ、すぐには帰してくれないだろう・・・」
ラグはゼニガタの部下が到着するまで、キメラの横で待つことにした。
「ヒミコ、約束守れよ」
祈るように、そう呟いた。




