キメラ
座標に示された場所は、緑のない赤茶けた大地にポツンと存在する小さな建物だった。
ビークルを降りると、端末に反応があった。
端末を取り出し画面を見る。表示されたのは賭博グループのアジトの見取り図だった。ゼニガタが気を利かせたつもりだろうか。少なくとも失敗を期待しているわけではなさそうだ。
それを見ると、表に出ている小さな建物の地下には、そこからは想像できないほどの広い施設が作られていることがわかった。
入り口の扉に近付く。
扉には星間警察の立ち入り禁止のプレートが貼ってあり、封印するようにノブにロックがかかっていた。
暗号キーを入力し、ノブを回す。
扉を少し開き、その隙間から端末を使って中の生体反応のスキャンを行なった。
スキャンの範囲は半径10メートルほどだが、見取り図によると建物の1階内部はかなり小さく充分にその範囲をスキャン出来ていた。
生体反応は何もなかった。
ラグはホルスターからハンドガンを持つとロックを外し、ゆっくりと中に入った。
中は小さな事務所のようだった。地下に存在する巨大な施設をカモフラージュさせるためのものだろう。
言われたように扉をしっかりと閉める。万が一キメラが逃げ出せば、ラグの責任にされることは明らかだった。
見取り図によると、奥の隠し扉の先に地下に続く階段があるようだ。
隠し扉は簡単に見つかった。スキャンして生体反応がないことを確認して扉の奥に進む。
幸いにも施設の電源は生きているようで、照明や空調は作動していた。
隠し扉は開けたままにしておく。これは自分が逃げるためだ。
階段を降りると、再び扉があった。今度は引き戸だ。
扉には作動を示す小さなライトが光っていた。
「ここは自動ドアなのか・・・」
しかし、近寄っても開かず、扉には取っ手がついていた。ラグは再びスキャンして中に何もいないことを確かめると取っ手を引いた。
扉は軽く開いた。最大まで扉を開き中に入る。
すると、扉は勝手に閉まってしまった。
「そうか、閉まるのが自動というわけか。多少はまともな奴が設計したんだな」
もしも施設内で動物が逃げた場合、自動ドアだと動物が近づくだけで扉が開いてしまい、その結果動物を外に逃すことになる。開くのは手動、そして閉め忘れがないように自動で閉まる。これは動物関係の施設ではよくある仕掛けだった。
ラグは扉の周囲で電源のスイッチを探した。それは横の壁の上部にすぐに見つかった。
スイッチを切り、扉が開いたままにする。
あらためて部屋を見渡す。長さが10メートルほどの細長い部屋にはそれに沿って長いカウンターがあり、奥に入るための受付を思わせた。
所々に飛び出した岩が見える。地下を掘ったというよりは元からあった洞窟を利用したのだろう。
先に進み、次の部屋を見取り図で確認する。かなり広い部屋だ。
生体スキャンをかけても全体は網羅できない。
「この奥の全ての扉が半自動の可能性がある。ならば、キメラはここまで出てきたいないはずだ」
ラグは扉を開いた。やはり扉は自動で閉まった。
電源のスイッチを探しそれを解除すると、先ほどと同じように扉を全開にしておいた。
馬鹿でかい部屋には丸いテーブルが散りばめられるように置かれ、端には大きなカウンターがあった。
そして、カウンターの反対側には壁全体が大きなモニターになっていた。
「ここで、酒でも飲みながら金を賭け、闘獣同士の戦いを観覧していたってことか・・・」
すると、カウンターの奥で何かが動く音がした。
ラグは近くのテーブルの陰に入ると、姿勢を低くしてハンドガンを構えた。
音の方向に注意を向けながら、ハンドガンを持つ逆の手で端末を操作しスキャンする。
小さな生体反応だった。おそらくネズミだろう。
ラグは音の正体がネズミだということに一瞬気を抜いたが、すぐに再び引き締めた。もしもネズミが星間狂犬病に感染していたら凶暴性が増し襲ってくる可能性がある。いくら小さなネズミだと言っても、相手をするのはかなりリスキーだと思えた。
しばらくネズミの動きを探ったが襲ってくる様子はなく、どこかの隙間に消えていった。
端末でスキャンしながらさらに奥に進む。
見取り図によると、次はやや小さな部屋だ。
その部屋に続く扉には『staff only』と書かれたプレートが貼ってあった。
扉の奥をスキャンし、安全を確かめたのち扉を開ける。そして電源を切り大きく開放する。
パイプ椅子が数席とロッカーがあるだけの部屋。おそらくスタッフの控え室だったのだろう。
また同じように先をスキャンし、扉の電源を落とし開放する。長い廊下だ。
そして長い廊下の奥には、ついに動物を戦わせていた闘獣場がある。きっとここにキメラがいるはずだ。
廊下を進み最後の扉の前に立つ。見取り図で中の配置を確認する。
その部屋は半径50メートルほどの円形のホールで、周囲にはさらに外周を廊下で繋がれた小部屋がいくつもあった。
各小部屋は地下の通路でホール中央に設置された大きな檻と繋がっており、まず小部屋に入れられた闘獣が地下通路を通って中央の檻に送られ、そこで戦うのだと思われた。
中の様子をスキャンする。スキャン可能なギリギリの位置に反応があった。大きさから考えてキメラだろう。扉のほんの10メートルほど先だった。
ラグは自分の心拍が上がってゆくのを感じた。ゆっくりと深呼吸をして落ち着かせる。
そして、音を立てないように扉の電源を切った。
姿勢を低くして、ゆっくりと扉をわずかに開ける。そしてその隙間から中を覗いた。
まず目に飛び込んできたのは中央の大きな檻だった。
そこから視線を下げると、ほぼ正面に背中をこちらに向ける大型犬ほどの生物がいた。
それには普通の生物とは思えない違和感を感じた。
キメラだ。当然、ホールの中でフリーな状態だった。
キメラは頭を下げ何かをしている。それに伴って何やら音がしていた。しかし、ラグの位置からは何をしているのか見えなかった。
キメラを捉えながら、周囲に目を向ける。
檻を通して、その奥の壁に開いたままの扉が見えた。
外周の廊下へと繋がる扉だった。
自動ドアではないのか、それとも電源が切ってあるのか。
扉の奥の床には血液が広がっているのが確認できた。
「そうか・・・」
ラグは先ほどから聞こえている音が咀嚼音だと言うことに気付いた。
キメラは食事をしていたのだ。
「何を食べている・・・」
こんなところになぜ食べ物があるのか? ラグは不思議に思ったがすぐに思い当たるものが浮かんだ。
「二人、と言っていたな。馬鹿な上司のおかげで二人ともキメラの餌か・・・。せめてこっちを向いて食べていてくれたら、簡単に仇を打てたのに・・・」
ラグの位置からは、餌を食らうキメラの頭が全く見えなかった。
この位置から背中越しに心臓を狙うことは可能だった。おそらく1発で倒せるだろう。しかし、それではダメだった。
あくまでもオーダーは頭に1発なのだ。
ラグはそのままキメラが食事を終え、動くのを待ってみることにした。
しんとした空間に肉を引きちぎる音、骨を噛み砕く音が響く。
やがて、キメラは食事に満足したのかゆっくりと立ち上がると、そのまま奥に向かって歩き出した。
尻越しに頭が見えたところで狙おうと、ラグは扉の隙間からハンドガンを構えた。しかし、床の匂いを嗅ぎながら歩いているようで、相変わらず頭は全く見えなかった。
キメラは中央の檻を回り込むようにさらに奥に向かった。
その先は外周の廊下に続く開いた扉だ。
キメラがホールの周囲にある小部屋を自分の巣だと認識している可能性は十分にあった。
外周の廊下は狭い。そこに入られると厄介だ。
ラグは意を決し、少しだけ開いた扉に足をかけた。
扉を開き、キメラがそれに驚きこちらを向いた瞬間に頭を狙う作戦だ。
ラグは扉にかけた足に力を込めると、思いっきり蹴飛ばした。扉が大きな音を立てて勢いよく開いた。
驚いたキメラはラグの思ったように体ごと振り返った。
キメラの頭がラグに向くと同時にトリガーが引かれた。
ハンドガンから銃弾が放たれる。
だがそれよりも速くキメラの目はラグの動きを捉えていた。
弾丸が檻に当たる音が響く。
ラグは一瞬でキメラを見失っていた。
逃げられたと判断したラグはとっさに跳ねるように体を飛ばし壁に張り付いた。身を隠す場所はなかった。
慌てて周囲を見渡すが、キメラの姿は見えない。
すぐにスキャンする。
反応が出た。
キメラは先ほど蹴飛ばした扉の奥にいた。
そのまま廊下を進む様子はなく、頭をホールに向けラグの動きを伺っている様子だった。
ラグは退路を塞がれ、ホールから逃げることが出来なくなった。
キメラの唸り声が聞こえる。
それは明らかにラグに向けられていた。
動物は一度人間を食べるとその味を覚え、その欲求を満たすために何度も人間を襲うようになると何かの本で読んだことを思い出した。
胃が軋んだ。
ラグは壁から体を離し、キメラの隠れている扉に向けてハンドガンを構えた。
すると、ゆっくりとキメラが姿を現した。
キメラとの距離は10メートルもない。
キメラは床に当たる爪の音を立てながら、ラグを睨みつけるように一歩一歩近づいて来た。
ラグのエクタとしての目は、これから戦うために必要なその生き物の特徴を捉えていた。
キメラと呼ばれる理由のふたつの頭。一つは頭を撃ち抜かれだらりと垂れ下がっている。
頭は一つの体に後付けしたような状態ではなく。元からふたつの頭があるかのように見事に接合されていた。
大きく四角い頭部は咬筋の発達を示しており、その筋肉の分厚さから考えると噛む力はバンデリカを凌ぐだろう。
引き締まった体幹、そこから四肢にかけての分厚い筋肉。これが至近距離のハンドガンを軽くかわす瞬発力を生んでいるのだろう。
太い腕の先の爪は鋭く長く伸びていた。それは軽く振り回しただけで、いとも簡単に人を裂くはずだ。
耳翼は小さく、尾はない。毛は短く、皮膚は弾力性がありそうだ。これは闘獣の特徴だった。
どれも遺伝子操作によって作り出されたものだと考えられたが、いかなる生物からその特性を導入したのかもはや全くわからなかった。
キメラが動くたびに、よだれが床に落ちた。凶暴性の強化と同様、星間狂犬病が発症した特徴だ。よだれの中にはウイルスが大量に含まれる。
このキメラは、体こそ大きくはないが戦うために造られたものだとはっきりわかった。人が相手をするには絶望的だった。
その強さの自信からか、ラグのハンドガンが確実にキメラの頭部を狙っているにもかかわらず、キメラはそれを気にする様子もなくラグとの距離を詰めた。
ラグは絶望の中、それでもトリガーを引くタイミングを探っていた。
『この距離でも、おそらく避けるだろう。どこまで引きつければいいんだ・・・』
キメラとの距離を詰めれば詰めるほどキメラは銃弾を避けにくくなる。しかし、距離が詰まれば一瞬でキメラの攻撃を受けることにもつながる。
距離は5メートルほどまで縮まっていた。
キメラの充血した目は、瞬きをすることなくラグを捉え続けている。
汗が胸元を伝う。呼吸が浅く速くなる。心臓の音が大きく聞こえる。
恐怖が今すぐトリガーを引かせようとする。
わずかに残る冷静さが、それを必死に抑え込む。
唾を飲み込む。
しかし、うまく飲み込めないほど喉が渇いていた。
その時、キメラが姿勢を下げた。
反射でラグの指が動く。
ラグはこの時を待っていた。攻撃を仕掛けるためには必ず姿勢を下げる。その時一瞬動きが止まる。
ホールに銃声が響いた。




