縛りの理由
ラヴリーフェマリス号が3回目のバブルドライブを終えると、そこはヘラ恒星系の外周だった。次の1回でプロンタルに到達出来る。
ラグは武器庫の中で持っていく装備を考えていた。
ハンドガンの縛りがあるので、ライフルを持って行っても無駄だろう。
そこで壁に掛かっているホルスターのついたベルトを取ると、そこに使い慣れたセミオートのハンドガンを収め、さらに予備の弾倉を持った。
ブーツにはナイフを装着する。
腰のポーチには、星間狂犬病の解毒抗体の入ったペン型の注射器を入れた。噛まれた直後ならしっかりと効いてくれるはずだ。
「アジトは洞窟だと言っていたな・・・」
ラグはリュックを取ると、棚から麻酔ガスの入ったカプセルと防毒マスクをその中に詰めた。
洞窟内の密閉された空間なら、麻酔ガスによって眠らせることは無理でも動きを鈍らせることができる。
「こんなところか・・・」
すると、携帯端末の呼び出し音が鳴った。マーヴェットからの特秘回線だった。
すぐに回線を開く。
「お待たせ。わかったよ。単純なこと。ゼニガタ自身が焦ってるんだ』
マーヴェットは独自の情報網を使ったり、こっそりとどこかのシステムに侵入して集めた情報を話し始めた。
『今回の摘発は、星間警察・・・、つまりゼニガタがかなり緻密に計画を練っていたようで、グループのアジトをわずかな時間で制圧したみたい。それはお見事としか言いようがない。で、その時に檻に入っていた闘獣を証拠品として押収したんだけど、星間狂犬病に感染している動物と言うことでその場で射殺処理された。その中には双頭のキメラがいて、当然そのキメラも頭を撃ち抜かれたわけだけど、そこでゼニガタは大きなミスを犯した。でも、まぁ、普通は仕方ないかな』
武器の準備を終えたラグは、マーヴェットの話を聞きながら廊下をブリッジへと向かっていた。
『キメラが双頭だから、どっちの頭を撃てばいいか迷ってとりあえず一つの頭を撃ったんだけど、それが当たりで1発で倒すことができた。けど、実際には死んでいなかった』
「倒れたってことは、体を制御している頭だったんだろ? 死んだだろ、それなら」
『普通はそう思うよね。でも、そのキメラを檻から出そうとして扉を開けたら、死んでたはずが急に襲いかかってきて捜査員を二人ほど瞬時に殺したみたい。この二人、表向きは他の現場で捜査中の事故での殉職。2回級特進となってるけどね。まぁ、そんなわけで現場はパニックよね』
「死んでなかったのか、そのキメラ」
『よく分からないけど、体を制御している頭がやられると、すぐにもう一つの頭が制御を受け継ぐようになってたんじゃないかって思う』
「キメラを造るほどの技術があれば、やれそうだな」
『それで、まぁ、ゼニガタにとっては功を焦ったと言うか、運悪くと言うか、その時点ですでに上に報告が行っちゃってたわけよ。賭博グループは全員逮捕。闘獣は全部射殺。さらに遺伝子操作やキメラ作成の大きな証拠となる頭を撃ち抜かれただけの綺麗なキメラの死体の確保。死体は冷凍保存して48時間以内に本部に送るってことにもなってたみたい。そこで、キメラが生きてたこと、さらに部下が噛み殺されたことを知ったゼニガタの焦った顔が浮かぶよね』
「だからオーダーに縛りがあるのか・・・」
『そう。キメラを殺すだけならアジトごと吹っ飛ばしちゃえばいいんだろうけど、潰れた死体じゃ報告が嘘になっちゃうもんね。ましてやキメラを逃し部下も死なせたなんてことが上にわかったら・・・。ゼニガタが星間ゴールド勲章を貰うってのはマジな話みたいだけど、失敗や嘘がバレたら勲章がもらえないどころか、辺鄙な星に左遷されてもう2度と出世なんてできないでしょうね』
マーヴェットの笑い声が聞こえた。
「ありがとう。奴の腹の内がわかったよ。しかし、よく調べられたな」
『一部のマスコミは全部知っているみたい。でもね、ゼニガタの影の組織力のせいで、言いたくても言えないって。わたしは口が硬くって信用されてるから、独自の回線を通して教えてくれたけどね。でもお礼に極上のスノーフォックスのファーが付いたジャケットを要求されちゃった。今度スノーフォックスを狩るの手伝ってね』
「それくらいの手間なら喜んで付き合うよ。でも、それだけの大事がよく漏れないな。部下のひとりくらいぽろっと喋りそうなもんだけど」
『ゼニガタはね、自分の出世と同時に部下も全員連れて行くの。部下にしたら何も言わなければ自然と出世できるわけだから、だから漏らす奴はいない。ずっと、そう。あなたが嵌められた時からね・・・と言う話よ』
「お前は大丈夫か? 情報を仕入れた痕跡は残っていないだろうな」
『大丈夫。これと同様に絶えずチャンネルと暗号化の変わる特秘回線だから、その場で痕跡は消えてる」
「一応、気を付けろよ」
ブリッジに着いたラグは操縦席に座った。
『ありがと。でも、わたしも手伝うよ。どこに行けばいい?』
「いや、俺のことはいい。マーヴェットが俺について来てもこの件に関しては手を出させてもらえないだろう。それよりも頼みたいことがある・・・」
少ししてマーヴェットとの会話が終わると、ラグはプロンタルの座標を入力し4回目のバブルドライブを作動させた。
バブルドライブが終了すると、ブリッジのスクリーンからは赤茶けた大地を持つプロンタルが見えていた。
するとラグの携帯端末が反応した。
画面を開くと、ゼニガタから送られた座標が表示されていた。同時に入星許可が届く。
「俺のビークルの動きが、奴に筒抜けってことか・・・」
ラグは大気圏へと突入した。
そのままスペースポートに行き、ラヴリーフェマリス号を着陸させる。
スペースポートは夜だった。ここから地表用ビークルを走らせ、送られてきた座標にいるゼニガタのもとへと向かうことになる。
「パパ、どうしたの」
振り返ると、パジャマのまま眠そうに目を擦るヒミコが立っていた。
「まだ、寝てる時間だぞ」
ラグは操縦席から立ち上がると、ヒミコに近寄った。
「起きたらパパいなかったから、探してた」
「ごめん。急な仕事が入って、それの準備をしてた」
「わかった。あたしもすぐ準備する」
ヒミコは眠気を吹き飛ばすように言うと、着替えるために寝室に戻ろうとした。
すぐにラグが引き留める。姿勢を下げ、ヒミコの目線に合わす。
「今日はお前は留守番だ」
「えー、どうして。いつも一緒に行くのに」
「今日はダメなんだ。ここで待っていてくれ」
「一緒に行く。だってあたしはラグの助手だもん」
「ダメだ!!」
とても強い口調だった。
ラグのいつもとは違う様子に、ヒミコは驚いた。
「必ず戻ってくるから、今日はここで待っていてくれ」
今度は優しい口調に変わっていた。
きつい表情を隠すように作られた優しい顔。
こんなラグは見たことなかった。
ヒミコは戸惑った。
ラグの言葉はヒミコにお願いしているようにも思えたが、そんな生易しいものではないことにヒミコはすぐに気付いた。
これは有無を言わせぬ命令だ。
ヒミコはラグの恐ろしいほどに優しい表情によって、拘束されたように動けなくなっていた。
今回はラグの言う通りにしなきゃいけない・・・。ヒミコはヒミコなりにその重みを感じた。
「わかった・・・。ここで待ってる」
「いい子だ。俺は今からここを離れて仕事に向かうが、何も俺一人が仕事をするわけじゃない。お前にもちゃんと仕事がある」
ヒミコはラグの命令を一言も聞き逃さないように、いつになく真剣な表情をラグに向けてた。
「俺がここを出たら、マスドライバーでラヴリーフェマリスを宇宙に上げろ。そして、俺からの連絡があるまで衛星軌道の外で待つんだ。何があっても絶対にビークルから離れるな。知らない通信は相手にするな。何か言われても無視しろ。これがお前の仕事だ。いいな、出来るな」
ヒミコはこれから自分では想像できないようなことが起こるのではないかと恐怖を感じた。その怖さに全身が震え、涙が出てきた。しかし、涙を落としたら絶対にラグから離れたくなくなる。ヒミコは顔を歪ませながら必死に涙を堪えた。
「出来るよ・・・」
ヒミコが絞り出すように声を出した。
それから少しして、ラヴリーフェマリス号の後部ゲートが開くとラグの地表用ビークルが出てきた。すぐにスピードを上げそのまま走り去った。
そして、ヒミコは言われたように、ひとりでラヴリーフェマリス号を宇宙に上げた。




