大っ嫌いなヤツ
第1星の国家毘沙門の衛星にある星の駅で火器装備と食料を補充したラヴリーフェマリス号は、次の依頼の連絡を待ちながらあてもなく銀河の海を漂うように浮かんでいた。
居住区のキッチンの隅のテーブルで夕食を食べるラグとヒミコ。
メニューはメインのハンバーグに添え物のニンジンとポテト。そしてコンソメスープにパンだった。
ただ点けているだけのテレビからは星間ニュースが流れている。
『・・・モルビリ興業はモルビリ1号を新たなレジャー惑星として開発することを発表しました。これによって株価の上昇・・・』
「こら、ちゃんとニンジン食え」
「パパだって、タマネギ食べないでしょ」
「大人はいいんだよ」
「そんなの卑怯だよ」
『今入ったニュースです・・・』
「じゃぁ、とりあえず一個だけでも食え。それで許してやる」
「分かった・・・」
『・・・星間警察は闘獣による違法賭博を行なっていた組織の摘発に成功しました・・・』
流れ始めたニュースが気になったのか、ラグがテレビに目を移した。ヒミコも一緒になってテレビを見た。
『・・・闘獣賭博は巨大闇組織であるブラックマーケットの大きな資金源となっているもので、今回の摘発によってブラックマーケットの壊滅につながるのではないかとまで言われています』
「とうじゅうって何?」
ヒミコがフォークに刺さったニンジンを小さくかじりながら聞いた。
「むかーし、闘犬ってのがあってな。イヌ同士を戦わせて、噛まれて鳴いた方が負けってやつだ。今はイヌの代わりにあちこちの星で見つけた凶暴な生物を使っている。その勝敗にお金を賭けるんだ」
「ふーん・・・。だったら、この間のグズリみたいなの連れてきたら絶対に勝てるんじゃない」
「おいおい、そんなの連れてきたら、扱いに困るだろ。だから、生物のサイズが決まっている。昔の闘犬のイヌサイズにな。変なところにこだわりを見せてる」
『・・・闘獣に使われていたイヌ型生物は、その危険度の高さから摘発の際に警察によって全て銃殺されました。また、それら生物には星間法で禁止されている違法な遺伝子操作が行われていた可能性があり、死体は星間警察本部に運ばれ詳細な検証を行うとのことです。もしも違法な遺伝子操作が行われていたことがわかればその罪は大きく、確実にブラックマーケットを壊滅に追い込むことができると星間警察上層部は強い意気込みを見せています』
「闘獣賭博には医者、獣医、それにエクタも絡んでいると聞く。遺伝子操作は確実だろうな」
「遺伝子操作って?」
ヒミコが顔をしかめながら、ニンジンを小さくかじってまた聞いた。
「いろんな動物の強い遺伝子を合わせて、さらに強い動物を造るって感じかな。おそらくキメラも造ってるだろうな」
ラグはテレビに視線を向けたまま答えた。
「きめらって?」
「例えば、ライオンの背中にヤギの頭があって尻尾はヘビってやつ」
「ああ、ゲームで見たやつだ」
そう言ってヒミコは顔を歪めながら口の中のニンジンを飲み込んだ。
ラグはずっとテレビを見ている。
ヒミコはフォークに刺さったニンジンをそっとラグの皿に置いた。
『・・・今回の摘発の指揮をとっていたロギム・ゼニガタ警部には、その功績の大きさから星間ゴールド勲章が授与されるのではないかとの噂が出ています』
テレビの画面にロギム・ゼニガタのテロップと共に写真が出た。ラグは小さく舌打をするとテレビから目を逸らした。そしてヒミコが置いた皿のニンジンをフォークで突き刺し口に放り込んだ。
それを見たヒミコは、上手く行きすぎた展開に驚いた。
その後、ラグは何も喋らなくなった。
そして、ヒミコはニンジンを食べなかったことを咎められることなく、食事は平和に片付けられた。
その夜遅く、ヒミコが寝た後、ラグはいつものようにひとりキッチンでアルコールを飲んでいた。すると携帯端末の呼び出し音が鳴った。
画面に相手の表示はなかった。
こんな遅くに依頼の連絡が来ることはない。ラグは何か嫌なものを感じながら通信を開いた。
『ラグ・フィーマーさんですか?』
ラグの顔が強張った。
確実にこちらのことがわかっているのにそれを確かめるような聞き方をするその声の主がラグにはすぐにわかった。
ラグがこの世で最も嫌悪する男だった。
「何の用だ・・・」
『はは・・・。相変わらずな対応ですね。まぁ、無理もない』
「昔ばなしをするほど暇ではないんだが」
『おっと、失礼。これは仕事の話ですよ』
「お前から受ける仕事はない」
『おや、今はどんなお仕事をされているんでしたか』
とことん癇に障るヤツだ・・・。ラグはイラついた。
『どうやら、今もエクタをされているようで。でも、免許を剥奪されたのに、おかしいですね』
ラグは何も言い返せなかった。男の下品な笑い声が聞こえた。
『まぁ、無免許でも立派にエクタの仕事をされているラグ・フィーマーさんにうってつけの案件があるのです』
「断る」
『あら、いいんですか。断ってしまって。任務成功の暁には偽造免許で仕事をしていることに目をつぶろうかと思っていたのですが』
「断る」
そんなことでこいつに魂を売るくらいなら、まだ逮捕された方がマシだった。
『相変わらず、頑固ですね。ラグさんは』
クククと笑う声が小さく聞こえた。
『少々調べさせていただいたのですが、ラグさんは2923年頃から小さな女の子と一緒にお仕事をされているようですね』
ラグの表情が引きつった。
『そのお子さん、確かヒミコと言うお名前でしたね。それに関してさらに調べさせていただきましたが、family registerが見つからないんですよね。その子の・・・。これだとご自分のお子さんってことでもないような気もするのですが。どうなっているんでしょうね。でも、まぁ、いろいろご事情があるのかもしれませんね』
「何が言いたい」
『こちらと致しましては、突然小さな女の子と生活を始めたなんてことは、何かの事件性を疑ってしまうものです。例えば、誘拐とか・・・』
「お前、まさか」
ラグにハラワタが煮え返るほどの過去の思いが蘇った。
『誘拐の罪は重いですからね。あくまでも忠告ですよ。ククク・・・』
こいつはまた俺を犯人にしようとしているのか。いや、こいつなら確実にそうするだろう。自分の目的のためには手段を選ばない卑怯なやつだ。
『ああ、ご心配なく。ラグさんが逮捕された場合は、女の子はこちらでちゃんと保護させていただきますからね』
ヒミコにも手を出そうとしているのか・・・。
ラグの全身が怒りで震えた。
落ち着け・・・。相手の流れに乗ってしまってはいけない。乗ってしまってはあの時の二の舞だ。
ラグは止めどなく湧き上がり続ける怒りを逃すために、握った拳に力を入れた。爪が掌の皮膚に食い込み血が滲んだ。
相手に分からないように大きく深呼吸をした。
そうすることによって、ラグに少し考える余裕ができた。
しかし・・・、こんなことをしてまでどうして俺に案件を引き受けさせたいのだろう。
何か理由があるはずだ。
冷静さを取り戻し始めたラグは逆にそれが気になった。
「わかった。話を聞こう」
『ラグさんが、物分かりのいいヒトでよかった』
ラグは男の次のペースにはまらないように、再び大きく深呼吸をした。
『闘獣の違法賭博グループの大規模な摘発のことはご存知ですか』
「ああ、お前が活躍したそうだな」
『これはこれは。わたしのことまで気にかけていただいているとは』
「早く仕事内容を言え」
『事件のことをご存知なら、話が早い。実は摘発した闘獣グループのアジトの洞窟に1匹だけ闘獣が残っていまして。厄介なことにそいつはかなり獰猛なキメラで、しかも星間狂犬病(Cosmic Rabies)に感染しています。我々には少々荷が重すぎますので、それをあなたにハンドガンで頭部を狙って仕留めて頂きたいのです。24時間以内に・・・』
星間狂犬病はあらゆる哺乳類に感染する人獣共通感染症で、感染した動物は凶暴性を増し目の前のものにやたらと攻撃をするようになる。おそらく、闘獣の凶暴性を増し戦闘を有利にするために故意に使われたのではないかと考えられた。そして感染した動物は、最後には中枢神経が侵され痙攣を繰り返したのちに100%死亡する。
人への感染に関してはすぐに抗体を注射すれば問題となることはなかった。しかし、感染した動物の凶暴性に伴う身体能力の増加はとても厄介で、人がまともに相手が出来るようなものではなかった。
「星間狂犬病に感染しているのなら、そのまま隔離しておけば1週間ほどで死ぬだろうが」
『あら、あら、24時間以内にと言ったのが聞こえなかったですか』
また、クククと癇に障る笑い声がした。
「それが俺に出来るかどうか、賭けでもしているのか」
『とんでもない。わたしたちはそんな法を犯すような真似はしないですよ』
「よく言う」
『ラグ・フィーマーさんのエクタとしての腕を見込んでのご依頼です』
ここまでの話では、依頼の裏にある理由が何もわからなかった。
「少し考えさせてくれ」
『あら? 24時間の時間制限のことは考慮なさった方がいいかと。あ、そうでしたか。ヒミコさんのことが気になるのですね。心配いりませんよ。ラグさんに何かありましたら、すぐにこちらで保護させていただきますから』
再び怒りが湧き上がった。
こちらの動きによっては、どんな手を使ってでも保護という名のもとにヒミコを拉致することは目に見えていた。
男の過去の行いは、ラグがそれを確信するには十分だった。
「どこに行けばいい」
『ありがとうございます。今、座標をお送りしますね』
端末がすぐに反応して位置情報が表示された。
それはヘラ恒星系第2惑星、プロンタルを示していた。
「こんなところにアジトがあったのか」
プロンタルはラグが以前に暮らしていた星だった。
「今のこちらの位置からだと3時間ほどかかるぞ」
『あなたの腕前なら、倒すのにそんなに時間は必要ないでしょう。了解しました。プロンタルに着いたところでわたしの位置をお送りします。あ、そうそう。このことはくれぐれもご内密にお願いしますね。可愛いヒミコさんのためにも』
再びクククという下品な笑い声が聞こえた。
『この度は、わたしの依頼を引き受けていただいたことに感謝いたします』
そこで通信が切れた。
ラグはすぐに寝室に向かった。
ドアの前で呼吸を落ち着かせ、ゆっくりとドアを開く。
ベッドには小さな寝息を立てるヒミコがいた。
安心したように部屋を出ると、すぐにブリッジへ向かう。
その間にもラグは考えていた。男の腹の内を。
最も不可解なのが、オーダーの縛りだった。
時間制限。ハンドガンの使用。
それにヒミコまで利用しようとしていること。
ラグへの嫌がらせというだけでは到底納得できなかった。
「絶対に何かある」
ブリッジに着いたラグは、自分の端末をラヴリーフェマリスに繋ぎ、そこから特秘回線でマーヴェットを呼び出した。
『どうしたの? こんな回線で』
すぐにマーヴェットが出た。
「すまない。寝てたか?」
『お子ちゃまじゃないんだから、まだ寝ないよ。一杯呑んでた』
「実は調べて欲しいことがあるんだ」
ラグはまず先程の男とのやりとりを話した。
話を聞くうちに、マーヴェットにも過去の忌々しい出来事が浮かんできたようだった。
『また、あのクソヤロウがラグを嵌めようとしているなんて。きっとあの時みたいにあなたを出世の道具にしようと考えているのよ。どこまで腐ってるの』
マーヴェットの声には怒りが滲んでいた。
氷がグラスに当たる音がする。マーヴェットが大きくグラスを傾け一口飲んだようだった。
『でも、不自然な縛りには絶対に何かありそう』
「すまんが、どこか潜って調べてくれないか」
『絶対調べる。任せて。少し時間頂戴ね』
そこで通信が切れた。
とりあえず、プロンタルに向かわなくてはいけない。到着までには数回のバブルドライブが必要だろう。
ラグは星間ナビに、まずヘラ恒星系の座標を入力した。




