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第四話 前編 暗黒皇帝、動きだす

昼休みの騒動から二時間。


僕は保健室の扉を静かに開けた。


「失礼します」


「陰山くん、また来たの?」


柔らかな声とともに、白衣姿の女性が振り返る。


藤原梨花先生。


二十九歳。


挿絵(By みてみん)



耳が隠れるくらいの短い黒髪は、丸みのあるシルエットで綺麗に整えられていた


穏やかな笑顔と大人びた雰囲気から、男子生徒の間では『保健室の女神』と呼ばれている。


「今日はどこ?」


常連を迎えるような口調に、僕は苦笑した。


「えっと……頬です」


「今日は頬ね」


その一言が胸に小さく刺さる。


先生は慣れた手つきで消毒液を取り出した。


「座って」


ガーゼが傷口に触れる。


「痛い?」


「……大丈夫です」


「嘘」


先生は優しく笑う。


「痛い時の陰山くん、左眉が少しだけ上がるから」


(そんな癖あるんだ……)


『見抜かれておるな』


(静かにして)


先生はカルテを開いた。


「擦り傷、打撲、突き指、肋骨の打撲、鼻血……」


「今年だけでも、結構来てるね」


僕は目を逸らす。


「毎回『転びました』って言うけど」


「この傷が転んでできたものじゃないことくらい、先生にも分かるよ」


それ以上は聞かなかった。


代わりに新しいガーゼを貼り、乱れた前髪をそっと整える。


それから静かにカルテを閉じた。


「陰山くん」


「先生ね」


「怪我より先に、目を見るようにしてるの」


僕は黙る。


「今日の目は」


「もう『助けて』って目じゃない」


「少しだけ」


「前を向こうとしてる目」


胸の奥が熱くなる。


返事はできなかった。


『……』


(皇帝?)


『この女』


『人を見る目を持っておる』


「はい、消毒終わり」


養護教諭がガーゼを貼り終える。


「今日は無理しないようにね」


「ありがとうございます」


頬はまだ少し熱い。


拳を何発かもらったせいで、身体中がじんじんしていた。


それでも。


朝より気持ちはずっと軽かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ベッドの上でウトウトしていたら、皇帝の声が

不意に頭に響く


『……戦いを知らぬな』


(え?)


『力ではない。』


『貴様は戦い方を知らぬ。』


皇帝がため息をつく。


『あの程度の敵に、あれだけ殴られるとは』


(いやいやいや! 相手、格闘技やってるんだけど!)


『だからどうした』


(僕はふつうの高校生です)


『拳は見えておった』


(見えてても身体が動かないんだよ!)


『修練不足だ』


皇帝は容赦なく切り捨てた。


『避けられぬなら、受け流せ』


『受け流せぬなら、崩せ』


『崩せぬなら、先に心を折れ』


(そんな言うのは簡単だけど、やるのは簡単じゃあないよ)


『だから修行をする』


(修行?)


『魔力とは筋肉と同じ』


『使わねば育たぬ』


(……つまり魔法の特訓?)


『無論』


『貴様には最低限、余の魔力を扱える器になってもらう』


(学校終わってから部活みたいに?)


『部活ではない』


『暗黒皇帝魔導学である』


(絶対文字どおりブラックだ……)


その時だった。


コンコン。


保健室の扉がノックされた。


「失礼します」


聞き覚えのある声だった。


桜井さん。


養護教諭が笑う。


「どうぞ」


藤原先生は二人を見比べ、ふっと微笑んだ。


「良かった」


「今日は一人じゃないんだね」


その一言だけで、僕も桜井さんも照れてしまう。


『くく……俗物よ。青春であるな』


(違うから)


桜井さんは僕を見るなり、少し安心したように笑った。


「陰山君」


「大丈夫?」


「う、うん。このくらいなら」


「良かった」


その一言だけで胸の奥が少し温かくなる。


桜井さんは小さく頭を下げた。


「今日は……ありがとう」


「私をかばってくれた」


「違うよ。桜井さんも助けてくれたじゃないか」


「明日、土曜日で学校休みでしょ?お礼したいの」


「よかったらいっしょにご飯行かない?」


頭の中が止まった。


(……え?)


『行け』


(いや待って)


『何度も言わせるな。行け』


『女が誘うた。受けねば男の恥である』


桜井さんが困ったように笑う。


「陰山君って、たくさん食べそうだから。遠慮しないでね」


(たくさん食べそうってどういう意味!?)


『褒め言葉だ』


『皇帝なら十人前は食う』


「ありがとう。じゃあ……お願いしようかな」


「うん!じゃあまた詳しい事はメッセージ送るね」


桜井さんは、小さく手を振ると、笑顔のまま保健室をあとにした。


その笑顔を見た瞬間。


『ほう器が大きい女だ』


(それは認める)


『しかも気遣いができる』


(うん)


『逃がすな』


(何を!?)


『皇后候補としては上々だ』


(話が飛びすぎーー!!)


近くにいた藤原先生は僕をみてふっと微笑んでカルテを閉じた。


「詳しい話はまた後日、先生方も交えて聞くから」


「今日はもう帰っていいよ」


「はい」


僕は保健室を出た。


校門まで歩く。


夕方の風が少し心地いい。


(今日は疲れたなぁ)


『何を言う』


『これより本番だ』


(え?)


『行くぞ』


(どこへ?)


『こんびにだ』


(……は?)


『未知を知らずして、征服は成らぬ』


(いやコンビニだから!)


『征服とは視察から始まる』


(繰り返すけどコンビニだから!)


『急げ、シュウ。兵站基地を視察する』


僕は空を見上げ、大きくため息をついた。


「……なんでこんなボロボロになった日に、コンビニを征服しなきゃいけないんだよ」


『皇帝だからだ』


その一言だけで、なぜか少し笑ってしまった。


僕は夕焼けに染まる商店街へ歩き出す。


目指すは、暗黒皇帝ヴァルガイアにとって未知なる要塞。


コンビニエンスストア。

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