↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
52/61

第二十五話 前編 暗黒皇帝、湯浴みもままならず

 客室へ案内されてから、僕はしばらく座布団の上で動けずにいた。


 庭に面した障子は少し開いていて、夜風が畳の匂いを運んでくる。虫の声を聞いていると、京都まで来たことをようやく実感できた。


 できれば、胃の中にあるものは実感したくなかった。


『……ふむ。食事は済んだか』


 頭の中へ響いた声に、僕は湯呑みを置いた。


(済んだよ。たった今、人生で一番大変な食事が)


『飯を食うだけで何を大袈裟なことを言っておる』


(じゃあ、次は絶対に代わってね)


『何故、食後になってから不満を申す。余は貴様に任せたはずだ』


(任せ方が雑すぎるんだよ!)


 あの食卓を思い返しかけて、僕は慌ててやめた。せっかく薄れてきた後味まで、はっきり思い出したくない。


 ところが、皇帝はふいに声の調子を変えた。


『……いや、待て。魔力が戻っておるな』


(え?)


 言われて初めて、自分の身体へ意識を向けた。


 戦いのあと、立ち上がるだけでも重かった手足から、鉛のような怠さが抜けている。腹の底には、食べ過ぎの苦しさとは別の、じんわりした温かさがあった。それが呼吸に合わせて、胸へ、指先へと広がっていく。


 底をさらった器へ、少しずつ水が満ちていくような感じだった。


『腹に収めたものから、まだ力が流れ込んでくる。尋常な食材ではないな』


(あの料理から?)


『それだけではない。眼の奥も確かめてみよ』


 僕は湯呑みの縁へ視線を合わせ、それから庭の飛び石を見た。


 食事を始める前には、目を動かすたび、奥を細い針で刺されるような痛みがあった。皇帝が《魔皇眼》を使ったあとに残ったものだ。


 今は、その痛みがない。


(……まだ少し違和感はあるけど、さっきと全然違う)


『魔力の補充と、傷んだ箇所の修復が同時に進んでおる。眼の負担まで癒やすとは、あの女、食事に何を仕込んだ』


 助かった。間違いなく、助かったのだけれど、そう聞いても、もう一皿食べたいとは思えなかった。


『……俗物よ。貴様、何を食った』


(知りたい?)


『いや、その顔で尋ねるな。今はよい』


 頭の中にいるくせに、顔まで分かるらしい。


 そこへ、廊下から控えめな声がかかった。


「陰山様。お風呂の支度が調いましたえ」


 巳香さんと巳魅さんだった。


 僕は重いお腹を庇いながら立ち上がる。二人にはもう皇帝のふりをする必要がない。それだけで、さっきまでよりずっと気が楽だった。


     ◇


 渡り廊下を進んだ先には、小さな脱衣所があった。


「こちらは、宗主と私どもが使うお風呂どす」


 巳香さんが籠へ置いたのは、着替えの浴衣と、厚手の大きなバスタオルだった。


「このタオルを巻いて、お入りになっておくれやす」


「ありがとうございます」


 そういう決まりなのだろう。僕は深く考えずに頷いた。


 二人が退出したあと、手前の洗い場で身体を洗い、タオルを巻き直して奥の戸を開ける。


 思わず、足が止まった。


 夜の庭に、湯気が白くほどけていた。大きな岩を組んだ湯船の向こうには竹垣があり、灯りに照らされた楓の枝が、その上へ伸びている。屋根の切れたところから見える月が、揺れる湯面へ細い光を落としていた。


 露天風呂なんて、家族旅行で四国へ行ったとき以来かもしれない。あのときも、こんなふうに外の風が冷たかった気がする。


『ほう。悪くない』


(こういうお風呂、皇帝の世界にもあったの?)


『宮殿にも浴場はあったが、ここまで外へ開いてはおらぬ。湯に浸かって空を眺めるのも、たまにはよいな』


 僕は岩へ手をつき、ゆっくり湯へ入った。熱すぎないお湯が足から腰へ上がり、肩まで浸かると、張り詰めていた身体がようやく緩む。


 今日は、本当に色々あった。


 京都へ着いて、部屋へ閉じ込められそうになって、脱出して、みづちさんと戦って。龍二の呪針の話を聞きに来たはずが、ご馳走をいただいたうえ、皇帝の物真似までしてしまった。


 せめて今くらいは、何も考えずに休もう。


 そう思って目を閉じたところで、戸が開く音がした。


「陰山様。ご一緒しても、よろしおすか?」


 振り返ると、巳香さんと巳魅さんがいた。


 服装が、さっきと違う。


 二人とも僕と同じように大きなタオルを巻き、長い髪をまとめている。普段は揃って見える二人なのに、巳香さんは髪を高めに、巳魅さんは低い位置で結んでいた。


挿絵(By みてみん)


「え、あの……ここ、一緒に入るお風呂なんですか?」


「はい。お気が進まへんようでしたら、私どもはあとにしますえ」


 二人は入口で止まったまま、僕の返事を待っている。


 嫌なわけではなかった。ただ、綺麗な年上の女性と一緒にお風呂へ入るなんて、まったく予想していなかったのだ。


 心の準備ができていません、と説明するにも、うまく声が出ない。二人を立たせたままにしておくのも申し訳なくて、僕は何とか頷いた。


「い、いえ。大丈夫です」


「ありがとうございます」


 揃って会釈した二人が、岩場を回ってくる。静かな糸目も、きちんと揃った足取りも、精巧な人形が歩き出したようだった。


 僕は反射的に横へずれ、二人分の場所を空ける。さらにもう少し動いたところで、背中が別の岩へぶつかった。


『隣を空けるだけなのに、対岸まで退く奴がいるか』


(距離感が分からないんだよ!)


『湯船の端まで使わねば測れぬほど、難解な距離か』


 僕の動きを見ていた巳魅さんが、わずかに首を傾げた。


「そこまで離れはったら、お話ししにくうなってしまいます」


「す、すみません」


 謝りながら戻ると、今度はどこまで戻ればいいのか分からない。結局、巳香さんが腰を下ろしたところに合わせて、僕も岩へ背を預けた。


 湯面の波が、三人の間でゆっくり重なる。


「お背中、流しましょか」


 巳香さんが、戸の向こうの洗い場へ目を向けた。


「え? いや――悪いですよ」


「肩のあたり、まだ強張ってはります。手ぇ回すん、しんどうおへん?」


 巳魅さんに言われて腕を動かすと、肩甲骨の間が突っ張った。手足の怠さは抜けても、戦いで力の入ったところは、まだ完全には緩んでいないらしい。


『世話になるなら、素直に頼めばよかろう』


(そう簡単に言わないでよ)


 結局、僕は二人と一緒に洗い場へ戻った。椅子へ腰を下ろすと、巳香さんが洗い布を泡立て、巳魅さんが手桶へ湯を汲む。二人とも、浴室を案内してくれたときと同じ、淡々とした顔だった。


「力加減、きつかったら言うておくれやす」


「は、はい」


 背中へ布が当たり、自分では届きにくいところをゆっくり通っていく。肩の間を撫でられ、思わず背筋が伸びた。


「痛みます?」


「違います。ちょっと、慣れてなくて」


「ほな、もう少しゆっくりにしましょ」


 変に意識しているのが僕だけだと分かって、ますます落ち着かない。


 お礼を言うタイミングを考えていると、背後から二人の声が重なった。


「陰山様」


「はいっ」


「お湯、かけますえ。前へ少し倒れておくれやす」


 慌てて頷いた拍子に、自分の膝へ額をぶつけかけた。


『湯をかけられるだけで、何故そうまで忙しい』


(今、話しかけないで!)


 背中から泡が流れていく。温かな湯に息をついたところで、巳魅さんが手桶を置いた。


「もうよろしおす」


「……ありがとうございました」


 何もしていないのに、妙に緊張した。


 タオルを整えて立ち上がると、二人は今度は並んで椅子へ座り、まとめていた髪をほどき始めた。


「すぐ戻りますさかい、先に温まってておくれやす」


 そう言われたのに、僕はすぐには動けなかった。


 巳香さんは手早く泡を立て、巳魅さんは長い髪を指で梳きながら、丁寧に洗っている。髪が顔から離れると、すっと通った鼻筋も、静かに結ばれた唇も、よく似ていることが改めて分かった。いつもの細い目元には、どこか心の和む柔らかさがある。


 巳香さんが額の泡を拭う隣で、巳魅さんは湯に顔を少し上向けた。同じ顔なのに、何気ない仕草ひとつで違って見えるのが不思議だった。


 二人とも綺麗だな、と思ったところで、僕は慌てて戸へ向き直った。


 ただ髪を洗っているだけなのに、僕ばかりが落ち着かなくなっている。


 先に湯船へ戻り、今度は端の岩へぶつからないように腰を下ろした。ほどなく髪をまとめ直した二人も戻ってきて、先ほどと同じ場所へ静かに収まった。


     ◇


「お腹の具合は、もう落ち着きはりました?」


 巳香さんが尋ねた。


「はい。あんなに食べたの、久しぶりだったので」


「無理させてしもて、堪忍してください」


「二人が謝ることじゃないですよ」


 僕が答えると、巳香さんは湯面を見つめた。


「宗主は強いお方です。せやけど、傷つかへんわけやありませんので」


 隣の巳魅さんも、静かに頷く。


「せっかく作らはったもんを、怖がって手ぇもつけんと帰らはる方もいてはって……今日は、ほんまに嬉しそうにしてはりました」


 料理を食べ終えたときのみづちさんを思い出す。胸の前で手を叩いて、ひとつも残っていない皿を何度も見ていた。


「でも、僕、嘘をついちゃったので」


 口に出してみると、さっきまで以上に気になった。


「皇帝が食べたと思って、喜んでるんですよね?」


「今のところは、そう思うてはります」


 巳香さんは、曖昧に誤魔化さず答えた。


「ちゃんと話した方がいいですよね」


「お伝えになるんやったら、陰山様のお言葉で。私どもから、勝手に申し上げるようなことはしませんえ」


 責められるより、その言い方の方が胸に残った。


 黙り込んだ僕へ、巳魅さんが顔を向ける。


「せやけど、陰山様が頑張ってくださったことまで、嘘にはならしまへん」


 僕は思わず彼女を見た。


「私どもは、ちゃんと存じてますさかい」


 口元は、いつもと変わらない。ただ、言い終える直前の声が、ほんの少し柔らかくなった。


 急に、何と返せばいいのか分からなくなった。


『礼を言われておる。湯に返事をするな』


(ちゃんと聞いてるよ!)


『ならば顔を上げよ。先ほどまで余の真似をしておった胆力は、どこへ消えた』


(あれは、逃げ場がなかったから!)


 顔を上げると、巳香さんもこちらを向いていた。


「ここでは、いつもの陰山様でいておくれやす」


 その言葉が、妙に嬉しかった。


 皇帝だから歓迎されている。そう思っていた場所で、僕自身にもいていい場所ができたような気がした。


「……ありがとうございます」


 やっと答えると、二人は同じ角度で小さく頷いた。


 お湯が、さっきより熱く感じられた。


     ◇


「陰山様。もう、私どもの見分けはつきはります?」


 しばらくして、巳魅さんが尋ねた。


「今日は髪型が違うので、たぶん」


「ほな、いつもの髪型やったら?」


「……声も、少し違いますよね」


 二人がこちらを向いた。間違えたかと思い、僕は慌てて続ける。


「声の高さは、ほとんど同じなんです。でも、巳香さんは声がすっと出て、巳魅さんは、最初にほんの少し息が混じる感じで」


 言い終えると、巳香さんが静かに僕を呼んだ。


「陰山様」


 澄んだ声が、言葉と同時に届く。


「陰山様」


 続いて巳魅さん。同じ高さなのに、声の輪郭が立つ前に、かすかな息の音があった。


「……今の、です」


 僕が頷くと、二人は顔を見合わせた。どちらも笑ってはいない。ただ、もう一度こちらへ顔を戻したときには、続きを待っているのだと分かった。


「あと、巳香さんは『様』の最後まで音がはっきりしていて、そこで静かに止まる。巳魅さんは、最後の音がちょっとだけ息に変わるんです。伸ばしてるわけじゃないんですけど」


「ほかにも、あります?」


「質問のとき、巳香さんは言葉を言い切ってから待つ感じで。巳魅さんは、最後の音を少しだけ上げる。気にして聞いてなかったら、分からないくらいですけど」


 説明してから、僕はしまったと思った。こんなに細かく聞いていたと言ったら、気持ち悪いと思われるかもしれない。


「……すみません。勝手に、色々」


「なんで謝らはるんどす?」


 巳香さんは、少し間を置いて尋ねた。


「顔で分からへんいう方は、よういてはりますけど」


 巳魅さんが、指先を湯へ沈める。


「声をそこまで聞き分けてくださる方は、あんまりいてはりません」


「嬉しおす。私の声として、覚えてくださって」


 巳香さんの顔は、やっぱり変わらない。それでも、「嬉しおす」の前に置かれた小さな間が、いつもより丁寧に言葉を選んだように聞こえた。


「ほな、髪型が同じでも、間違えんといておくれやす」


 巳魅さんの声は、最後だけ僅かに上がった。


「が、頑張ります」


『何故、見分けられると言った直後に自信を失う』


(期待されると、急に不安になるんだよ!)


 巳香さんが小さく頷いた。


「次にお呼びするときが、楽しみどすね」


「いきなり試さないでくださいね……」


『識別に成功したのだ。何故そこで敗者のように俯く』


(勝ち負けの話じゃないからね!?)


 戸が開いたのは、そのときだった。


「まあ。いつもは口数の少ないあんたらが、今日はよう喋ること。何ぞ、ええことでもあったん?」


 みづちさんが立っていた。


 薄紫の着物ではなく、二人と同じ大きなタオル姿だった。

 胸元で重ねられた白いタオルは、胸のふくらみに沿ってゆるやかな曲線を描いていた。布の縁から谷間がわずかに覗いていたが、みづちは気にする様子もなく、肩にかかった黒髪を後ろへ払った。


 長い黒髪はほどかれ、肩の後ろへ流れている。簪も房飾りもないせいか、戦っていたときとも、食卓で笑っていたときとも違う人に見えた。


挿絵(By みてみん)


「陰山様が、よう聞いてくださいますさかい」


 巳香さんが、いつもと変わらない顔で答えた。


「つい、お話ししてしもたんどす」


 巳魅さんも静かに言葉を継ぐ。その声の終わりだけが、ほんの少し柔らかかった。


「……へえ。そら、よかったこと」


 みづちさんは二人を見比べ、それから僕へ意味ありげに微笑んだ。


 思わず、声をかけるのも忘れて見入ってしまった。


 髪を下ろしただけで、こんなに変わるものなのか。いつもの人をからかうような笑みまで、今は妙に優しく見える。


 綺麗な人だということは、最初から分かっていた。ただ、さっきまでは彼女が笑うたび、何を企んでいるのかと身構えていたのに、今はその笑顔をもう少し見ていたいと思ってしまう。


「皇帝はん?」


 首を傾げられ、僕は慌てて我に返った。


「あ、いえ。今は、僕です」


「陰山はんに戻ってはったんやね。お邪魔してもええ?」


「はい、大丈夫です」


 みづちさんは足元を確かめながら湯へ入り、僕たちの向かいへ腰を下ろした。


「皇帝はんは、またお休み?」


「起きてます。さっきから、ずっと」


『余の所在を逐一報告するな』


(隠す理由もないでしょ)


「ほな、少し代わってもろてもええやろか。お礼、ちゃんと言いたくて」


 食事のことだ。


 胸の奥が、また重くなった。


 今、言うべきかもしれない。あれは皇帝ではなく、僕だったのだと。


 けれど、言葉を選んでいる間に、みづちさんは笑った。


「さっき、ほんまに嬉しかったんよ」


 その顔を見て、僕はまた言いそびれた。


(皇帝。少しだけ、代わって)


『また余のふりをすればよかろう』


(今度はちゃんと、本人が話してよ)


 返事が、少し遅れた。


『……仕方のない奴だ』


     ◇


 湯へ預けていた背中を起こし、余は息を吐いた。


 温かな湯と、夜の冷気。満腹の重さこそ残っておるが、枯れかけていた魔力は、身体の隅々へ行き渡り始めていた。


 指先へ、ごく僅かな魔力を集める。先ほどまで乱れていた流れが、今は細く、途切れずに収束した。


 眼の奥も静かだ。《魔皇眼》を開いて確かめるような愚行はせぬが、修復が進んでいることは、術を使わずとも分かる。


 向かいの女が、こちらを見た。


 目が合った瞬間、その顔つきが変わる。


「……皇帝はん」


「何だ。呼びつけておいて、黙るでない」


「ふふ。ほんま、すぐ分かるわ」


『食事のときは分かってなかったけどね……』


 俗物の小声を、余は聞かなかったことにした。


 双子はわずかに姿勢を正した。顔は先ほどと変わらぬが、余へ向ける気配は、客人を迎えるものへ戻っておる。


「お料理、お口に合ったようでよかったわ」


 みづちが言う。


「うちの作ったもん、あない綺麗に召し上がってもろたん、初めてやもの」


 余は返事をする前に、内へ問いかけた。


(俗物。何を言った)


『美味しいって……』


(それだけか)


『魔力が回復する、とか』


 余は目を閉じた。


 こやつ、適当なことを言ったのであろうに、肝心なところだけは当たっておる。


「魔力が戻ったというのは、事実だ」


 みづちの顔が、ぱっと明るくなった。


「そやろ? ちゃんとお身体に合うように拵えたんやもの」


「《魔皇眼》の負担で傷めた眼まで癒えておる。何を用いた」


「食材だけやのうて、出汁にも手ぇかけたんよ。傷んだとこへ滋養が届くようになぁ」


 単に力を多く含ませればよいというものではない。消耗した身体へ取り込ませ、必要な箇所へ巡らせる。その加減を、あの献立で成したというわけか。


「……見事な働きだ」


 女が、嬉しそうに頬を緩めた。


『そこは僕も、本当に助かってる』


(ならば、食った甲斐はあったな)


『だからって、次も僕に任せないでよ』


「ほな、また作らせてもらうね。今度は、もっと滋養のつくものを」


 余は目を開けた。


「待て。次の献立まで決めるな」


「あら。遠慮せんでええのに」


(俗物。余が寝ている間に、次の宴まで取りつけるな)


『約束はしてないって!』


(では何故、開催が決まりかけておる)


『喜んでもらっただけだよ!』


 みづちは余の沈黙をどう受け取ったのか、ますます嬉しそうにしておる。


「皇帝はん、向こうでは、さぞモテはったんやろねぇ」


『そこ、僕も気になる』


(貴様は黙っておれ)


「余に近づこうとする者なら、いくらでもいた」


「女の人も?」


「無論だ」


「まあ。そこは否定しはらへんのね」


「事実を曲げてどうする」


 みづちは口元へ手を添えた。


「ほな、どんなお人が好みなん?」


「余に近づく者の話と、余の好みは別だ」


「そやから、今度はそっちを聞いてるんよ」


 妙なところで、言葉を逃さぬ女である。


 余が黙ると、みづちは勝手に候補を挙げ始めた。


「綺麗なお人? 大人しいお人? それとも、皇帝はんにも負けへんくらい、気ぃの強いお人やろか」


「顔を飾り、機嫌を窺うだけの者には興味がない」


「ほな、逆らうてもええの?」


「己の考えがあるなら申せばよい。だが、無意味に逆らうことを気骨とは呼ばぬ」


 みづちが、少し首を傾げた。


「皇帝はんが怖うても、言いたいことはちゃんと言えるお人?」


「己の足で立ち、己の言葉を持つ者であれば、話を聞く価値はある」


「……ふうん」


 女は何やら考えておる。


『今の、女性の好みというより、部下の採用基準じゃない?』


(人を見る目を、相手によって変える必要がどこにある)


『そういうところだよ……』


「ほな、お料理を作って待ってるだけではあかんのやねぇ」


 みづちの声に、余は目を戻した。


「貴様は、待っておるだけの女ではあるまい」


 女の指が止まった。


「余へ術を仕掛け、刃を向けた者が、今さら何を言う」


「……そういうこと、よう覚えてはるんやね」


「忘れる方が難しい」


 みづちは顔を背けて笑った。何がそれほど愉快なのか、余には分からぬ。


 しばらくは、湯の流れ込む音だけが聞こえていた。


 みづちが、庭の向こうへ目を向けたまま口を開く。


「なあ、皇帝はんのいた世界って、どんなところなん?」


「どんな、とは」


「うちらの世界とは、ずいぶん違うんやろ? うちみたいなんも、普通に歩いてたりするん?」


「貴様のように厄介な女が、そう何人もいては困る」


「まあ。うちは種族の話をしてるんよ」


『そこは僕も、種族の話だと思った』


 内から余計な相槌が入った。


「人間だけの世界ではない。エルフも、ドワーフも、獣人もおる。魔族もな」


『……本当にいるんだ』


 俗物の声が変わった。


 先ほどまで女どもを前に狼狽していたくせに、こういう話になると途端に食いつきがよい。


『エルフって、やっぱり耳が長くて、魔法が得意で……?』


(耳は長い。魔法の得手不得手は、そやつによる)


『じゃあ、ドワーフは鍛冶が得意?』


(優れた職人は多い。だが、種族を聞けば、そやつのすべてが分かると思うな)


『あ……うん。そうだね』


 珍しく素直な返事であった。


 余は、みづちへ視線を戻す。


「それらが同じ街に住み、商いをし、働いておった。少なくとも、余の帝国ではな」


「喧嘩にはならへんの?」


「なる」


 みづちが、こちらを見る。


「人間同士でも争うであろう。耳の形を揃えたところで、諍いが消えるものか」


「そら、そうやねぇ」


「ゆえに法がある。相手の種族で裁きを変えては、法を置く意味がない」


 余は、湯の中で手を開いた。


「帝国民である以上、種族や生まれによって権利に差はつけぬ。古き家柄を誇る貴族であろうと、この原則を踏みにじることは許さん」


「皇帝はんが、そう決めはったん?」


「他に誰がおる」


『そこ、普通に「そうだ」でよくない?』


 みづちは口元を緩めたが、すぐには言葉を返さなかった。


「……こっちでは、蛇いうだけで嫌がられることもあるさかい。ちょっと、不思議やわ」


「蛇であることと、忌むべき者であることは別だ」


「皇帝はんは、そう思わはるんやね」


「当然であろう。貴様の厄介なところは、蛇であることではない」


「せっかく、ええこと言うてくれはったのに」


『最後の一言、我慢できなかったんだね……』


 みづちは笑った。その笑みが落ち着いたところで、今度は少し身を乗り出す。


「その帝国は、親御さんから継がはったん?」


「父から継いだのは王国だ。帝国は、余が築いた」


「王国を、帝国に?」


「グランツライヒ王国。人間と亜人が暮らす、魔導と魔法の研究に秀でた国であった。魔族の国に隣接し、その侵攻を食い止める拠点でもあったがな」


「そこで、お生まれになったんやね」


「うむ。王族として生まれ、学院で魔導を学んだ」


『皇帝も、学校に通ってたんだ』


(余を何だと思っておる)


『いや、最初から玉座に座ってそうだから』


(十四で六大属性を極めた頃には、教師どもも教えることに窮しておったがな)


『通ってたって聞いて親近感が湧いたのに、すぐ遠くへ行っちゃった……』


 余に親近感など抱かれても困るわ。


 頭の中の声を無視していると、みづちが首を傾げた。


「せやけど、お父上の国を、そのまま継ぐんではあかんかったん?」


 余は、庭へ目を向けた。


「……父は、戦で死んだ」


 みづちの表情が静まった。


「魔族と、我が身を守るために父を売った王族どもの策によってな」


 湯口から落ちる水が、小さく跳ねた。


「賢王であった。しかし国を守るために戦い、その国に守られてきた者どもに裏切られた」


 父を讃えていた口が、その死をもっともらしく悼んでおった。古き血筋を誇る連中ほど、己の血を流すことは嫌がったものだ。


「王家の血だの、由緒ある家柄だの。連中が縋っておったものが、どれほど薄っぺらか、よく分かった」


「……その方らは?」


「裏切りに加担した王族は、皆殺しにした」


 みづちは目を逸らさなかった。余も、それ以上は飾らなかった。


「その後、十八で初代皇帝に即位した。父を売った者どものために、古き王国の形を残してやる義理はない」


『十八で、皇帝に……』


 俗物が言いかけ、黙った。


 みづちは、しばらくしてから尋ねる。


「魔族の国にも、攻め入らはったん?」


「魔王を討ち、その国を征した」


「お父上の仇を取るために?」


「初めはな」


 余は、湯面へ落ちた月の光を見た。


「だが、それでやめる気にはならなんだ。人間であるというだけで亜人を見下す者もおれば、魔族であるというだけで人間を劣等とする者もおる。己がたまたま持って生まれたものを誇り、持たぬ者を踏みつける」


「それを、なくしたかったん?」


「種族も、生まれも、そやつ自身が成したことではない。それだけで、生き方まで決められてよいはずがなかろう」


 みづちは、余の顔をじっと見つめていた。


「せやから、世界を一つにしようと?」


「うむ」


「……ずいぶん、大きなことを考えはるんやね」


「考えただけではない。聖王国を除く諸国は、余の旗の下へ従えた」


『規模がおかしいんだよ……』


 みづちが、ふっと息を漏らした。


「従えられた王様らには、さぞ恨まれはったやろ」


「恨まれたとも。余の法の下では、血筋だけで他者の上に立つことはできぬからな」


「戦で、大事な人を亡くした者もおったんと違う?」


 余は、女へ視線を戻した。


 媚びるための問いではなかった。責めるためでもあるまい。ただ、余が何と答えるかを待っておる。


「おったであろうな」


「それでも、進まはった」


「そうだ。余は大陸を戦へ巻き込んだ。それを、法ひとつで帳消しにできるとは思わぬ」


 みづちは、黙って聞いていた。


「だが、余の征服が血を流したからとて、征した土地で差別を許してよい理由にもならぬ。奪って終わるのであれば、余が壊した王どもと何が違う」


 女が、ゆっくり頷く。


「綺麗なことだけ、言わはるんやないのね」


「貴様に気に入られるため、己の戦を語っておるわけではない」


「うん。そういうところも、聞きたかったんよ」


 みづちの声は穏やかだった。俗物も、今度は何も言わなかった。


 女が湯の中で姿勢を直すのを待って、余は続けた。


「帝国では、種族を問わず人を用いた。能力と、帝国を支える意志があるならばな」


「魔族でも?」


「無論だ」


「……お父上を討った相手と、同じ種族でも?」


「父を討った者と、同じ種族に生まれた者は違う」


 みづちが、小さく息を吸った。


「そこを一緒にしては、余自身が種族で罪を決めることになる」


「……ほんまに、徹底してはるんやね」


「アンデッドであろうと、話が通じ、任を果たすなら用いる」


『ちょっと待って。今、すごいのが混ざった』


(何だ)


『アンデッドって、死んでるんだよね?』


(それがどうした)


『採用条件に、生きてることが入ってないんだ……』


(生きていても、話の通じぬ奴はおる)


『それは、そうだけど!』


 余の口元が動いたのを見て、みづちが笑った。


「陰山はん、何か言うてはる?」


「死者を用いることに驚いておる」


「ふふ。皇帝はんの国は、うちらが思うより、ずっと賑やかそうやね」


「少なくとも、退屈な国ではなかった」


「そんな国を築いたのに、暗黒皇帝、なん?」


 余は、鼻を鳴らした。


「人間至上を掲げる聖王国から見れば、下賤と蔑む者どもと肩を並べて暮らすなど、暗黒へ堕ちた所業なのだそうだ」


『……それが、呼び名の由来?』


「随分な言われようやね」


「連中の定める光の側へ立つために、帝国民を足蹴にせねばならぬというなら、暗黒で結構」


 みづちは一瞬きょとんとし、それから声を立てずに笑った。


「皇帝はんに似合うわ」


「暗黒がか?」


「自分で決めはるところが」


 女はそう答え、湯へ浮かべていた指先を引いた。


 少し考えるような間を置いて、みづちは尋ねた。


「国を築かはった頃から、ずっとお一人で決めてこられたん?」


「何の話だ」


「国を築くんも、法を決めるんも。皇帝はんのお話、何でも『余が』やさかい」


「無論、臣下はおった」


「家族は?」


 余は、すぐには答えなかった。


 女の問いに、深い意図はあるまい。


「……弟が、一人いる」


「弟さんが、いはるんやね。歳は近いの?」


「八つほど離れておる」


「ほな、小さい頃は、ずいぶん可愛がらはったんと違う?」


「手はかかった」


 みづちの目元が和らいだ。


「魔導の研究中であろうと、書を読んでおろうと、構わず『兄上』と呼びに来る。何を見つけても、まず余に見せねば気が済まぬ奴であった」


「ちゃんと、見てあげはったん?」


「見ぬと、いつまでも帰らぬのでな」


『……追い返さなかったんだ』


 俗物が、ぽつりと言った。余は答えなかった。


「弟さんも、魔法を?」


「余が教えた」


「ほな、お兄さんで、お師匠さんでもあるんや」


「魔導の才に恵まれておった。一つ教えれば、そこから別の使い道を考え始める。余が示した手順より、よい方法があるのではないかとな」


「皇帝はんに、そんなこと言わはるん?」


「言うだけならば容易い。ゆえに、やってみせよと命じた」


「できはった?」


「……時にはな」


 みづちは、嬉しそうに笑った。


「自慢の弟さんなんやね」


 湯の音が、やけにはっきり聞こえた。


 あの日、余を捕らえた銀と紫の光が脳裏をかすめる。余を兄上と呼ぶ声は、いつから変わったのであったか。


 否。変わってなど、おらなんだのかもしれぬ。


「皇帝はん?」


 余は、顔を上げた。


 みづちは、先ほどと同じ場所に座っていた。何かを察したようではあったが、続きを催促することはしなかった。


「……よくできた弟ではあった」


 それ以上は、言わなかった。内からも声はない。


 しばらくして、みづちが静かに口を開いた。


「皇帝はんにも、誰かにお兄さんて呼ばれてた頃があったんやね」


「今も兄であることに変わりはない」


 思いのほか、早く言葉が出た。


 みづちは瞬きをし、それから小さく頷いた。


「……そうやね」


 余は庭の向こうへ目を向けた。夜風が楓の枝を揺らし、こちらの月は、何も知らぬ顔で湯面に浮かんでおった。


     ◇


「……せやけど、そこまで大きな国を築かはったのに」


 少しして、みづちが口を開いた。


「なんで、こっちの世界へ来はったん?」


 余は、女を見た。


「国を離れて、よかったん? 皇帝はんがおらへんかったら、困る人もようけいはるやろ」


 もっともな問いであった。


 余の語る帝国には、玉座があり、臣下がおり、従えた民がおる。それを治める者が、何故、異界の片隅で他人の身体に宿っているのか。


 ここまで聞けば、尋ねぬ方が不自然であろう。


「望んで来たわけではない」


 みづちの表情が引き締まった。


 余は湯から片手を上げ、見下ろした。この太い指も、短い爪も、本来の余のものではない。


「余は、配下の者どもに反旗を翻された」


 内にいる俗物が、息を詰めた。


「肉体を封じられ、精神だけを異界へ放逐されたのだ。その果てに辿り着いたのが、この世界であり――こやつであった」


 俗物が余の記憶を夢に見たことは、以前にも聞いておる。


 だが、余自身の口から、あの場で何が起きたのかを語るのは、これが初めてであった。


『……夢で見た、あの人たちだね』


(そうだ)


『皇帝と、一緒に戦ってきた人たちだったんだ』


(背を預けるに足る者どもであった。少なくとも、余はそう認めておった)


 俗物は、それ以上尋ねなかった。


「……信じてはった方らに?」


 みづちが尋ねる。


「ともに戦い、国を築いてきた者どもだ」


「理由は、聞かはったん?」


「奴らには、奴らの言い分があった」


 余は、上げていた手を湯へ戻した。指先から広がった波が、月の光を崩していく。


「だが、余の覇道を阻み、玉座から引きずり下ろした。その事実は変わらぬ」


 あのとき、奴らが口にした言葉を忘れたわけではない。己の目と耳で、改めて確かめねばならぬこともある。


 しかし、それをここで語る気にはなれなんだ。


「戻って、仕返しをしはるの?」


「償いはさせる」


 答えに迷いはなかった。だが、それだけでもなかった。


「余の覇道は、まだ道半ばだ」


 みづちが、静かに顔を上げる。


「幾多の国を征したとて、旗を立てれば帝国が完成するわけではない。法を定めただけで、人の考えまで変えられるものか」


 古き王家の名を頼りに、再び他者の上へ立とうとする者はおる。表向きは余の法に従いながら、余が消える日を待ち望んでいた者も。


 余が押さえつけていたものが、その後、どう動いたのか。この世界からでは、確かめる術すらない。


「種族も生まれも問わぬと、余が定めた。その法を信じ、帝国民となった者どもがおる」


 余は、みづちへ向き直った。


「余が消えたから、あとは知らぬでは済まされぬ」


 女は黙って聞いていた。


「ゆえに、元の世界へ戻る。身体を取り戻し、己の玉座へ帰る。余の留守をもって、勝手に終わりにされてたまるか」


『……身体を取り戻すだけじゃ、ないんだね』


 俗物が、ぽつりと言った。


(何だ)


『皇帝が、元の世界へ帰りたい理由』


 余は答えず、湯面へ目を落とした。


『まだ途中なんだ。帝国も、皇帝が作ろうとしてた世界も』


(そう申しておろう)


『……うん』


 いつもなら何か言い返してくる俗物が、今度は素直に頷いた。


 みづちは一度だけ目を伏せた。湯の流れる音が、二人の間を埋める。


「ほな、帰らなあかんね」


「無論だ」


「皇帝はんが戻るんを、待ってる人もいはるやろし」


 余は、すぐには答えなかった。


 反旗を翻した者どもの顔ではなく、帝都の街並みが脳裏をよぎった。同じ通りを行き交う、異なる種族の民。余の定めた法の下で、日々を営んでいた者どもだ。


「……余が戻る場所だ。誰に明け渡す気もない」


 みづちは、小さく頷いた。


「帰る方法は、もう見つかってはるん?」


「まだだ」


「ほな、そこからやね」


 容易く戻れるとも、己が戻してやるとも言わなかった。ただ、余が帰らねばならぬことを、そのまま受け止めておった。


「うちに分かることやったら、聞いてな。皇帝はんの世界のことは知らんけど、こっちのことやったら、少しはお役に立てるかもしれへん」


「……覚えておこう」


 そう答えると、女の目元が和らいだ。


「元の世界に帰らはる前に、話の続きも聞かせて」


「まだ足りぬか」


「帝国の街のことも、そこで暮らす人のことも。聞いてへんこと、ようけあるもの」


 みづちは、少しだけ笑った。


「皇帝はんが帰りたい国を、もうちょっと知りたいんよ」


 余は女を見た。先ほど、好みを尋ねてきたときのような、からかう響きはなかった。


「……長くなるぞ」


「うん」


 みづちは頷き、岩へゆっくり背を預けた。


 余も、それ以上は何も言わなかった。内にいる俗物も黙ったまま、庭の向こうへ意識を向けておる。


 湯面で崩れていた月が、いつしか元の形を取り戻していた。


 夜風がひときわ冷たく吹き抜けたところで、余は静かに息を吐いた。


(少し休む。身体は返すぞ)


『……うん』


 今度は抗議もなかった。余は岩へ背を預けたまま、こやつへ身体を明け渡した。


     ◇


 身体の感覚が戻ると、僕はゆっくり息を吐いた。


 湯の温かさも、頬へ当たる夜風も、さっきまでと変わらない。それなのに、今聞いた帝国や皇帝の話が、まだ頭の中を巡っていた。


 夢で見た光景は知っていた。皇帝が追い詰められ、僕の中へ来ることになったのだということも。


 けれど、その向こうに国があって、そこで暮らす人たちがいて、皇帝が今も続きをやろうとしていることまでは、ちゃんと考えたことがなかった。


「……陰山はん?」


 みづちさんに呼ばれ、僕は顔を上げた。


「はい。皇帝、少し休むって」


「そか」


 みづちさんは頷き、それ以上、皇帝を呼ぼうとはしなかった。


 双子も黙っている。隣へ目を向けると、巳香さんは僕へわずかに顔を向け、巳魅さんも小さく頷いた。何か話さなければと思ったけれど、今は言葉がうまくまとまらなかった。


 みづちさんは、湯船の向こうの竹垣を見つめていた。楓の枝が揺れるたび、葉の間から覗く月が隠れたり、現れたりする。


 僕も同じ方を見ながら、まだ見たことのない街を想像した。


 耳の長い人も、獣の姿を持つ人も、同じ道を歩いている。皇帝が帰ろうとしているのは、そんな人たちの暮らす国なのだ。


 隣の静けさも、向かいの人の沈黙も、不思議と気まずくはなかった。


 みづちさんが一度、指先で湯面に触れた。それから顔を上げそっとつぶやく。


「皇帝はんの世界にいっしょに行きたいわぁ」


 今度の声には、返事を引き出そうとする調子がなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。