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第十五話 後編 暗黒皇帝、死線をくぐらせる

正面には五匹のオーク。


いや正確には四匹と一匹+一頭。


豚を思わせる醜悪な顔。


分厚い筋肉。


人間より一回りどころか、二回りは大きな身体。


その巨体を包む鉄鎧が、闘技場へ差し込む光を鈍く反射している。


一番前。


巨大な盾と大剣を構えているのが、オーク・ナイト。


その隣には、太い腕で大戦斧を担ぐオーク・ファイター。


外周では巨大な魔狼に跨ったオーク・ライダーが槍を構え、こちらを窺っていた。


さらに後方。


杖の先に赤黒い光をまとわせるオーク・メイジ。


骨飾りのついた白木の杖を握るオーク・プリースト。


完成されたパーティだった。


挿絵(By みてみん)


「……いやいやいや」


僕は一歩、後ろへ下がった。


「さっきゴブリン三匹だったよね?」


『そうだな』


遥か上。


皇帝専用の観覧席。


豪奢な玉座へ頬杖をついた皇帝は、楽しそうにこちらを見下ろしている。


「なんで次が五匹なの?」


『三より五の方が多いからだ』


「そこ聞いてない!」


『安心せよ』


「その言葉、今日一回も僕を安心させてないから!」


皇帝の口元が吊り上がった。


『こやつらは、先ほどのゴブリンどもより強い』


「安心要素どこぉぉぉぉぉぉ!!」


僕の叫び声だけが、誰もいないはずの観客席へ何重にも反響した。


だけど叫んでいても始まらない。


僕は震える手を握った。


コボルトには勝った。


ゴブリン三匹にも勝った。


《疾駆〈シュトゥルム・ラウフ〉》。


《剛拳〈クラフト・ファウスト〉》。


《障壁〈バリエーレ〉》。


《魔弾〈マギー・ゲショス〉》。


《剛爪〈クラフト・クラウエ〉》。


それに。


《深淵恐慌〈アプグルント・シュレッケン〉》。


昨日までの僕なら、どれ一つ使えなかった。


だったら。


「……やれる」


声に出してみる。


自信なんてない。


言葉にしなければ、足が勝手に後ろへ逃げそうだっただけだ。


『ほう』


「な、何?」


『少し前までコボルト一匹を見て震えておった俗物が、随分と威勢よくなったものだと思ってな』


「僕だって成長するんだよ」


『ならば見せてみよ』


皇帝が指を鳴らした。


乾いた音が広い闘技場へ響いた。


次の瞬間、オーク・ライダーが動いた。


「速っ!?」


巨大な魔狼が石床を蹴り、一気に加速する。


爪が石を削り、白い破片が飛び散った。


槍。


真正面。


「《疾駆》!」


脚へ魔力を巡らせ、横へ跳ぶ。


短槍が僕の制服の袖を掠めた。


風圧。


肌が粟立つ。


でも避けた。


「よし!」


その瞬間、視界が暗くなった。


「え?」


目の前に。


巨大な盾。


オーク・ナイト。


「うそっ!」


いつの間に。


考える暇なんてない。


「《障壁〈バリエーレ〉》!」


魔力を生み出す。


巡らせる。


正面へ集中。


透明な壁が形成された直後。


オーク・ナイトの盾が激突した。


ドンッ!!


「ぐっ……!」


両足が地面を削る。


障壁が軋みひびが走った。


それでも止まった。


「いける……!」


『前だけを見るな、愚か者』


「え?」


風が鳴った。


横。


オーク・ファイター。


巨大な戦斧。


「まっ……」


回避できなかった。


刃ではなく、斧の腹が僕の脇腹へ叩き込まれる。


ぐしゃり。


身体の中から。


嫌な音がした。


「がっ……!」


痛い。


いや。


痛いなんて言葉じゃ足りない。


肋骨がまとめて折れ、その奥まで押し潰される。


何がどうなったかなんて分からない。


ただ、身体の中身が本来ある場所からずれた。


その感覚だけははっきり分かった。


身体が吹き飛ぶ。


地面。


空。


観覧席。


石床。


何度も視界が回転し、最後に背中から叩きつけられた。


「っ……ぁ……」


息が吸えない。


口を開いても喉がひゅうひゅう鳴るだけ。


口の端から温かいものが流れた。


血。


「う……そ……」


自分の脇腹へ触れる。


形がおかしい。


あり得ない方向へ凹んでいる。


その向こう。


オーク・プリーストが杖を振った。


淡い光が、ファイターとナイトを包む。


「強化……?」


後方。


オーク・メイジの杖の先へ赤黒い光が集まり始めた。


まずい《障壁》を出さないと。


「バ……リ……」


声にならない。


魔力を集めないと.....


赤黒い炎が僕の視界いっぱいに広がった。


熱い。


皮膚が焼けた。


服が燃えた。


鼻の奥へ、自分自身が焼ける臭いが入り込んだ。


喉を開いたはずなのに叫び声さえ出なかった。


♢ ♢ ♢


「っはぁ!!」


身体が跳ねた。


「はぁっ……! はぁっ……!」


僕は自分の身体を何度も触った。


脇腹。


ある。


凹んでいない。


肋骨。


折れてない。


胸。


息が吸える。


腕。


脚。


全部ある。


「……生きてる」


声が震えた。


『当然であろう』


皇帝の声に僕は観覧席を見上げた。


「今……僕……」


『死んだ』


皇帝は何でもないことのように答えた。


『一度目だ』


「……一度目?」


その言い方に嫌な予感がした。


でも質問する暇はなかった。


背後。


石床を踏み鳴らす音。


振り返る。


オーク・ナイト。


大剣を振り上げている。


「えっ」


待って。


今、復活したばっかりなのに。


「ちょっ、待っ……!」


大剣が落ちてくる。


頭のてっぺんへ。


ごっ。


音がした。


不思議だった。


外から聞こえた音じゃない。


自分の頭蓋骨が割れる音を僕は頭の内側から聞いた。


固いものが砕けその隙間へ鉄の塊が入り込んでくる。


一瞬。


視界が真っ赤になった。


頬へ、生温かいものが飛び散る。


血。


それだけじゃない。


考えたくないのに自分の頭から飛び散ったものだと分かってしまった。


そして世界が消えた。


♢ ♢ ♢


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


気づけば僕は頭を抱えていた。


「いやだ! いやだいやだいやだ!!」


爪を立てるように髪を掻きむしる。


頭はある。


割れていない。


分かっている。


分かっているのに。


「取って! これ……取ってよ!」


顔を何度も擦った。


何もついていない。


血も。


脳漿も。


何も。


それでも頬には残っている。


生温かい感触。


鼻の奥には鉄のような血の臭い。


頭の中には大剣が頭蓋骨を割って入り込んできた、あの感触。


「うっ……おえっ……!」


胃がひっくり返る。


吐こうとしても何も出ない。


「はぁっ……はぁっ……!」


呼吸ができない。


胸が苦しい。


心臓が速い。


手が震える。


視界が狭くなる。


頭では理解している。


ここは精神世界。


死んでも復活できる。


なのに身体が「死んだ」と覚えている。


「……むり」


声が漏れた。


「無理だよ……」


『立て』


「無理だって!!」


叫んだ。


自分でも驚くほど。


「今、頭割られたんだよ!?」


皇帝は答えない。


「痛かったんだよ! 死んだんだよ!?」


『そうだ』


「そうだ、じゃないよ!」


『だが貴様は今、生きておる』


「そういう問題じゃない!!」


拳を地面へ叩きつける。


涙が出た。


怖い。


ただ怖い。


コボルトに殴られるのも怖かった。


ゴブリンに斬られるのも怖かった。


でも今までとは違う。


死んだ。


それも二回、死んだ。


「……こんなの何回もやったら」


喉が震える。


「僕……おかしくなるよ……」


皇帝の目から笑みが消えた。


『なるやもしれぬな』


「……え?」


『精神世界で肉体が滅びても、現実の身体は死なぬ』


皇帝が自分のこめかみへ指を当てる。


『だが、ここは別だ』


「……心?」


『死の痛み。恐怖。絶望。それらに精神が耐えられなければ、壊れる』


「壊れるって……」


『廃人になるやもしれぬ』


一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


「…………」


皇帝の言葉を咀嚼して


「先に言ってよぉぉぉぉぉ!!」


と叫んだ。


皇帝は鼻を鳴らす。


『言えば貴様は挑んだか?』


「挑まないよ!!」


『であろうな』


「納得するな!」


『ならば結果は同じだ』


「違うよ!」


頭を抱える。


本当にこの男は人の心というものを何だと思ってるんだ。


いや皇帝だからそういうものなのかもしれない。


『死とは本来そういうものだ』


低い声。


さっきまでとは違った。


からかう調子ではない。


『痛みを知る。恐怖を知る。そして、それでもなお身体を動かせる者だけが戦場に残る』


「…………」


『死を恐れぬ者など戦士ではない。ただの愚か者よ』


「……皇帝も?」


『何だ』


「皇帝も……死ぬの、怖かった?」


少し間があった。


『当然であろう』


意外すぎて。


僕は瞬きをした。


「怖いんだ……」


『貴様は余を何だと思っておる』


「傲慢で、自信過剰で、性格最悪で、死とか怖くなさそうな魔法オタク」


『次は縦に割ってやろうか』


「やめて!」


反射的に頭を押さえた。


その瞬間。


またあの感触が蘇った。


大剣。


頭蓋骨。


生温かいもの。


「…………」


吐き気。


手が震える。


ダメだ。


考えたらまた頭がおかしくなりそうになる。


帰りたい。


布団に潜りたい。


母さんの顔が見たい。


もう戦いたくない。


『ならば帰れ』


「……え?」


顔を上げる。


皇帝は玉座から僕を見下ろしていた。


『余は止めぬ』


「…………」


『現実へ戻り、布団に潜り、母親に飯でも作ってもらえ』


「……それは」


『そして一月後』


皇帝の紫の瞳が細くなる。


『防人どもに言えばよい』


嫌な予感。


『死ぬのが怖かったので逃げました、とな』


「……ずるい」


『何がだ』


「その言い方……ずるいよ」


『知らぬ』


皇帝は頬杖をついた。


『決めるのは貴様だ』


またこれだ。


この皇帝は。


命令する。


罵倒する。


勝手に修行を決める。


なのに最後の一歩だけは絶対に僕の代わりに踏み出さない。


僕は拳を握った。


父さん。


妹のメイ。


まだ死國のどこかにいるかもしれない。


僕の助けを待っているかもしれない。


そして一か月後。


防人の隊長たちと戦う。


今のままじゃ絶対に勝てない。


「…………」


足を動かす。


膝が笑っている。


力が入らない。


それでも立った。


『ほう』


「……もう一回」


『聞こえぬな』


「もう一回やる!」


皇帝の口元がわずかに上がった。


『ならば構えよ』


「その前に一個だけ!」


『何だ』


「頭はやめて!」


『敵に頼め』


「だよね!」


五匹のオークが再び武器を構えた。


怖い。


怖い。


死ぬほど怖い。


いやもう二回死んでる。


だけど僕は一歩前へ出た。


     ◇


それから何度も死んだ。


三度目。


オーク・ライダーの槍に胸を貫かれた。


四度目。


メイジの炎を避けた先で、ファイターの戦斧に首を刎ねられた。


五度目。


プリーストを狙ってナイトの脇を抜けた瞬間、大盾で壁へ押し潰された。


六度目。


《障壁》で大剣を止めた。


勝ったと思った。


その直後、ライダーの魔狼に喉を噛み裂かれた。


七度目。


ライダーを落とした。


初めて一匹倒した。


嬉しかった。


だから油断した。


メイジの赤黒い魔法が腹を貫いた。


死ぬたびに戻った。


傷一つない身体で。


だけど死んだ記憶だけは消えなかった。


八度目。


立てなかった。


「…………」


膝が動かない。


目の前には五匹のオーク。


皇帝が止めているのだろう。


襲ってこない。


そのことが逆に怖い。


立てばまた始まる。


また斬られる。


焼かれる。


潰される。


「……無理」


頭の中で今までの死が一斉に蘇る。


斧。


炎。


大剣。


牙。


槍。


血。


痛い。


怖い。


死にたくない。


「……帰りたい」


ぽつりと声が出た。


「もう……帰りたい……」


皇帝は何も言わなかった。


だから余計に悔しかった。


「……くそ」


膝を叩く。


「動けよ……」


怖くなくなる必要なんてない。


皇帝も言った。


怖くていい。


だったら怖いまま立てばいい。


僕はゆっくり立ち上がった。


『……よかろう』


その一言だけ。


九度目。


僕は戦い方を変えた。


勝とうとするのをやめた。


まず見る。


誰がどこにいるか。


誰が何を狙っているか。


オーク・ライダー。


外周。


メイジ。


後方。


プリースト。


中央後ろ。


前衛。


ナイトとファイター。


「…………」


狼が走る。


槍。


今度は避けない。


右手。


人差し指に魔力を集める。


撃つのはライダーじゃない。


「《魔弾〈マギー・ゲショス〉》!」


石床。


狼の足元。


爆ぜる。


魔狼が反射的に進路を変える。


「今!」


《疾駆》。


横へ。


オーク・ナイトの巨体を。


壁にする。


ライダーから僕が消える。


一瞬。


狼が僕を見失った。


その瞬間。


「《魔弾》!」


指先。


肩。


命中。


オーク・ライダーが。


狼の背から転げ落ちる。


一匹。


でも見ない。


次。


ナイト。


ファイター。


メイジ。


プリースト。


『ようやく数を数えるのをやめたか』


「うるさい!」


ファイターが大戦斧を振り上げる。


僕は息を吸った。


怖い。


その恐怖を消さない。


集める。


変換する。


「《深淵より来たれ、我が恐怖よ。その魂を喰らい、心を闇へ沈めよ》」


黒い魔力。


狙うのはナイトじゃない。


ファイター。


「《深淵恐慌〈アプグルント・シュレッケン〉》!」


巨大な身体が一瞬、固まる。


この一瞬でいい。


《疾駆》。


ナイトが大剣を振る。


「《障壁》!」


正面。


激突。


障壁にひび。


でも止めなくていい。


剣の軌道をほんの少し外へ逸らす。


大剣が肩のすぐ横を通り過ぎる。


「うあああああっ!」


怖い。


それでも前へ。


プリースト。


杖。


間に合わない。


「《剛拳〈クラフト・ファウスト〉》!」


拳。


腹。


重い感触。


オーク・プリーストの巨体が後方へ吹き飛んだ。


二匹。


いや数えるな。


赤黒い光。


メイジ。


右手。


人差し指。


照準。


「《魔弾》!」


一発目外れる。


「くそ!」


二発目。


杖に命中。


魔力が乱れる。


三発目。


胸。


オーク・メイジが倒れた。


残るのは。


ナイト。


ファイター。


そして。


十度目。


十一度目。


十二度目。


死んだ。


十三度目。


僕は最後まで立っていた。


♢ ♢ ♢     


「……勝った」


声が自分でも信じられないほど小さかった。


足元に五匹のオーク。


全員が倒れている。


「僕……勝った……」


『十三度目でな』


「そこ言わなくていいよ!」


『十二度死んだ事実は消えぬ』


「余韻ってものを知らないの!?」


でも笑った。


怖かった。


最後まで怖かった。


死ぬことに慣れたわけじゃない。


むしろ前より怖い。


死ぬ痛みを知ってしまったから。


でも怖くても戦える。


ほんの少しそれを身体が覚え始めていた。


皇帝が玉座から立ち上がる。


『休め』


「……え?」


耳を疑った。


「今……休めって言った?」


『何だ』


「皇帝が?」


『十三度目を追加するぞ』


「休みます!」


即答。


その場へ大の字になる。


石床の冷たさが背中に気持ちいい。


精神世界でも疲れる。


魔力も心も。


それらを回復するため僕は眠る。


眠れば魔力は戻る精神の疲労もある程度は薄れていく。


だけど死んだ記憶は消えない。


目を閉じる。


一瞬。


頭へ。


大剣。


「…………」


目を開けた。


『俗物』


「……なに」


『眠れ』


「でも……」


『恐怖を消そうとするな』


皇帝の声が静かに落ちてくる。


『それも貴様の一部だ』


「…………」


『眠れ。明日は今日より厄介な敵を用意してやろう。』


「最後の一言で全部台無しだよ……」


だけど少しだけ眠れそうだった。


 ♢ ♢  ♢


そこから僕の毎日は変わった。


戦う。


負ける。


考える。


また戦う。


魔力が尽きれば眠る。


精神が擦り切れそうになれば眠る。


オークたちの次に現れたのは魔狼の群れだった。


一匹が正面で唸り、こちらの注意を引く。


その間に左右と後方へ回り込み、死角から一斉に飛びかかってくる。


「……囲まれてる」


『気づくのが遅い』


「今気づいたからいいでしょ!」


最初は背後から肩を噛み裂かれた。


次は横。


その次は、正面の一匹に気を取られた瞬間に喉を持っていかれた。


何度も死ぬうちに、僕が見るものは一匹一匹の魔狼から、群れ全体の流れへと変わっていった。


囮はどれか。


本命はどこから来るのか。


そしてある時、正面の魔狼を見たまま、背後へ《障壁》を展開する。


鈍い衝撃。


「……できた」


『まだ一匹漏れておるぞ』


「え?」


横から牙。


「ぎゃあああああ!」


……まだ全然だった。


結局。


魔狼の群れを安定して捌けるようになるまで。


僕は十五回、死んだ。


『オークより増えておるな』


「数えなくていいから!」


『己の成長を記録してやっておるのだ。感謝せよ』


「死亡記録で成長を測らないでよ!」


それでも。


十六度目。


初めて、最後の一匹まで視界から外さなかった。



次は、数匹のハーピー。


人の女に似た上半身に翼、脚には鋭い鉤爪。頭上を円を描くように旋回し、狙いを定めては急降下してくる。


「飛ぶの反則じゃない!?」


『誰がそのような規則を決めた』


「僕!」


『却下だ』


《魔弾》を撃つ。


外れる。


また外れる。


『十二発中一発とは見事だな』


「褒めてないよね!?」


『当然だ』


でも、撃ち続けるうちに分かった。


狙うのは、今いる場所じゃない。


翼の角度。速度。旋回。


次に来る場所。


「……ここ!」


指先から放った《魔弾》へ、ハーピーの方から飛び込んできた。


命中。


墜落。


「当たった!」


『ようやく猿でも気づくことに気づいたか』


「一回くらい普通に褒めてよ!」


『嫌だ』


「即答!?」


八回。


ハーピーに殺された回数だ。


多い。


多いはずなのに。


十三度目までかかったオークや、十五回死んだ魔狼を思えば。


少なく感じてしまう自分が。


ちょっと嫌だった。



その次は、毒。


ジャイアントトード。


ジャイアントヴァイパー。


ジャイアントスラッグ。


三匹を見た瞬間、僕は心の底から思った。


「……全部触りたくない」


『安心せよ』


「嫌な予感しかしない」


『触れれば分かる』


分かった。


トードの毒液は皮膚を焼き、ヴァイパーは骨を軋ませたうえで毒牙を突き立てる。遅いからと油断したスラッグの粘液は、靴底ごと足を焼いた。


「うわぁぁぁぁ!!」


『足元を見よ』


「先に言ってよ!!」


『敵が毒を持っていますと名札でも付けてほしいのか』


「そういうゲームもあるよ!」


『甘やかしておるな、げぇむとやらは』


この三匹から嫌でも覚えたのは、間合いだった。


《魔弾》で近づかせない。


《障壁》で進路を切る。


《疾駆》で距離を保つ。


それでも倒せなければ踏み込み、《剛爪》で斬って、すぐ離れる。


いつしか、技と技の境目が薄れていた。


脚へ魔力を巡らせた次の瞬間には拳へ。


背後の気配を感じれば、振り返るより先に《障壁》。


考えてから使うのではなく、必要な場所へ必要な魔力が流れていく。


毒で死んだのは十一回。


焼かれ。


噛まれ。


溶かされ。


それでも最後には、三匹のどれにも触れさせずに倒せるようになった。


『ようやく始まったか』


「何が?」


『戦闘だ』


「今までの何だったの!?」


『死体製造だな』


「僕の!?」


『他に誰がおる』


「酷すぎる!」


皇帝は、愉快そうに笑った。



♢ ♢ ♢     


次に現れたのは死者だった。


カラ、カラ、カラ。


乾いた音とともに、錆びた剣を持つスケルトン。

その後ろから腐った肉を引きずるゾンビ。

そして最後に、青白く透けた人影が石床の上を滑ってくる。


「……幽霊までいるんだけど」


『ゴーストだ』


「名前の問題じゃないよ!」


皇帝が指を鳴らす。


スケルトンが走った。


「速っ!?」


錆びた剣を《疾駆》でかわし、そのまま懐へ。


「《剛拳》!」


肋骨が砕け、白い骨が散らばった。


「よし!」


足首に。


がぶり。


「痛っ!?」


上半身だけになったスケルトンが噛みついている。


『頭が残っておるぞ』


「骨に急所とかないの!?」


『貴様の常識を敵に押しつけるな』


背後からゾンビ。


「ゾンビなら……頭!」


人差し指を額へ向ける。


「《魔弾〈マギー・ゲショス〉》!」


直撃。


ぼんっ。


腐った頭部の上半分が吹き飛んだ。


「よし!」


それでも。


ゾンビは止まらない。


「……え?」


半分になった頭のまま。


腕を伸ばしてくる。


「ホラー映画みたいに頭が弱点じゃないの!?」


『貴様の世界の創作物を、異世界の死者に押しつけるな』


「正論だけど今言わないで!」


『敵を知りもせず、知ったつもりになるからそうなる』


「ぐっ……!」


何も言い返せない。


というかそんなことより。


「頭半分ないのに来てるぅぅぅ!!」


さらに青白い影。


ゴーストが音もなく滑ってくる。


「《剛拳〈クラフト・ファウスト〉》!」


拳そのものは、ゴーストの顔をすり抜ける。


だが拳を覆う魔力は違った。


バシュッ!


まとわせた魔力が幽体を弾き飛ばす。


「効いた!?」


『拳ではない。まとわせた魔力が幽体へ干渉したのだ』


「じゃあ倒せる!」


再び踏み込もうとしてゴーストが消えた。


「え?」


背後。


冷たい腕が僕の胸をすり抜ける。


「がっ……!」


身体の内側から熱が奪われ。


視界が暗転した。


     ◇


一度。


三度。


五度。


死ぬたびに、今までの常識を一つずつ捨てた。


そして九度目。


ようやく分かった。


スケルトンは骨格そのものを砕く。


ゾンビは痛みも恐怖も無視する。


ゴーストには魔力を介した攻撃しか通じない。


だったら相手によって、攻撃手段を変える。


右手の人差し指をゴーストへ。


「《魔弾》!」


魔力の弾丸が青白い胸を撃ち抜いた。


今度は、すり抜けない。


「……効いた」


『当然だ』


「だったら最初に教えてよ!」


『今は分かったであろう』


「教育方針が命懸けすぎるよ!」


十度目。


三種類の死者を、初めて一度も攻撃させずに沈めた。


強い技を使えば勝てるわけじゃない。


敵が違えば戦い方も変わる。


     ◇


次はオーガ。


「……でか」


三メートルはありそうな赤褐色の巨体。

岩みたいな筋肉に、僕の胴より太い棍棒。


振り下ろされた一撃を《障壁》で受ける。


ドンッ!!


「うわっ!?」


障壁は壊れていない。


なのに僕は障壁ごと吹き飛ばされた。


『力を受け止めることだけが防御ではない』


「……だったら」


次の一撃。


《障壁》を斜めに展開する。


棍棒が透明な壁を滑り、横の石床を粉砕した。


「……逸らせた」


『ようやく盾と壁の違いが分かったか』


そこへ辿り着くまで棍棒に潰されること、八回。


九度目で初めてオーガの一撃は僕を捉えなかった。


止めるだけが守ることじゃない。


     ◇


次はトロール。


灰緑色の腹を《剛爪》で斬り裂く。


深い。


勝った。


そう思った。


「……え?」


傷口が蠢き肉が盛り上がり塞がった。


「反則じゃない!


『誰が再生してはならぬと決めた』


「僕!」


『却下だ』


「また!?」


腕を折っても。


腹を裂いても。


傷が塞がる。


なら再生する暇を与えない。


《魔弾》。


《疾駆》。


《剛拳》。


体勢を崩したところへ。


《剛爪》。


一撃で終わらせようとせず、技を切らさない。


六回。


倒したと思って背を向け。


再生した腕に掴まれ何度も殺された。


そして七度目。


最後の一撃で巨体が沈んだ。


今度は起き上がらない。


『ようやく技を並べるのをやめたか』


少し前まで《剛拳》の次は何を使う。


そんなふうに一つずつ考えていた。


今は違う。


必要な技が次の技へ繋がり始めていた。


     ◇


次に響いたのは蹄の音。


一頭。


二頭。


三頭。


人間の上半身と馬の下半身。


ケンタウロス。


手には弓。


背には槍。


「また弓……?」


ゴブリン・アーチャーを思い出した。


でもまるで違う。


止まらない。


闘技場を高速で駆けながら、次々に矢を射てくる。


《魔弾》を撃つ。


外れる。


矢が頬を掠めた。


「くっ……!」


《障壁》で次の矢を弾き、《疾駆》で一気に距離を詰める。


「今!」


ケンタウロスが弓を捨てた。


背から槍。


「うそっ!?」


穂先を《障壁》で弾き、後ろへ跳ぶ。


「近づいたら槍!?」


『弓兵が近接戦をせぬとでも思ったか』


「ゴブリン・アーチャーはしてこなかったよ!」


『だから何だ』


「基準がない!」


また矢。


避ける。


次。


避ける。


でも矢を見ていたら遅い。


「……射手」


見るのは。


弓を引く腕。


肩の向き。


鏃。


放す指。


矢が放たれる。


その前に。


《疾駆》。


一歩。


横へ。


直後、さっきまで額があった場所を矢が通り抜けた。


「……見えた」


『矢を見てから避ける者は、いつか射抜かれる』


なら見るのは矢じゃない射手だ。


一頭目。


二頭目。


三頭目。


弓を構えるより先に僕は動き始めた。


それでもケンタウロスには十回、殺された。


十一度目の戦いを終え。


僕は石床へ仰向けに倒れる。


「……なんで、こいつらだけまた増えてるの……」


『相性というものを学べ、俗物』


「相性で十回も死にたくないよ……」


『ならば次は九回にせよ』


「基準が死亡回数なのやめて!」


皇帝は鼻で笑った。


でも矢を見ていた頃の僕と射手を見るようになった僕では見えているものが、まるで違っていた。


♢  ♢ ♢


最後に現れたのは岩だった。


「……ストーンゴーレム?」


僕の倍近い巨体。

積み重なった岩の隙間から、淡い赤色の光が漏れている。


「硬そう……」


『試せ』


《魔弾》。


肩の岩が砕ける。


《疾駆》で懐へ入り、《剛拳》。


腹が陥没。


さらに《剛爪》で片腕を落とした。


「いける!」


ゴロ。


足元の石が動いた。


「……え?」


砕けた破片がゴーレムへ吸い寄せられる。


肩。


腹。


腕。


すべてが組み上がり元に戻った。


「こいつも再生するんだけど!?」


『喚く暇があるなら観察せよ。再生とて、無から生じているわけではあるまい


何度壊しても。


戻る。


腕。


脚。


頭。


胸。


全部。


「なんで……!」


『考えよ』


「考えてるよ!」


『ならば足りぬ』


皇帝は答えをくれない。


また拳が来る。


《障壁》で逸らす。


その時、胸の奥で赤い光が瞬いた。


「……あれ?」


もう一度、今度は意識して《魔眼》で見る。


ゴーレムは攻撃を受けるたび、無意識に胸の中央を庇っている。


だったら《魔弾》で肩を砕く。


《疾駆》。


側面へ。


《剛拳》で体勢を崩す。


胸を覆う岩がずれた。


赤い光。


今。


「《魔弾〈マギー・ゲショス〉》!」


直撃。


ぱきん。


小さな音。


ゴーレムが止まった。


次の瞬間、巨体が崩れ落ちる。


石の雨が闘技場へ降り注いだ。


今度は戻らない。


「……核」


砕けた赤い結晶を見る。


五回。


ストーンゴーレムに潰された回数。


六度目で。


僕は初めて、皇帝に答えを聞かずに攻略法へ辿り着いた。


「最初から、あれを壊さないとダメだったんだ」


『ようやく気づいたか』


「知ってたなら教えてよ」


『教えれば貴様は、あれほど敵を見たか?』


「…………」


たぶん見なかった。


核を壊せと言われたら核だけを探した。


『敵を倒す方法を探すな』


皇帝の声が、高い観覧席から静かに落ちてくる。


『まず敵を知れ』


僕は崩れたゴーレムを見つめた。


その言葉が妙に頭に残った。


♢ ♢ ♢     


もちろん現実世界の僕がずっと眠り続けていられるわけじゃない。


だから僕は、一つの決断をした。


一度、精神世界から帰還した時の朝食の時、


「母さん、ちょっといい?」


「ん?」


「……学校のことなんだけど」


僕は母さんに一か月だけ学校を休ませてほしいと頼んだ。


「……一か月?」


母さんの手が止まった。


夕食の湯気がテーブルの上で。


ゆっくり揺れている。


「何するの?」


「……ちょっと」


「ちょっとで一か月学校休む人いる?」


「いないと思う」


「じゃあ何?」


当然そうなる。


精神世界で異世界の暗黒皇帝に。


三年近く鍛えてもらいます。


なんて言えるわけがない。


僕は何度も頭を下げた。


どうしてもやらなきゃいけないことがある。


一か月だけ。


それが終わったらちゃんと学校へ戻る。


母さんは最後まで納得していなかった。


それでも、僕がここまで何かを頼むのは珍しかったからだろう。


何度も理由を聞かれた末、最後には大きくため息をついて、渋々頷いてくれた。


学校への連絡も、担任と相談しながら母さんがしてくれることになった。


もちろん、戻った後に授業へ追いつくのは僕自身の仕事だけど。


そして精神世界での修行が始まってからも現実の身体を放っておけるわけじゃない。


精神世界でどれだけ時間を伸ばしても現実の肉体が食事なしで生きられるわけじゃない。


だから時々、戻り目を覚ます。


最初に感じるのはいつも空腹。


「……腹、減った……」


ベッドを這い出る。


階段。


台所。


冷蔵庫。


「ご飯!」


母さんが驚いた顔をする。


「また?」


「また!」


「この前もすごい量食べたでしょ」


「足りない!」


米。


肉。


卵。


味噌汁。


作り置き。


目につくものを片っ端から口へ放り込む。


『貴様、随分と食うな』


「誰のせいだと思ってるんだよ……」


『貴様、兵糧庫を空にする気か』


「誰のせいだと思ってるんだよ!」


水を飲み風呂に入り少しだけ母さんと話す。


そしてまた布団へ戻る。


現実ではまだ数日。


でも僕にとってはすでに何か月も過ぎていた。


母さんの顔を見るたび不思議な感覚になった。


母さんにとっては毎日、顔を見る息子。


だけど僕にとってはその度に1カ月ぶりに見る母親だった。


その感覚を僕はうまく説明できなかった。


♢ ♢ ♢


そして精神世界へ戻る。


眠りから目を覚ます。


いつもの帝国大闘技場。


石床。


巨大な観客席。


割れるような歓声だけが今日も響きわたっている。


「……今日は何?」


僕は欠伸をしながら立ち上がった。


以前なら敵が出るたび。


心臓が飛び出そうになっていた。


今も怖い。


でももう武器を構えられる。


右手の人差し指。


いつでも《魔弾》を撃てる。


皇帝は玉座から僕を見下ろしながらいう。


『今日の相手は一匹だ』


「……一匹?」


思わず笑いそうになった。


魔狼の群れ。


ハーピー。


毒を持つ魔物。


アンデッドの混成部隊。


オーガ。


トロール。


高速で駆けながら矢を射るケンタウロス。


そして。


核を見抜かなければ何度でも再生するストーンゴーレム。


何度も。


何度も。


死にながら。


それでも。


倒してきた。


最初は十三度目でようやく勝てた。


魔狼には十五回も殺された。


けれど。


八回。


六回。


五回。


敵によって上下はしても死ぬ回数は少しずつ減っている。


見えるものが増え。


考えることが増え。


身体が、それについてくるようになったからだ。


だから。


一匹。


「……珍しく優しいね」


『そう思うか?』


「…………」


皇帝が笑った。


嫌な笑い方。


闘技場の正面。


巨大な鉄扉。


その向こうから音がした。


ゴン。


重い。


何かが扉の向こうへ。


ぶつかったような。


音。


次。


ギィィィィィ……。


鉄扉が開く。


暗闇。


そこから一歩。


姿を現したのは二足歩行の蜥蜴。


「……リザードマン?」


人型。


でも人間じゃない。


全身灰色の鱗。


身長は僕より頭一つ高い程度。


オークほど大きくない。


筋肉も異常なほどではない。


鎧も派手じゃない。


黒い革鎧。


腰には一本の剣。


それだけ。


「……普通?」


呟いた。


瞬間。


ぞくり。


背中を冷たいものが走った。


リザードマンがこちらを見た。


それだけ。


濁った爬虫類の瞳。


呼吸。


一定。


無駄な動き。


一つもない。


右手。


剣の柄。


まだ抜いてすらいない。


なのに怖い。


今まで見た魔物とは何かが違う。


『分かるか』


皇帝の声は少し楽しそうだ。


「……何が?」


『そやつは、ただのリザードマンではない』


「え?」


『《名持ち〈ナーメンストレーガー〉》だ』


「ナーメン……ストレーガー?」


聞き慣れない言葉に眉を寄せると、皇帝は頬杖をついたまま鼻を鳴らした。


『名を持つほどに力を認められた魔物。貴様の好む遊戯で言うところの、特別な個体とでも思っておけ』


「……つまり、ゲームだとネームドモンスターみたいなやつ?」


『その安っぽい呼び方が気に入らぬが、概ねそうだ』


「やっぱり強いやつじゃん……」


『有象無象と同じと思うな』


リザードマンが、ゆっくりと剣を抜いた。


金属が鞘を擦る、乾いた音。


刃は細身で、何の変哲もない普通の剣だった。


けれど、その剣先が僕へ向いた瞬間。


ぞくり、とふたたび背筋が冷えた。


身体が勝手に一歩、後ろへ下がる。


「……強いの?」


『強い』


即答だった。


「どれくらい?」


皇帝が笑う。


『今の貴様では――恐らく、一太刀も届かぬ』


「…………」


名持ちのリザードマンが剣を構える。


その姿から、一切の殺気を感じない。


だからこそ、怖い。


今までの敵は、僕を殺そうとしていた。


こいつは違う。


僕を殺すことを、特別なことだとすら思っていない。


そんな立ち方だった。


「……名前は?」


皇帝が、その問いを待っていたかのように目を細めた。


『《剣鱗のグラウ》』


挿絵(By みてみん)


「……剣鱗?」


『戦えば分かる』


「その説明、一番嫌なやつなんだけど……」


灰色の鱗。


静かに構えられた一本の剣。


派手な鎧も、巨大な武器もない。


なのに、一切の隙が見つからない。


《名持ち〈ナーメンストレーガー〉》。


その異名は――《剣鱗のグラウ》。


「……一匹なら楽だと思った僕を殴りたい」


『安心せよ』


「もうそれ禁止!」


『すぐに殴られる』


「誰に!?」


グラウが消えた。


「え」


違う。


速い。


《疾駆》。


考える前に身体が動いた。


右。


逃げる。


剣。


来る。


《障壁》。


魔力。


展開。


透明な壁。


完成。


その瞬間、グラウの剣先が障壁へ触れた。


ほんの。


一点。


カン。


軽い音。


次の瞬間、《障壁》全体に蜘蛛の巣のような亀裂が走る。


「……え?」


《障壁》が粉々に砕けた。


全部。


「うそ」


グラウが地を蹴る。


僕。


《疾駆》。


間に合わない。


銀色。


視界。


横切る。


「…………」


景色が傾いた。


空。


石床。


自分の身体がみえる。


首から上がない。


そこでようやく分かった。


僕は斬られた。


首を一撃で。


     ◇


「っ!!」


復活。


僕は自分の首を押さえた。


ある。


「……今」


『一太刀も届かぬと言ったであろう』


「…………」


グラウは同じ場所で剣を構えている。


何も変わらない。


息も乱れていない。


僕だけが死んだ。


ただそれだけ。


「……皇帝」


『何だ』


「これ……」


喉が鳴る。


「今までのどの敵より、強くない?」


皇帝の笑みが深くなった。


『ようやく気づいたか、俗物』


グラウが再び剣を構えた。


『数が多いから強いのではない』


静かな声が闘技場へ落ちる。


『力が強いから勝つのでもない』


僕は震える右手を握った。


『覚えておけ』


グラウ。


一歩。


踏み出す。


『戦いとは』


僕も。


構える。


怖い。


でも逃げない。


皇帝の声が響いた。


『相手より先に、相手を理解した者が勝つ』


そして。


《名持ち〈ナーメンストレーガー〉》――《剣鱗のグラウ》との戦いが始まった。


一度。


五度。


十度。


僕は死んだ。


十五度。


二十度。


斬られた。

刺された。

心臓を貫かれた。


それでも一度として僕の拳は。


僕の爪は。


僕の《魔弾》は。


グラウに届かなかった。


二十回殺されても、かすり傷ひとつ負わせられない。


オーク五匹には、十三度目で勝てたのに。


「……これ、どうやって勝つの……?」


僕の呟きに皇帝だけが、楽しそうに笑っていた。

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