第十五話 前編 暗黒皇帝、実戦を課す
「増やし方が雑ぅぅぅぅぅぅ!!」
誰もいない観客席に、僕の絶叫が盛大に響き渡った。
でも当然のことながら。
目の前の三匹は、そんな僕を待ってはくれない。
鉄扉の向こうから姿を現したゴブリンたちが、砂を踏みしめながらゆっくりと広がっていく。
一匹目。
三匹の中では一番身体が大きい。
緑色の肌。
粗末だけど厚手の革鎧。
片手には、刃こぼれした幅広の剣。
二匹目は。
少し離れた後ろ。
木製の杖を握り、首から骨みたいな装飾品をいくつもぶら下げている。
そして三匹目。
さらに後方。
細身の身体。
手には短弓。
すでに一本、矢がつがえられていた。
「…………」
待てよ。
この配置。
この装備。
僕は知ってる。
ゲームなら何度も見てきた。
前衛。
後衛。
そして支援。
「ファイター……」
『ほう』
「プリースト」
真ん中。
最後に弓。
「アーチャー……」
三匹を順番に見る。
「これ……」
嫌な汗が頬を伝った。
「完全にパーティーじゃん!」
『よく分かったな』
頭上。
皇帝が玉座で頬杖をついている。
『ゴブリン・ファイター。ゴブリン・プリースト。そしてゴブリン・アーチャー』
「やっぱり!」
『個々の能力は先ほどのコボルトと大差ない』
「ほんとに?」
少しだけ安心しかける。
『だが三匹で戦えば話は別だ』
「それ先に言ってよ!」
『今言ったであろう』
「始まる直前に言うなって意味!」
皇帝は聞いていない。
三匹を見る。
『さて』
口元がまた嫌な感じに吊り上がった。
『どうする?』
「どうするって……」
僕は改めて三匹を見る。
ファイター。
プリースト。
アーチャー。
ゲームなら、基本は決まってる。
「だったら……」
プリーストを見る。
「回復役から!」
脚へ魔力を集中させる。
《疾駆》。
身体が軽くなる。
さっきコボルト相手に使った時よりほんの少しだけ魔力を流す感覚が速い。
いける。
「まずプリーストを倒す!」
地面を蹴った。
ドンッ!
砂が後方へ弾ける。
一気に三匹との距離を詰める。
速い。
自分でも驚く。
狙うのはプリースト。
回復役から潰す。
ゲームなら鉄則だ。
あと少し。
拳へ魔力を、
「グギャァッ!」
「え!?」
横から緑色の体躯。
ファイター。
プリーストとの間へ割り込んできた。
「邪魔!」
右拳。
《剛拳》。
ファイターの顔。
振る。
その瞬間ゴブリンが剣の腹を立てた。
ガキィンッ!!
「いっ!?」
拳と剣がぶつかった。
紫黒の魔力が火花みたいに散る。
止められた!?
ファイターの腕が沈む。
僕の拳も弾かれた。
「グギャ!」
剣が返ってくる。
横薙ぎ。
「うわっ!」
身体を反らす。
刃が着ているパーカーのすぐ前を走り抜けた。
危な、
『上だ』
「え?」
ヒュッ!
音。
「うわぁっ!」
考えるより先に首を傾ける。
シュッ!
頬の横を矢が通過した。
「アーチャー!?」
後ろ。
弓を構えたゴブリンがもう次の矢をつがえている。
「ちょ、待っ」
正面にファイター。
後ろにはプリースト。
離れた場所にはアーチャー。
ファイターが剣を振り上げる。
アーチャーも弦を引く。
「二人同時はずるいって!」
『戦に公平を求めるな』
「三対一にした人が言うな!」
ファイターの剣。
アーチャーの矢。
どっちを見る?
どっちを避ける?
間に合わない。
「皇帝!」
『なんだ』
「どうすればいいの!?」
『知らぬ』
「えぇぇぇ!?」
剣。
来る。
横へ跳ぶ。
直後。
矢。
「うわっ!」
転がる。
肩から砂へ突っ込んだ。
『余が戦っておるのではない』
「それは分かってるけど!」
『ならば考えろ』
「考えてる余裕がないんだよ!」
『作れ』
「それさっきも聞いた!」
起き上がる。
そこで杖の音がした。
コン。
プリーストが杖の石突きを砂へ突いた。
「グギャ、ギャギャ……」
緑色の淡い光。
それがファイターの身体を包んだ。
「……なに?」
次の瞬間、ファイターが地面を蹴った。
「はやっ!?」
さっきより明らかに速い。
『身体能力を底上げしたようだな』
「バフまで使うの!?」
剣が振られる。
避ける。
でもさっきより鋭い。
「ゲームよりちゃんと連携してるんだけど!?」
『当たり前だ』
皇帝が呆れた声を出した。
『敵なのだからな』
「ゲームの雑魚敵って、もう少し順番待ちしてくれるんだよ!」
『随分と親切な敵だな』
「だからゲームなんだよ!」
ヒュンッ!
「うわっ!」
矢。
避ける。
その隙にファイターが来る。
剣。
後退。
また矢。
さらにプリーストの光。
完全に役割分担されている。
僕がプリーストを狙えばファイターが塞ぐ。
ファイターと戦えばアーチャーが射る。
「これ……」
普通に強い。
『どうした』
皇帝の声。
『先ほどの威勢はどこへ行った』
「三匹同時なんだよ!」
『見れば分かる』
「その三匹がちゃんと連携してるの!」
『それも見れば分かる』
「じゃあ助けてよ!」
『断る』
即答。
腹立つ!
「じゃあヒント!」
『断る』
「そこも!?」
『余はすでに教えた』
「何を!?」
皇帝の声が少し低くなる。
『見ること』
ファイター。
『考えること』
アーチャー。
プリースト。
『そして』
僕。
『己の持つものを使うことだ』
「…………」
持っているもの。
《魔眼》。
《疾駆》。
《剛拳》。
《深淵恐慌》。
それから六大制御法。
でもそれでどうすれば?
ヒュンッ!
矢。
右。
ファイターの剣。
左。
逃げる。
「くっ……!」
二つ同時に防げない。
だったら。
防ぐ?
「…………」
待って。
僕はなんで避けることしか考えてない?
『ようやくか』
皇帝の声。
「え?」
『顔に出ておるぞ』
「今の僕の顔見て分かるの!?」
『分かる』
皇帝がわずかに笑った。
『だが答えは言わぬ』
「そこは言ってよ!」
答えは防ぐ。
でも盾なんて持ってない。
だったら作れば?
「……作る?」
六大制御法。
魔力を生み循環させ収束させる。
だったら拳や脚じゃなく。
僕の前の空間に魔力を集めたら?
ヒュンッ!
矢が来る。
「やってみるしかない!」
両手を前へ。
魔力を生成。
循環。
収束。
身体の中じゃない。
身体の前に魔力を放出し一枚の壁みたいにイメージをつくる。
「止まれ!」
紫黒の魔力が歪み広がる。
次の瞬間。
バキンッ!
「うわっ!」
紫黒の膜が一瞬だけ形を作り、矢の勢いを殺した。
けれど、止めきれない。
膜を突き破った矢が肩口を掠め、砂へ突き刺さる。
「いった……! でも、今の……!」
完全には防げなかった。
それでも確かに、矢は遅くなった。
皇帝が玉座からわずかに身を乗り出す。
『ほう』
「皇帝、今の見た!?」
『見れば分かる』
「いや、そうじゃなくて!」
『止められぬなら、より多く集めろ』
「そういうの先に言ってよ!」
『戦闘中だぞ、阿呆』
「あっ」
ファイターはもう目の前にいた。
剣が振り下ろされる。
「うわっ!」
反射的に両手をかざす。
さっきより多くもっと密に同じ場所へ魔力を収束させる。
ガキィィンッ!!
紫黒の膜が今度こそ形を保ち、剣を真正面から受け止めた。
「止まった!」
ファイターが何度も剣を叩きつける。
ガン!
ガン!
亀裂みたいな光が魔力の壁へ走る。
『それで満足か?』
「え?」
『一枚の壁を作れた程度で』
皇帝が立ち上がる。
『六大制御法を理解したつもりか』
「…………」
『形に囚われるな』
皇帝の声が、闘技場を震わせた。
『これは無理だ。これはできぬ。そう決めつけた瞬間、貴様の成長はそこで終わる』
「…………」
昨日、虎壱さんへ言った言葉が胸の奥で蘇る。
自分で限界を決めるな。
『魔力を生み出せ。巡らせろ。そして欲する場所へ、欲する形に収束させよ』
ファイターの剣が障壁を軋ませる。
もっと必要なだけ魔力を生み、巡らせ、僕の前へ集める。
薄かった紫黒の膜が厚みを増した。
ガキンッ!
ファイターの剣が弾かれる。
『できぬと決めるな。己で己の限界を作るな』
皇帝が僕を見下ろす。
『それができてこその六大制御法よ』
「…………」
僕は紫黒の壁を見る。
壁。
そうだ。
僕が壁だと思ったから壁になった。
だったら。
「これ……」
もっといろんなことができる?
皇帝の口元が吊り上がった。
『その程度ならば《障壁〈バリエーレ〉》とでも呼んでおけ』
「その程度って……」
でも今はそれどころじゃない。
ファイター。
アーチャー。
プリースト。
三匹。
どうする。
相手を見る。
そして気づいた。
アーチャー。
さっきから僕を狙っている。
でもファイターが射線へ入った時だけ矢を撃たない。
「……そうか」
味方同士当てたくない。
だったら使える。
僕はファイターへ向かって走った。
『ほう』
皇帝の声。
ファイターが迎え撃つ。
振ってくる剣。
魔眼
見える。
避ける。
《疾駆》。
一歩横へ。
ファイターの身体を僕とアーチャーの間に。
「ここなら!」
アーチャーが弓を引いた。
でも撃たない。
正面に仲間がいるから。
「やっぱり!」
『ようやく敵まで使い始めたか』
皇帝が笑う。
「褒めてる?」
『まだ早い』
「だよね!」
ファイターが振り返る。
剣。
来る。
今度は避けない。
右手。
魔力。
「《障壁〈バリエーレ〉》!」
紫黒の壁。
ガキンッ!
剣が止まる。
その向こう。
ファイターの顔。
「今度は!」
自分の中にある孤独や暗闇を恐れる本能的な恐怖。
それを魔力へまぜる。
『詠唱は?』
「分かってる!」
息を吸う。
「《深淵より来たれ、我が恐怖よ。その魂を喰らい、心を闇へ沈めよ》!」
ファイターの目が揺れる。
「《深淵恐慌〈アプグルント・シュレッケン〉》!」
紫黒の魔力がファイターの身体を包む。
「ギャ……!」
剣が手から落ちて動きが止まる。
これで道が開いた。
プリースト。
「そこ!」
脚へ。
《疾駆》。
地面を蹴る。
「ギャ!?」
プリーストが杖を上げる。
間に合わない。
あと少し。
拳。
《剛拳》。
でも。
その時。
ヒュンッ!
「っ!」
アーチャー!
横から。
矢。
避けたらプリーストに届かない。
だったら。
「《障壁〈バリエーレ〉》!」
左側。
小さく。
魔力。
《障壁》
カンッ!
矢が弾かれた。
「できた!」
『喜ぶのは後にせよ』
「分かってる!」
プリースト。
目の前。
拳へ。
魔力。
「《剛拳〈クラフト・ファウスト〉》!」
ドンッ!!
「ギャァッ!」
プリーストの身体が吹き飛んだ。
杖が宙を舞い地面へ叩きつけられる。
一度。
二度。
そして。
光の粒。
「一匹!」
『恐慌で倒そうとせず、前衛を止めるために使った判断だけは悪くない』
「……それ、褒めた?」
『判断だけは、と言った』
「そこ強調する!?」
残りは二匹。
ファイターの深淵恐慌が切れ始めている。
アーチャー。
遠距離。
なら先に。
「……あっちだ!」
アーチャーへ走ろうとした。
その瞬間。
皇帝の声。
『遠いな』
「分かってるよ!」
『では、どうする』
「…………」
また。
それ。
走る?
でも。
アーチャーは射ちながら逃げるかもしれない。
だったらこっちから遠くへ攻撃。
魔法。
でも。
僕が使えるのは。
深淵恐慌だけ。
それから。
魔力放出。
「…………」
放出。
待てよ。
放出って魔力を身体の外へ出すこと。
だから壁を作れた。
じゃあ。
小さく固めて撃ち出したら?
「やってみる」
右手を上げる。
人差し指を、アーチャーへ向けた。
拳へ集めるんじゃない。
もっと小さく。
もっと細く。
指先へ、一点だけ。
紫黒の魔力が、人差し指の先へ凝縮していく。
「これを……」
放出。
ただ放つだけじゃない。
狙って、撃つ。
頭に浮かんだのは、ゲームや映画で何度も見た拳銃。
銃口を向け、引き金を引くように。
「撃て!」
バシュッ!
紫黒の一条が、銃弾みたいに飛び出した。
アーチャーの横。
地面へ。
ドンッ!
砂が爆ぜた。
「外れた!」
『初めから当たると思う方が図々しい』
「でも飛んだ!」
『ならば次は当てろ』
「簡単に言うなぁ!」
アーチャーが矢をつがえる。
でも、さっき見た。
肩。肘。弦。
狙うまでの動作。
魔眼の効果でよく見える。
僕はもう一度人差し指を向ける。
今度は指先へ集める魔力を、もっと小さく、もっと硬く。
針の先みたいに、一点へ。
収束。
『悪くない』
皇帝。
『魔力放出の応用としては、初歩も初歩だがな』
「名前とかあるの?」
『今聞くことか?』
「なんか名前あった方が撃ちやすいんだよ!」
『くだらぬ』
皇帝が鼻を鳴らす。
『《魔弾〈マギー・ゲショス〉》』
「あるんじゃん!」
アーチャーが矢を放つ。
「っ!」
障壁。
カンッ!
矢を弾く。
そして右手を上げる。
人差し指の先へ魔力を収束。
銃口を向けるように、アーチャーを狙う。
「《魔弾〈マギー・ゲショス〉》!」
バシュッ!
紫黒の弾丸。
今度は真っ直ぐアーチャーの腹へ。
ドンッ!
「ギャッ!」
身体が後方へ吹き飛ぶ。
弓が落ちる。
「やった!」
でもまだ消えない。
立ち上がる。
「しぶとい!」
背後。
気配。
「……っ!」
ファイターの深淵恐慌が解けた。
剣を拾い僕の背後へ迫っている。
前。
アーチャー。
後ろ。
ファイター。
挟まれた。
「皇帝!」
『なんだ』
「今度こそヒント!」
『断る』
「ちょっとくらい!」
返事はない。
皇帝は玉座から、ただ僕を見下ろしている。
自分で考えろ。
そういうことだ。
「……やるしかない」
形に囚われるな。
さっきの皇帝の言葉が、頭の中で響く。
魔力を集める場所もその形も僕が決めていい。
だったら。
アーチャーを見る。
ファイターを見る。
先に。
近い方。
ファイター。
剣が来る。
《障壁》。
止める。
ガキンッ!
でも今度は壁をそのままに。
右手。
拳へ。
魔力。
《剛拳》。
いや。
拳じゃなくてもいい。
拳へ集めた魔力。
それを。
指先まで。
伸ばす。
五本の指。
その先へ。
鋭く。
細く。
爪みたいに。
紫黒の魔力が指先から伸びる。
「……これ」
皇帝の目が僅かに細くなった。
『ほう』
「《剛拳》の……」
指から出る魔力の爪。
『応用か』
皇帝の口元が不敵に歪む。
『《剛爪〈クラフト・クラウエ〉》』
ファイターの剣が障壁を砕いた。
「グギャァァッ!」
近い。
でも怖くない。
いや怖い。
でも見える。
「うぉぉぉぉぉ!」
一歩。
前へ。
剣の内側。
懐。
右手。
紫黒の爪を薙ぐ。
ザンッ!
魔力の爪が。
ファイターの革鎧を切り裂いた。
「ギャァァッ!」
巨体が崩れる。
そして。
光。
消えた。
「あと……!」
一匹。
アーチャー。
振り返る。
すでに弓を引いている。
矢先が僕を捉えていた。
逃げる?
違う。
右手を上げる。
人差し指を真っ直ぐアーチャーへ。
指先へ、魔力を小さく、硬く、一点に収束。
頭の中で引き金を引く。
アーチャーが矢を放つ。
同時に。
僕も。
「《魔弾〈マギー・ゲショス〉》!」
矢。
魔弾。
空中。
交差。
僕は。
左手を上げる。
「《障壁〈バリエーレ〉》!」
カンッ!
矢が弾かれる。
そして僕の魔弾は。
止まらない。
ドンッ!!
「ギャッ!」
アーチャーの胸へ。
直撃。
身体が後ろへ倒れる。
弓が砂の上へ落ちた。
やがて淡い光となり消える。
「…………」
静かになった。
本当に、静かだ。
剣も。
杖も。
弓も。
もうない。
三匹がいた場所に光の粒だけがゆっくり舞っている。
僕はその場へへたり込んだ。
「……つっかれたぁ……」
腕が重い。
脚も痛い。
魔力もさっきよりずっと減っている気がする。
『無様だな』
「三匹倒した直後くらい褒めろよ……」
『三匹程度で地に尻をつく者を、どう褒めろというのだ』
「さっきまで一匹にも苦戦してたんだよ!?」
『だからなんだ』
皇帝が玉座から立ち上がる。
『先ほどの貴様より』
僕を見る。
『今の貴様の方が強い』
「…………」
思わず。
顔を上げた。
皇帝はもう僕を見ていなかった。
「……それ」
『なんだ』
「褒めてる?」
『事実を述べただけだ』
「またそれ」
でも少しだけ嬉しい。
僕は自分の右手を見る。
さっきまで、できなかったことが今はできる。
防ぐことも。
遠くの敵を撃つことも。
魔力を爪の形にすることさえ。
どれも、新しい魔法を一から教わったわけじゃない。
僕がすでに持っていた《ゼクス・コントローレ》を、違う形で使っただけだ。
『俗物よ』
「なに?」
『勘違いするな』
皇帝の声が、静かな闘技場へ響く。
『貴様は新たな術を三つ覚えたのではない。ようやく、すでに持つ六つの技法を使い始めたにすぎぬ』
「……使い始めた」
『術の名など本質ではない。技の形もだ』
皇帝が僕を見る。
『貴様が己で「これはできぬ」と決めた瞬間、六大制御法はただの六つの技法に成り下がる』
「…………」
『生み出せ。巡らせろ。集めろ。』
そして皇帝の口元が吊り上がった。
『あとは好きに使え』
「好きにって……」
無茶苦茶だ。
でも、たぶんそういうことなんだ。
六つの技法を覚えることがゴールじゃない。
六つを使って何ができるか。
そこからが、魔導士なんだ。
「……皇帝」
『なんだ』
「僕」
立ち上がる。
さっきより脚が重い。
でも不思議と気分は悪くない。
「もう一回やったら、今度はもっと上手くできる気がする」
皇帝の眉が僅かに上がった。
『ほう』
「今度はもっと早くプリースト倒して、アーチャーの位置も最初から見て……」
言いながら頭の中でもう次の戦いを考えている自分に気づいた。
さっきまで一匹のコボルト相手に逃げ回ってたのに。
皇帝が笑う。
『ではリクエストに応えねばな』
「え?」
パチン。
指が鳴った。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
「…………」
鉄扉。
今度は左右二つ同時に上がり始めた。
「……皇帝?」
『なんだ』
暗闇の奥からいくつもの足音。
「ちょっと待って」
一つ。
二つ。
三つ。
「待って」
四つ。
五つ。
「待って待って待って!」
暗闇の中、最初に見えたのは大きな影。
「……え?」
ゴブリンじゃない。
でかい。
僕より、ずっと。
鉄扉の下をくぐるように、そいつが姿を現す。
豚を思わせる醜悪な顔。
突き出た牙。
盛り上がった肩。
分厚い胸板。
緑がかった灰色の肌。
「……オーク?」
一匹目。
全身を分厚い金属鎧で覆い、大盾と長剣を持つ。
重装備。
どう見ても。
「オーク……ナイト?」
その横から二匹目。
胸当て程度の軽装。
でも、腕は僕の太腿くらい太い。
大きな戦斧を肩へ担いでいる。
「オーク・ファイター……」
まだ、いる。
低い唸り声。
「グルルルル……」
暗闇から狼が現れた。
いや。
でかい。
その背へオークが跨っている。
片手には短槍。
狼が砂を掻き、今にも走り出しそうに身を低くした。
「オーク・ライダーまでいるの!?」
四匹目。
黒っぽいローブ。
節くれだった杖。
その先端で赤黒い魔力が、火の粉みたいに揺れている。
「……オーク・メイジ」
そして最後。
五匹目。
骨や牙の飾りを身につけ、白木の杖を握ったオーク。
さっきのゴブリン・プリーストとよく似た格好。
「……オーク・プリースト」
「…………」
騎士。
戦士。
騎兵。
魔法使い。
神官。
五匹。
しかも全員、さっきのゴブリンより明らかにでかい。
「これ……」
喉が、ひくっと鳴った。
「パーティーっていうより……もう部隊じゃん……」
頭上から低い笑い声。
皇帝が玉座の上で、実に楽しそうに僕を見下ろしていた。
『ほう。今度も分かるようだな』
「分かるから嫌なんだよ!」
『ならば説明の手間が省けた』
「待って! 僕がもう一回って言ったの、さっきのゴブリン三匹だからね!?」
『同じ敵を同じ数だけ倒して何になる』
「復習とかあるじゃん!」
『不要だ』
「教育方針が乱暴すぎる!」
オークナイトが大盾を地面へ叩きつけた。
ドンッ!
砂が震える。
オークメイジの杖に赤黒い光が膨らみ、オークプリーストが低い声で何かを唱え始めた。
そして。
狼に跨ったオークライダーが、ゆっくりと槍先を僕へ向ける。
「…………皇帝」
『なんだ』
「これ、本当に次の相手?」
『無論』
「一匹から三匹になった次が五匹なの!?」
皇帝の口元が、これ以上ないほど愉快そうに吊り上がった。
『安心せよ』
「その言葉、今日一回も安心できてないよ」
『こやつらは先ほどのゴブリンどもより強い』
「安心要素どこぉぉぉぉぉぉ!!」
僕の絶叫が、再び帝国大闘技場いっぱいに響き渡った。
この時の僕は、まだ知らなかった。
これから始まるオーク五匹との戦いさえ。
後になれば、
「あの頃はまだ楽だった」
そう思い返すことになるなんて。
皇帝による実戦訓練。
その地獄は、まだ始まったばかりだった。




