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第十四話 後半 暗黒皇帝、器を闘技場へ放り込む

目を開けた瞬間。


僕はものすごく嫌な違和感に気づいた。


「……あれ?」


風がない。


前に来た時は、乾いた風がずっと吹いていた。


紫黒の空。


ひび割れた大地。


遠くに連なる黒い山脈。


十日間。


嫌というほど見続けた、あの荒野。


当然。


今回もそこに放り込まれるものだと思っていた。


でもここは違う。


足の裏にあるのは、硬く踏み固められた砂。


鼻をくすぐるのは、乾いた土の匂い。


そして耳に飛び込んできたのは。


――ウォォォォォォォォォォォ!!


「うわっ!?」


地鳴りのような大歓声。


思わず肩をすくめた。


見上げる。


そこにあったのは巨大な円形の闘技場だった。


何段にも連なる石造りの観客席。


砂に覆われた広大な舞台。


周囲を取り囲む高い壁には、剣や斧で刻まれたような無数の傷。


壁の上では、黒地に金の紋章が描かれた旗が揺れている。


……風、ないのに。


「……ここ、どこ?」


『帝国大闘技場《グローセ・アレーナ》だ』


「え?」


聞き慣れた声が遥か頭上から降ってきた。


顔を上げる。


観客席の最上段。


周囲より一段高く作られた豪華な席。


黒い石造りの玉座に皇帝がいた。


長い黒髪。


黒金の王冠。


漆黒の皇帝装束。


脚を組み、頬杖をつきながら完全に観戦する気満々である。


皇帝が片手を広げた。


『ここは種族、身分、職を問わず、己が武を競い合った帝国最大の闘技場よ』


「へえ……」


改めて周囲を見る。


すごい。


本当に。


映画で見る古代の闘技場なんかより、ずっと大きい。


何万人入るんだろう。


さっきから歓声も聞こえている。


なのに。


「……誰もいないけど」


『余の記憶より再現しただけだからな』


「じゃあ、この歓声は?」


『それも再現した』


「必要ある?」


『雰囲気は重要であろう』


「そこにこだわるんだ……」


さすが自伝を歴史的大著と言い切る人。


こういう演出には妥協しないらしい。


……ん?


待て。


闘技場。


武を競い合う場所。


そして僕は今、そのど真ん中。


「……皇帝」


『なんだ』


「僕、ここで誰かと戦うの?」


皇帝の口元がゆっくりと吊り上がった。


嫌な予感しかしない。


『安心せよ』


「ほんと?」


『何もいきなり鷲獅級や火龍級の魔物を倒せとは言わぬ』


「安心させる気ないだろ!」


鷲獅級。


火龍級。


僕より何段階上だよ。


というか。


後者に至っては名前からしてドラゴンじゃん。


『今の貴様に、そのようなものをぶつけても修練にならぬ』


「死ぬだけだよ!」


『精神世界だから死にはせぬ』


「じゃあ何されても大丈夫ってこと?」


『痛みは本物だ』


「全然大丈夫じゃなかった!」


前回。


何度も地面へ叩きつけられた感覚が蘇る。


あれ。


本当に痛いんだ。


『だが、今回は以前とは目的が違う』


皇帝が玉座から立ち上がった。


歓声がすっと消える。


突然訪れた静寂。


広大な闘技場に、皇帝の声だけが響いた。


『前回、貴様に教えたのは魔導を扱うための基礎』


僕は黙って聞く。


『同調。変換。生成。循環。収束。そして放出』


魔導六大制御法。


《ゼクス・コントローレ》。


十日間。


吐いて。


倒れて。


何度も失敗して。


ようやくほんの数秒だけ六つを繋げられるようになった。


『だが』


皇帝が僕を見下ろす。


『魔導を使えることと、戦えることは別だ』


「…………」


『貴様には圧倒的に戦闘経験が足りぬ』


まったく反論できない。


この前の菅原との喧嘩が、僕にとってほとんど初めての実戦だったんだから。


『ゆえに今回は、貴様が現時点で持つ力を使い、創意工夫すれば倒せる相手を余が見繕う』


「……それと戦う?」


『うむ』


皇帝が笑う。


『倒せば次』


「え」


『それも倒せば次』


「ちょっと待って」


『さらに倒せば』


「次って言うな!」


何体やらせる気だよ!


『何を騒ぐ。貴様は曲がりなりにも六大制御法《ゼクス・コントローレ》を修めた蜥蜴級魔導士』


「曲がりなりにもって……」


『加えて《深淵恐慌》を扱う素養もある』


皇帝が片手を上げる。


『ならば』


指を鳴らした。


パチン。


『まずは、こやつを倒してみせよ』


直後。


――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


「……え?」


闘技場の反対側。


巨大な鉄扉がゆっくりと上へ動き始めた。


暗闇が覗くその奥から。


ガツン。


……ガツン。


硬い何かを地面へ打ちつける音。


ガツン。


ガツン。


近づいてくる。


やがて暗闇の中から二つの黄色い目が浮かび上がった。


「…………」


犬。


最初にそう思った。


でも違う。


二本足で立っている。


僕より頭一つ以上小さい。


犬のように突き出た鼻先。


茶色い体毛。


尖った耳。


身体には粗末な革の防具。


そして右手には、太い木の棍棒。


「…………」


犬みたいな顔。二本足に革鎧、そして棍棒。


ゲームや漫画で何度も見てきた姿だ。


でも画面の向こうで見るのと、実際に目の前に立たれるのとでは全然違う。


「まさか……あれって、コボルト?」


『ほう。こちらの世界には存在せぬはずだが、魔物の知識はあるようだな』


「ゲームじゃ序盤に出てくる定番だからね」


『げえむとやらは知らぬが、概ね間違ってはおらぬ』


剥き出しの牙。低く唸る喉。


そして、握っている棍棒は普通に痛そうだ。


「……皇帝。あれ、僕からするとほぼバットなんだけど」


『棍棒だ』


「分かってるよ!」


コボルトが棍棒を肩へ担いだ。


黄色い瞳が僕を捉える。


「グルルルルル……」


低い唸り声。


口の端から牙が覗く。


いやいやいや、待って。


「初戦からバット持った相手と素手って、ハードル高くない!?」


『コボルトは魔法を使えぬ』


「だからって!」


『先ほどもいったが貴様には六大制御法《ゼクス・コントローレ》がある』


皇帝が指を一本立てる。


『さらに《深淵恐慌》』


二本目。


『魔眼』


三本目。


『それだけの武器を持ちながら、棍棒一本を恐れるか』


「こっちは当たったら痛いんだよ!」


『安心せよ』


「え?」


『痛いだけだ』


「どこが安心なの!?」


皇帝は無視した。


片手を高く掲げる。


まさか。


「ちょ、待って!」


『では』


コボルトが腰を落とした。


「待って待って待って!」


『始め!』


「話聞いてぇぇぇぇぇ!!」


瞬間、コボルトが地面を蹴った。


速い!


砂を蹴り上げながら一気に距離を詰めてくる。


「グギャァァァッ!」


「うわぁぁぁぁぁ!」


僕は反射的に後ろへ下がった。


コボルトが棍棒を振り上げる。


頭。


来る!


「ひっ!」


ブオンッ!


空気を唸らせ。


棍棒が振り下ろされた。


僕は思い切り後ろへ跳んだ。


直後。


ドゴッ!!


さっきまで僕の頭があった場所へ棍棒が叩き込まれる。


砂が跳ねた。


「殺す気じゃん!」


『殺す気だからな』


「訓練だよね!?」


『実戦で「訓練だから待ってください」とでも申すつもりか』


「正論だけど!」


コボルトが棍棒を引き抜き、また振る。


「うわっ!」


右。


左。


上。


めちゃくちゃだけど速い。


ブンッ!


「ひぃ!」


ブオンッ!


「ちょっ!」


ブンッ!


「待って!」


逃げる。


ひたすら逃げる。


足が砂に取られる。


息が上がる。


棍棒が鼻先を掠めるたびに心臓が跳ねた。


怖い。


怖いって!


『俗物よ!』


「なに!」


『よく見ろ!』


「見てるよ!」


『見ておらぬ!』


皇帝の怒声が飛ぶ。


『恐怖に任せて逃げているだけではないか!』


「だって!」


棍棒。


来る!


僕は横へ転がった。


砂まみれになる。


『目を開けろ! コボルトの棍棒など、よく見れば蠅や蚊より遅いわ!』


「そんなわけあるかぁぁぁ!」


『そして俗物よ』


「今度はなに!」


『逃げているだけでは』


皇帝が腕を組む。


『一生勝てぬぞ』


「だったら!」


また棍棒。


避ける。


「戦い方くらい教えてよ!」


『…………』


「僕、戦い方なんて習ってないじゃん!」


皇帝が深々とため息を吐いた。


『やれやれ』


「その反応やめて!」


『仕方あるまい』


皇帝が玉座へ座り直す。


『俗物よ。魔導士が戦場へ立った時、まず何をする』


「え!?」


質問!?


今!?


「魔法を撃つ!」


『違う』


「逃げる!」


『それは貴様だけだ』


「じゃあ何だよ!」


『魔力を練る』


「……え?」


その時。


「ハァ……ハァ……」


コボルトの動きが止まった。


棍棒を振り回しすぎたらしい。


肩を上下させ舌を垂らしている。


『今だ』


皇帝の声が変わる。


『六大制御法《ゼクス・コントローレ》だ』


「…………!」


『やれ』


僕は息を整えた。


同調。


変換。


生成。


循環。


収束。


放出。


十日間何度も何度も繰り返した。


身体の奥。


意識の底。


そこへ触れる。


熱。


生まれた魔力が身体を巡り始める。


「……できた」


『遅い』


「やってる最中に文句言わないでよ!」


『戦場で敵が待ってくれると思うな。もっと速くしろ』


「無茶言うなよ!」


『できる』


即答。


『十日間、何のために反復させたと思っておる』


「…………」


そうか。


前は六つを繋げること自体が目的だった。


でも今は違う。


戦いながら使う。


『次だ』


「まだあるの!?」


『魔眼を使った時を思い出せ』


「魔眼?」


『眼へ魔力を集中させたであろう』


「あ……」


あの時は、眼に魔力を集めた。だから普段は見えないものが見えた。


だったら、集める場所を変えたら?


僕は自分の脚を見た。


「脚に集めたら……速く動けたりする?」


皇帝は答えない。ただ、口元がほんの少し吊り上がった。


「試せってこと?」


『貴様は余に答えを聞かねば何もできぬのか?』


腹が立つ。


でも、たぶん合っている。


身体を巡る熱を両脚へ導く。腿へ、膝へ、ふくらはぎへ。


同調し、魔力を生む。循環させて、必要な場所へ収束する。


六つの手順を終わらせることが目的じゃない。繋いだ魔力を、どう使うかだ。


「……っ」


足の裏が砂を強く捉えた。身体が少し軽い。


『何を呆けておる。確かめたければ動け』


「先生なら、もうちょっと褒めてもよくない!?」


『誰が先生だ。余は皇帝ぞ』


「知ってるよ!」


その時。


「グルルルル……!」


コボルトが再び棍棒を構えた。


「もう回復したの!?」


『来るぞ』


地面を蹴ってコボルトが真っ直ぐ僕へ向かってくる。


怖い。


でも今度は逃げる前に見る。


眼へ魔力を。


「……っ」


視界が変わった。


世界がほんの少しだけゆっくりになる。


コボルトの肩が動く。


肘が開く。


棍棒が持ち上がる。


腰が回る。


「あ……」


見える。


さっきまでただ怖かった棍棒。


ただ速いと思っていた攻撃。


でも今ならどこから来るか分かる。


「本当だ……」


『何がだ』


「さっきより……遅く見える」


『だから言ったであろう』


コボルトが棍棒を振り下ろす。


今度は後ろへ逃げない。脚に収束させた魔力を、一歩に放つ。


「……行け!」


ドンッ!


砂が弾けた。


「グギャ!?」


「うわっ!?」


速い。自分の身体なのに、置いていかれそうになる。


コボルトの懐へ飛び込んでいた。棍棒は僕の頭の後ろを通り過ぎる。


ここなら、もう振れない。


『《疾駆〈シュトゥルム・ラウフ〉》か』


「疾駆……?」


『六大制御で練った魔力を脚へ集め、瞬間的な加速に変える応用よ。初めてにしては悪くない』


「じゃあ次は――」


脚から身体へ魔力を循環させ直す。今度は右腕、拳へ収束。


紫黒の光が指の隙間から漏れた。


「拳にも……!」


今度は皇帝を見ない。自分で確かめる。


でも考えてしまう。


殴る?


これを?


人じゃない。


魔物だ。


分かってる。


でも顔がある。


目がある。


息をしている。


拳が止まる。


『止まるな!』


皇帝の声。


コボルトがこちらを見る。


黄色い瞳。


「グギャァァァッ!」


「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


無我夢中で拳を振った。


ドンッ!!


鈍い感触。魔力を乗せた拳がコボルトの腹へめり込む。


「ギャッ!」


小さな身体が浮き、数メートル先まで砂の上を転がった。


「…………」


僕は自分の拳を見る。


『《剛拳〈クラフト・ファウスト〉》だ』


「剛拳……?」


『うむ。拳に集めた魔力を、打撃の瞬間に放った。先ほどの疾駆と同じく六大制御法《ゼクス・コントローレ》の応用よ』


言われて、ようやく分かった。


同じ六つを繋げても、脚に向ければ疾駆になる。拳に向ければ剛拳になる。


覚えた手順は、使い道を変えられる。


「僕が……」


『何を呆けておる!』


「え?」


『まだ終わっておらぬぞ!』


「グルルルルル……!」


「うそ!?」


コボルトが立ち上がる。


ふらついている。


あきからかに効いてる。


でも倒れてない。


「どうすんの!?」


『考えろ』


「またそれ!?」


『貴様にはまだ武器があるであろう』


武器?


拳。


魔眼。


六大制御法。


それと。


「……《深淵恐慌〈アプグルント・シュレッケン〉》」


『そうだ』


「でも!」


コボルトが近づいてくる。


「僕、あれどうやって使えばいいの!?」


『簡単だ』


「簡単じゃないから聞いてるんだけど!」


『己が恐れるものを思い描け』


「僕が?」


『そうだ』


皇帝の声が低くなる。


『貴様自身が抱く恐怖。その像を明確に描き、魔力へ混ぜよ』


「恐怖を……魔力に?」


『ただ魔力をぶつけるのではない』


皇帝が片手を前へ向ける。


『恐怖という概念を、魔力に乗せるのだ』


「…………」


恐怖。


僕が怖いもの。


何だ。


暗闇?


高いところ?


龍二たち?


いや違う。


もっと本当に嫌なもの頭に浮かんだ。


暗い。


何も見えない。


声を出しても。


誰も答えない。


一人。


ずっと。


一人。


胸がきゅっと縮む。


『それでよい』


「え?」


『その感情を逃がすな』


皇帝には分かるらしい。


『魔力と混ぜろ』


僕は胸の奥にある恐怖を魔力へ重ね混ぜるイメージをつくる。


紫黒の魔力がゆらりと揺れた。


さっきまでと何かが違う。


冷たい。


『そして』


皇帝が告げる。


『相手へ放て』


「どうやって!?」


『詠唱だ。一度で覚えよ!』


皇帝の声が闘技場へ響く。


『《深淵より来たれ、我が恐怖よ。その魂を喰らい、心を闇へ沈めよ》』


「…………」


コボルトが棍棒を振り上げた。


来る。


僕は右手を向ける。


頭の中の恐怖をもっと鮮明に。


一人。


誰もいない。


助けを呼んでも誰も来ない。


その恐怖を魔力へ。


『放て!』


「《深淵より来たれ、我が恐怖よ。その魂を喰らい、心を闇へ沈めよ》!」


紫黒の魔力が腕へ集まる。


「《深淵恐慌《アプグルント・シュレッケン》》!!」


放出。


紫黒の波動がコボルトを飲み込んだ。


「ギャッ……!」


コボルトの動きが止まった。


棍棒が手から落ちる。


カラン。


黄色い瞳が大きく見開かれた。


何を見ているのか僕には分からない。


でも震えている。


明らかに何かに怯えている。


『今だ!』


皇帝の声。


考えるより身体が動いた。


「《疾駆》!」


脚へ魔力を流し、地面を蹴る。


一気に距離を詰める。


次は拳へ集める。


「《剛拳》!」


さっきより鋭く。


「うぉぉぉぉぉ!」


振り抜く。


ドンッ!!


拳がコボルトの胸へ突き刺さった。


「ギャァッ!」


身体が大きく吹き飛ぶ。


地面へ落ち。


二度。


三度。


転がり、そして動かなくなった。


「…………」


静寂。


僕の荒い呼吸だけが闘技場に響いている。


やがてコボルトの身体が淡い光の粒へ変わった。


砂の上からゆっくりと消えていく。


「……勝った?」


『見れば分かるであろう』


皇帝が玉座へ座り直した。


「僕が?」


『他に誰がおる』


「……一人で?」


『余が手を出したか?』


「…………」


出してない。


教えてはくれた。


でも動いたのは僕。


避けたのも。


殴ったのも。


魔法を放ったのも。


僕だ。


「僕……」


拳を見る。


まださっきの感触が残っている。


「倒した……」


胸の奥から何かが込み上げてくる。


嬉しい。


たぶん僕は嬉しいんだ。


『浮かれるな』


「え?」


『コボルト程度を一匹倒しただけで、何を満足しておる』


「初めてなんだから、ちょっとくらいいいじゃん!」


皇帝は鼻を鳴らした。


『そもそもコボルトなど、個体差はあれど蜥蜴級か、それ以下の魔物にすぎぬ』


「え?」


『貴様は曲がりなりにも蜥蜴級魔導士だ』


「曲がりなりにもって言った!」


『本来ならば』


皇帝が頬杖をつく。


『正面から一対一で後れを取るような相手ではない』


「…………」


僕はコボルトが消えた場所を見る。


じゃあ今の僕って能力だけならあれより上?


『もっとも』


皇帝が続ける。


『階位とはあくまで目安だ』


「目安?」


『戦場では相性、地形、装備、経験。そのすべてが勝敗を左右する』


皇帝の視線が僕へ向く。


『力が上だから勝つ。下だから負ける。その程度で戦が決まるのであれば、将など要らぬ』


「…………」


なんとなく分かる気がした。


猿飛さん。


雉子谷さん。


あの二人と戦う時だって。


階位がどうとか。


魔力がどうとか。


それだけじゃたぶん勝てない。


「……皇帝」


『なんだ?』


「なんとなくだけど」


自分の拳を見る。


「分かった気がする」


『何がだ』


「相手を見て」


さっきのコボルトを思い出す。


「自分が何をできるか考えて」


魔眼。


疾駆。


剛拳。


そして。


深淵恐慌。


「六大制御で練った魔力も、使い方を選べる。持ってるものを、相手に合わせて使うっていうか……」


皇帝が少しだけ目を細めた。


『ほう』


「僕、さっきよりは戦える気がする」


言ってからちょっと恥ずかしくなった。


でも本当にそんな気がした。


皇帝がゆっくりと口元を吊り上げる。


『そうか』


「うん」


『ならば』


皇帝が指を鳴らした。


パチン。


『次だ』


「…………え?」


――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


今度は別の方向。


巨大な鉄扉がゆっくりと上がり始めた。


「……皇帝?」


『なんだ』


暗闇。


そこから。


足音。


一つ。


じゃない。


三つ。


「…………」


一体目。緑色の肌。小柄な身体。錆びた剣と丸い盾。


二体目。少し離れたところで弓を構えている。


三体目。ボロボロの司祭服をまとい、杖を握っていた。


「……皇帝」


『なんだ』


「なんで三匹いるの?」


『一匹は倒せたのであろう?』


「そうだけど!」


『ならば』


皇帝が玉座の上で笑った。


『次はゴブリン三匹だ』


「増やし方が雑ぅぅぅぅぅぅ!!」


誰もいない観客席に僕の絶叫が盛大に響き渡った。

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