第十一話 後編 暗黒皇帝、魔眼をさずける
放課後。
長かった一日が、ようやく終わった。
「つっかれたぁ……」
僕は鞄を肩に引っかけ、重い足取りで廊下を歩いていた。
昨日は、ほとんど一日中寝込んでいた。
精神世界で十日間。
恐怖に耐え、魔力を生み出し、循環させ、収束させて、最後にはあのヘロヘロの魔力放出。
現実では一晩だったはずなのに、頭の中では本当に十日間ぶっ続けで修行したような疲労が残っている。
そのせいか、今日は普通に授業を受けただけなのに、身体が鉛みたいに重かった。
『軟弱者め』
(いや、昨日まで寝込んでた人間に言うセリフじゃないでしょ)
『精神世界とはいえ、十日の修練を耐え抜いたのだ。この程度で音を上げるな』
(その十日のせいなんだけど!?)
頭の中で皇帝とやり合いながら、職員室の前を通り過ぎようとした。
その時だった。
「この度は、弟が大変なご迷惑をおかけしました」
聞き覚えのある声に、僕の足が止まった。
職員室の扉が開いている。
中を覗くと、ひときわ背の高い男が先生たちに向かって深々と頭を下げていた。
菅原虎壱。
この前、銭湯で会った菅原龍二の兄。
爽やかで物腰が柔らかくて、やたらとコーヒー牛乳を推してくる人。
そして。
なぜか、僕の中にいる皇帝の存在を知っているらしい謎の人だ。
「今後、二度と同じことがないよう、家族としても責任を持って話をいたします。本当に申し訳ありませんでした」
「あ、いえ……お兄さんがそこまで謝らなくても……」
むしろ先生の方が恐縮している。
虎壱さんはもう一度、丁寧に頭を下げた。
その隣には。
「…………」
龍二がいた。
あの菅原龍二が借りてきた猫みたいになっていた。
背筋を不自然なくらい伸ばし、両手を身体の横に揃え、顔を上げようともしない。
先生に怒られているから?
……違う。
絶対違う。
龍二は時折、ほんの一瞬だけ隣に立つ兄を確認している。
虎壱さんが動けば肩がわずかに強張り、口を開けば背筋がさらに伸びる。
先生じゃない。
こいつ。
間違いなく、兄貴に怯えてる。
(……何したの、虎壱さん)
『知らぬ』
(皇帝でもわかんない?)
『余を何だと思っておる』
(人の頭の中に住みついてる異世界の偉い人)
『滅するぞ、俗物』
そんなやり取りをしていると、虎壱さんがこちらを向いた。
目が合う。
一瞬、僕の身体が固まった。
けれど虎壱さんの顔に浮かんだのは、あの時と変わらない爽やかな笑顔だった。
「陰山くん、偶然だね」
にこやかに手を上げる。
「こ、こんにちは」
「あ、そっか。今から下校? 僕たちもちょうど用事が終わったところなんだ」
普通だ。
めちゃくちゃ普通だ。
少なくとも、隣で龍二が石像みたいになっていなければ。
「今日はね」
虎壱さんが龍二へ目を向けた。
「愚弟のしでかしたことに、きちんとけじめをつけるために先生方と話をしに来たんだ」
「けじめ……」
その単語を聞いた瞬間、龍二の肩がびくっと跳ねた。
…………。
聞かないでおこう。
「龍二」
虎壱さんが呼んだ。
声は穏やかだった。怒鳴ってもいないし、睨んでもいない。
それなのに。
「っ……はい」
龍二が即座に返事をした。
「陰山くんにも、きちんと謝るんだ」
「…………」
龍二が僕を見る。
いつもの、人を見下すような目はなかった。
乱暴な口調も、威圧するような態度も全部消えている。
「陰山……くん」
「……はい」
思わず僕まで敬語になった。
龍二は深く頭を下げる。
「ごめんなさい。本当に……悪かった」
そして一瞬だけ、龍二の視線が横へ動いた。
虎壱さんを見る。
すぐに僕へ戻る。
「……許してください」
…………怖い。
いや。
龍二じゃなくて、龍二をここまで変えた人が。
「う、うん……」
僕がそう答えかけると。
「陰山くん」
虎壱さんが静かに遮った。
「簡単に許さなくていいよ」
「え?」
笑顔はそのまま。
だけど、さっきまでよりほんの少しだけ真面目な顔になっていた。
「謝るのは龍二の責任だ。でも、許すかどうかを決めるのは君だ。それは別の話だからね」
「…………」
その言葉に、僕は少しだけ驚いた。
もっと。
兄がここまで謝っているんだから許してくれ。
そんなことを言われると思っていた。
でも、違った。
この人はちゃんと、僕の側にも立ってくれている。
「……はい」
「うん」
虎壱さんは、また柔らかく笑った。
「もちろん、この程度で済ませるつもりもない。また改めて、二人で謝罪に伺うよ」
「い、いや、そこまでしなくても……」
「そこは大人に任せて」
「高校生とそんなに歳変わらなそうなのに……」
「はは。よく言われる」
本当に、普通にいい人なんだよな。
なのに。
『俗物』
皇帝の声が、低く響いた。
(なに?)
『警戒を解くな』
(……なんで?)
返事はない。
僕が虎壱さんを見ると、ちょうど彼もこちらを見ていた。
いや。
僕を見ている?
違う。
その視線が、ほんの一瞬だけ。
僕よりも少し奥を見たような気がした。
「そうだ、陰山くん」
「はい?」
「この前渡した名刺、見てくれた?」
「え?」
銭湯で渡された白い名刺。
表には、
『防人 菅原虎壱』
それだけが書かれていた。
「見ましたけど……」
「そっか。じゃあ、よかった」
……?
「あの」
「ん?」
「何か他にも書いてありました?」
僕が聞くと、虎壱さんはほんの少しだけ目を細めた。
「それは、自分で確かめた方が面白いと思うよ」
「……え?」
なんだ、その言い方。
そして虎壱さんは、まるで今思い出したように言葉を続けた。
「ああ、そうだ。もし読めなかったら……」
ほんの少し、間を置く。
「皇帝に読んでもらうといいよ」
「…………」
時間が止まった気がした。
心臓が、どくんと鳴る。
『ほう』
頭の奥で皇帝の低い声が響く。
驚いている。
……いや。
明らかに面白がっている声だった。
「それじゃあ陰山くん。また」
虎壱さんが軽く手を上げる。
「行くよ、龍二」
「……はい」
龍二がその後をついていく。
僕の横を通り過ぎる直前、龍二が一度だけこちらを見た。
何か言いたそうな顔。
でも、何も言わない。
二人の背中が廊下の向こうへ消えていくまで、僕はその場から動けなかった。
(…………皇帝)
『何だ』
(やっぱり、あの人……知ってるよね?)
数秒の沈黙。
やがて皇帝が答えた。
『少なくとも』
声が少しだけ楽しそうだった。
『用があるのは、貴様ではないらしいな』
(……え?)
『ふん』
それきり、皇帝は何も言わなくなった。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
僕は自分の部屋で、机の上に一枚の名刺を置いていた。
表には、
『防人 菅原虎壱』
裏は真っ白。
ひっくり返す。
表。
もう一度。
裏。
やっぱり白。
「……虎壱さん、渡す名刺間違えたんじゃない?」
『…………』
「だって何も書いてないじゃん。もしかして別の名刺があってさ、住所とか電話番号とか書いてあるやつと間違えて……」
『俗物』
「はい」
『貴様の頭が悪いだけだ』
「なんで!?」
ひどい。
ちゃんと裏表確認した。
三回も。
『昼間、あの男は何と言った』
「え?」
思い出す。
もし読めなかったら。
皇帝に読んでもらうといいよ。
僕は、もう一度名刺を見た。
「……まさか」
『ようやく気づいたか』
皇帝の声が変わった。
修行の時の、あの先生モード。
嫌な予感しかしない。
『俗物』
「はい」
『今日は精神世界での修練は休みと言ったな』
「言った!」
即答した。
今日は休み。
絶対休み。
僕の精神は有給休暇を要求している。
『訂正する』
「なんで!?」
『喜べ。今宵は精神世界には入らぬ』
「……ほんと?」
『ああ』
「やった!」
『こちらの世界で修練する』
「結局やるんじゃん!」
『黙れ』
皇帝の声が響く。
『今から貴様に、魔導六大制御法〈ゼクス・コントローレ〉の応用を教える』
僕は机の上の名刺を見る。
「応用……?」
『そうだ』
皇帝の声が、わずかに低くなった。
『魔眼を開く』
「…………」
数秒。
「……中二病?」
◇ ◇ ◇
「でもさ」
僕は椅子に座ったまま、指を折った。
「六大制御法って、同調して、変換して、生成して、循環して、収束して、放出するんだよね?」
『そうだ』
「じゃあ魔眼も、最後まで全部やるの?」
『最後まで、という考え方がまず違う』
「え?」
『六法には順序がある。魔力へ同調し、変換し、生成する。そこから循環させ、収束し、必要に応じて放出する』
「……やっぱり順番なんじゃん」
『最後まで聞け、阿呆』
「はい」
『重要なのは、循環させた魔力をどこへ導き、何のために収束させるかだ』
「どこへ……?」
『通常、貴様は生成した魔力を全身へ循環させておる』
「うん」
『今回は違う』
皇帝の声が低くなる。
『循環させる魔力を、両眼へ集中させろ』
「両眼?」
『そして眼に集めた魔力を収束させ、視覚そのものへ作用させる』
「……なんか怖くない?」
『貴様は怖くない魔法だけ覚えるつもりか?』
「そう言われると何も言えない……」
『それが魔眼〈マギーア・アウゲ〉だ』
魔眼。
名前だけなら、ものすごく格好いい。
『魔力によって隠蔽されたものを看破する。また術者の力量次第では、対象に宿る魔力や、その大まかな力量を見定めることも可能だ』
「それって……前に皇帝が出したステータスみたいな?」
『似て非なるものだ』
「違うの?」
『あれは余が、貴様の記憶にあった“すてーたす”とやらを模して、余の見立てを貴様にも理解できる形へ置き換えたものだ』
「ああ……だから村上の裏切りが九百九十九とかあったのか」
『あれは正確だ』
「そこだけは絶対おかしいからね」
皇帝は無視した。
『魔眼は違う。術者自身の眼で、対象に宿る魔力、その流れ、隠された術式を直接見抜く』
「なるほど……」
そこまで聞いて、ふと思った。
「じゃあさ」
『なんだ』
「今の僕を、あのステータスにするとどうなるの?」
『…………』
「ちょっと見たい」
『今から修練を始めると言っておるのだぞ』
「気になるじゃん!」
呆れたような沈黙の後。
『……よかろう』
「やった!」
次の瞬間、視界の前に見慣れたゲームのステータス画面みたいな文字が浮かび上がった。
【陰山シュウ】
年齢 十六
腕力 八
耐久 五十五
敏捷 五
知力 十二
精神 三十二
魔力 二十五
幸運 二
魔導位階 第一位階 蜥蜴級〈エクセ〉
魔導六大制御法
同調 初級
変換 初級
生成 初級
循環 初級
収束 初級
放出 初級
習得魔導
なし
支配率 三パーセント
「……おお」
思わず声が漏れた。
上がってる。
精神も、魔力も。
十日前とは比べ物にならない。
「皇帝! 魔力と精神、めちゃくちゃ上がってる!」
『十日も余の修練に耐えたのだ。当然であろう』
「魔力もゼロじゃない!」
『当然だ』
「…………腕力は?」
『八だ』
「敏捷」
『五だ』
「…………」
『…………』
「そこも上げてよ!」
『精神世界で筋肉が付くものか、戯け』
「ですよね!」
まあ、十日間やっていたのは筋トレじゃない。
魔力を感じ、生み出し、巡らせる。何度も失敗しながら、それを自分の意思で操る訓練だ。
だから魔力と精神が伸びているのは分かる。
でも。
「……あれ?」
もう一度数字を見る。
「耐久も上がってない?」
『当然だ』
「いや、腕力も敏捷も変わってないのに?」
『貴様は耐久を、肉体の頑強さだけだと思っておるのか』
「違うの?」
『余が示している数値は、げえむの能力値そのものではない。あくまで貴様が理解しやすいよう、余の見立てを数値化したものだ』
「あ……」
そうだった。
これはゲームじゃない。
皇帝が僕に分かるように表示しているだけだ。
『耐久には肉体の頑強さだけではなく、苦痛や疲労、恐怖、魔力負荷へ耐える力も含まれる』
「じゃあ……」
『十日間、恐怖と向き合い、魔力の暴走に吹き飛ばされ、吐きながらも修練を続けた』
「改めて聞くと酷い十日間だな!」
『故に上がった。それだけだ』
「…………」
僕は、もう一度「耐久 五十五」を見る。
筋肉がついたわけじゃない。
足が速くなったわけでもない。
でも、あの十日間はちゃんと僕の中に残っている。
そう思うと、ちょっとだけ嬉しかった。
その時。
もう一つ、気になる数字が目に入った。
「……あれ?」
『今度は何だ』
「支配率も上がってるけど?」
三パーセント。
以前に見た時より、明らかに上がっている。
『当然だ』
「それも当然なの?」
『精神世界で十日も余と同調したのだ。むしろ上がらぬ方がおかしい』
「…………」
それって。
喜んでいいのかな。
僕の中で皇帝の割合が増えてるってことだよね?
「そのうち僕、皇帝になったりしないよね?」
『貴様程度が余になれるものか』
「そこまで全力で否定されると、それはそれで傷つく!」
『満足したか』
「……まあ」
『ならば始めるぞ』
視界からステータスが消える。
僕は机の上の名刺を手に取った。
さっきまでの軽口が消え、少しだけ緊張する。
「これを……僕の魔眼で見るんだよね?」
『そうだ。ただし勘違いするな。今の貴様の魔眼など赤子同然だ。見抜けるのは、せいぜい粗雑な魔力隠蔽まで』
「まだ発動すらしてないのに評価が辛い!」
『事実だ』
「じゃあ、これも見えないかもしれない?」
『いや』
わずかに皇帝の声へ笑みが混じった。
『あの男が施した隠蔽は、今の貴様でも看破できる程度のものだ』
「……もしかして」
名刺を持つ指に力が入る。
「最初から、僕に見破らせるつもりで?」
『さてな』
皇帝は答えなかった。
『知りたければ、己の眼で確かめよ』
胸が少し高鳴った。
僕は椅子へ深く座り直し、呼吸を整える。
「……やってみる」
『まず、同調』
目を閉じた。
十日間、何度も繰り返した感覚を思い出す。
胸の奥。
自分の中にある感情へ、静かに意識を重ねる。
『変換』
感情を押し殺さず、そこにあるものとして受け入れ、力へ変える。
そして。
『生成』
ぞわり。
胸の奥で、黒紫の魔力が生まれた。
「……できた」
『次だ。循環』
いつものように全身へ広げようとして。
止める。
違う。
今日は腕でも脚でもない。
上へ。
胸から首を通し、頭へ。
そこから二つに分ける。
右眼。
左眼。
両眼へ。
「っ……!」
熱い。
目の奥へ、熱を持った何かが流れ込んでくる。
反射的に瞼を閉じそうになった。
『閉じるな』
「む、無茶言うなって……!」
『循環を乱すな。全身へ散らすな。両眼だけへ流し続けろ』
魔力が散りそうになる。
集中する。
右眼へ。
左眼へ。
余計な場所へ逃がさない。
『そして』
皇帝の声が、さらに低くなる。
『収束』
「……っ!」
両眼へ流れ込んだ魔力を、その場へ留める。
散らすな。
逃がすな。
もっと小さく。
もっと濃く。
一点へ。
ぎゅっと押し固める。
目の奥が焼けるように熱くなった。
そして、収束した魔力を。
視覚へ。
重ねる。
『そうだ』
皇帝の声が響く。
『見るのではない』
一拍。
『暴け』
僕は。
目を開いた。
「…………!」
世界が変わった。
暗い部屋。
机。
本棚。
漫画。
ゲーム。
フィギュア。
いつもの僕の部屋なのに、まるで薄い膜が一枚剥がれ落ちたみたいに、すべての輪郭が異様なほど鮮明に見える。
空気の中には、細かな光の粒が漂っていた。
「……すご」
僕はゆっくりと視線を動かす。
そして。
名刺を見る。
「…………」
白い紙。
表には、
『防人 菅原虎壱』
裏には何もない。
そのはずだった。
「……皇帝」
『見えたか』
「何か……ある」
名刺の裏側。
何もなかった白い面を、薄い膜のような何かが覆っている。
光の膜。
いや。
魔力だ。
『ならば看破しろ』
僕はさらに意識を両眼へ集中させた。
魔力を逃がさない。
収束を維持する。
視界の端で、黒紫の光が揺らめく。
やがて名刺を覆っていた膜に、細い亀裂が走った。
一つ。
二つ。
三つ。
ぱきん。
音なんてしていない。
なのに頭の中では、確かに何かが割れた。
次の瞬間。
「…………!」
文字が浮かび上がった。
今まで何も書かれていなかった名刺の裏側に、青白い文字がゆっくりと現れていく。
僕は最初の一文を読んだ。
「…………陛下?」
心臓が、どくんと鳴った。
もう一度読む。
そこには、こう書かれていた。
『陛下とは、ぜひ一度お目通りの機会を賜りたく存じます。』
僕の手が止まった。
続き。
『もし我が誘いに僅かでもご興味をお持ちいただけましたなら、下記住所までお越しくだされたく。』
その下には住所。
そして最後に。
『心より、お待ち申し上げております。』
『菅原虎壱』
「…………これ」
声が、わずかに震えた。
「僕宛てじゃない」
『ああ』
皇帝の声は驚いていなかった。
むしろ、面白がっている。
「皇帝。虎壱さん……最初から皇帝に渡すつもりで、僕にこの名刺を渡したんだ」
『そのようだな』
僕は名刺を見る。
でも、何かが引っかかる。
「……なんで、わざわざ隠したの?」
普通に書けばいい。
僕に「皇帝に見せて」と言えばいいだけだ。
なのに虎壱さんは、魔力で隠した。
僕には読めないように。
皇帝なら、読めるように。
『なるほどな』
皇帝が呟いた。
「何が?」
『あの男』
声が少し低くなる。
『貴様を介して、余を試したか』
「……試した?」
『この程度の隠蔽すら看破できぬ存在ならば、招く価値なし。そういうことであろう』
「…………」
僕は名刺へ視線を落とした。
昼間の虎壱さんの笑顔が浮かぶ。
爽やかで、優しくて。
龍二の代わりに頭を下げて。
僕に「簡単に許さなくていい」と言った人。
でもその人が、僕の知らないところで。
僕の中にいる存在へ、こんなものを仕込んでいた。
菅原虎壱。
何者なんだ。
そして。
防人。
その二文字。
「皇帝」
『何だ』
「この人……僕たちのこと、どこまで知ってるんだろう」
皇帝は、しばらく答えなかった。
やがて。
『知らぬ』
「皇帝でも?」
『だからこそ』
声に愉悦が混じる。
『面白い』
「…………」
嫌な予感しかしない。
僕はもう一度、名刺の裏に浮かぶ住所を見た。
「……行くの?」
『無論だ』
「即答!?」
『余を名指しで招いたのだ』
皇帝の声が、いつもの尊大な響きを取り戻す。
『ならば、このヴァルガイア・フォン・ゼクス・クローネンベルク自ら赴いてやろうではないか』
「行くの僕なんだけど!?」
『細かいことを気にするな』
「僕の身体なんですけど!?」
『光栄に思え』
「何を!?」
僕は頭を抱えた。
でも。
もう一度、名刺を見る。
青白く浮かび上がった住所。
その向こうに何が待っているのか、僕にはまだ分からない。




