↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/61

プロローグ 後編 暗黒皇帝、ブタに堕ちる

 虹色の奔流が、円卓の間を一直線に貫いた。


天井を吹き飛ばし、雲を裂き、大地へ巨大な亀裂を刻む。


七人の英雄たちは、回避する間もなかった。


「――どけぇッ!!」


雷鳴のごとき咆哮が響いた。


誰よりも早く前へ出たのは、ドルガだった。


巨大な戦斧を捨て、両腕を大きく広げる。


自らの巨体一つを盾とし、六人の前へ立ちはだかった。


虹色の奔流が、真っ向からドルガへ叩き込まれる。


挿絵(By みてみん)

全身を覆う呪印が赤黒く輝き、混沌の力を弾こうとする。


だが、六つの属性を混ぜ合わせた禁呪を、完全に防げるはずもない。


「ぐ……うおおおおおおッ!!」


床が崩れる。


肉が焼ける。


骨が砕ける。


ドルガの両脚が地面へ沈み込み、片膝が落ちた。


それでも退かない。


背後の仲間たちへ、ただの一筋も光を通さぬよう、巨体で全てを受け止め続ける。


やがて奔流が消えた。


ドルガは両膝をついていた。


褐色の肌は焼け爛れ、左腕は不自然な方向へ折れ曲がっている。


それでも、背後に庇われた六人には、かすり傷一つなかった。


「くく……見事なものだ、蛮族の族長よ」


余は荒い息を押し殺しながら笑った。


「だが、その様ではもう戦えまい」


勝利を確信した、その時だった。


「――大地母神よ」


静かな祈りの声が響く。


円卓の隅に、一人の女が立っていた。


十席「大地聖癒」エルフィーネ。


大地母神に仕える女司祭。


戦場では常に後方へ控え、傷ついた兵たちを癒してきた女だ。


「この身に残されし年月を糧とし、彼の者を母なる癒しの大地とせよ」


女の黒髪が、一房。


音もなく白く変わった。


「〈母胎回帰の祈り〉」


淡い光が、ドルガだけを包み込む。


焼け爛れた皮膚が再生する。


砕けた骨が繋がる。


折れ曲がった腕が、何事もなかったかのように元へ戻っていく。


今しがた死線を彷徨っていた巨体が、再び立ち上がった。


ドルガは落とした戦斧を拾い上げ、肩へ担ぐ。


「オラ、まだやれるだ」


「馬鹿な……」


余は思わず呟いた。


「あのダメージをその回復速度でか。まさか高位治癒の、それも極致……」


エルフィーネの髪は、明らかに白さを増していた。


命の年月を削り、治癒の力へ変えている。


この三日の戦いでも、彼女は幾度となく兵を癒していた。


あの時から少しずつ、寿命を削り続けていたのだろう。


余を倒す。


ただ、その一日のために。


「エルフィーネよ 見事な祈祷であった。褒めてつかわそう」


その言葉が終わるか終わらないかの刹那


エルフィーネの瞳が、これまで見せたことのない色に変わった。


「――陛下」


静かな声だった。


だが、その奥には大地の底で燃える溶岩のような怒りがある。


「いつぞや、祈祷中のわたくしの寝所へ酔って忍び込み、勝手に寝台を占領されたことを、お忘れですか」


「誤解だ。あれは余の寝所と間違えたのだ」


「神殿の最奥を?」


「建物の造りが似ておった」


「扉には“大地母神の聖域・男子禁制”と刻まれておりました」


「古代文字は紛らわしい」


「帝国一の魔導士でもある陛下が古代文字を読めないと?」


「……酔っていたのだ」


エルフィーネが微笑んだ。


慈愛に満ちた聖女の笑み。


ただし、握られた右拳から地面が震えている。


「その夜の続きを、今ここで果たしましょう」


静かに殺気を極力抑えたまま笑顔で間合いをつめてくる


「待て。話し合えば――」


拳が、余の鳩尾へ突き刺さった。


凄まじい衝撃が内臓を貫き、余の身体が宙へ浮く。


円卓を二つに粉砕し、壁へ叩きつけられた。


「――ぐっ……!?」


「回復魔法を極めるには、肉体の構造を知り尽くす必要があります」


エルフィーネは、何事もなかったように拳を下ろした。


「骨も。筋肉も。内臓も。最も効率よく人を倒せる箇所も」


「女司祭が知る必要のない知識まで混じっておらぬか?」


「あの夜、陛下を殴らなかったのは、聖職者として血を流させたくなかったからです」


彼女は微笑みを崩さぬまま告げた。


「今は反逆者ですので、何の問題もございません」


円卓の間へ、沈黙が広がった。


ユリアンが額へ手を当てる。


「……兄上」


声には、呆れと疲労が滲んでいた。


「双子に、ドルガ殿の一族に、今度は聖職者ですか」


「普通、女司祭の寝所へ入り込みますかな」


オーレンが深々と溜息をつく。


「陛下、いくらなんでも節操がなさすぎませんか」


リルまで呆れた声を上げた。


ドルガでさえ、戦斧を担いだまま、ゆっくりと首を横へ振っている。


「……ええい、うるさい!」


余は瓦礫を弾き飛ばして立ち上がった。


「今この場で論ずるべきは、禁呪である時空魔法の是非であろう! なぜ余の色恋沙汰にばかり話が向く!」


誰一人として、余の言葉へ耳を貸す者はいなかった。


まったくもって腹立たしい。


世界の覇権を懸けた反逆の場で、なぜ皇帝たる余が過去の女関係について弁明せねばならぬのだ。


だが。


怒鳴りながらも、余は悟っていた。


この裏切りは、思いつきの反乱ではない。


ユリアンの時空魔法。


オーレンの拘束結界。


双牙の連携。


リルの召喚獣。


ドルガの防御。


エルフィーネが寿命を削って行使する極致の治癒。


この七人は、余を倒すためだけに、それぞれの力を磨き上げてきた。


しかも。


余が三日三晩の戦いで消耗しきる、その瞬間を狙って。


「兄上」


ユリアンが、悲しげな目で余を見据えた。


「貴方の魔法は、確かに世界最強です」


銀と紫の紋様が、輝きを増す。


「ですが、貴方一人がどれほど強くとも」


オーレンがつむぐ拘束魔法により具現化された鎖が、余の両腕へ巻きついた。


一本。


二本。


三本。


振り払おうとした瞬間、足元から別の鎖が伸び、両脚を縛る。


「七人で挑み」


双子が左右へ展開する。


「互いを死なせず」


ドルガが正面へ立つ。


「貴方が最も消耗した時を選べば」


リルの召喚獣が、余の影を噛み止める。


「我々にも勝機はある」


エルフィーネが祈りを捧げ、六人の魔力や体力を底上げしている。


そして。


ユリアンが時空魔法の中心へ、静かに手を伸ばした。


「これが、私たちの答えです」


漆黒の光が、床から立ち昇る。


時空の楔が、余の肉体ではなく、魂そのものへ食い込んできた。


「ぬ……ぐっ……!」


魔力を練ろうとしても、集まらない。


〈混沌相〉へ全力を注ぎ込んだ直後だ。


次の大魔法を紡ぐだけの力が、残されていない。


「兄上の肉体は、深海の封印塔にて永遠の眠りにつきます」


ユリアンが告げる。


声が僅かに震えていた。


「そして、精神は時空の彼方へ送られる」


オーレンの鎖が強く締まる。


余の意識が、肉体から少しずつ引き剥がされていく。


「送り先は、術式が選定します」


ユリアンは目を伏せた。


「貴方に最も相応しい、異界の器を」


「相応しい器だと?」


「ええ」


リルが愉悦を隠しもせず、フードの奥で笑った。


「きっと、陛下にぴったりの姿ですよ」


「具体的に申せ」


「オークよりなお醜悪で」


オーレンが淡々と続ける。


「怠惰で」


ヴァンテが言う。


「食い意地が張っていて」


ヴォルテが加える。


「みじめな生き物」


エルフィーネが微笑む。


「つまり、豚みたいなもんだべ」


ドルガが締めくくった。


――豚。


その言葉を理解した瞬間。


余は、この日初めて掛け値なしの怒りを覚えた。


「貴様ら……」


死は恐れぬ。


敗北もまた、皇帝である以上、いつか訪れるものと覚悟していた。


だが。


この余の精神を。


世界を支配した皇帝、、正確には支配目前の皇帝の魂を。


豚にも等しい醜悪な器へ閉じ込めるというのか。


「貴様らぁぁぁぁぁッ!」


叫びと同時に、時空の光が余を包み込んだ。


視界から色が失われる。


身体の感覚が遠のいていく。


指先。


腕。


脚。


心臓。


そして、呼吸。


全てが、自分のものではなくなっていく。


それでも。


最後で余の中に去来したのは、恐怖ではなかった。


怒りですらない。


弟の顔を、もう一度だけはっきりと目へ焼き付けたい。


皇帝らしくもない、そんな未練だった。


十をこえる諸国を併呑し、その血脈や最強と謳われる英雄たちを円卓へ据えた。


牙を抜いた獣を飼うのではない。


牙を持ったまま、余へ忠誠を誓わせる。


それこそが真の支配であると信じていた。


だが。


余が育てた英雄たちは、その牙を失ってはいなかった。


そして最も鋭い牙となって余の喉へ食らいついたのが、他でもない我が弟であった。


育てた才が、育てた者を滅ぼす刃へ変わる。


それもまた、皇帝の宿命なのやもしれぬ。


「……弟よ」


余は、薄れていく視界の中でユリアンを見た。


「それが、貴様の答えか」


ユリアンは唇を噛み締めた。


「これが、兄上に相応しい末路だとは思いません」


静かな声。


「ですが」


銀と紫の光が、涙のように揺れた。


「これが、世界に相応しい答えです」


意識が闇色の渦へ吸い込まれる。


肉体は深海の封印塔へ。


精神は、時空の彼方へ。


名も知らぬ異界。


名も知らぬ時代。


術式が選んだ、豚にも等しい醜き器へ。


かくして。


魔導帝国を築き上げ、暗黒皇帝と恐れられた余は


六人の英雄と愛する弟の手によって敗北した。


肉体を封じられ。


魂を異界へ放逐され。


二度と戻ることのない、次元の底へと堕ちていった。


だが。


意識が完全に消え去る、その直前。


余は嗤った。


(ふ……ふはは)


肉体を奪った。


魔力を奪った。


世界すら奪った。


だから何だというのだ。


(愚かな弟よ。そして愚かな英雄どもよ)


この余が。


暗黒皇帝ヴァルガイアが。


敗北の一つで終わるとでも思ったか。


(肉体を封じ、精神を異界へ送った程度で、この余を滅ぼしたつもりか)


意識の最後の欠片で、余は高らかに嗤った。


(まだ終わらぬ)


闇が閉じる。


(終わらせはせぬぞ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。