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第五話 前編 暗黒皇帝、ファミレスを知る

第五話 前編


土曜日のお昼すぎ。


昨夜、桜井さんから届いたメッセージには、


「明日、駅前のファミレスでどう? 一時集合で!」


と書かれていた。


そして現在。


十二時二分。


僕はすでに、駅前のファミレスの前にいた。


「…………」


早い。


どう考えても早い。


待ち合わせまで、あと五十八分ある。


別に時間を間違えたわけじゃない。


電車を一本早く乗ったわけでもない。


ただ人生初。


女の子と二人でご飯。


そう考えたら朝から落ち着かなくなって。


服を三回着替えて。


髪を二回直して。


家にいても時計ばかり見てしまうので、


「もう行こう」


となった結果がこれだった。


『…………』


(なに)


『戦場へ赴く新兵でも、もう少し落ち着いておるぞ』


(うるさい)


『一時間前から戦場に布陣する周到さは間違っておらぬがな』


(待ち合わせ場所だから!)


結局。


僕は駅前を意味もなくぶらついたり。


コンビニに入って何も買わずに出たり。


ファミレスの前を三回くらい往復したりしながら、五十分ほどを潰した。


そして。


十二時五十七分。


「陰山くーん!」


聞き覚えのある声に振り返る。


駅の方から桜井さんが走ってきていた。


「ご、ごめん!」


黒いポニーテールを揺らしながら僕の前で急ブレーキをかける。


「はぁ……はぁ……」


「電車、一本乗り遅れそうになって……」


「いや、全然!」


僕は慌てて首を振った。


「まだ三分前だし!」


「よかったぁ……」


桜井さんが胸を撫で下ろす。


その姿を見ながら僕も内心で胸を撫で下ろした。


よかった。


一時間前からいたことはバレてない。


『余は知っておるがな』


(黙ってて)


桜井さんは息を整えると僕の後ろにある店を見上げた。


「じゃ、入ろっか?」


「う、うん」


ガラス越しに見える暖かな照明を見上げて、僕は思わず立ち止まった。


「……ファミレスなんて久しぶりだな」


「陰山くん?」


振り返ると、桜井さんが首を傾げていた。


黒いポニーテールがふわりと揺れる。


「どうしたの?」


「あ、いや」


「なんでもない」


本当は少しすこし....いやめちゃくちゃ緊張していた。


僕が女の子と二人でご飯なんて。


『ほう』


(なんだよ)


『火龍の巣穴へ単身踏み込むわけでもあるまい。肩の力を抜け』


(女の子との食事をそれと比較しないでよ)


『情けない』


(放っといて)


桜井さんはクスッと笑った。


「行こ?」


「う、うん」


店内へ入る。


「いらっしゃいませー!」


店員さんに案内され、窓際の席へ座る。


皇帝が静かに周囲を見回した。


『……食堂か』


(まあそんな感じ)


『貴族だけの店ではないのか』


(誰でも入れるよ)


『民が自由に外食できる世界……実に豊かな文明だ』


(また始まった)


席へ着くと、桜井さんがタブレットを僕の方へ向けた。


「陰山くん好きなの頼んでいいよ。今日は私が誘ったから」


「えっ!?」


「いやいや悪いよ!」


「遠慮しないで」


『遠慮するな』


(皇帝まで!?)


『相手の厚意を受け取るのも礼儀だ』


「でも……本当に食べる方だから」


桜井さんは笑った。


「私もだよ」


(……いや、そんな細いのに)


僕はメニューを開いた。


ハンバーグ。


カレー。


パスタ。


ピザ。


「……じゃあ」


「ハンバーグと」


「カルボナーラと」


「ビーフカレーと」


「ミックスピザで」


『今のは料理の名か?』


(そうだけど)


『一つとして分からぬ』


(そりゃそうか)


注文を押そうとした時だった。


「あっ!」


桜井さんが僕のスマホケースを見つめていた。


「それ!」


「え?」


「そのキャラ!」


「あっ!」


僕も思わず顔を上げる。


桜井さんのバッグには。


同じアニメ作品のアクリルキーホルダーが揺れていた。


「えっ!?」


「桜井さん、『1から始まる剣闘生活』知ってるの!?」


「陰山くんも!?」


二人同時だった。


「「マジで!?」」


一瞬。


沈黙。


そして。


「えぇぇぇぇぇ!?」


二人で吹き出した。


「学校で知ってる人初めて!」


「僕も!」


「語れる人いないと思ってた!」


「私も!」


『……』


皇帝がぽつりと呟く。


『同盟成立だな』


(友達!同盟じゃない!)


「でも!」


桜井さんは身を乗り出した。


「推し誰!?」


「えっ!」


「僕はゼクト!」


「えぇ!?」


「私もゼクト!」


「マジで!?」


「ラスボス戦!」


「泣いた!」


「わかる!」


「エンディング!」


「神!」


気付けば。


さっきまでぎこちなかった空気は、どこにもなかった。


好きなゲーム。


好きな漫画。


好きなアニメ。


好きなキャラ。


話せば話すほど一致していく。


「ちょっと待って!」


「じゃああのゲームも!?」


「やった!」


「嘘!」


「ラスボス倒した!?」


「裏ボスまでやったよ!」


「私も!」


『……』


皇帝が静かに呟く。


『これは恋ではないな』


(え?)


『戦友を見つけた顔だ』


僕は少しだけ考えて。


笑った。


(……うん)


(そうかもしれない)


学校ではずっと一人だった。


好きなものを話せる相手なんて一人もいなかった。


でも今日は違う。


「陰山くん!サブカル知識すごい!」


「この話、まだまだあるよ!」


「私も!」


「三時間は語れる!」


 

『…………』


皇帝が深くため息をついた。


『料理は注文せぬのか?』

(あっ そうだごはんたべなきゃ)


「ご飯そろそろ注文しないといけないね。」


「陰山くんとの話に夢中で忘れちゃってた。」


そして同時に笑った。


「じゃあ、注文するね」


桜井さんがタブレットを手に取る。


僕は自分の注文を見直した。


ハンバーグ。


カルボナーラ。


ビーフカレー。


ミックスピザ。


「……やっぱり頼みすぎたかな」


『いや』


『若者としては標準だ』


(皇帝の基準は信用ならないけど)


その時だった。


桜井さんの指が止まらない。


ピッ。


ピッ。


ピッ。


ピッ。


ピッ。


ピッ。


ピッ。


(……あれ?)


まだ押してる。


ピッ。


ピッ。


ピッ。


ピッ。


(え?)


僕は思わず覗き込んだ。


「ステーキ定食」


「チーズインハンバーグ」


「カツカレー」


「ミートソース」


「明太クリームパスタ」


「照り焼きピザ」


「唐揚げ」


「ポテト」


「サラダ」


「コーンスープ」


「以上……かな?」



僕と皇帝は同時に固まった。


なるほど』


『宴の準備か』


(違う)


『では誰を招く』


(招かない)


『…………』


『全部食うのか?』


(それ僕も思った)


桜井さんは首を傾げる。


「え?」


「食べ過ぎかな?」


「十分すぎるよ!」


「そう?」


「剣道部、朝練だったからお腹減っちゃって」


えへへと舌をぺろっと出して笑う。


(かわいい)


『騙されるな』


(え?)


『あれは獣が牙を隠す笑みだ』


(失礼すぎるよ!)


・・・


十分後。


店員さんが料理を運んできた。


一皿。


二皿。


三皿。


四皿。


五皿。


六皿。


七皿。


八皿。


九皿。


テーブルが埋まる。


「お待たせしました」


「以上でございます」



『……今日はニホンの建国祭か何かか?』


(違うよ)


桜井さんは手を合わせた。


「いただきまーす!」


満面の笑み。


まずハンバーグ。


ぱくっ。


「おいしい〜!」


幸せそうに頬が緩む。


続いてパスタ。


もぐもぐ。


サラダ。


ぱく。


唐揚げ。


ぱく。


止まらない。


『速い』


皇帝が低く呟く。


『一品ごとに休息を取らぬ』


『余の配下だった円卓の英雄ドルガにも劣らぬ食い様だ』


(大きい人だったの?)


『身の丈ほどの斧をふるうオーガの戦士よ』


(人外じゃん!!)


僕も負けじと食べ始める。


カルボナーラ。


ハンバーグ。


ビーフカレー。


「よし……!」


今日は調子がいい。


まだいける。


その横で。


「ん〜!」


「このピザ最高!」


「カレーもおいしい!」


「唐揚げもサクサク!」


桜井さんは笑顔のまま一切ペースが落ちない。


挿絵(By みてみん)


『あやつ』


『呼吸しておるか?』


(してるでしょ)


『確認した方がよい』


(余計なお世話だよ)


二十分後。


僕は最後のピザを口へ運ぶ。


「ふぅ……」


『よく戦った。俗物』


(ありがとう)


『見事な戦いであった』


(だから食事)


その時だった。


桜井さんが僕を見た。


「陰山くん」


「ん?」


「ポテト食べる?」


「え?」


テーブルを見る。


まだ。


ポテト。


唐揚げ。


ピザ半分。


パスタ半分。


ハンバーグ。


残っている。


(まだそんなに!?)


『まだ本隊が残っていたか!?』


(言い方!)


「一緒に食べよ?」


「……いや」


「ごめん、僕もう限界」


「そう?」


桜井さんは不思議そうに笑う。


「じゃあ私食べるね♪」


ぱく。


ぱく。


ぱく。


ぱく。


『…………』


皇帝が静かに言った。


『あれは人ではない』


(え?)


『余がいた世界には』


『山一つを食らう魔竜』


『“暴食竜グラトニア”というものがおる』


(うん)


『奴でも』


『ここまで美味そうには食わぬ』


思わず吹き出した。


桜井さんはそんなことなど知らず幸せそうに頬を緩めている。


やがて最後の一口を飲み込み、両手を合わせた。


「ごちそうさまでした!」


『討伐完了』


(討伐じゃない)


すると。


桜井さんがメニューを開いた。


「ここのプリンおいしいんだよ」


「陰山くんも食べる?」


「…………」


『…………』


僕と皇帝は、


人生で一番綺麗に声が揃った。


「「まだ食べるの!?」」


桜井さんはきょとんと首を傾げる。


「デザートは別腹だよ?」


皇帝は長い沈黙の末、静かに結論を下した。


『理解した』


(何を?)


『この娘の腹には』


『収納魔法がかかっておる』


「そんなわけないでしょ!」


『でなければ説明がつかぬ』


僕は笑いすぎて、危うく水を吹き出すところだった。


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