第6話
目を覚ますと、俺の頭は妙に柔らかい物の上に寝かされていた。ぼんやりとした視界の真ん中に、俺を見下ろしている白神の姿が見えた。
「あ、起きた? 大丈夫? 顔からダイレクトにいったから結構派手に血が出てたよ。回復魔法使っといたから、多分治ってると思うけど……」
段々と頭が冷め、現状を理解した俺は飛び起きた。そりゃあ驚くだろう、白神に膝枕されていたんだから。
「……い……一体何を……」
「何って、膝枕だよ? やだなー、もしかして私の事を『倒れた命の恩人を石畳の上にほったらかす薄情な女』だとでも思った? これくらいの事はしますともー」
ドヤ顔をこちらに向ける白神は置いといて、俺は自分の顔や身体をぺたぺた触って確かめる。
どこにも傷が無い……どころか、落とし穴から落ちた時の痛みも完全に消えている。回復魔法様々だ。
「凄いな……全く痛みが無い」
「でしょー? ドラゴンと相打ちになってからは怪我が酷すぎて集中出来なくて回復魔法は使えなかったけど、もうピンピンに治ったからね」
「参ったな、救助者が助けてもらうなんて恥ずかしい限りだ。……すまない、ありがとう」
「いいえー。お礼を言いたいのはこっちだからね。そう言えば寝顔見てたけど、歩君、男の子なのに結構可愛い顔立ちしてるんだね。うちのパーティの夏樹君みたい」
白神がにまにまと笑みを浮かべながらそんなことをのたまうが、反応に困る。小学生の頃、この女々しい顔を大層いじられた苦い思い出があるからだ。
親父のように男らしい男になりたかったと何度思った事か。母親似の顔がなんとも憎い。
「母親に似たんだ。……それはいいとして、俺はどれくらい倒れてたんだ?」
「んーと……10分くらいかな? そんなには経ってないよ」
「10分か……その間に新しいドラゴンでも沸いたのか?」
俺が白神に尋ねると、眉根を寄せながら首を傾げた。
「新しいドラゴン……? いや、そんなの出てこなかったけど? もし出て来てたらこんな穏やかに寝顔観察タイムなんて送れないでしょ。RTA走者じゃないんだから、10分で討伐とか無理だよ」
「……? じゃあ、その金色のドラゴンは何だ?」
俺が部屋の隅で巨躯を横たえている金色のドラゴンを指差して問うと、白神はさらに訝しがった。
何だ? 俺そんなに変な事言ってるか?
「歩君、頭打った時おかしくなっちゃった? コレ、私が倒したドラゴンだよ? 歩君に渡したスキルブックのドロップ元だよ?」
「は!? こいつが!? いや待て、こんなにビカビカに光ってなかっただろ!? 黒と言うか紫色と言うか……こんなんじゃなかったはずだぞ!?」
一体何なんだ、このドラゴン? 何で俺が気を失っている間に光り出したんだ?
ドッキリとしか思えないドラゴンの変容に俺が取り乱している最中にも、白神は顎に手を当てて何やら考え込んでいる。
「……ねえ、歩君。ステータス確認してもらっていい?」
「……ステータスを?」
「うん。もしかして、スキルブックから貰ったスキルが何か作用してるんじゃないかなって」
確かに、倒れる前後で変わった事と言えば、スキルブックから謎の模様が飛び込んできたくらいだ。
俺が頭の中で「ステータスオープン」と念じると、中空にホログラムのようにステータス画面が浮かび上がる。
名前や年齢、所属の下には悲しくなるほど情けない基礎能力値の表示があり……さらにその下にはスキル欄がある。
これまでは【剣術Lv.1】としか表示されていなかったスキル欄に初めて見る項目……【レムナント・イーターLv.1】と言うスキルがあった。
「……レムナント・イーターってスキルがあった」
「うーん……確実にユニークスキルだね。私の勇者に何の反応もないから、少なくとも汎用スキルじゃないね。ユニークスキルなら説明が出るはずだから、そのレムナント・イーターの項目に意識を集中してみてー」
白神のアドバイスを聞き入れてステータス画面のスキル欄を注視すると、小さなサブウィンドウが開いた。
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《レムナント・イーターLv.1》ユニークスキル
区分:特殊技能
死亡した生命体の魔素の残滓を可視化し、
体内に取り込む事が出来る。
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「……なんか、死体の魔素の残滓が見えるようになって、取り込めるようになったらしい」
「魔素の残滓? ああ……だから残り物、レムナントって事か……じゃあ、歩君の言ってたビカビカ光ってるのが、ドラゴンの残滓って事……? でも、このドラゴンを倒した後に私の能力値も相当上がったから魔素なんて残ってないはずだけど……」
白神がぶつぶつと呟いている。考察している時思考が口から漏れるタイプだろうか?
白神は納得がいかない様子だが、ドラゴンが金色の粒子を纏っているのは純然たる事実だ。
もしこれが魔素で、俺が吸収できるなら……もしかしたら、少しは強くなれるかも知れない。
俺はドラゴンに右手を伸ばし、意識を集中する。手のひらに穴が空いていて、そこから掃除機のように魔素を吸収するようイメージした。
するとドラゴンの表皮から金色の粒子が剥がれ落ち、俺の手のひらに吸い込まれていく。
ドラゴンの表皮からは金色の粒子だけでなく、虹色に輝く鉱物……まるで化学実験の動画で見たビスマスの骸晶のような何かが湧き出て、これも俺の手のひらに吸収される。
物理的な重さや痛みは全くなく、ゲームのエフェクトを思わせる非実態の何かが身体の中に飛び込んで来る。
ドラゴンから謎の物体が滲み出しては飛んで来る現象は二分ほど続き、何も出てこなくなった頃にはドラゴンは俺が初めて見た時のような深い紫色に戻っていた。
「……何か、凄いエネルギーの流れみたいなのがぶわーってなってたけど……歩君、大丈夫?」
「あ、ああ……大丈夫だ、ドラゴンも元に戻った」
俺はなんとなく気味の悪さを覚え、右手を軽く振った。そしてステータスを開いて……驚愕した。
最大で筋力が4、他は殆ど1か2と言う貧相極まりない基礎能力値が軒並み爆増している。体力が24、筋力が28、敏捷が21……魔力に至っては34だ。
スキル欄も【飛翔Lv.2】【ブレスLv.1】【竜の威圧Lv.2 】なんてのが増えている。
ひょっとして……いや、ひょっとしなくても、このドラゴンのスキルをぶん取ったって事だろう。
このユニークスキルは……マズい。有用すぎるのは置いといて、あまりにも非人道過ぎる。
こんなスキルの存在を公表しよう物なら、死者への冒涜とか言われかねない。
「……どしたの? なんか顔色悪いよ?」
「このユニークスキル……魔素だけじゃなく、魔物の死体のスキルを剥ぎ取って自分の物に出来るみたいだ」
レムナント・イーターの思わぬ副産物の存在を白神に打ち明けると、事の重大さをすぐに理解したようだ。
「それは……ヤバいね。歩君、これ、絶対誰にも言っちゃダメだよ。普通の生活が出来なくなっちゃう」
「ああ、言うつもりは無い。こんなスキルを持ったまま捜索部で働いてるのがバレたら『スキルや魔素欲しさに行方不明者を見殺しにした』とか言われかねないからな」
「えっ、こんなチートスキル手に入れてまだギルド付きの冒険者なんてやるつもりなの? 私が心配なのは国家権力や悪い人達に飼い殺しにされちゃう方だけど……まあいいか。せっかく歩君がマトモに戦える力を手に入れた訳だし、上を目指して進もうか」
白神はドラゴンの遺骸をアイテムボックスに入れ、上層に向かう長い登り階段へと駆け出す。俺はそれを小走りで追いかけた。
最終的な目的地は第1階層だが、最低でも電波中継機が設置されている最高到達点……第37階層まで戻れば本部と連絡が取れる。
まずはそこまでどうにかして戻らなければならない。
俺はヘルメットのバイザーを下ろそうとして……既に剥ぎ取った事を思い出した。どうも締まらないな。
迷いなく階段を駆け上がる白神の背中が離れないように、俺もやたらと軽くなった足取りで追いかけた。




