第5話
俺に抱き抱えられたまま一時間たっぷり仮眠を取った白神は目を覚ますと跳ねるように起き上がり、大きく伸びをした。
「んーーー! よくねたー!! 支えてくれてありがとうね、とても寝心地良かったよー」
「回復したのなら良かった。もう体調が大丈夫なら、帰還の算段を立てたいんだが」
やや痺れつつあった膝や腕がようやく解放された俺も立ち上がり、両手両足を軽く振って緊張を解いた。
「うーん……そもそもここはどこなんだろうね? 何階層?」
「不明だ」
「これから帰るとして、何時間くらいかかりそうかな?」
「不明だ」
「君以外の救助って来る予定になってる? ここにいる事知ってるのかな?」
「不明だ」
「君の名前は?」
「不明……仁科歩だ」
一瞬釣られかけた俺に白神がクスリと笑い、俺は不意にドキッとしてしまう。顔や髪や鎧が血に塗れていなければ文句無しの美少女なのだが……
いや、細かい事は言うまい。俺は仕事中なのだから。救助者の美醜は仕事の内容に関係ない。
「歩君だね。えーと……歩君はステータスどんな感じ?」
「能力値は最大で4、スキルは剣術Lv.1だ」
「わーお……マジかぁ、じゃあ私が頑張んなきゃだなぁ。私の能力値は大体80〜82ってとこだね。スキルは……うーん、言っちゃってもいいか。緊急事態だもんね。【勇者Lv.4】だよ、ユニークスキル」
「……勇者?」
冒険者としてやっていく才能なんて持ち合わせていない俺には、ユニークスキルなんて物は基本無縁だ。
とは言え、冒険者ギルドの運営として組み込まれている以上、研修で習うので知識として知ってはいる。
ユニークスキルには二つのカテゴリーがある。複合スキルと特殊技能スキルだ。
複合スキルはそれ一つで複数のスキルを持っているのと同等の扱いとなる。
例えば、俺がよく見るテレビ番組に度々出演している日本屈指の弓使い、新島賢治氏の持つ【射手の極致】は、【射撃】【精密動作】【エイミング】【クイックリロード】【パワーショット】の複合スキルとなっている。
各スキルの詳しい説明は省くが、とにかくアーチャーとして破格のスキルをひとまとめにしたお得パックだ。
一つのスキルを育てる分の魔素で複数のスキルが同時に育つので、単純に強い。
特殊技能スキルは汎用スキルをどれだけ育てても使うことが出来ない特別な効果を発揮出来る。
例えば、去年来日した際には連日ニュースで取り上げられていたフィンランドの聖女、エレオノーラ・カイヤライネンは【死者蘇生】のユニークスキルを持つ。
発動条件が大変らしいが、死者の蘇生は回復魔法をいくら伸ばしても習得出来ない。まさに別系統の特殊技だ。
そしてユニークスキルはその名の通り、基本的にワンオフだ。同名のスキルが複数人に宿ったりはしない。
だからこそユニークスキルの情報は取り扱い注意だ。どうにか利用しようとする輩に目をつけられるか、出る杭は打たれるの精神で亡き者にされてしまう。
新島賢治もエレオノーラ・カイヤライネンも打ちようがない程飛び出た杭だからこそ公表している訳だ。
しかし、そんなシロモノをホイホイと俺に教えてしまってもいいのだろうか……?
「うん、勇者。効果は複合スキルで、包括してるのはユニークスキルを除いた全スキルだよ」
「……全スキルって、全部……? 武器スキルも、魔法も、技術スキルも……?」
「うん、全部。あ、これ絶対に内緒だよ。バレたら私、命を狙われちゃうから。一緒に生還を目指す仲間だから明かしたんだからね」
白神が厚い信頼のこもった目をこちらに向けて言う。……もう少し人を疑った方がいいんじゃないか? 会ってすぐの人間にそんな事をホイホイ教えていいのか?
白神の話が本当なら、白神は全ての武器をLv.4の範囲内で使いこなし、全ての魔法をLv.4の範囲内で発動させる事が出来、鍵開けやダッシュといった技能関連のスキルもLv.4の範囲で発動できると言う事になる。
それはもはやオールマイティどころの話ではない。一人で戦争が出来るレベルだ。
俺みたいなカス冒険者とは比べるべくもない。月とスッポン、太陽とクリオネだ。
そんな国家機密の塊みたいな物を容易にバラせる訳がない。俺の命まで危うくなる。
俺はコクコクと頷くしかなかった。
「私一人だけでも上には帰れるかも知れないけど、歩君にも戦う力が必要だよね……あ、そだ。そこのドラゴン倒した時にスキルブックが出たんだけど、使ってみる?」
まるで漫画本を貸すような気軽さで白神が俺に差し出して来たのは、白い表紙に金の装飾が施された手のひらサイズの本だった。
白神から差し出された本を、俺は受け取れずにいた。……いや、だってそうだろ、高価なんて言葉では表現出来ないレベルの超高額品だぞ。
スキルブックは魔物を倒した際に出てくるドロップ品の一つだ。コレを使うと瞬時にスキルを取得出来る。
しかしドロップ確率は天文学的に低く、出るとしてもボス級の魔物に限られるので最低価格は億は下らない。
「いや、そんな高い物を受け取る訳にはいかない。就業規則に違反してしまうからな」
要救助者から金品を受け取ってはいけない、と言うのは実際にある就業規則だ。
でないと要救助者を脅して金品を巻き上げ、ペイできない者を救助せずに見殺しにする奴が現れる。捜索部が腐敗の温床になってしまう。
人の身体・生命・財産を救護する立場だからこそ、ある種の潔癖が求められる。これが企業倫理だ……と片岡課長が言っていた。
そうでなくとも、後で返せと言われても返せる類の品ではない。代金を要求されても返済のアテがない。
おいそれと受け取って人生が積んだら……と考えると、そうそう簡単に手を伸ばせない。
「これは賄賂とかお礼とかそういうのじゃないからね、生存確率を上げる為の必要経費だよ。歩君が弱いと何かあった時に私が庇わないといけないでしょ? だから、ちょっとでも強くなってもらった方が手が掛からなくて楽なんだ。……それに、このスキルは私には覚えられなさそうだからね」
「……コレ、使えないのか?」
「うん、スキルブックは読めないと覚えられないからね。私には表紙も中身も全部白紙にしか見えないから、適性が全く無いって事になるね。歩君はどう? 何か書いてあるか、見える?」
俺は慎重にスキルブックを受け取り、しげしげと眺める。
表紙は確かに真っ白だが、そこには紫色の模様が描かれている。これは文字だろうか?
中をパラパラとめくってみると、表紙と同じ模様がびっしりと描かれている。明らかに模様にしか見えないのだが、俺の頭が何故かこれを文字として認識している。
一旦スキルブックを閉じて再び表紙を見ていると、紫色の模様が輝き……何故か、その模様を読めてしまった。
「……【レムナント・イーター】……?」
俺の呟きに呼応するかのようにスキルブックが輝き、勝手にページが開く。
そこに描かれていた模様がページから離れ、俺に向かって飛んでくる。模様は俺にぶつかると、そのまま身体の中へと消えていった。
おびただしい量の模様が俺の中に入って来る。それと同時に、全身が熱を帯び始める。まるでタチの悪い風邪を引いた時のように熱く、怠い。
白神が俺に何か話しかけているが、よく聞こえない。耳鳴りが酷く、平衡感覚もおかしくなっている。
足に力を入れられなくなり、その場に倒れてしまう。顔から地面にぶつかったはずなのだが、痛みは無い。感覚が消失してしまったようだ。
薄れゆく意識の中、最後に見たのは俺の手を握って今にも泣きそうな顔で何事か呼びかける白神の姿だった。
要救助者を心配させるなんて、捜索部失格だな……などと思いつつ、俺の意識は闇に沈んだ。




