第4話
「白神……瀬奈」
俺の呟きを聞き取った白神が首をこちらに向け、焦点の定まらない目で俺を見ようとしている。
「だ……れ……?」
「捜索部三課の者だ。リンドブルム未帰還に伴う捜索依頼で……いや、俺はトラップに引っかかって落ちて来ただけだ」
「三課……?」
俺の言葉をオウム返しするだけで、まともな会話が望めない白神の様子は一旦置いておいて、俺は救急処置の準備をする。
実際に傷病人を手当てするのは四年の勤務期間で初めてだ。何せ俺は死体しか見たことがない。
半年毎にダンジョン内での救護措置の講習を受けるが、人形を使った研修だ。死にかけの人間で試した事はない。
俺はアイテムボックスからガラス瓶に入った上級ヒールポーションとプラスチック製の吸い飲みを取り出した。
上級ヒールポーションは捜索部の標準装備、吸い飲みは……病人に水を飲ませる時に使うアレだ。
ポーション類は瓶に口をつけてのラッパ飲みが一般的だが、ここまで致命的な負傷状況だと気管支に入り込む可能性がある。誤嚥や咳き込みで余計な体力を消耗して死にかねない。
だから、ポーションを清潔な吸い飲みに移してゆっくり飲ませる。
飲み込む力もないだろうから、口をポーションで湿らせる程度でも多少の効果は望めるはずだ。
俺は仰向けになっていた白神の頭を抱えて起こし、肩口に膝を差し入れて体勢を安定させ、吸い飲みを口に差し入れてポーションをゆっくり飲ませる。
ちゃんと中身が減っているので、正しく飲めているはずだ。
上級ヒールポーションは普通に買おうとすれば保険適応でも100万くらいする上物だ。軽い怪我なら数秒で治るし、致命傷も死んでいなければ数分で治る。
こうして介抱している間にも、白神の傷はみるみるうちに癒えていく。ポーションがちゃんと効力を発揮してくれて良かった。
「……ありがとう、ございます。助けに来てくださったんですね」
「礼には及ばない。こちらは冒険者ギルドからの要請で動いただけだ。敬語も不要だ、同年代のようだからな」
「そうなんで……そうなの? じゃあ、お言葉に甘えて……私はリンドブルムのメンバー、白神瀬奈だよ。他のメンバーと40階層を目指してたんだけど……変なトラップ踏んじゃって……テレポーター、だったのかな。気がついたら、ここに……」
「もしかして、そこに倒れてるデカブツは……アンタが?」
「うん、襲いかかってきたから戦ったんだ。ドラゴン……だったかな、黒い……ううん、紫……? すごく強くて、何度も怪我して……頑張って……なんとか倒したけど、私も限界で……」
俺は白神の話に相槌を打つように、白神の話が途切れたタイミングを見計らって吸い飲みを口に差し込む。
大分容体は落ち着いたように見えるが、ポーションはきちんと一本丸々飲ませるよう講習で教わっているので、しっかりと飲ませていく。
「……えへへ。私、こうやって……男の人に助けてもらったの、初めて……ちょっと、恥ずかしいね」
「恥じる必要はない。死んだら恥ずかしく感じる頭も動かなくなるからな。よく生き残ったな、間に合って良かった」
「うーん……そーゆーことじゃないんだけど……ううん、いいや。ちょっとだけ……ちょっとだけ疲れたから……休ませて……ね……」
そう言い残すと、白神は何も喋らなくなった。
まさか死んだのかと少し焦ったが、脈も安定しているし負傷も回復している。胸が上下に動いているのを見るに、規則的な呼吸も確認できる。
……ただ寝てるだけだな、これは。
俺に体を預けてぐっすりと眠る白神を降ろす事も出来ず、片手で業務端末を操作する。
とにかく、現在地が分からない事には救援も呼べない。支援アプリを立ち上げ、遭難者発見時のマニュアル通りに操作していく。
第1階層との相対的な位置を取得して、座標を表示しようとしたが……ダメだ、電波が届かない。
ここが電波の中継機を設置出来ていないくらいの未踏の深層って事だろう。
これはマズい。電波が届かないのであれば、要救助者の確保完了の報告も救援要請も、AIを用いた現在地の診断も行えない。
命を救いはしたものの、ここは相当な深部だと思われる。帰るのも一苦労どころか、命の危険が大いにある危険な大返しになるだろう。
あの図体のデカい魔物を単独で仕留められる膂力を持つ白神は生きて帰れる目はあるだろうが、俺のステータスでは生還を望めないかも知れない。
とにかく今は、白神にしっかり睡眠を取ってもらって、体力と気力の回復に努めてもらうしかない。
俺は白神を抱き抱えたまま、みじろぎ一つ出来ない状況に深くため息をついた。




