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第3話

 三課の同僚が駆け足のまま受付の横を抜けてダンジョンへと突入していく。

 受付には帰ってきたばかりと思われるソロ冒険者や入場処理待ちのパーティが居たが、彼らから投げかけられる視線の質はいつもと変わらない。

 行方不明者に対する「お気の毒様」とでも言いたげな憐憫と、俺達に対する軽い侮蔑だ。

 これがあるから、俺達は待機所を出た時からヘルメットのバイザーを下ろしている。

 こんな視線を投げかけてくる周囲を見たくないし、顔を見られたくないからだ。これから仕事だってのに、余計な事でメンタルを乱したくない。



 ダンジョンに入ると、三課の中でも二手に分かれる。戦闘力のある美樹本・赤島・桐崎班は第10階層から探索を開始する。やや戦闘力に劣る大原・鈴木・皆川班は第1階層からローラー作戦だ。

 こんな浅い階層にいるとは思えないが、逆にこんな浅い階層にいたのに見逃したとなれば一大事だ。

 見逃しやヒヤリハットの放置は、行政を攻撃したい市民の鼻っ面に餌をぶらさげるのと同義だ。……アイツらの方がよっぽどシバンムシに似てると思う。



 お上としては「ちゃんと全階捜索しましたよ」という潔白の証明として、浅い階層も律儀に調べないといけない。

 そうは言っても、三課の全員が馬鹿正直に第1階層からしらみつぶしに探す必要はない。だから、弱い俺達が浅い階層を受け持つ事になっている。

 一度捜索部が作業を開始すると、階層に沸いていた魔物が一掃される。捜索の邪魔になるから当然だ。

 ドロップ品目的で来ている冒険者は、再び魔物が湧くまでしばらく待たされる事になる。

 ……冒険者が俺達を死番虫と呼んで忌み嫌う実際の理由はここにあるのかも知れない。行方不明者捜索の名の下に、有益な資源を数に任せて食い尽くす様は害虫に見えなくもない。



「仁科君、今日もよろしくね」



 俺と並走するように、一人の同僚が話しかけて来る。バイザーで顔は見えないが、誰なのかはすぐに分かる。俺のバディの金森君だ。

 うちの課は1班8人だが、二人ずつのペアが最小行動人数だ。

 ペアで行動していれば、片割れに何かあってももう片方が班長や課長に連絡を入れられる。つまり、単純に二次遭難を防げる訳だ。

 捜索部の為に捜査部を動かすような、ミイラ取りがミイラになるような事があれば市民に無計画だとつつかれてしまう。

 そんなバディと言う名の相互監視役……俺の相棒が金森君だ。



「ああ、よろしく」


「Sランク冒険者って、強いんだよね? 引き際も心得てるはずなのに……何で遭難しちゃったんだろう?」


「さあてね、魔素吸収不全の死番虫には預かり知らない話だ」


「リンドブルムってこないだテレビに出てたパーティだよね……サインとか貰えるかな?」


「死亡診断書に?」



 適当な返答を繰り返す俺に業を煮やした金森君が、ムッとした声色で咎める。



「仁科君……そういうの、あんま良くないと思うよ」


「俺からしたら仕事中に無駄話をする方が良くないと思うけどな」


「雑談くらい大丈夫でしょ、第3階層なんて目を瞑ってても回れるくらい巡回してきてるんだから今更──」



 金森君が抗弁しようとした瞬間、金森君の足元からズズッと重い石が擦れるような音がした。……マズい、トラップだ。

 金森君が言うように、俺達はこのダンジョンで生活していると言っていいくらい通い詰めており、第10層までの構成は完全に頭に入っていた。

 この第3階層には主だったトラップは無いはずだが、ダンジョンは維持の悪い事にランダム要素をぶっ込んで来る事がある。

 急に生えたトラップはまさしくランダムで、毒ガスや矢が飛び出したり、天井が崩落したりと様々だ。

 一昨年に大原班の新人がランダムトラップを踏み抜いて以来遭遇しなかったから、油断していた部分はある。

 しかし、今日引き当てたランダムトラップはハズレ中のハズレ……落とし穴だ。



 金森君の足元から2メートル先までの床が崩落し、人一人がすっぽりはまってしまう大きさの穴が開く。

 俺は絶望的な表情を浮かべる金森君を落とし穴の向こう側へと蹴飛ばす。

 逆に俺は体勢を崩してしまい、金森君の代わりに落とし穴へと真っ逆さまにダイブした。そうだ、これでいい。

 俺は元々才能が無いし、現状金森君の方がステータスは上だ。犠牲になるなら俺の方がロスは少ない。俺には悲しむような家族もいないしな。



 とりあえず、穴の中に竹槍や鍾乳石のような刺さるタイプの仕掛けがある落とし穴じゃなかったのは良かった。

 しかしその代わり、少なくとも自力で登れなさそうな油まみれの斜面が待ち構えているのを見て、俺の脳裏を別の絶望が染め上げる。

 これは下層へ落ちるタイプの落とし穴だ。ここが第3階層だから、少なくとも第13階層までは落とされる。もはや一・二課の活動範囲だ。

 階層移動系落とし穴の最小移動値は10階層だ。最大移動値は当然の事ながら最下層まで直送だ。

 俺は油で摩擦力が死んでいる斜面を滑り落ち、十数分は転がり続けた。

 油のおかげで体は擦り切れずに済んだが、落とし穴の終点で思い切り放り出された。

 俺は衝撃でベッキベキに壊れてしまったヘルメットのバイザーを剥ぎ取って、あちこち痛む体をさすりながら立ち上がって辺りを見渡した。



 円形のドーム状に広がった単一の部屋……これは見覚えがある。ボス部屋だ。

 ダンジョンには、一部屋しかない階層が定期的に現れる。そこは普通の階層よりも巨大で強力な魔物が出現する。

 浅い階層ならソロでも倒せる程度の弱さだが、深い階層にもなると徒党を組んでも歯が立たない魔物が出てきたりする。

 ここもそういった類のボス部屋のようだ。部屋の隅には黒い体表の巨大な生き物が事切れており、その体躯を横たわらせている。

 その魔物の遺骸のすぐ近く。魔物と比べると悲しくなるほど小さい人間が倒れているのを発見した。



 痛みをこらえながらよたよたと歩いて近づいて確認すると、倒れていたのは鎧を着込んだ少女だった。

 叩きのめされ、切り付けられ、突き刺され……傷痕を見ているだけでも痛々しいその少女は、それでも命を繋いでいた。

 俺は少女の顔を確認して……一瞬、息をするのを忘れてしまった。

 苦悶に歪んだ整った顔、血に濡れても艶やかさの失われていない銀髪。



「白神……瀬奈」



 先程データを確認したばかりの、最優先確保対象。

 それが、まるでボロ雑巾のように、転がっていた。

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