第34話
「何でですか課長!? 俺なんかやっちゃいましたか!?」
「まあまあまあ落ち着け仁科! 説明するから!」
立ち上がって身を乗り出した俺を押し戻して、片岡課長が咳払いをした。
「まずお前、黙ってる事があるだろ?」
「黙ってる事……ですか?」
「スキルブック貰ったんだろ? 白神に」
課長が机に置いてあるバインダーに挟んである書類を一枚抜き出した。
「ああ……はい、足手纏いを庇いながら上を目指すのはしんどいからって」
「要救助者からの物品供与は断る規則になってるのを今更指摘されんと分からん新人じゃないだろ、お前は。そりゃお前みたいな弱いのが最深階層より10や20じゃ利かないくらいの所に落ちたんだから緊急避難は成立するけど……下手打ったなって思ったよ」
「……すいません」
「まあそこはいいんだよ。問題はスキルの内容だ。何だお前ユニークスキルって! しかも死体から魔素を吸い出して能力向上って捜索部にとっちゃ最悪なスキルだろ! マッチポンプ疑われるわ! こんな奴三課に置いとけるか!!」
「えっ……嘘でしょ、何でここまでバレてるんです……!?」
俺に突きつけられた書類には、【レムナント・イーター】の詳細が記されていた。
ステータスは本人にしか確認出来ないから、世間でも出回ってないような極秘のステータス調査マシンがあって、俺の生体データを調べた……なんて事でもない限りはバレないはずだ。
それに、もし調べたとしたら出てくるスキルは【伝承者Lv.X】のはずだ。親父の魂と話した後に、【レムナント・イーター】は進化した。
つまり、俺のスキルを課長に密告した犯人は【レムナント・イーター】の存在を知っていて、【伝承者】への進化を知らない人間という事になる。つまり……
「こんにちはーー! 課長さん!! 歩君を私に下さい!!! 今日こそ色良い返事が聞けるのを期待してますよ!!!!」
ドバァン! とまるで爆発のような騒音を立ててドアが開け放たれ、同時に陽気な女の声がした。……嫌だ。見たくない。やっぱりお前のせいかよ。
「一番の原因はコイツだ! 毎日毎日押しかけて歩君を下さい歩君を下さいって! 俺は仁科の父ちゃんじゃねえんだぞ! 仁科も俺の娘なんかじゃねえだろ! マジで勘弁してくれ、仕事にならねえんだよ! こいつ無視してたら平気で四時間くらい入り浸りやがる!」
「あ、やっぱり昨日はわざと無視してたんですね! 今日は倍くらい居座ってやろうと思ってましたけど四時間にしときますね! ……あ、歩君おはよー♡ 退院出来たんだね、よかったー!」
瀬奈がこちらに手を振っている。おはよー♡ じゃない、こっちはそんな気楽な空気じゃない。課長のじとっとした視線が刺さるようでとても痛い。胃が。
「……白神さん、何で俺のスキルバラしたんです……か……?」
「もー、ほんっっっとに他人行儀なんだから……だってね? 歩君を下さいってお願いしても課長さんが歩君は戦力なんだから手放せないって言うからね? それなら歩君を手放さなきゃいけない状況にしたらいいよねって思って!」
「待った待った! あの時言ったよな!? 俺は捜索部での生き方しか知らないからパーティには入れないって! 何やってるんだよマジで!?」
「大丈夫! 私が新しい生き方を教えてあげる! 心配しないで、多分課長さんそろそろ折れるから! あとひと押しで落ちるから!」
「もう課長ベッキベキに折れてんだよ! クビ宣告されてんだよこっちは! どうしてくれるんだよ! 無職になっちまったら寮からも追い出されんだぞ!?」
「あ、じゃあ一緒に拠点作って生活しよっか? パーティで寝泊まりするのも稀によくあるって言うし? そーしよそーしよ! 冒険者協会行って共済や保険に加入して印鑑作って冒険者用の銀行口座開設してスマホ買って物件見に行こー♡」
万歳して大喜びしている瀬奈と致命的に話が噛み合わない。だから俺は辞めたくないんだけど?
「……仁科。もう諦めろ。お前のクビの判断は俺の一存じゃない」
「課長? どう言う事です?」
「もうお前の話は冒険者協会の方にも届いてる。ユニークスキルを第3セクターの底辺企業なんかで飼い殺しにするなと協会からのお達しだ。……お前は冒険者になるんだ。これはもう決定事項だ」
「嘘でしょ……」
「そう言いたいのは俺の方だ、この業界マジで人材不足なんだからな……全く、誰がチンコロしやがった……まあ一人しか居ねえ訳だけどよ」
瀬奈が「私がやりました」と言わんばかりのドヤ顔で腰に手を当てて胸を張っている。……いや、威張る事ではない。反省して欲しい。
「……でも、チャンスかも知れねえぞ。お前みたいな若い奴が死んだ目をして働くのは、俺みたいなオッサンから見てても辛いモンだ。今のお前の目、今まで見た事ないくらいに輝いてるからな。もうこっち側に来んな。キラキラして生きてけ」
「……すみません」
「バッカお前、そこはありがとうございますで良いんだよ。……元気でやれよな」
「はい。ありがとうございました」
俺が頭を下げると、瀬奈から脇の下から手を差し込まれて無理矢理立たされた。元からベコベコだったパイプ椅子が横に倒れる。
「課長さん! もういいですか!? 歩君もらっていいですか!?」
「持ってけ持ってけ、事務に話通してるから手続きが終わったら仁科は無職だ。離職票を郵送する住所だけは先に決めとけよな」
「ありがとうございまーす! さ、歩君行こう! 新しい冒険の始まりだー!!」
俺は何の反論も反抗も許されないまま、瀬奈に引っ張られて面談室から退出した。
片岡課長は、苦笑いを浮かべたまま手のひらをひらひらと振っていた。その優しい笑顔は、俺がここに来て初めて見た表情だった。




