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第33話

 結局、救助は二時間後に到着した。

 一課二課のみならず、三課のメンバーまでフル出動で現れた時には流石の俺もびっくりした。

 その中には、俺が蹴っ飛ばして落とし穴から逃した金森君がいた。息も絶え絶えながら、一課二課のハイペース進軍に遅れず追従していた。ナイスガッツだ。

 ……三課平均値の能力でここまで走り続けるのは大変だったはずだ。以前の俺だったら20階層くらいでリタイアだっただろうし。

 金森君は赤を通り越して赤紫に差し掛かりつつある顔をぐしゃぐしゃにして、俺に抱きついてわあわあ泣いた。

 やめろよ、男に泣き付かれても嬉しくともなんともない。……こうして再会出来た事自体は嬉しいが。



 未だ意識の戻らない前園は一課最強のパワーファイターとして有名な岩野さんが軽々と担ぎ上げていった。

 瀬奈のエスコートを一課の隊長が申し出たが、「せっかくここまで連れて来てくれたから」と俺と一緒に地上に戻りたいと主張し、エスコートを固辞していた。

 人の目もあるので瀬名への呼び方を「白神さん」に戻したら、瀬奈が露骨に不機嫌な顔になってしまった。

 ……しょうがないだろ、俺は仕事中だし、みんなに変な噂をされると恥ずかしいし。

 俺と瀬奈は三課の後ろをついて行く形でダンジョンを脱出する事となった。……金森君、いい加減離れてくれないかな。歩きにくい事この上ない。

 あと瀬奈は「何よこの泥棒猫!」とでも言いたげな殺意のこもった視線と共に金森君に敵意を向けるのをやめて欲しい。こいつ、悪い奴じゃないんだ。



 § § §



 ユニークスキル持ちの遭難と言う事もあり、当事者である瀬奈とその救助者である俺はダンジョンの管理区内に留まるよう申し付けられた。

 お偉いさんとの面談や事情聴取もあるらしいが、今の時間は午前四時半をちょっと過ぎた所……起きて仕事をしているのは夜詰めの労働者くらいだ。

 俺達捜索部の寮も管理区内にあるので、このまま自室で寝てもいいのだが、瀬奈をほったらかす訳にもいかない。本人からエスコート要員として指名を受けてしまっているのだから尚更だ。

 俺達の救助が終わった一課から三課までのメンバーはデブリーフィング……救助活動完了に伴う報告会をしている。金森君もべそべそ泣きながら会議室に向かっていった。



 そして今は、瀬奈が「長い事ダンジョンに居て息が詰まりそうだから外の空気を吸いたい」と所望したので一緒に外に出ている。

 西の空に薄い三日月が浮かび、闇夜が東からほどけていく。未明の空を見るのは久しぶりだ、三ヶ月前に夜勤シフトを外れたからな。



「ね、歩君。そろそろいいんじゃない?」


「一体何の事でしょうか、白神さん」


「……⭐︎1付けるよ?」


「しょうがないだろ、どこで誰が見てるか分からないんだから……で、何の話だ?」


「その本を開いてもいいんじゃないかなって」



 瀬奈が指差すのは、俺のズボン……ではなく、親父達の魂の入った元スキルブックだ。

 アイテムボックスに入れるのは気が引けたので、大事にポケットにしまっておいたのだ。



「……そうか、解放してもいいんだ」


「うん。私もどんな感じなのか見てみたくてさ。ほらほら、早く早く! 誰か来ちゃうかもだし!」



 俺の腕を取ってぴょんこぴょんこ跳ねる瀬奈に急かされながら、俺はスキルブックに封入した魂を解放した。

 ぶわっと溢れた青い魂が千々に分かれ、一つ一つがバスケットボールくらいのオーブになる。中には人の形を保っている魂もある。親父もそのうちの一つだ

 ふわりふわりと中空を漂っていた青い魂達はゆっくりと空へと舞い上がる。

 東の空から差し込むオレンジとも赤とも付かない暁光に照らされた魂達が、角砂糖が溶けるように消えていく。

 ふと、親父の魂が振り返り、何事かつぶやいた。【読唇術】なんか無くても分かる。「ありがとう」だ。

 気の利いた言葉も出て来ないまま、俺は親父達を見送った。だけど、それで良かった。

 あの時──親父の遺物が何も入っていない墓の前で何も言えなかった俺が、ちゃんと親父とお別れを済ます事が出来たのだから。

 瀬奈は俺の横で手を繋いで、消えていく魂を一緒に見送った。お互い何も言えないまま数分空を眺め、瀬奈が口を開いた。



「人が死んでる訳だし、これが正しい言い方か分からないけど……もしかしたら、不謹慎かも知れないけど」


「……ああ」


「良かった、よね。連れてこられて」


「ああ、良かった」



 いつまでも帰って来ない俺達に痺れを切らした受付担当が呼びに来るまで、俺達は明るさを取り戻していく空をずっと見ていた。



 § § §



 あれから二週間程が過ぎた。

 結論を言うと、Sランクパーティ「リンドブルム」は解散の手続きが取られた。

 メンバーの島村夏樹・柳原絵梨奈の死亡もさることながら、パーティリーダー・前園拓也の心神喪失状態が回復不可能である事が主たる原因だ。

 記憶喪失のみならず極度の幼児退行の症状が見られ、まともな応対は不可能らしく、今回の攻略申請逸脱やそれに伴いパーティメンバーを死なせた責任を問えなくなってしまった。

 生き残ったのは二名、片方は再起不能……白神瀬奈だけではパーティの体裁を取り続けるのは不可能だ。

 今回の事件はそこそこセンセーショナルで二週間くらいワイドショーを賑わせていたが、翌週には別の話題に切り替わってしまった。

 いずれ人々の記憶からも消えるだろう。人の噂も七十九日とは言うが、情報過多の現代では一週間でも良く持った方なのだろう。

 

 

 前園の精神崩壊の原因は魔物に憑依されている時間が長かった事からなのか、それとも仲間をその手に掛けた罪悪感が心を破壊したからなのか……実際の所は分からない。

 だが、それは俺と瀬奈しか知らない話だ。魔物は俺がアイテムボックスから出さない限り物的証拠が無い訳だから追及される事はないだろう。

 現に、俺が入院していた間に警察や冒険者協会からは何も言われなかったので瀬奈が上手い事やったんだろうと思う。



 ……そう、俺はあの後入院する事になった。

 瀬奈を冒険者協会の職員に引き渡した後に受けたメディカルチェックがことごとく引っかかってしまった。

 下位のポーションで無理矢理血液不足を治したりした事もあって血液検査で異常が出て、常日頃の栄養状態もあまり良くなかったせいで栄養失調寸前に陥ってると診断された。

 まあ、死後の世界を垣間見るほどの大怪我を回復魔法で無理矢理治した訳だから多少の不具合が出ても仕方が無い。

 これまで大量に残っていた有給をここで一気に消費する羽目になったが、寮の食事より数段美味い病院食を頂いて、十分過ぎる程に睡眠を取り、体調は万全に回復した。



 退院した俺が寮に戻ると、金森君が呼びに来た。片岡課長から至急三課の面談室に出頭せよとの事だった。

 もしかしたら入院中に書いた業務日報に不備があったのかも知れない。俺は怒られる事を覚悟しながら三課面談室のドアをノックして入室した。

 部屋には既に片岡課長がおり、向かい合わせの椅子に座っていた。無言で反対側の椅子を指差す片岡課長に頭を下げて着席すると、間髪を入れず課長が宣言した。



「仁科、お前クビな」


「ええええええええええええええ!?」



 俺の絶叫が、三課面談室にビリビリと響いた。

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