第32話
不毛な追いかけっこで体力を消耗しながら駆け上がる事3階層、瀬奈が唐突に立ち止まってスマホを確認する。
「あ、ここだ! ここで私飛ばされたんだ!」
これ見よがしに突きつけられたスマホ画面には、右上の端で存在を主張する圏外マークと、マッピングアプリによる現在地の階層のデータが表示されていた。
最近のマッピングアプリは進んでおり、カメラやセンサー類を使って周囲の景色を取り込み、勝手に地図を作ってくれるらしい。
瀬奈がトラップに引っかかった場所もしっかり記録されていた。それがちょうど俺達がいる場所のようだ。
「なるほど、じゃあここが51階層か……」
「うんうん。ここから先は降りて来た時のデータが残ってるから、一直線で帰れるね。ふいー、何か現実味と疲れがどっと湧いてきたよー」
「最後まで油断するなよ、気を抜いた時が一番事故率が高いんだからな」
「はーい、じゃあナビ入れとくねー」
瀬奈はイヤホンを片耳に装着して、スマホを操作する。帰還のサポート機能として、地上までのルートを音声で誘導してくれる……らしい。
はっきりしない言い方が続いてしまうが、こればかりはしょうがない。
何せ今の俺はスマホを持っていないから、最新のテクノロジーについては詳細が分からない。テレビや新聞の聞きかじり程度の知識しかない。
中学生の頃に持っていたスマホは高校に上がってしばらくして親戚に没収・解約されたし、それから先は買ってもらえなかった。
捜索部に入って給料が出ても、連絡する先が無いからわざわざ買う必要もなかった。
業務端末として持たされるスマホは機能が制限されているし、ボロボロの型落ち品を後生大事にしているような節約とエコ意識の高い弊社だ。変な使い方は許されていない。
「あ、そうだ。歩君の連絡先って聞いてもいい?」
「連絡先? 寮の住所と電話番号でいいか?」
「いや、スマホのメアドとかメッセージアプリとか、SNSのアカウントとか……」
「スマホが無いから、無いぞ」
「うっっそでしょ!? ネットが無いと生きてけない今の時代にスマホが無いとか本気で言ってる!?」
瀬奈の驚愕の叫び声が階層に響く。これでは居場所を知らせてるような物だ。
下の階層に比べると魔物は弱いが、それでも舐めてかかって無事でいられる程ではないので気を引き締めて欲しい。
しかし……いや、でも、スマホが無くても生きていけるだろ。実際、俺がそうなんだから。
「誰かと話す時不便じゃないの!?」
「話す相手もいないからな」
「電子決済とか使わないの!?」
「いつもニコニコ現金払いだ、クレジットカードは身を持ち崩すだろうし、作れないかも知れない」
「検索とかニュースとかは!? 情報どこで仕入れるの!?」
「テレビと新聞があるだろ、後は同僚との雑談だな」
「ゲーム! ゲームやんないの!? 暇つぶしは!?」
「テレビ見てるか、寮のみんなと麻雀か花札だな」
矢継ぎ早に飛んで来る質問に答えていると、やっぱりスマホを持つ必要性が無い事を再確認してしまう。
どうせ誰とも話さないし、テレビがあれば事足りる。面倒臭い機械の習熟は業務端末だけで充分だ。
……ちなみに、麻雀も花札もギャンブル無しの健康的な奴なので安心して欲しい。
でなければ、危険牌を躊躇無く切ってしまう金森君は今頃借金で首が回らない事態に陥ってるはずだ。俺は……ノーコメントだ。
「……歩君。地上に帰ったら、一緒にスマホ買いに行こ。約束」
目の据わった瀬奈が小指を差し出す。いや、出来ない約束はするべきじゃない。
そもそも瀬奈とは要救助者と捜索部隊の隊員の間柄だ。わざわざ馴れ合う必要がない。
それに瀬奈はこれから忙しくなってしまうだろう。俺みたいなモブキャラにかまけてる余裕は無いはずだ。
「いや、いらない。使い道がないし。話す相手も──」
「私が! 歩君と! 話したいの!! 絶対一緒に行くからね!? いーい!? 分かった!?」
瀬奈に無理やり手を取られ、強引に小指と小指を巻きつけられてしまった。片手が前園で塞がってるのに随分と器用だ。
小指を解いたかと思うと返答を全く聞かないままずんずん先に進む瀬奈に、俺は軽くため息を吐いた。
§ § §
二人で手分けしつつ魔物を討伐し、最短ルートで上を目指していると、39階層に差し掛かったあたりで俺のポケットに入れていた業務端末からけたたましい音が鳴り響いた。
電波を送受信出来る階層まで上がって来れたおかげで大量の通知を一気に受け取ったみたいだ。ロック画面が通知で埋め尽くされている。
片岡課長からの通話や業務メッセージ、勤怠アプリからの警告、バディシステムを通した金森君からの連絡、それから仮申請しておいた島村と柳原の死亡処理の受理完了通知。
恐らく、金森君をかばった事で行方不明になってしまった俺に、捜索部三課がどうにか連絡をつけようとした結果だろう。
「ようやく電波が届くとこまで帰って来れたな」
「あ、本当だ。……ひえー、通知ヤバ……」
瀬奈も片手でスマホを確認して恐れ慄いている。俺なんかとは比べ物にならないくらいの交友関係を有しているはずだ。……返信が大変そうだ。
とりあえず業務メッセージアプリで捜索部と三課の控室にあるパソコン、それからダンジョン受付に対して現在位置と深層からの帰還を報告をし、指示を仰ぐ旨のメッセージを送信した。
……返事は秒で返って来た。とにかく動くな、人を遣るとの事だった。
「捜索部から連絡だ。人を寄越すからそこで待てとの事だ」
「そっか、そうだよね。もう連絡がつくもんね。……終わっちゃうんだなぁ」
担いでいた前園を地面に下ろして、瀬奈はその場でしゃがむ。もう少し丁寧に下ろしてやったらどうだ、結構痛そうな音がしたぞ。
俺も地面に腰を下ろすと、瀬奈がわざわざ俺の横まで近寄ってから座った。……何なんだ、本当に。
「もうちょっと、歩君と一緒に居たかったなぁ」
「……ここを出るまでは仲間だとは言ったが、俺は救助要員であって恒常的なパーティメンバーじゃないんだぞ? それに遭難してたんだぞ、普通さっさと帰りたいモンじゃないのか?」
「はいはーい、どうせ私は普通の女の子じゃありませんよーだ。ほんっっっっとに意思を曲げないよね……そう言うのいいと思うけどよくないと思ーう」
ぶすっと頬を膨らませた瀬奈が足元の石を拾い上げて壁に投げる。Sクラス冒険者の膂力で繰り出された石が派手な音を立てて砕け散った。……普通に怖い。
「……ねえ、歩君。一緒にパーティ組まない? 私、歩君と一緒に冒険者やりたいよ」
「住む世界が違うだろ。そっちはSクラス、俺は死番虫だ。地上に戻ったらそれぞれの生活が待ってるんだ。わがままを言うモンじゃない」
「もしかして、まだ能力が弱くて才能が無いって言い張るの? 十分強いし、何しろユニークスキル持ちだよ?」
「強い弱いの話じゃない、俺は捜索部の生き方しか出来ないんだ。それ以外は知らない。……それに、ユニークスキルで死者の残滓まで喰らい尽くす訳だからな。死人喰らいの死番虫なんて、不吉すぎて誰もパーティを組む訳がない」
俺も瀬奈を真似て石を拾い上げて壁に投げつける。
魂が抜け切った俺の能力値はボス部屋に突入した時の水準に戻っており、瀬奈みたいな殺人投球は出来なかった。壁にぶつかった石はそのままどこかへ跳ねていった。
「ここにパーティ組もーって言ってるのが一人居るんだけどなぁ……あと、それにさ。不吉かどうかは言い方次第だと思うよ」
「言い方?」
「うん。死者の残滓なんて言い方するからホラーに聞こえるんだよ。発想を転換してさ、明るい感じにしてみない?」
「そうは言うけどな……他に何か言い方、あるか?」
「うーん……面影、なんてどうかな?」
「面影……?」
「そ。ありし日の面影。生きていた頃の面影……残り物って事には変わりないけど、まだロマンチックじゃない?」
面影か。人間の魂や残留思念に対してはそう呼んでもいいのかも知れない。
実際、俺の前に現れた親父はあのころの面影そのままだった訳だし。
……魔物に面影もクソもないとは思うが、確かに。
「……そうだな。アリかもな」
「どう? 正式採用?」
「内々定ってとこだな。……しかし、そうなると俺は面影喰らいの死番虫って事になるのか? それはそれで……なんかチグハグな感じはするが」
「いいのいいの! 前半は格好が付いたから、あとは後半の自己肯定感マイナスの蔑称だよねー……ま、私が頑張ればいい話か」
何を頑張るつもりか知らないが、瀬奈は胸の前で両手を握りしめてふんすと鼻息を荒くしている。
俺はアイテムボックスに残っていた最後の栄養補助食品を取り出し、瀬奈と半分ずつ食べながら救助を待つ事にした。




