第31話
《それじゃあ、頼むな》
「……うん」
俺は小さく頷いて、親父の魂を吸い取ってスキルブックへと送った。
……これで、魔物によって捨てられてきた冒険者達の魂の全てを回収した。後は地上に戻って、解放してやれば終わりだ。
戦闘中に何度か苛まれた血液不足由来の不調を思い出し、下級のポーションを2本ほど取り出して一気にあおった。
何度飲んでも、あまりお世話になりたくない味だ。ケミカルな匂いとしつこい甘さが喉と舌にこびりつく。
瀬奈に飲ませたポーションと違って、こっちは廉価版だ。薬事法の絡みで医薬部外品として扱われており、上等なスタミナドリンク程度としての効果しか謳われていない。
しかし効果はテキメンで、ある程度なら傷も治るし増血作用もあるし、軽度のバッドステータスも解消される。
……あくまでも、薬ではない。上等なスタミナドリンクだ。建前上薬効は無いという事を忘れてはならない。薬機法は恐ろしいのだ。
「お疲れ様、歩君」
「……瀬奈もお疲れ様、怪我とかしてないか?」
「うん、おかげさまで大丈夫! ……えっと、あのね」
瀬奈が何かを言いたそうにしては止めてを繰り返している。……二日間程度の付き合いだが、瀬奈の性格は大体分かっている。
親父の件で下手に慰めるのも悪いし、かと言って無責任に「大丈夫」とも言えないから話すネタに困ってるって所だろう。
「親父の事なら大丈夫だ、心配いらない。俺も子供じゃないからな」
「えー? あんだけボロボロ泣いてたのにー?」
瀬奈がにやにや笑いを顔いっぱいに貼り付けて俺の脇腹を肘でつつく。……厄介な所を見せてしまった。
「ま、でも歩君の言う通りなんだろうね。最初に会った時と比べて、スッキリした顔してるもん」
「……そうか?」
「うん。なんかもう、この世の不幸と不条理を全部抱えて生きてますーってくらい暗い顔してたもん。こーんなにかわいい顔してるんだからニコッとすればいいのにー、うりうりー」
いきなり瀬奈に頬をつねられ、無理やり口角を上げさせられてしまった。
やっぱりこいつ、距離感がどうにもおかしい。出会って数日の男に対してくっつき過ぎだ。
帰還の目処が付いた今、あまり親密にし過ぎるのは良くない。瀬奈はSクラスの冒険者で、俺は捜索部の死番虫なのだから、少しそっけないくらいで丁度いいはずだ。
「瀬奈、そう言うの止めた方がいいぞ。距離感が近過ぎる」
「えー? 歩君は距離感近いの嫌?」
「嫌とかそう言う事じゃなくて、どんな男にでも近寄る女って思われるぞ?」
「まっさかー! 私、誰にでもこんな風にくっついたりしないし、名前で呼ばせたりしないよ?」
ケラケラ笑いながら瀬奈が俺の肩をぺしぺし叩く。……いや待て、それはそれで良くないぞ?
「……瀬奈? ちゃんと話をしよう。人を選んでるような事を言ってるが、そっちの方がマズいんじゃないか?」
「ふーんだ、女心を理解してくれないニブチンなんて知りませんよーだ。さ、早いとこ上にいこいこー。よっこいせっと」
瀬奈は気分を損ねたのか、そっぽを向いたまま米俵を担ぐように前園を肩に乗せて、俺を置いてさっさと階段を登ってしまった。俺も急いで瀬奈の後を追う。
一度だけ後ろを振り返ると、主を失ったボス部屋に残された物……遺体や遺物が、ゆっくりと地面に飲み込まれていた。
俺は両手を合わせて祈り、すぐに階段を登った。
§ § §
ボス部屋から上がった先は、石で出来たレンガで造られた広い隧道のようなエリアだった。さっきまでの地下墓地みたいな狭苦しさは無い。
「おわー! この壁の感じ! 見覚えあるー!」
「……もしかして、瀬奈が踏んだテレポーターのトラップって、この近くだったりするのか?」
「んー、どーだろね? でも多分近いと思うよー。マジでこっちは死にかけたんだからねー!? このやろこのやろ、えいえい」
瀬奈が前園を担いだまま壁をてしてし叩く。やや恨みのこもった平手打ちを壁に食らわせているようだが、気持ちは分からないでもない。
仲間を死に追いやり、自分自身もドラゴンに殺されかかった憎いトラップを思えば腹も立つだろう。
……もし、あの時。金森君が落とし穴にかかりそうになった時。俺が助けずに金森君が落ちていたら……果たして、どうなっていただろう?
「……でも、死にかけたけど……歩君と出会えたから、いっか。許してやらなくもないかな」
「もし、瀬奈が瀕死だった所に落ちて来たのが俺じゃなくて、他の奴……俺のバディの金森君だったら、どうなってたと思う?」
「私、その金森君を知らないから何とも言えないけど……多分、【レムナント・イーター】は習得出来なかったんじゃないかな? そうなると足も引っ張られてただろうし、私は夏樹君の死体を見てパニックになっただろうし、あの魔物も対処できなかったと思う。そうなったら全滅だねぇ」
前園を抱えていない方の手で指折り数えながら、瀬奈が推察する。
「……そうかな? 少なくとも金森君は俺より才能があるぞ。能力値も、スキルも……【レムナント・イーター】も習得出来たかも知れない」
「多分だけど、無理だったんじゃないかな? 私、何となく歩君が【レムナント・イーター】を習得出来た理由に目星が付いてるんだよね」
「……その理由って?」
「願いだよ。心の奥底に仕舞い込んだ願い。歩君、最初にキャンプした時言ったよね? 死んだら死だ、何も残らないって」
「ああ、言った」
忘れてない。忘れるわけがない。
こんな妙な要求ばっかりしてくる要救助者との話なんて、忘れようとしても無理だ。
事実、同僚にも話せないような内心をベラベラと喋ったんだ。恥ずかしくてさっさと忘れたいくらいだ。
「歩君は、本当は拾いたかったんじゃないかな。お父さんやお母さんが死んで、親戚に全部奪われて……それでも残る何かがあって欲しい、奪われずに……手放さずに済む何かを掴みたい。そう願ったんじゃないかな」
俺は手の中にあるスキルブックに視線を落とす。
今は中身が入れ替わった真っ白な本は、青白いオーラを穏やかに明滅させている。
……今となっては、何故俺が【レムナント・イーター】を取得出来たか、その理由は知る由もない。
だけど……瀬奈の推測がしっくり来るような気がする。
「そう……かもな。うん。そうかも知れない」
「ね、歩君。どうかな? まだ死んだら何も残らないって思ってる?」
瀬奈が俺の正面に立って、俺の顔を覗き込むようにじっと見つめながら尋ねた。
俺は少しだけ考えて、首を横に振り……腰に佩いた親父の剣を軽く叩いた。
「いや、存外残ってるモンだと関心したよ」
「剣だけ?」
「……他にも色々、な」
俺の名前の由来を聞けただけでも、十分な儲け物だったが、それを瀬奈に教えるのは癪なので黙っておく。
「じゃ、帰ろう! 歩君の名前の由来みたいに、もっかい歩き出さないとね!」
「おい待て! 何で知ってるんだよ! 魔素視って声も聞こえるのか!?」
「いんや、見るだけだよ? でも盗賊の一般スキルに【読唇術】があるからね! パパさんが何を言ってるかしっかり見ちゃったんだよねー! 私もうもらい泣きしちゃいそうで大変だったよー!」
「おい! 【勇者】で変な事するんじゃない! プライバシーの侵害だぞ! 聞いてるのか! おい!」
大の大人を担いでるとは思えないスピードで瀬奈が駆け出し、ダンジョンを突き進んで行く。
俺はそんな瀬奈を呼び止めながら、頭を一発はたいてやろうとダッシュで追い縋った。




